♢♦♢
~7年前・ノースリバー地区某所~
既に日は沈み、辺りは真っ暗。
とは言ってもまだ街は建物の灯りや道を照らす街灯があちこちに点き、今日もいつもと変わりない平和な夜が訪れていた。
「「ハッピーバースデー、ロイ! おめでとう!」」
街中を照らす幾つもの灯りの中、窓の外から見えたその笑顔溢れる温かい光景は、もしかしたら今日のこの街で1番幸せな家族の時間を過ごしているのかもしれない。
「ありがとう! うわッ、これ僕の好きなケーキだ!」
「フフフフ。そりゃあ今日の主役は貴方だからね、ロイ。好きなだけ食べなさい」
「まぁ特別なのは今日だけだがな! お前も大きくなったら強いハンターになるんだぞ!」
「ママー! 私も早くケーキちょうだい!」
「あ、それ僕のケーキだぞ“シェリル姉ちゃん”!」
「一杯あるから大丈夫よ。ロイ、貴方全部1人で食べる気だったの? 欲張りねぇ~」
他愛もない家族の1つの団らん。
毎日誰かの誕生日を迎えるこの世界で、今日は綺麗な銀色の髪を靡かせる少女の弟の誕生日が祝われていた。
「シェリルはこの間で10歳になったな。ロイは今度何歳だ?」
「僕は今日で7歳だ! ケーキも嬉しいけどプレゼントも早く頂きたい!」
短髪の元気な少年は父と母に手を差し出してプレゼントを要求する。呆れるシェリルはケーキを一口頬張り、両親は笑いながらロイにプレゼントを渡した。
「おお! これは『木の棒(E):Lv1』だ! これでハンターごっこが出来るぞ! 格好いい!」
「本当にロイは子供ねぇ」
「そうだ。僕はまだ子供だ。シェリル姉ちゃんだっていくら大人ぶっても所詮僕と同じ子供だぜ? ハハハハハッ!」
「アンタよりは絶対大人よ!」
アーティファクトが当り前となっている現代では、プレゼントにアーティファクトを送る事もごく一般的。本格的な物からロイのような子供が遊べる玩具までと、アーティファクトの種類は幅広い。
「ロイのスキルは何だろうな?」
「ちょっと、それはまだ止めてよあなた。強いスキルでも出たら危ないでしょ!」
「グハハハ! そんなに怒るなよママ。ただ言っただけだろう。まだ子供のロイにハンター登録なんてさせる訳ないじゃないか」
基本的にハンター登録に年齢制限などの条件はない。
子供でも大人でも誰でもハンター登録は出来る。
しかし、言わずもがなダンジョンは危険な場所。当然の如くまだ幼い子供をハンターにさせようとする人間などいない。
ダンジョンではなくとも周辺の森にだってスライムのような野良モンスターが生息しているのだ。だからこそ人々は子供の時から皆アカデミーに通って知識や魔法の術を身につける。
それがこの世界では当たり前の常識だ。
「でもさ父さん、ハンター登録するだけなら別に大丈夫だよね? 僕も自分にスキルがあるか気になる!」
「まぁ登録だけならいいかもな。ウォッチもアーティファクトもあるし」
「いけません!」
「グハハ、ママがダメだって」
どこにでも溢れるごく普通の家族の時間。
だがその普通――当たり前は時として当たり前ではなく、大抵何かが起こった後に、それが“幸せ”だったと気付かされるものである。
――ガシャァン!
それは唐突に起きた。
シェリル達の家の外から突如聞こえた何かが割れるような音。
その音は室内にいるシェリル達にも聞こえる程の大きさであり、更に外では続けて籠った声が幾つも響いていた。
お祝いの空気が緊張に変わり、様子を確かめようとした父が窓から外を確認する。
するとそこにはマスクで顔を隠した複数人の者達がおり、彼らはシェリルの家のすぐ隣である店に強盗に入っていたのだった。
強盗犯達は隣の店だけでなく、たまたま通りかかった通行人や他の家や建物にも侵入している。それに気付いた父は直ぐに家族を避難させようと動いた。
「ママ、シェリル、ロイ! 外で強盗だ! 危ないから逃げるぞ!」
「「……ッ!?」」
瞬く間に場は物々しい空気に。
まだ幼いシェリルとロイは突然の恐怖に気が動転して動けない。
「2人を連れて早く裏口かッ……『――ドガン!』
父が皆まで言いかけた刹那、凄い衝撃音と共に家の扉が破壊され、そこからマスクを被った強盗犯達が押し寄せて来た。
「アヒャヒャヒャ! 殺されたくなけりゃ金目の物は全てよこしな!」
次の瞬間、強盗犯は気が狂ったように高笑いすると、手にしていた斧を振り上げて勢いよくシェリル達の元へと突っ込んで行った。
不意を突かれてワンテンポ遅れながらも、瞬時に反応した父も強盗犯を取り押さえようと動く。
「死ねぇぇッ!」
「きゃあ!?」
「させるかああッ!」
――ズガシャァァン!
