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 リリアに感謝の贈り物を渡した日から早5日。

 あれから昇格テスト受けたアーサーは見事に人Dランクに合格。
 更にそのまま力を持て余すオーガアーティファクトでフロア20~49を瞬く間に攻略し、アーサーは順調に炎Cランクの昇格テストを明日に控えていたのだった。

 しかしその一方で――。

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「なぁ、最近アーサーの反応悪くね?」
「ああ。それは俺も思ってた」
「生意気だよな」

 アーサーがバットに殴りかかり、いとも簡単返り討ちにされた日から数週間。あれから暇つぶしと言わんばかりに毎日懲りずにアーサーをからかっていたバット達であったが、全く反応を示さなくなったここ最近のアーサーにやきもきしている様子。

(確かにコイツらの言う通りだな……。クソ無能の分際でが俺達をシカトしやがって。そんなスカした態度で優位に立っているつもりか? 笑えねぇんだよ)

 何を隠そう、そんなアーサーの態度に最も苛立ちを見せていたのがバット。彼は全く反応を示さないアーサーに途轍もない怒りを覚えていた。
 
 面白くない。
 つまらない。

 物心着いた時から全てが手に入ったバットにとって、自分の思い通りの反応を示さないアーサーにはただただつまらなく苛立つ存在なのだ。

「なんかもっといい方法ないかな~」
「ハハハハ! これ以上やったらアカデミー辞めるんじゃね?」
「それはそれで面白いけどよ、実際なったらシラけるよな」

 笑いながらそんな会話をするバットの連れ達。
 そんな彼らの会話を横目に見ていたバットは突如ハッと“思いつく”。

(そういや、アイツって妹がいたよな。そうだ。あの時妹の話題を出したら生意気にもこの俺に歯向かってきやがったんだ。
成程……。妹は確か1個下の107期生だったな。クククク、こりゃ面白い展開になりそうだぜ)

 水を得た魚の様に、急に活気が戻ったバット。

「おいお前達! めちゃくちゃ面白い事思いついたぜ――」

**

 アカデミーが終わり、生徒達は一斉に帰路につく。多くの少年少女達が友達に手を振ったり他愛もない会話をしながら家に帰って行く。

「ハハハ、何それ。ウケる!」
「でしょ? ありえないよね」

 笑いながら友達と楽しそうに会話をしているエレイン・リルガーデンもその1人。彼女はいつもの様に仲良しな友達と喋りながら帰っていると、この日は唐突にある者達に声を掛けられた。

「君がエレインちゃん――?」
「え……。は、はい。そうですけど」

 そう言ってエレインを呼び止めたのはバット。
 彼は目の前の女の子がアーサーの妹であると確証し、一瞬不敵な笑みを浮かべていた。

「同じイーストリバーアカデミーのバッジですね。108期生……先輩じゃないですか」
「そうそう。俺は一応君達の先輩」
「あ~、成程。エレイン、またアンタに“告白”だわ」

 事情を全く知らないエレインの友達は、日常茶飯事と言わんばかりに1人で納得して頷いていた。美女であるエレインは、その容姿端麗さからアカデミーでもちょっとした有名人となっている。

 エレインの友達は、バットがまた彼女に告白をして散っていった数多の“有象無象”の次なる1人であると名推理をしていた。

『アカデミー帰り×美女を呼び止める=愛の告白』

 青春ど真ん中の年頃である彼女にとって、今のシチュエーションは紛れもなくその方程式に当てはまっていたのだ。

「ね! そうですよね先輩。あ、私は直ぐにこの場を去りますので、その思いの丈を彼女にぶつけてやって下さい。 健闘を祈ります!」

 手慣れたエレインの友達は場をパパっと仕切り、バットがエレインに告白をしやすい状況を展開した。恐らく何度もこういった状況を経験しているのだろう。動きと会話のテンポが一流のそれであった。

「え!? ちょ、ちょっと待ってよ……!」
「いいからいいから。結果はまた後で教えてね。じゃあね」

 そう言ったエレインの友達は、軽く手を振って速やかにその場を去ろとした。

 だが。

「おい。誰が誰に告白するんだよ」

 思わぬ展開に痺れを切らしたバットがエレイン達の行く手を阻む様に立ち塞がった。

「あれ。告白じゃないんですか?」
「違ぇよ。誰もそんな事言ってねぇだろ全く。……おい!」

 ダルそうに答えたバット。そして彼は直後、エレイン達の後方を見ながら徐に大きな声で誰かを呼ぶ。すると次の瞬間、何処からともなく現れたバットの取り巻き達がエレインとその友達を囲った。

