シェリルの一撃を受けたキマイラは唸り声を上げ、斬られた胴体から僅かに血を流していた。

「攻撃が浅かったですね」
「いや、十分だシェリル。これなら勝てる!」

 キマイラを仕留めるとまではいかなかったが、シェリルの攻撃は確かに奴にダメージを負わせている。正直能力的にアーサー達とキマイラに大差はない。だが少しではあるがアーサー達がキマイラを上回っていた。

「モルナはその人と皆を頼む! 安全な所まで下がっていてくれ!」
「OK! 任せて」
「行くぞシェリル!」
「はい!」

 再び剣を構えたアーサーとシェリルは同時にキマイラ目掛けて走り出す。

『グガアアア!』

 アーサーとシェリルを敵だと認識したキマイラは自らに向かって来るアーサー達を一掃しようと口から炎を放った。

 人など一瞬で丸焦げにしてしまうであろう炎ブレス。
 奴の攻撃になんとか反応出来たアーサーは炎を上手く躱し、既にワンテンポ早く反応していたシェリルは炎を躱した動きのまま一気にキマイラとの間合いを詰めた。

 ――シュバン。
『ギギャッ!』

 シェリルの一振りがまたもキマイラを捉える。
 致命的なダメージとはならないが確実に攻撃は効いていた。

 その証拠に攻撃を食らったキマイラは怒りのままに鉤爪を振り回し始めたが、大振りになったその単調なキマイラの攻撃に冷静に対応したアーサーとシェリルは2人で着実に攻撃を重ねたのだった。

「す、凄いぞあの子達……」
「勇者様が我々を救ってくれるのか……!」

 希望も戦意も気力も失っていたハンター達が、アーサーとシェリルの勇ましい姿を見て次第に生気が戻り始める。

 視界に映るは美しい白銀の舞。
 その動きはまるで妖精が優雅に空を舞っているかの様。
 美しい白銀の揺らめきは荒れ狂うキマイラの攻撃を何度も掻い潜ると同時に、強い白銀の一閃が何度も繰り出されてはキマイラを襲う。

 視界に映るは懸命な黒髪の少年。
 その動きは決して見惚れてしまう様な動きではない。
 だがその粗削りで愚直に剣を振るう少年の姿は見ている者達を勇気付け、更には失いかけていた希望の火を皆に灯した。

「「はあああッ!」」
『グガァァァ……ッ!』

 アーサーは――いや、シェリルもまた決して余裕がある訳ではない。とても出会ってから日が浅いとは思えない息の合った2人の連携攻撃。この2人の攻撃に、キマイラは確実にダメージを積み重ねられ苦しそうな素振りを垣間見せていた。

 一方のアーサーとシェリルもいつからか呼吸が荒くなり、動きに僅かにキレがなくなっている様子。しかし、一心不乱に剣を振るう2人のその闘志には一切の陰りはない。周りで見ていたハンター達も勇敢な若者の戦う姿を目の当たりにし、失っていた言葉を若き力を後押しする声援に変えた。

「が、頑張れぇぇッ!」
「キマイラも確実に弱っているぞ!」 
「頼む! 絶対に勝ってくれ!」
「いけぇぇぇぇッ!」

 絶望の中に見出された光。皆がアーサーとシェリルを応援する。
 雰囲気が一変し、大丈夫だと判断したモルナはアーサーとシェリルに加勢する。

「イケるよアーサー様、シェリル! このまま一気に倒そう!」

 モルナが加わった事によってアーサーとシェリルの士気も上がり、戦いは更にアーサー達が優勢となった。

(勝てる。このまま3人で押し切ればこいつを倒せる――)