まさに危機一髪。
斧がシェリル達を襲う寸前の所で父が強盗犯にタックル。
その勢いのまま2人は壁へと衝突し、辺りに家具が吹き飛んだ。
「逃げろお前達!」
「行くわよシェリル! ロイ!」
父は強盗犯を取り押さえ、母は子供達を連れて逃げる。
しかし。
「きゃッ!?」
裏口から侵入していたもう1人の強盗犯がシェリル達の行く手を阻んでしまった。目の前の強盗犯はマスク越しに笑っているのが分かる。
父は動きたいが1人を止めるので手一杯。離せば今度はコイツが自由になってしまう。だが動かなければシェリル達が危ない。一瞬が永遠にも長く感じる中、次の瞬間動きを見せたのはまさかの人物だった。
「母さんとシェリル姉ちゃんに手を出すな! 父さんからも離れろ!」
「ロイ!?」
突如動いたロイは床に転がった何かを拾い上げる。
彼の手には無意識で握り締めていた木の棒と、たった今拾った父のウォッチ。どうやら突っ込んだ衝撃で外れてしまっていたようだ。
そしてロイは躊躇なくウォッチで“ハンター登録”をした。
『ロイ・ローライン。ハンター登録完了致しました』
緊迫の場に流れた無機質な音声。
その音声は一言だけ流れると、後は無音となった。
そう。
ロイは家族を助けたいという一心でハンター登録をした。
この状況を一発逆転させるには“スキル”しかないと。
だが無情にも結果は失敗。
何かしらのスキルに期待したロイであったが、彼はなんのスキルも手にする事が出来なかった。
「アヒャヒャヒャ!」
子供のお遊びに強盗犯は嘲笑う。
これに怒った父が強盗犯に渾身の拳を食らわせ、1人を気絶させた。
直後父はシェリル達を助けようと駆けだす。
――ザシュン。
「がッ!?」
しかしその瞬間、背後から忍び寄っていたまた別の強盗犯に父は体を剣で貫かれてしまった。父は苦悶の表情を浮かべて大量の血と共に床に倒れ込んだ。
「パ、パパぁぁッ!」
――シュバン。
シェリルが倒れる父に叫んだとほぼ同時、彼女のすぐ横から変な音が響く。そして直後、シェリルの顔と綺麗な銀色の髪に生温かい物が飛んできた。
自分に飛んできた“それ”を確かめる前に彼女の視界に飛び込んできたもの。
それは強盗犯に胸を貫かれ、口から血を流す母の姿だった。
「マ……ママ……?」
~7年前・ノースリバー地区某所~
既に日は沈み、辺りは真っ暗。
とは言ってもまだ街は建物の灯りや道を照らす街灯があちこちに点き、今日もいつもと変わりない平和な夜が訪れていた。
「「ハッピーバースデー、ロイ! おめでとう!」」
街中を照らす幾つもの灯りの中、窓の外から見えたその笑顔溢れる温かい光景は、もしかしたら今日のこの街で1番幸せな家族の時間を過ごしているのかもしれない。
「ありがとう! うわッ、これ僕の好きなケーキだ!」
「フフフフ。そりゃあ今日の主役は貴方だからね、ロイ。好きなだけ食べなさい」
「まぁ特別なのは今日だけだがな! お前も大きくなったら強いハンターになるんだぞ!」
「ママー! 私も早くケーキちょうだい!」
「あ、それ僕のケーキだぞ“シェリル姉ちゃん”!」
「一杯あるから大丈夫よ。ロイ、貴方全部1人で食べる気だったの? 欲張りねぇ~」
他愛もない家族の1つの団らん。
毎日誰かの誕生日を迎えるこの世界で、今日は綺麗な銀色の髪を靡かせる少女の弟の誕生日が祝われていた。
「シェリルはこの間で10歳になったな。ロイは今度何歳だ?」
「僕は今日で7歳だ! ケーキも嬉しいけどプレゼントも早く頂きたい!」
短髪の元気な少年は父と母に手を差し出してプレゼントを要求する。呆れるシェリルはケーキを一口頬張り、両親は笑いながらロイにプレゼントを渡した。
「おお! これは『木の棒(E):Lv1』だ! これでハンターごっこが出来るぞ! 格好いい!」
「本当にロイは子供ねぇ」
「そうだ。僕はまだ子供だ。シェリル姉ちゃんだっていくら大人ぶっても所詮僕と同じ子供だぜ? ハハハハハッ!」
「アンタよりは絶対大人よ!」
アーティファクトが当り前となっている現代では、プレゼントにアーティファクトを送る事もごく一般的。本格的な物からロイのような子供が遊べる玩具までと、アーティファクトの種類は幅広い。
「ロイのスキルは何だろうな?」
「ちょっと、それはまだ止めてよあなた。強いスキルでも出たら危ないでしょ!」
「グハハハ! そんなに怒るなよママ。ただ言っただけだろう。まだ子供のロイにハンター登録なんてさせる訳ないじゃないか」
基本的にハンター登録に年齢制限などの条件はない。
子供でも大人でも誰でもハンター登録は出来る。
しかし、言わずもがなダンジョンは危険な場所。当然の如くまだ幼い子供をハンターにさせようとする人間などいない。
ダンジョンではなくとも周辺の森にだってスライムのような野良モンスターが生息しているのだ。だからこそ人々は子供の時から皆アカデミーに通って知識や魔法の術を身につける。
それがこの世界では当たり前の常識だ。
「でもさ父さん、ハンター登録するだけなら別に大丈夫だよね? 僕も自分にスキルがあるか気になる!」
「まぁ登録だけならいいかもな。ウォッチもアーティファクトもあるし」
「いけません!」
「グハハ、ママがダメだって」
どこにでも溢れるごく普通の家族の時間。
だがその普通――当たり前は時として当たり前ではなく、大抵何かが起こった後に、それが“幸せ”だったと気付かされるものである。
――ガシャァン!
