神Sランクの無能召喚士~最弱無能だと追放されたが、どうやら僕は『アーティファクト』を召喚出来るという唯一無二のレアスキル持ちだった。さぁ反撃といこうか~

**

~ダンジョン・メインフロア~

「あら、お帰りアーサー君。今日は私を困らせなかったわね。偉いわ、ご褒美よ」
「わッ! リ、リリアさん!?」

 ――むぎゅ。
 受付に戻った瞬間、アーサー少年はリリアの大谷間へ吸い込まれた。勿論突然の事に焦ったアーサー少年であったが、彼はどこか懐かしさを感じるその感触に、自然と身も心もリリアに委ねたのだった。

(うっそ、なにこれ。アーサー君可愛すぎるんだけど~。お姉さん興奮しちゃうじゃなぁい)

 そう。
 アーサー少年はまだ知る由もない。
 彼女リリア・エロイムが無類の“可愛いもの好き”だという事を。そして彼女が根っからの“チェリーボーイキラー”だという事を。アーサー少年はまだ知る由もなかったのだ――。

「あぁぁ、このまま食べちゃいたい……」
「リリアさん! そろそろ離してもらいたいんですけど! (正直永久にこのままでも構わないんだが、なんか周りから突き刺さる様な視線が……)」
「え? あ、あらヤダ。ごめんなさい、私ったら」

 理性を抑えられずに手を出しそうになってしまったリリア。思わず心の声が漏れたが、幸い周りの視線に気を取られていたアーサー少年には聞こえなかった様だ。

「いえいえ。それよりリリアさん、今日の収穫分を換金してもらいたいんですけど」
「ええ、分かったわ。今日は何個魔鉱石取れたのかしら?」

 そう言われたアーサーは少しバツが悪そうに『ゴブリンの帽子(D):Lv1』を取り出す。

(もう1回だけ……。今まで苦労してきた分、これでもう1回だけエレインと美味い飯を食べたい)

 アーサーは慣れた手つきで魔鉱石を受付のカウンターに置く。更に自然に『ゴブリンの帽子』も。

「凄いじゃないアーサー君、今日はこんなに魔鉱石取れ……ッ!?!?」

 次の瞬間、この場に存在する事があり得ないアーティファクト『ゴブリンの帽子』を見たリリアは目を見開き言葉を失う。

 そして。

 ダンジョン中に響き渡る大発狂を奏でたのだった。

「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?!?」
「ちょ、ちょっとリリアさん!」

 リリアの凄い発狂で周りの者達の視線が自ずと彼らに集中した。ハッと我に返ったリリアは適当に愛想笑いで誤魔化し、周囲の視線をなんとか散らせた。

「ア、アーサー君! これどうしたの! 何で貴方がこんな物持っているの!?」

 驚きを隠せないリリアは小声ながらもアーサーを問い詰める。まるで「盗んだ訳じゃないわよね?」とでも言いたそうな懐疑な視線を向けていた。この緊迫する中ですら彼女にエロさを感じてしまっているアーサーは一旦置いておこう。

「あの、先に言っておきますけど僕は絶対盗んだりしていませんからね! 絶対にしませんよそんな事!」
「いや……。まぁアーサー君ならそんな事しないなぁと思ってはいるけど、じゃあコレ一体どうしたのよ? Dランクの、しかもモンスターネームのアーティファクトなんて“フロア20以上”じゃないと手に入らないわ」

 そう。これはまさしくリリアの言う通り。
 Dランクアーティファクトである『ゴブリンの帽子』はアーサーが周回しているフロアでは絶対に手にする事が出来ない代物。しかもアーサーの実力までしかと把握していた彼女が疑ってしまうのも無理はなかった。アーサーはそんな疑いを解消しようとリリアに事の経緯を伝えたのだった。

