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~ビッグイーストタワー~

 シェリルが自らの過去を乗り越えて早数日。
 その後アーサー達は新居に必要な物を色々と買い揃え、未だにこんな豪勢な暮らしをしているという実感が湧かないまま4人での新たな生活を始めていたのだった。

 急に広い空間を与えられても、アーサーは使い方も分からなければ感覚も掴めない。足を延ばしても数人が座れる程広いソファにもかかわらず、数日経ってもアーサーは隅っこにちょこんと座っていた。

 まぁ突然環境が一変したのだから無理もないだろう。

 ところが。

「はぁー! やっぱりお風呂広くて最高!」
「ねぇねぇ☆ 今日は何頼む?」
「私は昨日食べたやつが好きですね」
「ハハハ、シェリルそんなにあれ気に入ったんだね」
「あれは美味しかったです!」

 きゃぴきゃぴ。わいわい。
 髪を濡らした美女達が、そのスタイルの良さをアーサーに見せびらかしていると言わんばかりに彼の目の前を楽しそうに横切って行く。
 妹のエレインはさておき、アーサーはモルナ、そしてシェリルの服の上からでも分かる抜群のボディに毎日何度視線を奪われているか分からない。決して見るつもりはないが、無意識に本能が追ってしまうアーサーであった。

「お兄ちゃんは? 何食べたい?」
「えッ、あ……僕は別に何でもいいよ、全然!(ヤバいな……この間の一件から変にシェリルを意識しちゃってるぞ。もしかしてこれが“恋”というやつか? そうなのか?)」

 1人脳内でそんな自問自答を繰り返しているアーサー。そこへモルナが何やらニヤついた表情でアーサーに声を掛けた。

「ちょっとアーサー様☆」
「うわッ!? 急になんだよモルナ。ビックリしたな」

 不意な事に驚くアーサー。変わらずニヤニヤしているモルナはそんな彼に構う事無く話を続ける。

「あのね、アーサー様。気付いてないと思ってるかもしれないけどぉ、アーサー様から感じるその“いやらしい視線”、ちゃんとバレてるからね」
「な……ッ!?」
「アハハハ、心配しないでよ。気付いてるのはモルナだけ。シェリルがこういう事に鈍感で助かったね。アーサー様ほんとエッチ~☆」
「ば、馬鹿ッ! 僕はそういうつもりじゃ……!」
「え~、本当に? もしアーサー様がそんなに見たいなら、モルナがいつでも見せてあげるから言ってね」

 モルナの一言でアーサーは一瞬にして妄想を膨らませる。しかし、欲望が勝つギリギリの所でアーサーの理性が保たれた。

「からかうなモルナ!」
「アハハハ! そんな事言って、今妄想してたくせに☆」

 図星のアーサーは言い返せない。
 それを見たモルナはまた笑い出した。

「ねぇ、2人共! 私とシェリルはもう決めたから早くしてくれる? 注文出来ないんだけど」

 アーサーとモルナがそんな会話をしているとはつゆ知らず、エレインは早くしてと言わんばかりに視線でも訴えていた。

「そうだ、早くご飯を決めないと」
「もう、アーサー様ったら照れちゃって。あ、因みにさっきのは冗談じゃなくて本気だから。アーサー様にお世話になっている分、いつでも“体で”お返ししてあ・げ・る♡」
「……!?」

 モルナはアーサーの耳元で色気たっぷりに囁き、最後に彼の理性を再度かき乱して行ったのだった。

**

「「いただきまーす!」」

 注文したご飯が届き、食卓を囲む4人。新調した円卓は依然と違ってスペースに余裕がある。1人1人の間の空間は幾らか離れてしまったが、アーサー達の楽しそうな会話や仲の良い雰囲気は依然と全く変わらない。寧ろ先日のシェリルの件以降、彼女はずっと乗り越えられなかった過去の壁を乗り越えた事により、ぐっと“人間味”が増していた。
 クールな無表情がベースであったシェリルの表情はとても豊かになり、エレインやモルナと明るく会話する姿はもうごく普通の女の子。これまでの彼女が嘘であったかのように、今のシェリルからは人としての暖かみさを感じるまでになっていたのだ。

「ん~、美味しい! まさか“フェニックスの火鍋”がこんなに食べられるなんて幸せ!」
「やっぱりこの“リヴァイアサンスープ”は美味ですね」
「それも確かに美味しいけどぉ、モルナはやっぱこっちの“ベヒーモスの燻製肉”が1番かな☆」

 女性陣3人はそれぞれ美味しい料理を口に頬張り幸せ真っ只中。そして嬉しそうな3人の姿を横目に、アーサーも自分が頼んだ料理を口にする。

「うん、僕にとっての贅沢はやはりこの“ポークチキン定食”だな! 最高」

 満足げな顔でそう言うアーサーの前には、320Gのポークチキン定食が1つ。+300Gで追加したスープとデザートも一緒であり、更に550Gの小さなステーキが1つあった。

「アーサー様、折角お金持ちになったのにそれでいいの? もっと高くて美味しいの頼めばいいのに」
「もしかして豪遊し過ぎているせいでお金が無くなりそうなのでは?」
「え、嘘! そうなのお兄ちゃん!? ごめんなさい! 私がお金使いまくったから……」

 突然の発覚により、表情がみるみる青ざめていくエレイン。
 アーサーはそんな焦った様子の妹を見て思わず笑ってしまった。

「ハハハハ。違うよ。お金はまだちゃんとあるし、エレインが使い過ぎた訳でもない」

 アーサーはそう言いながら、未だに「お金がある」なんて言っている自分に時々違和感を覚える事がある。人間はない物ねだりの生き物だ。

「僕にとってはこれが贅沢なんだよモルナ。超がつく程の貧乏人だった僕にとってはね」
「ちょっとお兄ちゃん! 私だってその大事な気持ちを忘れた訳じゃないからね! お兄ちゃんが好きに使っていいって言ったから私は使ってるだけなんだから!」
「ハハハ、だから分かってるって。兄ちゃんはふとこれが食べたくなっただけだ」

 当たり障りのない穏やかな団らんが食卓を包み、いつもと変わらない何気ない会話をするアーサー達。これが幸せでなければ一体何が幸せと言うのだろう。思わずそんな哲学的な疑問が頭に浮かんだアーサー。当然答えなど分からない。ただこんな当たり前がずっと続けばいいと思った。続けられるならばこれからもハンターを頑張れる。

 アーサーは皆が楽しそうに会話する姿を見て、ふとそう思っていた――。

「それにしても、凄い“雷雨”だな」

 楽しく穏やかな食卓とは打って変わり、アーサー達のいる部屋の外では激しい風と雨が窓を叩きながら、不規則に光る眩しい稲光がゴロゴロと空気を震わせていた。

「なんか最近多いよね、ゲリラ雷雨」
「そう? そりゃ自然のことなんだから、雷雨ぐらい普通に起こるでしょ」

 モルナの言う通り、これはただの自然現象。
 アーサー達は皆窓の外を見ながら同じ事を思っていた。

 しかし。

 アーサー達はまだ誰1人として知らない。

 世界を脅かす程の“脅威”が着実に彼らに迫っているという事を――。

 そして。

 それはアーサー達が予想だにしない速さで迫っていたという事に。








 ――ピンポーン。