「ハァ……ハァ……勝った……のか?」
「シェリル凄ぉい! 本当にアレを倒しちゃった!」
終わりは唐突に。
つい数秒前まで死に際にいたアーサー達であったが、その絶望は突如として去っていった。
若くて強い、勇気あるハンター達の力によって。
「終わった……やった」
「凄いぞ兄ちゃん達! よくぞやってくれた!」
「君達は命の恩人だよ!」
ハンター達が駆け寄ってアーサー達にお礼を言う。キマイラを倒せたことにより、皆喜びと安堵で胸を撫で下ろしている。
――ガクン。
「あれ……?」
次の瞬間、足に力が入らなくなったアーサーは膝から崩れ落ちた。だがそれを横にいたシェリルとモルナが支える。
「大丈夫ですか、アーサー」
「血を流し過ぎだねこれは」
「ハハハ。モルナの言う通りだ。なんか急に体が重くなってきた……」
緊張の糸が切れ、激戦の疲労が一気にアーサーを襲った様子。幸い大事に至らなかったとは言え流石のアーサーも出血が少なくなかった。2人に支えてもらわないと歩くのも精一杯だ。
「ふぅ。何はともあれ、これでやっと帰れるな」
「ゆっくり休みましょう」
「そうだね。2人共悪いけどちょっとサークルまで肩を貸してくッ……「おい。どうなってるんだ? 転送サークルがまだ動かないぞ!」
皆で家に帰れる。
そう思っていたのに。
「本当だ。全く反応しないな」
「何言ってんだよ。フロアのボスを倒したんだから終わりに決まってるだろ」
大歓喜に包まれた空気から一転。
フロア69には再び不穏な空気が流れた。
そう。
ここは“未知”なるダンジョン。行き先も未知なら存在もまた未知。可能性を秘めている事もあればその逆も然り。ダンジョンには人類では到底計り知れない程の“未知なる悲劇”もまた存在し得るのだ――。
『リバースフロア“1体目”のボス、キマイラの討伐成功。次の“アンデットキマイラ”がこのフロア最終ボスになります』
「「……!?」」
絶句。
この言葉以上に今の皆に合う言葉は見つからない。
「う、嘘だろッ……」
その無機質な音声は、やっとの思いで死線を潜り抜けたアーサー――ハンター達の心を砕くには簡単過ぎるのだった。
そしてそんな彼らを微塵も落ち着かせず、音声が奏でられた通り目の前にアンデットキマイラが出現した。
『ウバアアアアアアッ!!』
空気が震える程の咆哮を上げながら現れたアンデットキマイラ。
先程のキマイラと似た姿形をしていたが、明らかに先のキマイラとは異質。体長は優に二回り以上大きく、発せられる空気が比べものにならない程禍々しい。
炎Cランクはハンターとしてそれなりの実力と実績がなければ上がれないランク。故に、このランクのハンターは自分の実力をしかと認識している者が多い。逆に自分の実力すら分からない者はここまで上がれずに命を落としているだろう。
だが更にそれ故に、自分の力量が分かっているここにいるハンター達は皆瞬時に悟っていた。
“コイツには勝てない”と――。
もう逃げもしない。本当の絶望を目の当たりにした人間は動けなくなるのだ。全員が一丸となって倒したキマイラ。それも満身創痍でやっとの思いで倒せた。
今倒したキマイラがBランクの中でも下だったら?
今目の前に出現した新たな敵が更に強いとしたら?
