♢♦♢
~イーストリバーアカデミー~
「じゃあねお兄ちゃん!」
「ああ。一応気を付けるんだぞ」
昨日のバット撃退から一夜明け、アーサーとエレインは普段通りにアカデミーへと登校している。
昨日の今日だからとエレインに休みを提案したアーサーであったが、良くも悪くもそんな兄の心配を振り払うかの如く、エレインは「ここで休んだら逃げたみたいに思われるじゃん!」と寧ろ好戦的にアカデミーに行くと言い切ったのだった。
本当に逞しく成長している。
アーサーは再びそう思いながらエレインに手を振り、互いにそれぞれのクラスへと向かって行った。
**
「時間だぞー! 席に着きなさーい!」
アカデミーの教官の声が慌ただしい朝のクラスに響いた。
(何だ。逆にアイツらが休みかよ)
アーサーは空席のバットの机を見る。更に視線を動かすと他にも空席が3つ程。全てバットの金魚のフン共の席だ。アーサーがそんな事を思いながら彼らの空席を眺めていると、教官が「今日は彼らは欠席だ」と皆に告げた。
流石のバットも顔を出せないのだろう。
そう思ったアーサーは少しだけ口角を上げると、誰にも分からない様な小さなガッツポーズをしていた。
(あ。そういえば今日は炎Cランクの昇格テストだったな……。バタバタしていたから、リリアさんに言って日にちをズラしてもらおう)
**
「「本当にすみませんでしたッ!!」」
「お、おいッ! 止めろよこんな所で……!」
昨日の事もあり、アーサーは予め今日は一緒に帰ろうとエレインに伝えてあった。休む事は反対されたが一緒に帰る事は承諾してくれたエレイン。アカデミーが終わったら入口で待ち合わせようと約束し、今まさにアーサーとエレインが合流した為いざ帰ろうと2人が1歩足を踏み出した瞬間、それは起こったのだった。
「「もう2度とこんな事はしません! だから許して下さい! お願いしますッ!」」
「いや、だからそっちがマジで止めてくれ……!」
一体どこから湧いて出てきたのか。
まるで待ってましたい言わんばかりのタイミングでアーサーとエレインの前に数人の男達が現れ、その男達は全員横一列に並んで2人の足元でいきなり土下座。
しかも一語一句ズレる事のない完璧なまでの謝罪を披露してきたのだった。
あまりに突発的な事に戸惑うアーサーとエレイン。謝罪をしてきた男達はバットのお仲間連中だ。どうやら昨日ぶっ飛ばされなかった連中がアーサー達に詫びを入れに来た様子。
昨日の今日でしかと状況を理解をし、過ちを認めて謝罪をしに来たのは最低限評価しよう。まだ辛うじて救いようがある。しかし彼らの謝罪の仕方と場所が余りにも場違いだった。
言わずもがなここはアカデミーの出入口ど真ん中。当然周りには多くのアカデミー生達がいる。そして当然の如く今皆の視線はアーサー達――人が最も行き交う出入口で土下座をしている男達に注がれていたのだった。
「「申し訳ございませんでした!」」
「わ、分かったよ。分かったからまずその土下座を止めッ……「ほんと~に反省してるのアンタ達!」
(エレイン……?)