「リリアさん。これ言っていいのか分からないんですけど……実は――」

**

 アーサーの説明で納得したリリアは大きく頷いた。

「成程、そう言う事ね。分かったわ。でも……本当にそんな事が出来るなんて驚きね。受付の私達には色んな情報が集まるけど、アーサー君みたいなスキルは聞いた事がないわ」
「僕も正直あまり実感がないと言いますか、まだ手探りの状態なので今以上の事は分からないんですけどね」

 そこまで話すと、リリアは急に口角を上げてアーサーの腕に絡みつく。

「え、リリアさん……!?」
「アーサー君。今の話は一先ず私と貴方だけの秘密にしておかない?」
「秘密にですか?」
「そうよ。だってこんな話を皆にしたら絶対に狙われちゃうわ。危ないハンターとか怪しい裏稼業をしている連中にね。折角アーサー君が自分で稼げるようになったのに、そんな目に遭ってもいいのかしら」

 これまたリリアの言う通り。
 確かにアーサーのスキルは他に全く情報が無い上に、聞く人が聞けば強引にでも奪う者達がいてもおかしくない。

 リリアの助言で改めて身の危険を感じたアーサーは無駄に周りに伝えるのは良くないだろうと彼女の提案を受け入れる。寧ろ親切にしてくれる彼女に頭が上がらないアーサーだった。

(もぅ~。本当になんなのよこの子。ただ美味しそうなチェリーなだけじゃなく、そんな凄いスキルを持っていたなんて……。
これは絶対に他の女には奪わせない。アーサー君。貴方は必ず私が頂くわ)

 アーサーは当然リリアの本性に気が付く訳がなかった。
 彼はこの日、ある意味最も危険なハンターに完全にロックオンされたのかもしれない――。

「ありがとうございますリリアさん。それでこの『ゴブリンの帽子』はいくらになりそうですか?」
「ああ、そうだったわね。直ぐに調べるわ」

 リリアは受付に設置されているモニターで換金の処理を行う。

「とりあえずこっちの魔鉱石が33個で9,900G。それでこっちのアーティファクトがえ~と……Lv1だから17,664Gよ。合計で27,564Gね。凄いじゃないアーサー君!」

 金額を聞いたアーサーは耳を疑う。これまでの彼からすると大事件の金額だったから。

「嘘……2万越え? よっしゃぁぁ!」

 アーサーはガッツポーズで喜びを露にする。昨日までの疑心が確信に変わったのだ。これまでの苦労がやっと報われる時が来た。これでやっとハンターとしてそれなりの稼ぎを得られる様になった。

「フフフ。良かったわねアーサー君。これが換金分のお金よ、どうぞ」
「よしよしよーし! 
(やったぞエレイン。昨日の事は夢じゃなかった! これから兄ちゃんはもっと稼ぐ。だから今日だけ最後にもう1度美味しいものを食べに行こう!)」

 アーサーは今日エレインと再び美味しい物を食べようと『ゴブリンの帽子』を持ち帰ったのだ。新たなスキルを習得したからといって浮かれている訳ではない。ただこれまで苦労した分、ほんの数回だけ妹と共に贅沢をしたかっただけ。

 早くこの事をエレインに話そうと、カウンターにあるお金をしまうアーサー。だがそこである事に気が付く。

「あれ? 換金額って確か27,000Gぐらいでしたよね? なんか少し多い気が……」
「ああ、それは私からのご・ほ・う・び。 稼げるハンターになったお祝いよ」
「え! いいんですか!?」
「ええ。その代わり、これからも何かあったら先ずは私に相談してね」
「分かりました! ありがとうございますリリアさん!」

 元気にそう返事を返したアーサーは、リリアからのお祝い金10,000Gを追加した37,564Gを受け取ってダンジョンを後にしたのだった。

(あぁ~堪らない。直ぐにでも食べたいぐらいそそられちゃう)