異次元の存在感を放つアンデットキマイラに、皆はもう潔く“死”を受け入れている。それは図らずもアーサー、シェリル、モルナも同じ思いであった。アーサーでさえモルナでさえ、そしてこの場にいる中で間違いなく1番強いシェリルでさえ、ただただ諦める事しか出来ない。
(まさかこんな展開になるとは……。人生の終わりって案外こんなものなのかな――)
アーサーは雄叫びを上げるアンデットキマイラを見ながらボーっとそんな事を思っていた。
そして。
皆が絶望に沈む中、再び彼だけが前を向いて1歩、また1歩とフラフラの足取りで前に進んだ。
「ア、アーサー様!?」
2人の支えから離れたアーサーは立っているのもやっとの様子。だがアーサーそんな状態でもアンデットキマイラに向かって1人進んで行く。
「アーサー……」
アーサーも確かに絶望に落とされ死を受け入れた。しかし、貧乏人の底力は強い。アーサーは死を受けれて尚前を向いているのだ。
「確かにこの戦いはもう詰んでいるかもしれない。でもだからと言って何もやらないのは勿体ないだろ……。どれだけスキルレベルが上がろうと、僕に染みついた貧乏性はそう簡単に治らないぞ――」
小さな独り言を呟きながら、アーサーは今にも倒れそうな体で剣を構える。
彼はまだ諦めていない。いや、諦めたからこそ開き直った。ボロボロの体に反し、アーサーの目はこの日1番の漲る闘志を滾らせていた。
「よくよく考えたら簡単に死を受けれている場合じゃない……。僕が死んだら誰がお母さんの治療費を稼ぐんだ。エレインにだってこれ以上苦労を掛けさせるつもりはない」
アーサーはアンデットキマイラと対峙する。
この場にいる誰もが既に勝機など微塵も感じていなかった。
それでも。
「アーサー。私も戦います」
「モルナも!」
彼の闘志を感じて立ち上がる者がいる。
「2人共ありがとう。絶対に勝つぞ!」
その瞬間、これまで常に冷静で無表情であった白銀の少女の顔が変わった様に思えた。
原因不明のパニック症状。
彼女にどんな理由があって何が起きたのかは誰も知る由がない。
だが、冷静で無表情、どこか人としての温度を感じなかったシェリルの雰囲気が少し変わっていた。
死に際に立たされ、不意なパニック状態に陥り、アーサーの助けで正気を取り戻し、再び死の際に立たされている。この短い時間で乗り越えた様々な濃い経験は、静かながら確実に彼女の“何か”を変化させていた。
「行くぞッ!」
全身全霊――。
アーサー達は持てる限りの力を振り絞ってアンデットキマイラと衝突。
アーサー達の底力は凄まじかった。一瞬のミスが命となる攻防の連続。その中で彼らは持てる力の最高を発揮している。
しかし、どれだけ気迫があろうと動きが洗練されようと、アーティファクトのランクが上がろうと、それだけでは決して超える事の出来ない圧倒的な壁が確かにそこに存在していた。
「ぐッ……!」
「アーサー様!?」
鞭を打って強引に動かしていた体にも限界が。アーサーは疲労で片膝を地面に着いた。だが本当の悲劇は直後。動けないアーサーを見たモルナは反射的に意識をそちらへ移してしまった。
その一瞬を見逃さなかったアンデットキマイラは前脚を振り上げ強烈な一撃をモルナに放ち、不意を突かれた彼女は数十メートル先の壁まで一気に吹き飛ばされた。
「モルナァァァッ!」
凄まじい勢いで壁に叩きつけられたモルナはそのまま地面にずり落ち動かない。更にアーサーが慌ててモルナの元へ駆け寄ろとした刹那――。
『ウバァァ!』
「アーサーッ!」
「ッ!?」
完全にモルナに気を取られていたアーサーをすかさずアンデットキマイラが狙った。奴はその大木の様に太い後ろ脚でアーサーに回し蹴りを放つと、辛うじて反応していたシェリルがアーサーに直撃する紙一重の所でアンデットキマイラの攻撃をガードしてみせた。
だが。
余りに強烈なその攻撃はシェリルをガードの上から吹き飛ばし、まるでモルナのデジャヴかの如くシェリルも壁へと飛ばされた。
