「「いただきます!」」
「狭くてボロい家だねぇ。家畜小屋かいここは?」

 突如アーサー達の前に姿を現したイヴ・アプルナナバ。
 彼女は急に現れた上にギルドを設立しろなどと言い出した挙句、その後の流れで何故か今アーサーの家に来ていた。

「そこまで言う事ないじゃないですかイヴさん……。狭くてボロいのは重々承知してますって」
「モルナこれもーらい☆」
「ちょっとモルナ! まだシェリルが来てないでしょ」
「私の事は構わないで結構です。先に召し上がって下さい」

 小さな食卓を皆で囲うアーサー達。エレインがご飯を並べているが、待ちきれないモルナは一足先に食べ始める。そして自分の名前を呼ばれた事に気が付いたシェリルがお風呂場のドアを開けてそう告げた。

「あ、お兄ちゃん今見たでしょ!」
「いやッ……み、見てないって!」
「あ~、アーサー様やっぱりそういうの狙ってたんだ」
「そういうのってどういう事?」
「へへへ。実はねエレイン、アーサー様ったらッ……「違う! やめろモルナッ!」

 あらぬ容疑を掛けられそうになったアーサーは間一髪の所でモルナを止めるのに成功。しかし完全に白とは言い切れないアーサーは歯切れの悪い対応で必死にエレインを誤魔化すのだった。

「騒々しいねぇ全く」

 そんな光景を見たイヴが静かに呟く。彼女が“本体”であったらとてもじゃないが狭くていられないだろう。

「それにしても凄いですね。これってイヴさんのスキルですか?」
「いいや。これはアーティファクトの効果だよ。自分の“思念体”を飛ばして操作出来るのさ。じゃなきゃわざわざアンタの前に現れないよ。遠いし疲れるじゃないか」

 それを聞いたアーサー達は皆納得していた。確かにあんな山からいちいち動くのは大変だ。

「だから何度も言っているが、私はそんな事をアンタ達に伝えに来たんじゃないよ。ギルドの話をしに来たのさ」

 そう。イヴがわざわざアーサーの元へ来たのは、後にも先にもこれが理由らしい。

**

 世界は確実に“終末”に近付いている――。
 
 これがイヴの話の始まりであり、彼女曰く、先日ギルド『精霊の宴会』がダンジョンのフロア90に到達した事によりダンジョンの“終わり”が一気に現実味を増した。

 突拍子もない話であったが、この話の概要はツインマウンテンの時にも既にアーサー達は1度聞いていた。もう100年近く前にハンターとしてギルド『一の園』を設立したイヴ。彼女も当然ハンターであった。

 そしてそんな彼女のスキルはアーサーがリリアとも話していた『魔術師』のスキルであり、イヴは50年以上も前にその魔術師の特殊スキルであった“魔眼”を使用した代償で力の全てを失ってしまったそうだ。

 そもそものきっかけは些細な事。
 かれこれ50年以上ハンターとしてダンジョンに挑んでいたイヴは何時からか自分や人類の限界を感じていた。どこまで続いているのかわからない、最後に何が待ち受けているのか分からないダンジョンという凄まじく高い壁に希望を見失いかけていた。

 そんな時、彼女の『魔術師』スキルがレベルMAXに到達。そこで魔術師の特殊スキルである魔眼を習得したイヴは、現状の先が見えない壁の打破と、これからのハンターや人類の未来、ダンジョンの理を知る為に魔眼を使用した。

 魔眼の効果は“未来を視る事が出来る力”。

 この魔眼の使用回数はレベルに関係なく“1度のみ”。
 更に魔眼を使った者はその代償として永久にハンターとしての力を失う――。

 払う代償が大きいと当時周りの仲間達は彼女を止めたが、世界の未来がこれに懸かっていると本能が自らに訴えかけていたイヴは魔眼を使用する事を決意。その刹那、イヴの頭の中にはこれから起こるであろう“未来”の情報が膨大に流れ込んだのだ。

 割れそうな程の頭の痛み。
 
 そして。

 その痛みが治まった頃、世界でただ1人、イヴだけが世界の未来を視た――。

**

「イヴさんの言いたい事は分かりましたけど、何で急にギルドが必要なんですか?」

 アーサーの率直な疑問。だがこれは話を聞いていたエレインも同じ事を思っている。イヴと初対面のモルナはそんな話よりもご飯に夢中だ。

「これも昨日話したと思うが、私が魔眼で視たのは“魔王”の誕生と世界の終末。そしてそれを救えるのは勇者であるシェリルなのさ。だからこそシェリルには仲間とギルドが必要。いくらあの子が強くても、1人では魔王を倒すどころかそこまで辿り着けないからねぇ」