 リリアの獲物を狙う視線に気が付く事もなく――。 

♢♦♢

~近所の料理屋~

「ねぇ、嘘でしょお兄ちゃん……。本当にこれ全部食べていいの……?」
「ああ。勿論だ妹よ。好きなだけ食べるが良い」

 口の中が唾液で溢れるアーサーとエレインの目の前には、様々な食べ物と飲み物がテーブル一杯に並んでいる。

「凄ーい! 私バイキングなんて初めて!」
「正確にはお父さんがまだ生きていた頃に1度だけ経験しているぞ。兄ちゃんもまだ小さかったから鮮明には覚えていないけど」
「信じられない。まさか2日連続でこんなご馳走を食せるなんて……。ひょっとして私もう死んでるとか? ここは夢の中? そうじゃなきゃあり得ないよこんなの!」
「大丈夫だ。お前はしっかり生きている。さぁ、死ぬほど食べるぞ!」

 ハンターとして初めてまともに稼ぐことが出来たアーサー。その可能性はこれからもどんどん広がっていくだろう。贅沢するのも一旦今日で最後。ダンジョンでは僅かな油断が命取りになってしまうと身をもって理解しているアーサーには油断はない。

 明日からまた気を引き締めてダンジョンに挑む為にも、今日のバイキングはアーサーにとっての特別な決意表明の意味もあった。

「「いただきまーす!!」」

 幸せを噛み締めながら更に美味しい料理を噛み締めるアーサーとエレインは幸福の頂点に達するのだった。

 そして。

 一生分の幸福を得たであろう2人の前に、突如その者は現れた――。

「あれ。お前アーサーじゃねぇか」

 突如聞こえた声に全身が反応する。
 噓であってほしい。間違いであってほしい。アーサーの本能がそう訴えかけていた。

(何でよりによって今なんだ……)

 バイキングの味を全て忘れてしまうぐらいの嫌悪感に襲われるアーサーはゆっくりと声のした方を向く。

 するとそこにはアーサーにとって忘れる事など出来ない、ギルド『黒の終焉』のマスターであるバット・エディングがそこにいた――。

「バット……」

 アーサーにとって最も見たくない顔、聞きたくない声の主がそこにはいた。

「おいおい、お前みたいなクソ底辺ハンターがこんな店で何やってんだよ!」

 店や周囲の他の客などへの配慮は微塵もなし。開口一番からアーサーを蔑む罵声が店内に響き渡った。

「関係ないだろ。料理屋なんだからただご飯を食べているだけだ」

 バットと目も合わせずに淡々と答えたアーサー。だがそんな彼の態度がバットの癇に障ったようだ。

「あぁ? お前如きが何偉そうな態度取ってんだボケッ!」

 バットは再び暴言を吐くと同時に不快感を表情一杯に出す。更にアーサーとエレインが食事しているテーブルをガンッと強く蹴った。

「ちょ、ちょっと、何ですか急に!? やめて下さい!」
「関わるなエレイン。放っておけ」
「いつまでもふざけた態度取ってんじゃねぇぞ無能のアーサー君。お前何様のつもりッ……「早く行きましょう――」

 今にも暴れ出しそうなバットの言葉を遮った1つの声。
 その声は荒立つバットは真逆の透き通るような綺麗な声だった。

 場にいたアーサーとエレイン、それにバットと一緒にいた『黒の終焉』メンバー数人も一斉にその声の方向へと振り向く。

「なんだよ“シェリル”。まさかコイツの肩を持つ気か?」

 綺麗なのは声だけではない。
 艶のある美しい銀色の髪を靡かせ、男女関係なく見る者達の視線を簡単に奪うであろう端正な顔立ち。加えて上品さと凛々しさまでをも醸し出す“少女”は国中――いや、世界中で有名なハンター。

