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 時は戻って現在――。

「ひとまず命があってなにより……。どうせ意味ないけど、一応スキルPを使っておくか

 アーサーは1人でそう呟くと、今の戦闘で貯まったスキルPを使用してレベルを上げる。

『スキルPを500使用。召喚士Lv10になりました』
(やっぱり何も変化なしか)

 本来であればどのスキルでもレベルを上げると能力値も上がる。しかし最弱無能のアーサーの『召喚士』スキルは今回も何変化しない。そう思われたが──。

『召喚士Lv10になった事によりランクが上がります。ランクアップ召喚の上限回数が上がります』
「え?」

 再び耳を疑うアーサー。だがそれはやはり聞き間違えでも見間違えでもない。彼のウォッチに映るステータスは確かに変化を見せていた。


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アーサー・リルガーデン

【スキル】召喚士(D): Lv10
・アーティファクト召喚(10/10)
・ランクアップ召喚(3/3)
・スキルP:0

【装備アーティファクト】
・スロット1:『良質な剣(D):Lv1』
・スロット2:空き
・スロット3:空き
・スロット4:空き
・スロット5:空き

【能力値】
・ATK:15『+70』
・DEF:18『+0』
・SPD:21『+0』
・MP:25『+0』

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「うわ……召喚士のランクがEからDに上がってる。ランクアップ召喚の上限回数も。でも能力値は何も変化なしか……」

 変化しないと分かってはいても、いざ本当に能力値の変化がない事にアーサーは毎度ガックリしていた。だが今回は違う。確かに能力値自体の変化は見られなかったが、彼のそのスキルは大きく進化した。

「未だに何が起こったのかよく分からないけど、僕はEランクのアーティファクトをDランクに上げられるようになった……って事だよな? 実感ないけど実際に『良質な剣(D):Lv1』を持ってるし」

 アーサーは手にする『良質な剣(D):Lv1』をまじまじと見つめながら独り言を零す。そしてふと我に返るアーサー。

「ランクが上がったせいかな? 1日の上限回数もリセットされてる」

 今まではレベルを上げてもその日の回数がリセットされる事はなかった。数分前の“死の瀬戸際”からまさかの展開が続くアーサー。彼はここである1つの事を考え付く。

「EランクをDランクにランクアップさせられたって事は……もしかしてDランクを更に上の“Cランク”にする事も――」

 アーサーはそんな自分の憶測に思わず鳥肌が立つ。もしそれが可能であるならば、彼は文字通り“最強”のアーティファクト召喚士として瞬く間にトップレベルのハンターとなりうる。

「これはヤバいぞ。試さずにはいられない」

 思い立ったアーサーは今しがた死にかけていた事も忘れ、手に入れたばかりの『良質な剣(D):Lv1』を8回連続で召喚。『良質な剣(D):Lv1』は一切の不都合なく『良質な剣(D):Lv9』までレベルアップしたのだった。

(拝啓母さん、それにエレイン……。兄ちゃんは今信じられないブツを手にしています――)


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アーサー・リルガーデン

【スキル】召喚士(D): Lv10
・アーティファクト召喚(2/10)
・ランクアップ召喚(3/3)
・スキルP:0

【装備アーティファクト】
・スロット1:『良質な剣(D):Lv9』
・スロット2:空き
・スロット3:空き
・スロット4:空き
・スロット5:空き

【能力値】
・ATK:15『+150』
・DEF:18『+0』
・SPD:21『+0』
・MP:25『+0』

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 ひたすら目を見開き、開いた口が塞がらないアーサーはもうこれ以上震えられない程驚きで全身が震えている。何故ならそれはアーサーが自分の人生とは無縁だと思っていたEランク以上のアーティファクトを手にしてしまったから。

 更にDランクアーティファクトをレベルMAXにまでした事で、その“取引価格”もEランクとは比べものにならないぐらい跳ね上がるからだ――。

「一体これは“何G(ギル)”で売れるんだろうか……」

 貧しい生活を送っているアーサーが真っ先に思い浮かんだ言葉がそれ。
 “G(ギル)”はこの世界の通貨である。
 
 アーティファクトはダンジョンでしか入手できない為市場でも大変価値があり、世界中で高額取引されている。アーティファクトを専門に扱う商会まで当たり前に存在する程にである。

 だが最低ランクのEランクアーティファクトは珍しくなく数も多い為、取引価格が著しく低い。そのせいで唯一アーティファクトを召喚出来るアーサーでさえも日の稼ぎは雀の涙程度であったが、Dランクとなれば話は大きく変わる。

 市場での取引はDランクから値段が一気に上がり、桁が増えるのが相場。
 ハンターが装備出来るアーティファクトは“5つまで”と決まっており、もし全てをDランクアーティファクトで一式揃えるとなると単純に数百万はするだろう。