それは唐突に起きた。
シェリル達の家の外から突如聞こえた何かが割れるような音。
その音は室内にいるシェリル達にも聞こえる程の大きさであり、更に外では続けて籠った声が幾つも響いていた。
お祝いの空気が緊張に変わり、様子を確かめようとした父が窓から外を確認する。
するとそこにはマスクで顔を隠した複数人の者達がおり、彼らはシェリルの家のすぐ隣である店に強盗に入っていたのだった。
強盗犯達は隣の店だけでなく、たまたま通りかかった通行人や他の家や建物にも侵入している。それに気付いた父は直ぐに家族を避難させようと動いた。
「ママ、シェリル、ロイ! 外で強盗だ! 危ないから逃げるぞ!」
「「……ッ!?」」
瞬く間に場は物々しい空気に。
まだ幼いシェリルとロイは突然の恐怖に気が動転して動けない。
「2人を連れて早く裏口かッ……『――ドガン!』
父が皆まで言いかけた刹那、凄い衝撃音と共に家の扉が破壊され、そこからマスクを被った強盗犯達が押し寄せて来た。
「アヒャヒャヒャ! 殺されたくなけりゃ金目の物は全てよこしな!」
次の瞬間、強盗犯は気が狂ったように高笑いすると、手にしていた斧を振り上げて勢いよくシェリル達の元へと突っ込んで行った。
不意を突かれてワンテンポ遅れながらも、瞬時に反応した父も強盗犯を取り押さえようと動く。
「死ねぇぇッ!」
「きゃあ!?」
「させるかああッ!」
――ズガシャァァン!
まさに危機一髪。
斧がシェリル達を襲う寸前の所で父が強盗犯にタックル。
その勢いのまま2人は壁へと衝突し、辺りに家具が吹き飛んだ。
「逃げろお前達!」
「行くわよシェリル! ロイ!」
父は強盗犯を取り押さえ、母は子供達を連れて逃げる。
しかし。
「きゃッ!?」
裏口から侵入していたもう1人の強盗犯がシェリル達の行く手を阻んでしまった。目の前の強盗犯はマスク越しに笑っているのが分かる。
父は動きたいが1人を止めるので手一杯。離せば今度はコイツが自由になってしまう。だが動かなければシェリル達が危ない。一瞬が永遠にも長く感じる中、次の瞬間動きを見せたのはまさかの人物だった。
「母さんとシェリル姉ちゃんに手を出すな! 父さんからも離れろ!」
「ロイ!?」
突如動いたロイは床に転がった何かを拾い上げる。
彼の手には無意識で握り締めていた木の棒と、たった今拾った父のウォッチ。どうやら突っ込んだ衝撃で外れてしまっていたようだ。
そしてロイは躊躇なくウォッチで“ハンター登録”をした。
『ロイ・ローライン。ハンター登録完了致しました』
緊迫の場に流れた無機質な音声。
その音声は一言だけ流れると、後は無音となった。
そう。
ロイは家族を助けたいという一心でハンター登録をした。
この状況を一発逆転させるには“スキル”しかないと。
だが無情にも結果は失敗。
何かしらのスキルに期待したロイであったが、彼はなんのスキルも手にする事が出来なかった。
「アヒャヒャヒャ!」
子供のお遊びに強盗犯は嘲笑う。
これに怒った父が強盗犯に渾身の拳を食らわせ、1人を気絶させた。
直後父はシェリル達を助けようと駆けだす。
――ザシュン。
「がッ!?」
しかしその瞬間、背後から忍び寄っていたまた別の強盗犯に父は体を剣で貫かれてしまった。父は苦悶の表情を浮かべて大量の血と共に床に倒れ込んだ。
「パ、パパぁぁッ!」
――シュバン。
シェリルが倒れる父に叫んだとほぼ同時、彼女のすぐ横から変な音が響く。そして直後、シェリルの顔と綺麗な銀色の髪に生温かい物が飛んできた。
自分に飛んできた“それ”を確かめる前に彼女の視界に飛び込んできたもの。
それは強盗犯に胸を貫かれ、口から血を流す母の姿だった。
「マ……ママ……?」