 アーサーが最も憧れを抱く“勇者”の姿がそこにあった。

「いいえ。こんなのは時間の無駄だと思っているだけです」

 世界一美しいハンター。またの名を“白銀のシェリル”――。
 淡々と冷静に言葉を返すシェリルによって、場の空気は一変。彼女の登場で場がしらけたと言わんばかりに溜息をついたバットは最後に舌打ちを吐き捨てそのまま店を出て行くと、それに伴って他のメンバー達もバットの後を追って次々に店を出て行くのだった。

「失礼しました」

 銀髪の少女、シェリルだけが去る直前にアーサーに一言だけそう告げると、彼女もまたそのまま静かに店を後にしてしまった。

「綺麗……」

 シェリルの美しさに思わず同性のエレインも目を奪われていた。

(白銀のシェリル……。そういえば『黒の終焉』にいた時も1度も彼女と話す機会がなかったな。向こうは僕の事を認識してくれているのだろうか……? というか助けてくれた……んだよね今)

 アーサーはそんな疑問を抱きながら、シェリルが去った場所をじっと見つめていた。

「って、何なのよあの人達。お兄ちゃん大丈夫? それよりさっきの本物のシェリルだよね!? やばくない!? めちゃくちゃ綺麗だし生で見ちゃった! っていうかお兄ちゃん知り合いなの? あのシェリルと? どういう世界線なのこれ」

 運が良くか悪くか。
 エレインは見ず知らずのバット達の態度より、有名なシェリルに気持ちを持っていかれていたようだ。

 アーサーにとってはラッキー。妹に余計な心配を掛けたくない。そう思っていた彼はそのまま適当な言葉でエレインに話を合わせてそのまま上手い具合に話題を切り替える。折角の楽しい時間を潰されたくない。

 それにいくらギルドから追放されたといえ、アーサーがバットと会うのは“何時もの事”。何故ならアーサーとバット達は同じアカデミーに通っている同期生なのだから。バットの事など微塵も考えたくはなかったが、アーサーは彼がこのまま大人しくしているかどうか一抹の不安が残った。

(何だかんだ、奴と出会ってもう1年は経つのか――)

♢♦♢

~イーストリバーアカデミー~

 1年前――。
 アーサーはイーストリバーアカデミーに108期生として入学。

「俺の名前はバット・エディング。宜しくな」
「アーサー・リルガーデン。こちらこそ宜しく」

 これがアーサーとバットの出会い。
 入学の初日に多くの者達が自然と交わすであろう最初のコミュニケーション。そしてここからどんな方向に話が広がるかは、どちらかの何気ない一言によって決まる。

 アーサーとバットにとってのそれは、ハンターの話となった。

「お前もハンター登録してるのか?」
「ああ、まぁね。登録してるって言ってもつい昨日の話なんだけど」
「そうなのか。何かいいスキル手に入れた?」
「いいスキルかどうか分からないけど、一応『召喚士』というやつを」
「へぇ~。(召喚士って確かモンスターを出せるスキルだったな。しかもまだ人数が少ない珍しいスキル。どっかのギルドでこの召喚士はかなり使えるとか言っていたから、まぁとりあえずキープしておくか)」

 バットは一瞬だけニヤリと不敵な笑みを浮かべると、心なしか愛想が良くなったような表情に。そしてバットはアーサーを自分のギルドへと勧誘する。

「勿論これからハンターとしてやっていくんだよな? だったら俺のギルドに入らねぇか? 仲間探してるんだ」

 アーサーは思いがけない勧誘を受けて素直に嬉しかった。
 しかもゆくゆくバットの話を聞いてみると、彼はこの国で最も有名なあの『エディング装備商会』の御曹司だった。

 もう100年近くも前の話。
 突如世界にダンジョンとアーティファクトが出現したばかりの頃、真っ先にハンターの手助けになろうと思い立ったバットの祖父が立ち上げたのが今のエディング装備商会である。

