♢♦♢

~病院~

 目を開けたアーサー。
 彼の視界に最初に飛び込んできたのは真っ白な天井だった。

「ここは……。痛ッててて……!」

 寝ている体を起こそうとしたアーサーは痛みで顔を歪める。
 よく見ると自分の体は包帯だらけ。それに腕には針が刺さり、そこから細い管が伸びていた。

「そうだ、確かジャックさんと話している時に僕は――」

 痛む横っ腹を押さえながら、アーサーは自分が負った傷やジャック達の事を徐々に思い出す。

「あ、目が覚めたんだねお兄ちゃん!」
「アーサー様!」
「ご気分はどうですかアーサー」

 アーサーが起きたタイミングで丁度エレイン達が病室に入って来た。

 どうやらはアーサーは倒れた後直ぐに病院に運ばれ処置を受け、そのまま丸1日眠っていたらしい。目を覚ました事でエレイン達にも安堵が生まれていた。

「一応大事には至らなかったみたいだから、検査して問題なければ退院出来るって。良かったねお兄ちゃん。もう心配掛けないでよね」
「そうなんだ。ハハハ、ごめんごめん」
「心配しないでアーサー様! 帰った後もモルナがお世話してあげるから☆」
「私も何でもさせていただきます」
(お世話……。何でも……)

 そう言ったシェリルとモルナの言葉がいかがわしく聞こえたのは勿論アーサーだけであった。これが男の性か。怪我が感知していないこの状況でその発想になるのなら大丈夫だろう。

「アハハハ! これはこれは。少し見ない間に随分とまぁ立派な御身分になっているねぇ、アーサーや」
「え!? か、母さんッ!?」

 アーサーの向かいから突如聞こえた母親の声。
 なんと彼が寝ている部屋は母親と同じ病室だった。
 ベッドの周りがカーテンで囲われていたせいでアーサーは全く気が付いていなかったのだ。

「何時からこんな可愛い女の子をたぶらかす男になったんだい、アンタは」
「い、いや、僕はそんな事してない……! ってそんな事より何でここにいるの!?」
「何言ってるのよ。病人が病院にいるのは当たり前でしょ。寧ろアンタが後からこの病室に来たんだよアーサー。先輩の私を敬いな」

 アーサーとは違って強くパワフルな印象の母。恐らくこの性格はエレインに受け継がれたのだろう。母親の社交的な性格もあってか、既にシェリルもモルナもアーサーのお母さんととても仲良くなっていた。アーサーだけが現状に置いてけぼりだ。

「じゃあ私達は帰るね、お兄ちゃん。また明日来るから」

 エレインはそう言って帰り支度をする。
 アーサーも無事に目を覚まし、彼ほど怪我も負っていないシェリルとモルナも一緒に帰る様だ。

「シェリルとモルナは大丈夫なのか?」
「モルナは獣人族だからね。アーサー様とはフィジカルの強さが違うって☆」
「私は勇者なのでアーサーよりも防御力が上です。だからそんなにダメージではないです」
「あ……そうなんですね……」

 勿論2人に悪気など一切ない。思った事を直接言っただけ。
 だがそれは確かに手負いのアーサーに更なるダメージを与えていたのだった。

 情けない気持ちになるアーサー。
 そしてそんなアーサーを他所に、エレイン達は元気よく手を振りながら帰って行った。

「アッハッハッハッハッ!」
「笑うんじゃないよ。息子が情けなくなっているのに」
「あの子達が一緒ならもう心配ないね!」
「それはごもっともだ……」

 久しぶりに母親とゆっくり会話をするアーサー。お見舞いには何度も来ていたが、生活の為いつも時間に追われていたアーサーはこうして話をするのは久しぶりである。

 大笑いしていた母親は不意にアーサーを見て静かに呟いた。

「私の治療なんていつ止めてもいいんだからね。もっと自分を大事にしな。折角元気に産んだんだから」
「ハハハ、ありがとう。でも大丈夫だよ。そのお陰でやっとまともなハンターになれたんだ。これからは危険を犯さず今までの100倍稼げるから心配いらないよ! 母さんの治療費も余裕で払えるしエレインと毎日バイキングに行ける! なんならシェリルとモルナを養う事も出来ちゃうかも」

