――大丈夫だよシェリル。君は1人じゃない。
――シェリル。ゆっくり呼吸をして、僕を見るんだ。
――キマイラ倒して家に帰るぞシェリル、モルナ!
――今だッ、シェリル!
あの日のリバースフロアでの出来事から、シェリルの中ではアーサーの存在が確かに“変化”していた。
それがどんなものでどんな変化なのかは彼女にもまだ分からない。
ただその変化が起きたのは確実で、彼女――シェリル・ローラインはベッドで眠りにつくアーサーを眺めながらずっと彼の事を考えていた。
**
~ビッグイーストタワー~
リバースフロアの一件から2日後。
イヴに言わるがまま、シェリルはエレインとモルナと共に超高層ビルの最上階に来ていた。ここが新たな新居だ。
「うわ、すっごーい! 何この景色。綺麗~!」
「見て見てエレイン! この家お風呂めちゃデカいんだけど☆」
「シェリルも早くこっち来なよ! 凄いよ!」
「はい。今行きます」
興奮しているエレインとモルナと一緒に新居を堪能するシェリル。
彼女の普段通り落ち着いた様子でクールな表情を浮かべるも、その表情はどことなくこれまでとは違う雰囲気も醸し出していた。
新居の凄さに興奮しているエレインとモルナがシェリルのこの些細や変化に気付くのはもう少しだけ後のお話。
そしてシェリルはここに来る道中の時も今も、ずっと頭に思い浮かべているのはあの日のアーサーであった。暗闇にいる彼女に唯一手を差し伸べてくれた人。
シェリルの過去を知っているのはイヴ。
それとイヴ程詳しくは知らないものの、彼女を見つけて自身の商会の広告塔として利用していたオーバトも最低限の経緯を知っているとかいないとか。その詳細は不明である。ただ彼女はこの数年間、自分の過去を誰かに話した事は無い。全てを知るイヴでさえ、それは彼女の綿密な情報収集により知ったものであった。
シェリルは過去を話したくない訳ではない。話せないのだ。
それはまだシェリル自身がその過去としっかり向き合えていないから。シェリル自身がその過去をしっかりと乗り越えられていないから。シェリル自身が失った家族の事を受け入れられていないから――。
自分はもう一生このままだろう。
彼女の心の片隅には、いつからか無意識にそんな気持ちが芽生えてしまっていた。
だが……。
リバースフロアでの一連の出来事が、底知れない彼女の心に一滴の希望を垂らした。その希望の一滴は彼女の心に落ちると更に波紋の如く広がりを見せる。それは誰も気付かないであろう一瞬の事。そしてそれは自分自身でさえも疑う程の些細な変化。しかし“それ”は確実に彼女の中で起きていた。
アーサー・リルガーデンという1人の強く優しい少年によって――。
(私はご主人様であるアーサーに大変な迷惑を掛けてしまいました……。
思い返せば彼の所に来てからというもの、私は毎日の様にこれまでに感じた事のない感覚を覚えています。これは一体なんなのでしょうか。
言葉で言い表すのはとても難しい。
でも以前の『黒の終焉』にいた時にはまるで感じなかった感覚。
未だに答えは出ませんが、兎も角一度アーサーにはしっかりと謝罪をしなければなりません。何よりご主人様の為に動かなくてはならない私が、逆にアーサーを危険な目に遭わせてしまいました。
リバースフロアでの事は勿論……アーサーはあんなに狭い場所で私を迎え入れてくれた。
毎日話して、笑って、ご飯を食べ、彼は嫌な顔1つせずに私に優しく接してくれましたね。こんな“温かい気持ち”になったのは何年振りでしょうか。
アーサーには全てを話したい。
全て話して、本当の私を知ってもらいたい。
いえ、アーサーには全てを伝えねばいけません。他の誰でもなく、ちゃんと私から――。
怖がられる……?
拒絶される……?
嫌われる……?
そう考えると怖くて堪らない。だけど何故だろう、彼なら……アーサーなら私の全てを受け入れてくれる。そんな気がするのです。
怖いのはまだ自分が向き合えていないから。
いいえ。そんな言い訳はもう十分でしょう、シェリル・ローライン。
怖がるのは止めなさい。目を背けるのも。私はもう逃げない。
彼に全てを告げて、私は過去を乗り越えて前に進まなくては――)
**
「アーサー。私の話を聞いて下さい」
「うお、ビックリしたな。どうした?」
真実を告げる覚悟をしたシェリル。
その美しさに改めて見惚れるアーサー。
両者の内に秘めた思いは対照的であったが、それは静かに、そしてゆっくりと互いに引き寄せ合い始めるのだった。
「アーサー。私のご主人様である貴方に、私の“全て”を話したいと思います――」
初めて見た彼女の気持ち。
一目で分かるシェリルの覚悟を垣間見たアーサーはそのままそっと静かに口を閉じ、彼女の言葉に耳を傾ける。
そして。
彼女は深い深呼吸をした後、思い出したくない辛い遠い過去の記憶の糸をゆっくりと手繰り寄せ始めた。
またパニック状態で発作が起きるかも。
そればかりはシェリル自身も分からない。
だが今の彼女は1人ではない。
真っ暗な闇に引きずり込まれそうになりながらも、シェリルはその強い覚悟を微塵も揺らがせなかった――。
――シェリル。ゆっくり呼吸をして、僕を見るんだ。
――キマイラ倒して家に帰るぞシェリル、モルナ!