 エディング装備商会は立ち上げからハンター達の心強いバックアップとして成り立ち、一気に商会としても利益を生み出し瞬く間に大商会となった。

 バットはこのエディング装備商会の御曹司であり、自らもハンター活動をしている。同じ歳、同じハンターであるアーサーとバットであったが、2人には到底埋める事の出来ない圧倒的な“財力”という差が存在していた――。

 バットがマスターを務める『黒の終焉』は新設されてまだ日が浅いにもかかわらず、その財力で手に入れた優秀なハンター達の力で自他共に認める程勢いあるギルドとなっていた。

 言い方を変えれば金の力。

 スキルとアーティファクトの強さが物を言うダンジョンで、バットは新米ハンターながらに全ての装備がCランクアーティファクトで揃えられていた。それもCランクの中で最上物――モンスターネームが入った“オーガ”のアーティファクトだ。

 オーガアーティファクトのフル装備は金額にすれば優に30,000,000Gを超える値段。更にバットのスキルは『騎士』というハンターの中でも1,2を争う当たりスキル。

 後に最弱無能と分かるアーサーの召喚士とは違い、騎士は基礎能力値が初めから高く習得するスキルも強い。その上スキルのレベルを上げればそこから更に能力値も上昇していくという贅沢三昧スキル。

 実力がない人間でも簡単にある程度の強さを手に入れられる超当たりスキル+金の力でバットはハンターとして既にフロア40まで上り詰めていた。

「僕なんかが君のギルドに入っていいのかな……」
「当然だろ。召喚士は貴重な戦力だ。兎に角まずは参加してみろって」

 こうして、アーサーはバット率いる『黒の終焉』に入った。
 アーサーは初めてのギルドに胸を踊らせたが、そんな彼の心を更に奪ったのは美しき白銀の少女の存在。

 その名も“シェリル・ローライン”。

 銀色の髪を靡かせた彼女はその見た目も然ることながら、ハンターとして“その世代に1人しか生まれない”と謳われる『勇者』のスキルを手にした本物の選ばれし人間。そして彼女のその実力は既に世界中のハンターから認められている。

 若くして英雄と称えられる白銀の少女は、他ならないアーサー・リルガーデンがハンターを目指すきっかけともなった憧れの存在であった――。

 だがしかし。

 アーサーが黒の終焉に入った半年後……。



「お前使えないからもうクビな。追放――」



 アーサー・リルガーデンは追放されるのだった。

「え?」

♢♦♢

~イーストリバーアカデミー~

 アーサーとエレインが夢のバイキングを経験した翌日。
 通い慣れた道を歩き、多くの若者達がアカデミーへと向かって行く。当たり前の日常の光景だ。

 真っ青な快晴な空を見上げ、アーサーはアカデミーよりも早くダンジョンに行きたいなと思いながら歩いていた。学年が1つ違うエレインと別れを済ませたアーサーは自分のクラスに向かう。するとそこにはまさかの連日のバットの姿が。
 
 アーサーに気が付いたバットは他の生徒には一切目もくれず、そのまま真っ直ぐアーサーに近づく。

(うわ、またコイツかよ。朝から何なんだ)

 バットの姿が視界に入った瞬間、自然と全身から嫌悪感が溢れ出たアーサー。同じクラスの為ほぼ毎日顔は合わせていたが、追放されてからはまともに話す事なんてなかった。しかしそんなアーサーとは対照的になにやら機嫌でもいいのか、バットは笑いながら声を掛けてきたのだった。

「おう、アーサー。昨日ぶりだな」
「……何か用?」

 アーサーは明らかに嫌そうな態度で返事を返す。こんな態度を取れば、短気で傲慢でプライドの高いバットは昨日の様に高圧的な態度を取るだろう。

 そんな事は百も承知のアーサーであったが、やはり彼の前では作り笑いの1つもしたくない。また面倒くさい絡みをしてくるのだろうとアーサーは思ったが、バットの行動は予想外のものだった。