 母親はずっとアーサーの事が気掛かりだった。
 早くして亡くした父親がアーサーと同じハンターだった事もあり、母親はその大変さがよく分かっていた。大事な子供達に負担を掛けさせてしまっている。それも自分のせいで。

 母親はずっとその負い目を感じており、アーサーには「無茶をするな」「いつでも治療を止めていい」と見舞いに来る度に再三伝えていた。それでも優しく強いアーサーには治療を止めるという選択肢はなかった。妹のエレインだってそれは望んでいない。

 根本的に不可能な状況となれば話は別であったが、毎日雑草ばかりの貧乏暮らし程度では、アーサーもエレインも母親の治療を止めるという理由には全くならなかったのだ。

「へぇ。アンタがそこまでのハンターになったのかい? そりゃあんなに可愛い美女を連れて浮かれる訳だね。お金は人を変えるものだよ、全く」
「だからそんなんじゃないって言ってるじゃないか! それに僕はどれだけ大金を稼ごうとそんな嫌味な人間にはならないぞ!」

 金の力で物を言わす嫌な人間をアーサーは知っている。
 ある意味その人物の経験が、大金を手にしてもアーサーを変える事はないだろう。

 そしてそんな親子水入らずの会話中、彼女は突如現れたのだった――。

「ギルド設立は無事済んだようだねぇ。明日“退院”したら早く荷造りしな」
「うわ! イ、イヴさんッ!? 一体何処から……!」

 そう。突如病室に現れたのはイヴ。勿論また思念体だが。

「って、ん……荷造り? しかも明日退院?」
「そうさ。怪我が大した事ないんだから病院にいる必要ないだろう。もうアンタの退院手続きは済ませておいたよ。それに“引っ越し先”もねぇ」

 突然現れたイヴからの突然の報告にまるで理解が追い付かないアーサー。簡単に言うのなら、用はイヴが全部済ませてくれたという事だ。

「あら、何か息子の事を色々見てくれているみたいですね。ありがとうございます。決して出来が良いとは言えませんが、今後とも宜しくお願い致しますね」
「いえいえとんでもない。息子さんにはこれから世界を救ってもらわなければいけませんので、私が出来る限りのサポートをさせていただいております。息子さんをもうちょっとお借りしても?」
「全然構いませんよ! どうぞどうぞ。うちの息子が役に立つならお好きに使って下さい」
「ありがとうございますお母様。では“遠慮なく”世界の為に活躍してもらいます。元気になられるまでは私が責任持って息子さんを見届けますので」

 秒で仲良く――そして信頼関係を築いたアーサーの母親とイヴ。
 その光景を間近で見ていたアーサーはただただ呆然と眺める事しか出来なかった。

 そして翌日アーサーは無事に退院となる。

**

「誰も迎えに来てくれないとは」
「甘ったれるんじゃないよ男のくせに」
「しかも本当に誰もいない……と言うか“何もない”」

 退院したアーサーはイヴと共に帰宅。
 だが病院からここに来るまでの道中でイヴから聞かされていた通り、既にイヴの好意(勝手に)でアーサー達は新たな“新居”へと引っ越しが決まっていた。

 しかもイヴからその事を一足先に告げられたエレイン、シェリル、モルナの3人は速攻で引っ越しを承認。挙句に速攻で荷造りを済ませてもう新居とやらにいるらしい。

 アーサー達がずっと暮らしていた小さな部屋はもぬけの殻。
 部屋の真ん中にはアーサーの私物が入った箱がポツンと1つだけ置かれていた。

「いざ離れるとなると少し寂しい気もするなぁ」
「浸ってる場合じゃない。早く行くよ」

 こうして、ちょっとだけ名残惜しい中アーサーは暮らしていた小さな借間から引っ越し、新たな新居へと向かうのであった――。