 男達の不気味な笑みと嫌な予感を感じ取ったエレイン達。
 更にエレインは目の前にいる男の顔を見て、この間アーサーと行ったバイキングでの出来事がフラッシュバックした。

「あなた確か……バイキングにいたお兄ちゃんの……」
「お! やっと思い出してくれたみてぇだな。貧乏なのによくあんな所で飯食えたな。兄ちゃんどっかで金でも盗んでるんじゃないか? ハッハッハッハッ!」

 不愉快極まりないバットの言動。
 高笑いする彼の態度を見て本能的に身の危険を感じたエレインは、刹那友達の手を掴んで一気に走り出した。

「この人達なんかやばいッ、逃げるよサラ! ……きゃッ!?」
「エレイン!? きゃあ!?」

 逃げようとしたエレインとサラ。しかし無情にもそれは一瞬で阻まれる。バットとその連れがエレイン達の腕を掴み、抵抗する彼女達を力で抑えつけた。

「ちょッ、離しなさいよ! なんなの!」
「ハッハッハッ、強気な女はそそられるねぇ」
「君達の力で俺らに敵う訳ないじゃん」
「それにしてもマジ可愛くね? ヤりたいんだけど」
「アーサーの妹だけ狙ってたのにもう1人ゲット! しかもこの子胸でか!」

 下衆な笑みに下衆な発言。
 エレイン達が必死に抵抗しても男達の力には到底抗えない。

「嫌だ! 何するの! 離してよ!」
「うるせぇな」

 ――バチンッ。
 騒ぐエレインの友達を黙らせようと、バットは彼女の頬に平手打ちを繰り出す。突如殴られたエレインの友達は余りの恐怖で萎縮してしまった。

「サ、サラ大丈夫!? ちょっと! 女に手を出すなんて最ッ低よあんた!」
「だからうるせぇって言ってんだろ。黙らないなら強引に黙らすぞ」
「……!?」

 酷く冷たい雰囲気を醸し出すバットに、エレインもそれ以上強く抵抗する事が出来なかった。

「最初から素直に大人しくしてればいいんだよ。行くぞお前ら」

 こうして、エレインとサラはバット達に連れ去られてしまった。

 そして。

**

 ――ブー。ブー。ブー。
「ん、誰だ?」

 アカデミーが終わり、日課の如くダンジョンに直行していたアーサーのウォッチが彼に連絡を知らせた。ウォッチに表示されるは“バット”の文字。彼の名前を見たアーサーは一瞬電話に出ようか迷ったが、どうにも嫌な感じをした為出る事に。

<お、出たみたいだな>
「バット……。何の用だ?」

 ウォッチから表示されるモニターには見たくもないバットの顔。機械越しからでも相変わらず彼の声はアーサーを不快にさせ、無意識の内にそんな感情が態度に出てしまっていた。

<おいおい、なんだよその目つきは。本当にいちいちイラつく野郎だなお前。しかもお前今ダンジョンにいるのか? マジかよ。ハッハッハッハッ! 無能なスライム召喚士の分際でまだダンジョンなんかに挑んでやがるのか! 未練がましいにも程があるぞ貧乏人>

 今にでも奴をぶっ飛ばしてやりたい。
 率直にそう思ったアーサーであったが、明日炎Cランクに上がれば完璧に計画が整う。遅かれ早かれ明日にはバットをぶっ飛ばそうと思っていたアーサーは最後の我慢だと必死に堪えた。

 しかし。

 次のバットの一言が、遂に本気でアーサーをキレさせた。

「俺が何しようとお前には関係ないだろ。さっさと用件を言えよ」
<ちっ。調子こいてんじゃねぇぞクソボケ! クハハハ、まぁいい。俺は今久しぶりに機嫌が良いからな。お前の“妹”のお陰で――>

 その言葉を聞いた刹那、アーサーの全身の毛が逆立った。