「クックックッ。また妹と楽しく飯食えるといいな、ひもじい貧乏人」

 不敵な笑みでそれだけ言ったバットは直ぐに自分の席に戻って行った。

「それだけ……?」

 席に戻ったバットはいつもの仲間連中とアーサーの方を見てニヤニヤと笑っている。その光景を訝しく思いながらアーサーが自分の席に向かうと、そこでバット達の“低レベル”な所業に気が付く。

(おいおい、マジか)

 自分の席の机に視線を落として固まるアーサー。それを見たバット達は更にゲラゲラと笑い出している。

 机の上には1枚の紙。そしてそこには黒い文字で紙一杯に“死ね”、“ボケカス”、“貧乏人”などのなんとも語彙力のない悪口が書けるだけ書いてあった。

 怒りを通り越して呆れるアーサー。
 ダルそうに溜息を付きながら紙を捨てようとしたが、何気なく裏返した紙の反対側を見たアーサーは呆れを通り越して怒りが沸点に達した。

「――!?」

 そこに写されてたもの。
 それは何時かエレインが野良ハンターの仕事を無自覚に受けてしまっていた時の、心無い男達に襲われてしまった瞬間が写し出されていた。

「ギャーハッハッハッハッ! お前の妹は誰とでも寝るクソビッチらしいな! 今度俺が買ってやるよ! いくらだ貧乏人!」

 バット達の下衆な笑い声と発言に怒るアーサー。

 何故こんなものが?
 この写真を何処でどうやって手に入れた?
 あれはバットが絡んでいたのか?

 アーサーの頭には一瞬であらゆる憶測が駆け巡る。そしてそれとほぼ同時、反射的に体が動き出していたアーサーは乱雑に紙をグシャグシャに丸めてバットに詰め寄った。

「おい、バット! 僕の事は別に構わない。だがエレインの事を言うのは絶対に許さないぞ!」

 クラス中にアーサーの怒号が響き、彼は怒る感情のままバットの胸ぐらを掴んだ。

「触るんじゃねぇよ。離せコラ! お前誰に向かって盾突いてんだよ。しかもそれだけキレるって事はやっぱりお前の妹は簡単に股開く尻軽みてぇだな! ハッハッハッ!」
「いい加減にしろ! そんな事する訳ないだろうが!」
「なぁに、恥ずかしがる事はねぇさ。そりゃ誰だって毎日雑草ばっか食う人生なんてみっともなくて嫌だもんな。体売れば簡単に金稼げるんだからお前の妹は賢いぜ!」

 次の瞬間、アーサーは無意識に握り締めた拳をバットの顔面に向け放っていた。だがギリギリの所で反応したバットがアーサーの拳を躱し、逆に体勢を崩して隙が生まれたアーサーは勢いよくバットに殴り飛ばされてしまった。

「がッ!?」
「調子こいてんじゃねぇぞクソ! 三流の無能召喚士如きが馴れ馴れしく俺に触れるんじゃねぇッ!」

 アーサーとバットの力の差は歴然。装備しているアーティファクトの効果はなにもダンジョンにいる時だけではない。ウォッチに登録してあれば日常生活でも同等の効果を受けられる。つまり全ての装備をCランクのオーガアーティファクトで揃えているバット相手に、最近やっとDランクを手に入れたアーサー如きが当然勝てる筈もないのだ。

「いいなぁ~。確かアーサーの妹ってめちゃ可愛いんだよな!」
「そうなのか? それ最高じゃん。俺もヤりたい」
「だったら黒の終焉専属のビッチにでなってもらうか!」
「「ギャハハハハッ!」」