「ゔッ!」
「シェリル! くそッ、体に力が……!」
直ぐにでも2人の元へ駆け寄りたいアーサーであったが、如何せん血を流し過ぎたせいで体が思う様に動かない。気持ちはまだ前を向いている。しかしそんな気持ちを突き放すと言わんばかりに体は正直だ。
(やばい……。頭までクラクラしてきた)
どう足掻いても立ち上がれないアーサー。頭上では既にアンデットキマイラが攻撃態勢に入っていた。もう躱す事すら出来ない。それでもアーサーは最後まで目を逸らさずに剣の切っ先を奴に向けていた。
『ウバァァッ!』
そしてアンデットキマイラの鋭い鉤爪がアーサーを襲った。
――ガキィン。
直後に鳴り響いたのはアーサーの体を抉る音ではなく、何故か硬い物同士がぶつかる衝突音であった――。
「シェリル凄ぉい! 本当にアレを倒しちゃった!」
終わりは唐突に。
つい数秒前まで死に際にいたアーサー達であったが、その絶望は突如として去っていった。
若くて強い、勇気あるハンター達の力によって。
「終わった……やった」
「凄いぞ兄ちゃん達! よくぞやってくれた!」
「君達は命の恩人だよ!」
ハンター達が駆け寄ってアーサー達にお礼を言う。キマイラを倒せたことにより、皆喜びと安堵で胸を撫で下ろしている。
――ガクン。
「あれ……?」
次の瞬間、足に力が入らなくなったアーサーは膝から崩れ落ちた。だがそれを横にいたシェリルとモルナが支える。
「大丈夫ですか、アーサー」
「血を流し過ぎだねこれは」
「ハハハ。モルナの言う通りだ。なんか急に体が重くなってきた……」
緊張の糸が切れ、激戦の疲労が一気にアーサーを襲った様子。幸い大事に至らなかったとは言え流石のアーサーも出血が少なくなかった。2人に支えてもらわないと歩くのも精一杯だ。
「ふぅ。何はともあれ、これでやっと帰れるな」
「ゆっくり休みましょう」
「そうだね。2人共悪いけどちょっとサークルまで肩を貸してくッ……「おい。どうなってるんだ? 転送サークルがまだ動かないぞ!」
皆で家に帰れる。
そう思っていたのに。
「本当だ。全く反応しないな」
「何言ってんだよ。フロアのボスを倒したんだから終わりに決まってるだろ」
大歓喜に包まれた空気から一転。
フロア69には再び不穏な空気が流れた。
そう。
ここは“未知”なるダンジョン。行き先も未知なら存在もまた未知。可能性を秘めている事もあればその逆も然り。ダンジョンには人類では到底計り知れない程の“未知なる悲劇”もまた存在し得るのだ――。
『リバースフロア“1体目”のボス、キマイラの討伐成功。次の“アンデットキマイラ”がこのフロア最終ボスになります』
「「……!?」」
絶句。
この言葉以上に今の皆に合う言葉は見つからない。
「う、嘘だろッ……」
その無機質な音声は、やっとの思いで死線を潜り抜けたアーサー――ハンター達の心を砕くには簡単過ぎるのだった。
そしてそんな彼らを微塵も落ち着かせず、音声が奏でられた通り目の前にアンデットキマイラが出現した。
『ウバアアアアアアッ!!』
空気が震える程の咆哮を上げながら現れたアンデットキマイラ。
先程のキマイラと似た姿形をしていたが、明らかに先のキマイラとは異質。体長は優に二回り以上大きく、発せられる空気が比べものにならない程禍々しい。
炎Cランクはハンターとしてそれなりの実力と実績がなければ上がれないランク。故に、このランクのハンターは自分の実力をしかと認識している者が多い。逆に自分の実力すら分からない者はここまで上がれずに命を落としているだろう。
だが更にそれ故に、自分の力量が分かっているここにいるハンター達は皆瞬時に悟っていた。
“コイツには勝てない”と――。
もう逃げもしない。本当の絶望を目の当たりにした人間は動けなくなるのだ。全員が一丸となって倒したキマイラ。それも満身創痍でやっとの思いで倒せた。
今倒したキマイラがBランクの中でも下だったら?
今目の前に出現した新たな敵が更に強いとしたら?