アーサーの言葉を勢いよく遮ったのはエレイン。
彼女は周りの目を気にするアーサーを全く気にする事なく男達の前に仁王立ちをした。溢れんばかりの“女王感”を醸し出しながら。
「「勿論です! 心の底から馬鹿な事をしたと反省しています! 私共に出来る事でしたらなんでも致しますので何なりとお申し付けを!」」
男達の土下座と文言が更なる女王と下僕という関係を演出していく。最早周りで見ている者達は全員がそんな事を思っているだろう。
「そう。だったらこのまま順番にアンタ達の頭を踏みつけても問題ないわね?」
「「当然です! 踏むなり叩くなりどうぞお好きなようにして下さい!」」
(もう本当に止めなさい貴方達。凄い変態プレイをしている様に見えているぞこっちは)
アーサーの切実な願いが届いたのか、エレインは男達に2度とこんな事をしないと改めて約束させ、追加でサラへの謝罪と、もし今後エレインから何かしら指示が入った場合は最優先で彼女に力を貸すという条件の元、この公開謝罪は幕を閉じたのであった。
何はともあれ、もうバット達に抵抗の意志がない事を再認識する事が出来たアーサーとエレイン。男達が去った後、2人も今度こそ帰路に着いた。
そして。
この日は更なる異常事態がアーサーを襲う。
**
~家~
「「ただいま~」」
家に帰ったアーサーとエレイン。
誰もいないと当然分かっていながら、帰宅した2人は無意識にそう呟いていた。
「お帰りなさい」
「「……!?」」
あり得ない一言にアーサーとエレインは一瞬動きが止まる。アーサーは反射的にエレインを見て、エレインもまた反射的にアーサーを見た。
“今の誰”――?。
数秒目を合わせてパチパチと瞼を動かした所で、ふと我に返ったアーサーがエレインを庇う様に前に立った。
「だ、誰だ!? そこにいるのは!」
この小さな部屋に暮らすのは勿論アーサーとエレインのみ。2人が一緒に帰って来たのだから当然家には誰もいない。しかしアーサーとエレインの前には確かに“誰か”が存在している。小さく狭い家だが、間取り上玄関にいるアーサー達からは丁度声の主が死角部分であった。
アーサーはエレインを庇いつつ、聞こえた声が“女”である事を思い出す。万が一の場合はエレインだけでも直ぐに逃げられるよう、アーサーは「ここで待て」と小声で伝えて一気に部屋に繋がる扉を開いた。
すると。
「ッ――!」
部屋にいた者の姿を見た刹那、アーサーは時間が止まった様な感覚に襲われた。
目を見開いて動かない。
半開きの口からは言葉も出ない。
アーサーはただ一点を見つめて固まった。
「お、お兄ちゃん?」
突如2,3m前でフリーズした兄を見て、懐疑な表情で恐る恐る自らも動き出したエレイン。ゆっくり足を踏み出したエレインとは真逆にアーサーは未だにフリーズ状態。そんな兄を気にしながらエレインが歩みを進める事僅か数歩。覗き込む様に部屋を見た彼女の視界に飛び込んできたのは、想像していた泥棒や怪しい男とは全くの対照的。
綺麗で美しい。
そして何処とない儚さも感じるその“白銀”は、アーサーとエレインの心を瞬く間に奪い去ったのだった。
「嘘、もしかしてあのシェリル……? ほ、本物ッ!? また見ちゃった!」
そう。
アーサー達の家にいた人物、それは他でもない白銀の勇者、シェリル・ローラインであった。
「お帰りなさい」
見た目通りの美しい声が再び奏でられる。無論アーサーは驚きの余り未だに動けない。脳は凄まじい速さで処理を行っていたが、まるで言葉を失ったかの様に声が出なかった。
一方のエレインも“何故シェリルがこんなところに”と疑問を抱くと同時に、世界中の人が知っているであろう超有名人との再会に興奮が抑えられずにいる。
「うわぁぁ。やばい、やばいよ本当に。凄い美女だよお兄ちゃん! そういえば今更だけど、お兄ちゃんってこんな有名な人と同じギルトにいたの!? なんで?」
「……」
シェリルを目の前に、反応が真逆の2人。そんな2人を他所に次に動き出したのはシェリル。静かに1歩前に出た彼女は、アーサーとエレインの顔を見てゆっくりと口を開いた。
「貴方は何度かお見掛けした事がありますが、こうして会話をするのは初めてですね。改めまして、私はシェリル・ローラインと申します」
憧れの勇者が自分を見て言葉を発している。
どこか現実味のないこの状況にアーサーは一瞬呼吸をするのも忘れると、咄嗟におどおどとしながら慌てて言葉を返した。
「あ、え、えーと、初めまして! ……じゃなくて、僕も貴方の事は知っていまして! あのー、それで……な、なんというか……何故こんな所にいるのでしょうか……? あ! 僕の名前はアーサーといいます。アーサー・リルガーデンですッ!」
緊張で返すのが精一杯。頭が真っ白になっているアーサーは自分で今何を言ったのかさえ定かではない様子だ。だがやはり冷静なシェリルはそんなアーサーを気に留める事なく話を続けた。
「これを貴方に渡す様“言われました”」
「え、何ですかこれ?」
彼女が徐に取り出した物。それは1つの封筒であった。突如その封筒をシェリルから渡されたアーサーは戸惑いつつ確認する。すると裏には差出人と思われる名前が記されていた。
「ギルド……『一の園』……?」
聞いた事もないギルドの名前。
それに加えて肝心の封筒の中身は空であった。
(一体どういう事だ……?)