 モルナの加勢がダメ押しとなり、アーサーは勝利を確信した。

 そして。

 戦いの中で生まれた僅かな“油断”は、時として取り返しのつかない事態となって己に返ってくるものだ――。

 グラッ。

「しまッ……!?」

 僅か一瞬。
 時間にして1秒にも満たないであろうその一瞬は、互いの実力が拮抗する激しい攻防の中では非常に重要で大きな存在となる。

 勝利を確信したと同時にアーサーに生まれてしまったその一瞬の油断は彼の反応を僅かに遅らせ、次に繰り出されたキマイラの炎ブレスを完璧には躱し切れずに右足に食らう。

 幸い軽い火傷程度で動けるダメージであったが、足を襲った激しい痛みで踏ん張り切れなかったアーサーはバランスを崩して地面に膝を着いた。

 その次の瞬間、アーサーの死角からキマイラが鋭い鉤爪を振り下ろしていた。

「ぐああああッ!」
「アーサー様!?」

 アーサーの叫び声が響き、いつも冷静な表情のシェリルの眉がピクリと動く。間一髪攻撃の気配を感じ取ったアーサーは反射的に身を躱していたが、無情にもキマイラの鉤爪はアーサーの腹部を引き裂いていたのだった。

「う゛ぐぅぅッ……!」

 握っていた剣が地面に落ち、アーサーは痛みを堪えながら引き裂かれた腹部を必死で手で抑える。

 命があっただけで儲けもの。
 キマイラの繰り出す一撃一撃は簡単に人の命を奪ってしまう威力だ。反射的に身を動かせた事が結果これだけのダメージで済んだとも言える。

 深手を負ったアーサーの元へモルナが駆け寄り、シェリルもキマイラに強い一撃を放って退かせ、急いでアーサーの所に駆け寄った。

「アーサー様大丈夫!?」
「あ、ああ……。なんとかギリギリ……」
「アーサー、後少しでキマイラをッ――」

 そこまで言いかけ、突如シェリルの言葉が止まった。
 
 いや、ただ止まっただけではない。
 
 傷を負ったアーサーを見たシェリルは次の瞬間、突如取り乱したかの様にガタガタと体を震わせすとそのまま呼吸がどんどんと荒くなり、彼女は糸が切れた人形の如く地面に崩れ落ちてしまった。

「い、いやッ……やめて……来ないで……ッ!」
「シェリル!?」

 いつも無表情なシェリルの顔が青白く苦痛に歪む。
 なにが原因なのかは分からない。だが彼女のその様子は明らかに異常。地面に崩れ落ちたシェリルは俯き頭を抱え、消えそうな声でひたすら同じ様な事を呟いている。

 “やめて。来ないで”と――。

「ちょっと、どうしたのよシェリル!」
「モルナ、一先ずシェリルの事は後だ! 距離を取らないとヤバい!」

 アーサーを血が流れる腹部を抑えて立ち上がり、モルナと共にシェリルを担いで急いでキマイラと距離を取る。態勢を立て直したキマイラはギッとアーサー達を睨んで再び狙いを定めた。

「ハァ……ハァ……ハァ……ッ」

 変わらず表情を歪めているシェリルはパニック状態。訳が分からないアーサーとモルナもただ困惑しながらシェリルを心配する事しか出来ない。満身創痍となったアーサー達の姿を見て、今度は周りのハンター達が鼓舞され武器を手に立ち上がり始めた。

「あんな若い子達が頑張っているんだ。俺達も行くぞ!」
「そうだそうだ! 俺達だってハンターだ! 情けない姿をこれ以上晒すな!」
「全員でキマイラを討伐だあああ!」
「「おおーーー!!」」

 その場にいた50人弱のハンターがアーサー達の勇気に奮い立たされ一斉にキマイラに向かって突撃して行く。

 バラバラでは到底敵わない。
 全員が同じ認識をしていた事が功を奏したか、ハンター達は闇雲に突っ込む訳でなく自然と複数人で固まって動いていた。

「絶対に1人で突っ込むんじゃない! 奴はもう少しで倒れる! 全員一定の距離感を保ったまま、順番に攻撃を仕掛け続けるんだッ!」

 個人の攻撃力では与えられるダメージは雀の涙。
 しかし皆で攻撃を繰り出し続ければ塵ほどの攻撃力でもいずれ山となる――。

 死なない。
 死にたくない。
 1人も犠牲になってほしくない。

 全員が死に際に立たされながら、それでも全員が一瞬の集中も切らす事無くキマイラに攻撃をし続けるのだった。

 そして。

 その時が訪れる――。