異次元の存在感を放つアンデットキマイラに、皆はもう潔く“死”を受け入れている。それは図らずもアーサー、シェリル、モルナも同じ思いであった。アーサーでさえモルナでさえ、そしてこの場にいる中で間違いなく1番強いシェリルでさえ、ただただ諦める事しか出来ない。
(まさかこんな展開になるとは……。人生の終わりって案外こんなものなのかな――)
アーサーは雄叫びを上げるアンデットキマイラを見ながらボーっとそんな事を思っていた。
そして。
皆が絶望に沈む中、再び彼だけが前を向いて1歩、また1歩とフラフラの足取りで前に進んだ。
「ア、アーサー様!?」
2人の支えから離れたアーサーは立っているのもやっとの様子。だがアーサーそんな状態でもアンデットキマイラに向かって1人進んで行く。
「アーサー……」
アーサーも確かに絶望に落とされ死を受け入れた。しかし、貧乏人の底力は強い。アーサーは死を受けれて尚前を向いているのだ。
「確かにこの戦いはもう詰んでいるかもしれない。でもだからと言って何もやらないのは勿体ないだろ……。どれだけスキルレベルが上がろうと、僕に染みついた貧乏性はそう簡単に治らないぞ――」
小さな独り言を呟きながら、アーサーは今にも倒れそうな体で剣を構える。
彼はまだ諦めていない。いや、諦めたからこそ開き直った。ボロボロの体に反し、アーサーの目はこの日1番の漲る闘志を滾らせていた。
「よくよく考えたら簡単に死を受けれている場合じゃない……。僕が死んだら誰がお母さんの治療費を稼ぐんだ。エレインにだってこれ以上苦労を掛けさせるつもりはない」
アーサーはアンデットキマイラと対峙する。
この場にいる誰もが既に勝機など微塵も感じていなかった。
それでも。
「アーサー。私も戦います」
「モルナも!」
彼の闘志を感じて立ち上がる者がいる。
「2人共ありがとう。絶対に勝つぞ!」
その瞬間、これまで常に冷静で無表情であった白銀の少女の顔が変わった様に思えた。
原因不明のパニック症状。
彼女にどんな理由があって何が起きたのかは誰も知る由がない。
だが、冷静で無表情、どこか人としての温度を感じなかったシェリルの雰囲気が少し変わっていた。
死に際に立たされ、不意なパニック状態に陥り、アーサーの助けで正気を取り戻し、再び死の際に立たされている。この短い時間で乗り越えた様々な濃い経験は、静かながら確実に彼女の“何か”を変化させていた。
「行くぞッ!」
全身全霊――。
アーサー達は持てる限りの力を振り絞ってアンデットキマイラと衝突。
アーサー達の底力は凄まじかった。一瞬のミスが命となる攻防の連続。その中で彼らは持てる力の最高を発揮している。
しかし、どれだけ気迫があろうと動きが洗練されようと、アーティファクトのランクが上がろうと、それだけでは決して超える事の出来ない圧倒的な壁が確かにそこに存在していた。
「ぐッ……!」
「アーサー様!?」
鞭を打って強引に動かしていた体にも限界が。アーサーは疲労で片膝を地面に着いた。だが本当の悲劇は直後。動けないアーサーを見たモルナは反射的に意識をそちらへ移してしまった。
その一瞬を見逃さなかったアンデットキマイラは前脚を振り上げ強烈な一撃をモルナに放ち、不意を突かれた彼女は数十メートル先の壁まで一気に吹き飛ばされた。
「モルナァァァッ!」
凄まじい勢いで壁に叩きつけられたモルナはそのまま地面にずり落ち動かない。更にアーサーが慌ててモルナの元へ駆け寄ろとした刹那――。
『ウバァァ!』
「アーサーッ!」
「ッ!?」
完全にモルナに気を取られていたアーサーをすかさずアンデットキマイラが狙った。奴はその大木の様に太い後ろ脚でアーサーに回し蹴りを放つと、辛うじて反応していたシェリルがアーサーに直撃する紙一重の所でアンデットキマイラの攻撃をガードしてみせた。
だが。
余りに強烈なその攻撃はシェリルをガードの上から吹き飛ばし、まるでモルナのデジャヴかの如くシェリルも壁へと飛ばされた。
「ゔッ!」
「シェリル! くそッ、体に力が……!」
直ぐにでも2人の元へ駆け寄りたいアーサーであったが、如何せん血を流し過ぎたせいで体が思う様に動かない。気持ちはまだ前を向いている。しかしそんな気持ちを突き放すと言わんばかりに体は正直だ。
(やばい……。頭までクラクラしてきた)
どう足掻いても立ち上がれないアーサー。頭上では既にアンデットキマイラが攻撃態勢に入っていた。もう躱す事すら出来ない。それでもアーサーは最後まで目を逸らさずに剣の切っ先を奴に向けていた。
『ウバァァッ!』
そしてアンデットキマイラの鋭い鉤爪がアーサーを襲った。
――ガキィン。
直後に鳴り響いたのはアーサーの体を抉る音ではなく、何故か硬い物同士がぶつかる衝突音であった――。