突如目の前に現れた憧れの勇者と、知らないギルドからの空の封筒。
全く訳が分からないこの状況に、アーサーはただただ首を傾げる事しか出来なかった――。
~イーストリバーアカデミー~
「じゃあねお兄ちゃん!」
「ああ。一応気を付けるんだぞ」
昨日のバット撃退から一夜明け、アーサーとエレインは普段通りにアカデミーへと登校している。
昨日の今日だからとエレインに休みを提案したアーサーであったが、良くも悪くもそんな兄の心配を振り払うかの如く、エレインは「ここで休んだら逃げたみたいに思われるじゃん!」と寧ろ好戦的にアカデミーに行くと言い切ったのだった。
本当に逞しく成長している。
アーサーは再びそう思いながらエレインに手を振り、互いにそれぞれのクラスへと向かって行った。
**
「時間だぞー! 席に着きなさーい!」
アカデミーの教官の声が慌ただしい朝のクラスに響いた。
(何だ。逆にアイツらが休みかよ)
アーサーは空席のバットの机を見る。更に視線を動かすと他にも空席が3つ程。全てバットの金魚のフン共の席だ。アーサーがそんな事を思いながら彼らの空席を眺めていると、教官が「今日は彼らは欠席だ」と皆に告げた。
流石のバットも顔を出せないのだろう。
そう思ったアーサーは少しだけ口角を上げると、誰にも分からない様な小さなガッツポーズをしていた。
(あ。そういえば今日は炎Cランクの昇格テストだったな……。バタバタしていたから、リリアさんに言って日にちをズラしてもらおう)
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「「本当にすみませんでしたッ!!」」
「お、おいッ! 止めろよこんな所で……!」
昨日の事もあり、アーサーは予め今日は一緒に帰ろうとエレインに伝えてあった。休む事は反対されたが一緒に帰る事は承諾してくれたエレイン。アカデミーが終わったら入口で待ち合わせようと約束し、今まさにアーサーとエレインが合流した為いざ帰ろうと2人が1歩足を踏み出した瞬間、それは起こったのだった。
「「もう2度とこんな事はしません! だから許して下さい! お願いしますッ!」」
「いや、だからそっちがマジで止めてくれ……!」
一体どこから湧いて出てきたのか。
まるで待ってましたい言わんばかりのタイミングでアーサーとエレインの前に数人の男達が現れ、その男達は全員横一列に並んで2人の足元でいきなり土下座。
しかも一語一句ズレる事のない完璧なまでの謝罪を披露してきたのだった。
あまりに突発的な事に戸惑うアーサーとエレイン。謝罪をしてきた男達はバットのお仲間連中だ。どうやら昨日ぶっ飛ばされなかった連中がアーサー達に詫びを入れに来た様子。
昨日の今日でしかと状況を理解をし、過ちを認めて謝罪をしに来たのは最低限評価しよう。まだ辛うじて救いようがある。しかし彼らの謝罪の仕方と場所が余りにも場違いだった。
言わずもがなここはアカデミーの出入口ど真ん中。当然周りには多くのアカデミー生達がいる。そして当然の如く今皆の視線はアーサー達――人が最も行き交う出入口で土下座をしている男達に注がれていたのだった。
「「申し訳ございませんでした!」」
「わ、分かったよ。分かったからまずその土下座を止めッ……「ほんと~に反省してるのアンタ達!」
(エレイン……?)