 ツインマウンテンでの出会いからアーサーがイヴに対して分かっている事。それはイヴという人物が100歳を超えているのに滅茶苦茶元気――いや、それどころか全く歳を感じさせない50そこそこに見える外見と、基本的に口が悪くせっかち気味であるという事。

 逆を言えばアーサーはまだイヴの事を全然知らないのだが、今目の前で話す彼女の思念体は間違いなく微塵の冗談も言っていない。アーサーはそう感じていた。

「話は分かりましたよ。でも僕も昨日言ったと思うんですけど、決してイヴさんを疑っているという訳じゃありません。ただ話が余りに突拍子過ぎて、正直実感がまるで湧かないんでよ……。
ダンジョンには魔王が存在するって事ですよね? その魔王が世界を滅ぼすと。そしてそれを救えるのがシェリルだと」
「ああ、そうさ。まだ私を疑っているとは、どこまで馬鹿者なんだいアンタは」
「いえ、だから疑っている訳じゃないですって! そもそも何でイヴさんは僕なんかに世界を救うシェリルを任せているんですか? ギルドだって僕ではなく、ジャックさんに頼んで精霊の宴会に入れてもらった方が絶対にいいと思いますけど……」

 客観的に見てもアーサーの言う事が正しいだろう。
 世界最強のハンターであるジャックが率いる精霊の宴会。このギルドが世界一なのは間違いない。ならばそれ相応の実力があるであろうシェリルもそこに入るのが最も良いと考えるのが普通だ。

 しかし。

(話はそんなに単純じゃないのさ。強いだけでは解決にならない。世界を――そしてシェリルを救えるのは“アンタしかいない”んだよアーサー)

 イヴは1人そう思いながら静かにアーサーを見つめていたのだった。

「それじゃダメだからアンタに言ってるんだよ馬鹿者。シェリルは元々“奴隷”でねぇ。そんな彼女の才能を買ったのが他でもない、エディング装備商会のトップであるオーバト・エディング。更に奴は自分にメリットしかない安い契約をシェリルに結ばせ、都合良く彼女を使っていたのさ。

だから私はシェリルと共にその契約を破棄するべく動いていた。
オーバト本人は確かに隙が無い男だったが、息子のバット・エディングは面白い程単純でアホな男。アンタも知っているだろう?
これまで息子の悪事を揉み消していたオーバトに、私はついこの間“ある証拠”を叩きつけてやったのさ。

この証拠を世に出さない代わりにシェリルを渡しなとね。
そして結果はこれ。
オーバトは私が思っていた以上に息子に手を焼いていた様だねぇ。その証拠と他にも諸々突きつけてやったらシェリルとの契約を破棄したのさ」

 一気に衝撃の事実を聞かされたアーサー。
 彼は戸惑いあたふたしながらも懸命に今の情報を整理した。

「私の他に世界の未来を知るのはジャックのみ。奴は内からオーバトの情報を得る為に水面下で動いていに過ぎない。勿論同時にダンジョン攻略も本気で目指しているから、結果的にエディング装備商会の力はジャック達にもかなり役立った。肝心なのはその力をしかと理解して利用出来ているのかどうかさ。

運良くシェリルを奪い返せた上に、私がジャック達と繋がっている事も悟られずに済んだのは大きいねぇ。だからシェリルを精霊の宴会に入れるのは簡単だが、それでは折角のアドバンテージをみすみす棒に振るようなものだ。馬鹿でもこれぐらい分かるだろう? ヒッヒッヒッ」

 事の経緯を話すイヴは不敵な笑みを浮かべていた。
 これではどっちが悪者か分からないと思ったアーサーであったが、当然そんな事は口にしなかった。

 差し詰まるところ、このままイヴとジャック達の関係がバレないよう、且ついい感じに目くらましをする為にもギルドを建てろと言う事だ。イヴからの目に見えない圧力を感じ取ったアーサーは最早ただ頷く事しか出来なかった。

「ギルドを建てればアンタにだってメリットしかない。実力を認められればもっと稼げるようになるからねぇ。それこそエディング装備商会と契約でもすれば、奴から大金を奪えるだろうねぇ。ヒッヒッヒッ!」

 イヴのこの何気ない一言は、アーサーをその気にさせたのだった――。