 今アーサーが手にしている『良質な剣(D):Lv9』1つでも優に200,000Gはする代物であった――。

「待て待て待て、焦るな僕。Dランクアーティファクトは逃げたりしない。貧乏なウチにとってはこれ1つでも確かに超大金だけど、僕達の生活を……母さんの治療費を稼ぐにはもっとお金が必要だ」

 アーサーは焦る気持ちを懸命に抑える。そして興奮が収まらぬまま再びランクアップ召喚を使用。

 すると。

 ――ブー。
『召喚士スキルのランクが低い為、これ以上のランクアップは出来ません』
「へ……?」

 興奮が一気に冷めたアーサー。これまで祝福続きであった無機質なアナウンスが過去最高に冷たく聞こえた。

 だが。

『Dランクアーティファクトをランクアップするには召喚士スキルを“Cランク”に上げて下さい』

 祝福が終わった訳ではない。
 アーサーの耳には更なる新しい希望が響いた。

「ランクアップ出来なかった……けど今言ったよな? ランクアップするにはCランクにって……って事は僕のこのスキルはまだ“成長”する――」

 冷めた興奮がまた全身を包み込むアーサー。

「待て待て、だから焦るな僕。確かにDランクをCランクに上げる事は“今は”出来ない。でもEランクは確実にDランクに上げる事が出来る……!」

 既に気持ちを切り替えていたアーサーは残り2回となったアーティファクト召喚を使用する。

「アーティファクト召喚は“一度装備した事があるアーティファクト”を召喚出来る。バットに身ぐるみ剥がされたけど、僕のこのスキルなら――」

 アーサーはいつからか自分のスキルに負い目を感じていた。周りから嘲笑されるだけの使えない自分のスキルを。だが彼は初めて自分のスキルに可能性を見出している。

『アーティファクト召喚を使用。『スライムの防具(E):Lv9』を召喚しました』
「よし!」

 アーティファクト召喚で出された『スライムの防具(E):Lv9』は確かに弱いアーティファクト。だがEランクアーティファクトの中では最上物となる“スライムコース”の1つでもある。

 アーティファクトの種類は実に数千種類。その強さはランクによって表されているが、例えば同じEランクアーティファクトの中でも更に能力値や性能によって強さの順位が代わり、どのランクにおいてもアーティファクトの名前にモンスターの名が入った“モンスターネーム”のアーティファクトはそのランクの最上物として認知されている。

 つまり、アーサーがランクアップする前に召喚した『普通の剣(E):Lv1』よりも“スライム”というモンスターの名が入った『スライムの防具(E):Lv1』の方が性能が高い。これはEランクアーティファクトの中だと微々たる変化だが、高いランクになればなるほどその性能や能力値に大きな差が生まれるのだ。

 Eランクの最上物はスライム……そこからDランクの“ゴブリン”、Cランクの”オーガ”、Bランクの“エルフ”、そして最高ランクと言われるAランクには“ドラゴン”の名がそれぞれ入っている。

「さっきの『普通の剣』は『良質な剣』に変化したけど、この『スライムの防具(E):Lv9』は何に変化するんだろう……?」

 期待と少しの不安が入り混じる中、アーサーは『スライムの防具』にランクアップ召喚を使用。

『ランクアップ召喚を使用しました。『スライムの防具(E):Lv9』が『ゴブリンアーマー(D):Lv1』にランクアップしました』
「ゴブリンキターーーーーッ!!」

 静かなフロアに響き渡ったアーサーの大歓喜。

「どうするよこれ! 普通のDランクアーティファクトでも奇跡的なのにモンスターネームが入った最上物だ。どうしようどうしようッ……。これマジで全部の装備Dランクアーティファクトで揃えられるじゃん――」

 周りに人もモンスターもいない状況でひたすら興奮を覚えるアーサー。

 最弱無能のレッテルを貼られていた1人の男が青年が奇跡を生み出す。

 アーティファクトが物を言うハンターの世界で、唯一アーティファクトを召喚――それも1人で召喚からランクアップまでが可能という未曽有のスキルを覚醒させた。

 世界中の者達はまだ誰1人として知らない。

 最弱無能のハンターが“最強”の領域に足を踏み入れた事を。

 まだ誰も知る由がなかった――。

「とにかく家に帰る……! 後の事は後で考えよう。その前に先ず“今”出来る事を!」

 何かを思い立った様子のアーサーは勢いよく走り出した。
 そして彼は興奮しながらも冷静に、もうモンスターと遭遇しないようにと身を隠しながら素早く無事にダンジョンから帰還するのであった――。