アーサーの言葉を勢いよく遮ったのはエレイン。
彼女は周りの目を気にするアーサーを全く気にする事なく男達の前に仁王立ちをした。溢れんばかりの“女王感”を醸し出しながら。
「「勿論です! 心の底から馬鹿な事をしたと反省しています! 私共に出来る事でしたらなんでも致しますので何なりとお申し付けを!」」
男達の土下座と文言が更なる女王と下僕という関係を演出していく。最早周りで見ている者達は全員がそんな事を思っているだろう。
「そう。だったらこのまま順番にアンタ達の頭を踏みつけても問題ないわね?」
「「当然です! 踏むなり叩くなりどうぞお好きなようにして下さい!」」
(もう本当に止めなさい貴方達。凄い変態プレイをしている様に見えているぞこっちは)
アーサーの切実な願いが届いたのか、エレインは男達に2度とこんな事をしないと改めて約束させ、追加でサラへの謝罪と、もし今後エレインから何かしら指示が入った場合は最優先で彼女に力を貸すという条件の元、この公開謝罪は幕を閉じたのであった。
何はともあれ、もうバット達に抵抗の意志がない事を再認識する事が出来たアーサーとエレイン。男達が去った後、2人も今度こそ帰路に着いた。
そして。
この日は更なる異常事態がアーサーを襲う。
**
~家~
「「ただいま~」」
家に帰ったアーサーとエレイン。
誰もいないと当然分かっていながら、帰宅した2人は無意識にそう呟いていた。
「お帰りなさい」
「「……!?」」
あり得ない一言にアーサーとエレインは一瞬動きが止まる。アーサーは反射的にエレインを見て、エレインもまた反射的にアーサーを見た。
“今の誰”――?。
数秒目を合わせてパチパチと瞼を動かした所で、ふと我に返ったアーサーがエレインを庇う様に前に立った。
「だ、誰だ!? そこにいるのは!」
この小さな部屋に暮らすのは勿論アーサーとエレインのみ。2人が一緒に帰って来たのだから当然家には誰もいない。しかしアーサーとエレインの前には確かに“誰か”が存在している。小さく狭い家だが、間取り上玄関にいるアーサー達からは丁度声の主が死角部分であった。
アーサーはエレインを庇いつつ、聞こえた声が“女”である事を思い出す。万が一の場合はエレインだけでも直ぐに逃げられるよう、アーサーは「ここで待て」と小声で伝えて一気に部屋に繋がる扉を開いた。
すると。
「ッ――!」
部屋にいた者の姿を見た刹那、アーサーは時間が止まった様な感覚に襲われた。
目を見開いて動かない。
半開きの口からは言葉も出ない。
アーサーはただ一点を見つめて固まった。
「お、お兄ちゃん?」
突如2,3m前でフリーズした兄を見て、懐疑な表情で恐る恐る自らも動き出したエレイン。ゆっくり足を踏み出したエレインとは真逆にアーサーは未だにフリーズ状態。そんな兄を気にしながらエレインが歩みを進める事僅か数歩。覗き込む様に部屋を見た彼女の視界に飛び込んできたのは、想像していた泥棒や怪しい男とは全くの対照的。
綺麗で美しい。
そして何処とない儚さも感じるその“白銀”は、アーサーとエレインの心を瞬く間に奪い去ったのだった。
「嘘、もしかしてあのシェリル……? ほ、本物ッ!? また見ちゃった!」
そう。
アーサー達の家にいた人物、それは他でもない白銀の勇者、シェリル・ローラインであった。
「お帰りなさい」
見た目通りの美しい声が再び奏でられる。無論アーサーは驚きの余り未だに動けない。脳は凄まじい速さで処理を行っていたが、まるで言葉を失ったかの様に声が出なかった。
一方のエレインも“何故シェリルがこんなところに”と疑問を抱くと同時に、世界中の人が知っているであろう超有名人との再会に興奮が抑えられずにいる。
「うわぁぁ。やばい、やばいよ本当に。凄い美女だよお兄ちゃん! そういえば今更だけど、お兄ちゃんってこんな有名な人と同じギルトにいたの!? なんで?」
「……」
シェリルを目の前に、反応が真逆の2人。そんな2人を他所に次に動き出したのはシェリル。静かに1歩前に出た彼女は、アーサーとエレインの顔を見てゆっくりと口を開いた。
「貴方は何度かお見掛けした事がありますが、こうして会話をするのは初めてですね。改めまして、私はシェリル・ローラインと申します」
憧れの勇者が自分を見て言葉を発している。
どこか現実味のないこの状況にアーサーは一瞬呼吸をするのも忘れると、咄嗟におどおどとしながら慌てて言葉を返した。
「あ、え、えーと、初めまして! ……じゃなくて、僕も貴方の事は知っていまして! あのー、それで……な、なんというか……何故こんな所にいるのでしょうか……? あ! 僕の名前はアーサーといいます。アーサー・リルガーデンですッ!」
緊張で返すのが精一杯。頭が真っ白になっているアーサーは自分で今何を言ったのかさえ定かではない様子だ。だがやはり冷静なシェリルはそんなアーサーを気に留める事なく話を続けた。
「これを貴方に渡す様“言われました”」
「え、何ですかこれ?」
彼女が徐に取り出した物。それは1つの封筒であった。突如その封筒をシェリルから渡されたアーサーは戸惑いつつ確認する。すると裏には差出人と思われる名前が記されていた。
「ギルド……『一の園』……?」
聞いた事もないギルドの名前。
それに加えて肝心の封筒の中身は空であった。
(一体どういう事だ……?)
突如目の前に現れた憧れの勇者と、知らないギルドからの空の封筒。
全く訳が分からないこの状況に、アーサーはただただ首を傾げる事しか出来なかった――。