――今だッ、シェリル!
あの日のリバースフロアでの出来事から、シェリルの中ではアーサーの存在が確かに“変化”していた。
それがどんなものでどんな変化なのかは彼女にもまだ分からない。
ただその変化が起きたのは確実で、彼女――シェリル・ローラインはベッドで眠りにつくアーサーを眺めながらずっと彼の事を考えていた。
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~ビッグイーストタワー~
リバースフロアの一件から2日後。
イヴに言わるがまま、シェリルはエレインとモルナと共に超高層ビルの最上階に来ていた。ここが新たな新居だ。
「うわ、すっごーい! 何この景色。綺麗~!」
「見て見てエレイン! この家お風呂めちゃデカいんだけど☆」
「シェリルも早くこっち来なよ! 凄いよ!」
「はい。今行きます」
興奮しているエレインとモルナと一緒に新居を堪能するシェリル。
彼女の普段通り落ち着いた様子でクールな表情を浮かべるも、その表情はどことなくこれまでとは違う雰囲気も醸し出していた。
新居の凄さに興奮しているエレインとモルナがシェリルのこの些細や変化に気付くのはもう少しだけ後のお話。
そしてシェリルはここに来る道中の時も今も、ずっと頭に思い浮かべているのはあの日のアーサーであった。暗闇にいる彼女に唯一手を差し伸べてくれた人。
シェリルの過去を知っているのはイヴ。
それとイヴ程詳しくは知らないものの、彼女を見つけて自身の商会の広告塔として利用していたオーバトも最低限の経緯を知っているとかいないとか。その詳細は不明である。ただ彼女はこの数年間、自分の過去を誰かに話した事は無い。全てを知るイヴでさえ、それは彼女の綿密な情報収集により知ったものであった。
シェリルは過去を話したくない訳ではない。話せないのだ。
それはまだシェリル自身がその過去としっかり向き合えていないから。シェリル自身がその過去をしっかりと乗り越えられていないから。シェリル自身が失った家族の事を受け入れられていないから――。
自分はもう一生このままだろう。
彼女の心の片隅には、いつからか無意識にそんな気持ちが芽生えてしまっていた。
だが……。
リバースフロアでの一連の出来事が、底知れない彼女の心に一滴の希望を垂らした。その希望の一滴は彼女の心に落ちると更に波紋の如く広がりを見せる。それは誰も気付かないであろう一瞬の事。そしてそれは自分自身でさえも疑う程の些細な変化。しかし“それ”は確実に彼女の中で起きていた。
アーサー・リルガーデンという1人の強く優しい少年によって――。
(私はご主人様であるアーサーに大変な迷惑を掛けてしまいました……。
思い返せば彼の所に来てからというもの、私は毎日の様にこれまでに感じた事のない感覚を覚えています。これは一体なんなのでしょうか。
言葉で言い表すのはとても難しい。
でも以前の『黒の終焉』にいた時にはまるで感じなかった感覚。
未だに答えは出ませんが、兎も角一度アーサーにはしっかりと謝罪をしなければなりません。何よりご主人様の為に動かなくてはならない私が、逆にアーサーを危険な目に遭わせてしまいました。
リバースフロアでの事は勿論……アーサーはあんなに狭い場所で私を迎え入れてくれた。
毎日話して、笑って、ご飯を食べ、彼は嫌な顔1つせずに私に優しく接してくれましたね。こんな“温かい気持ち”になったのは何年振りでしょうか。
アーサーには全てを話したい。
全て話して、本当の私を知ってもらいたい。
いえ、アーサーには全てを伝えねばいけません。他の誰でもなく、ちゃんと私から――。
怖がられる……?
拒絶される……?
嫌われる……?
そう考えると怖くて堪らない。だけど何故だろう、彼なら……アーサーなら私の全てを受け入れてくれる。そんな気がするのです。
怖いのはまだ自分が向き合えていないから。
いいえ。そんな言い訳はもう十分でしょう、シェリル・ローライン。
怖がるのは止めなさい。目を背けるのも。私はもう逃げない。
彼に全てを告げて、私は過去を乗り越えて前に進まなくては――)
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「アーサー。私の話を聞いて下さい」
「うお、ビックリしたな。どうした?」
真実を告げる覚悟をしたシェリル。
その美しさに改めて見惚れるアーサー。
両者の内に秘めた思いは対照的であったが、それは静かに、そしてゆっくりと互いに引き寄せ合い始めるのだった。
「アーサー。私のご主人様である貴方に、私の“全て”を話したいと思います――」
初めて見た彼女の気持ち。
一目で分かるシェリルの覚悟を垣間見たアーサーはそのままそっと静かに口を閉じ、彼女の言葉に耳を傾ける。
そして。
彼女は深い深呼吸をした後、思い出したくない辛い遠い過去の記憶の糸をゆっくりと手繰り寄せ始めた。
またパニック状態で発作が起きるかも。
そればかりはシェリル自身も分からない。
だが今の彼女は1人ではない。
真っ暗な闇に引きずり込まれそうになりながらも、シェリルはその強い覚悟を微塵も揺らがせなかった――。