「ハァ……ハァ……だめッ……嫌……ッ」
「シェリル」
「きゃッ!? 来ないでッ!」
「「――!」」

 なんとかシェリルを落ち着かせようとアーサーが彼女に手を伸ばした瞬間、シェリルは怯えた様子でアーサー達を拒絶した。しかし今のシェリルにはアーサーやモルナは見えていない。彼女は今この状況とは違う、何か“別の恐怖”と戦っている。アーサーとモルナにはそう思えたのだ。

「大丈夫だよシェリル。君は1人じゃない」

 勿論アーサーとモルナにも理由は分からない。だがアーサーは恐怖に震えるの頭にそっと手を置いて優しく抱き締めた。

 不思議と今度は拒絶されない。困惑しているシェリルが気付いていないだけかも。

 それでもアーサーは今よりもう少しだけ抱き締める力を強し、シェリルにもう1度優しく言葉を与えた。

「僕はちゃんとここにいる。モルナもだ。皆で一緒に帰ろう。エレインも待ってるよ」

 ひょっとしたアーサーの言っている事は根本的に方向性が違うのかもしれない。だがアーサーは何故か伝わる気がした。今彼女を落ち着かせられるのは自分しかいないと。理由も根拠もないがアーサーはただそう思った。

 そしてそれは奇跡的に通じ始める。徐々にシェリルの体の震えは収まり、呼吸も安定してきた。

(そうだ。こんな所で死ぬわけにはいかない。皆で一緒に帰るんだ――)

 死の際に立たされて尚、アーサーの目はまだ死んでいない。彼はまだ勝利の確信を手放してないのだから。

「ランクアップ召喚――!」

 アーサーの声に呼応する様に、アーサーの背中を押す様に、アーサーの勇気を称える様に。

 皆の希望が可視化したとも思えるその淡い輝きはこれまで何度も彼に希望を与えた様に、今度は彼だけでなく多くの者達を救う希望の輝きとなった。

『ランクアップ召喚を使用しました。『オーガの籠手(C):Lv9』は『エルフの腕輪(B):Lv1』になりました』

 絶望のフロア69に奏でられた無機質な祝福。
 全身に鳥肌が立つ程興奮したアーサーであったが、彼は瞬時に切り替え立て続けに連続召喚を行った。

『ランクアップ召喚を使用しました。『オーガの鋼剣(C):Lv9』は『エルフソード(B):Lv1』になりました』

『ランクアップ召喚を使用しました。『オーガバイザー(C):Lv9』は『エルフの草冠(B):Lv1』になりました』

『ランクアップ召喚を使用しました。『オーガの鎧(C):Lv9』は『エルフの羽(B):Lv1』になりました』

『ランクアップ召喚を使用しました。『オーガブーツ(C):Lv9』は『エルフアンクル(B):Lv1』になりました』

 無機質な祝福が止まない。
 今までならばランクアップ召喚の上限はここまで。

 しかし。

「シェリル。ゆっくり呼吸をして、僕を見るんだ」
「ハァ……ハァ……ハァ……」

 取り乱しながらも声は届いているのか、シェリルはゆっくりと視線を上げてアーサーの目を見た。

「ア……アーサー……?」
「うん。僕だよ。大丈夫かシェリル? まだ辛い?」

 アーサーがそう言いながらシェリルの手を握ると、彼女はギュっとアーサーの手を握り返す。

「あ、ありがとうございます……。もう……大丈夫です」

 シェリルは荒かった呼吸が収まり、虚ろだった目にも生気が戻っていた。そしてアーサーは彼女に問う。

「無理せず休んでと格好つけたい所だけど、正直まだ1人じゃ厳しいかもしれない。動けそうか?」
「はい。勿論です」

 モルナも実力がない訳ではない。だが手負いのアーサー達が確実にキマイラを倒すにはシェリルの力が必要不可欠であった。

 改めてシェリルの意志を確認したアーサーは残りのランクアップ召喚を全て彼女に使用。更に残りの可能召喚数で自分とシェリルのアーティファクトにレベルアップを施した。


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アーサー・リルガーデン

【スキル】召喚士(B): Lv30
・アーティファクト召喚(0/25+5)
・ランクアップ召喚(0/10)
・スキルP:17

【サブスキル】
・召喚士の心得(召喚回数+5)

【装備アーティファクト】
・スロット1:『エルフソード(B):Lv3』
・スロット2:『エルフの草冠(B):Lv3』
・スロット3:『エルフの羽(B):Lv3』
・スロット4:『エルフの腕輪(B):Lv3』
・スロット5:『エルフアンクル(B):Lv3』

【能力値】
・ATK:15『+5200』
・DEF:18『+2600』
・SPD:21『+2600』
・MP:25『+2600』

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シェリル・ローライン

【スキル】勇者(A):Lv2
・勇者の証(Lv1上昇ごとに能力値+2000)
・スキルP:77,777

【装備アーティファクト】
・スロット1:『エルフソード(B):Lv3』
・スロット2:『エルフの草冠(B):Lv3』
・スロット3:『エルフの羽(B):Lv3』
・スロット4:『エルフの腕輪(B):Lv3』
・スロット5:『エルフアンクル(B):Lv3』

【能力値】
・ATK:4000『+5200』
・DEF:4000『+2600』
・SPD:4000『+2600』
・MP:4000『+2600』

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 これが今のアーサーとシェリルのステータス。
 
 彼らはゆっくりと立ち上がる。

「キマイラ倒して家に帰るぞシェリル、モルナ!」
「はい!」
「当たり前っしょ!」

 3人は同時に走り出す。

「嘘!? ちょ、急に早過ぎじゃない!?」

 ランクアップ召喚によって遂にBランクアーティファクトを手にしたアーサーとシェリルの能力値は大幅に上昇していた。アーサーの速度もかなり速いかったが、勇者シェリルは更にその上を行っていた。

 美しい白銀が一瞬でキマイラとの距離を詰める。
 奮闘していた他のハンター達の最前線に出たシェリルはその勢いのままキマイラ目掛けて剣を振るった。

『グゴァァ!?』
「おお! 勇者が復活したぞ!」
「シェリル様頼む! 奴を仕留められるのはもうアンタしかいねぇ!」

 真の英雄は多くの人々を虜にする。
 その動きで。その言葉で。その存在感で。
 人々は英雄に確かな希望を見出す。

 そして。

 今この場での英雄は間違いなく、美しい銀色の髪を靡かせる勇者――シェリル・ローラインであった。

 ――ガキィン。
「今だッ、シェリル!」
「いけぇぇッ☆!」

 シェリルが放った初撃。それに続いたアーサーとモルナもキマイラにダメージを重ねていた。

 強くなったアーサーとシェリルの攻撃はこれまで以上に効いている。アーサーとモルナの連撃によって呻き声を上げたキマイラは苦しそうに後ずさりし、その僅かに生じた隙をアーサー達は見逃さなかった。

 バランスを崩したキマイラの意識は目の前のアーサーとモルナにしか向いていない。そこへ軽やかな動きで既にキマイラの頭上に舞っていたシェリルが、地面に着地すると同時に渾身の一振りをキマイラの首目掛けて振り下ろした。

「はぁぁぁッ!」

 ――シュパン。

 白銀の一閃。
 その輝きは一瞬の事だった。 

 彼女の放ったその一閃は見事キマイラに命中。刹那、この場に訪れた静寂の後、彼女が剣を鞘に納めるとほぼ同時、彼女によって一刀両断されたキマイラの頭部が鈍い音と共に地面に転がったのだった――。




「「うおおおおおおおッ!!」」



 フロア69はこの日1番の大歓喜に包まれた。