 バットの周りの取り巻き達も加わり、皆で過剰にアーサーを挑発する。

「ふざけるなぁぁぁぁ!」

 立ち上がったアーサーは再び殴りかかったが結果は同じ。追放された日の再現と言わんばかりに、殴られたアーサーの鼻からは血が滴り落ちていた。

「ちくしょう……ちくしょう……ちくしょうッ……!」

 自分の無力さに涙が零れるアーサー。自分のせいでエレインまで馬鹿にされるのが悔しくて苛立つ。歯を食いしばって爪が食い込む程拳を握り締める事しか出来ない。

「ここまで無様な姿を晒されると流石に引くな。なんか一気に醒めたわ」

 バットがそんな事を口にした瞬間、クラスの扉が開いてアカデミーの教官が入ってきた。そしてそれが合図と言わんばかりにクラスの者達も皆自分の席へ。

 何事もなかったかの様に席に着く者達。
 バツが悪そうにアーサーを見つめる者達。
 ヘラヘラと笑みを浮かべるバットと連れ達。

 クラスの他の人達は何も悪くない。全ての元凶はバット達のせい。力の無い自分のせいだ。アーサーは今にも爆発しそうな怒りを懸命に自分のエネルギーに変えようとする。

 全てはダンジョンで発散する為。

 全ては己が強くなる為。

 全ては生活に困らない程の大金を稼ぐ為。

 そして。

 全ては何時か“バットを思い切りぶっ飛ばす為”に――。 

**

~ダンジョン・メインフロア~

 アーサーはアカデミーが終わって直ぐにダンジョンへと足を運んだ。日中ずっと怒りを堪えてやっと今日という長い1日が終わった。いつものように受付でリリアと手続きを済ませたアーサーは溢れる闘志を全面に出してダンジョンへと入る。

「待っていろよバット。絶対にお前を越してやるからな――!」

 改めて決意を口に出したアーサーはウォッチでステータスを確認。


====================

アーサー・リルガーデン

【スキル】召喚士(D): Lv10
・アーティファクト召喚(10/10)
・ランクアップ召喚(3/3)
・スキルP:222

【装備アーティファクト】
・スロット1:『良質な剣(D):Lv9』
・スロット2:空き
・スロット3:『ゴブリンアーマー(D):Lv3』
・スロット4:『ゴブリンのグローブ(D):Lv2』
・スロット5:『ゴブリンの草履(D):Lv2』

【能力値】
・ATK:15『+230』
・DEF:18『+90』
・SPD:21『+80』
・MP:25『+0』

====================


(貧乏人の強さを舐めるなよ。先ずはDランクのゴブリンアーティファクトを全て揃えてレベルMAXに。それにスキルPを大量に稼ごう。スキルレベルは上げればきっとCランクへのランクアップ召喚も可能になる筈だ――)

 アーサーはステータスの“詳細”をウォッチで確認。するとそこにちゃんと表示がされていた。

==========
スキル:召喚士(D) Lv10
次レベルまでの必要P:1100P
========== 

 召喚士のスキルレベルがどこまで上げられるのかは当然アーサー自身も分からない。だがアーサーちゃんと感じていた。自分の未知なるスキルへの可能性を。

 深々と深呼吸をしたアーサー。
 彼は揺るぎない信念を抱いてひたすらフロア周回と召喚をやりまくるのだった――。
~ダンジョン・フロア1~

 アーサーが強くなる方法。それは“召喚をしまくる”という一択のみ。通常のアーティファクト召喚も新たなランクアップ召喚も日の上限回数が決まっている以上出来る事は限られる。

 しかし、塵も積もれば山となる。
 これまで底辺を這いつくばってきたアーサーにとってはたかが数日の我慢など無問題。早速召喚を開始するのだった――。

**

・召喚1日目。

 アーサーは今日はフロアを周回する前に、全ての召喚を先に使った。1日の召喚可能数はランクアップ召喚を含めて10回。どれからレベルを行ってもそこまで大きな差はない為、アーサーはひとまず全ての装備のレベルMAXを目指す。

 まずはアーティファクト召喚&ランクアップ召喚を1回ずつ使用。
『ゴブリンの帽子(D):Lv1』を生み出し更にアーティファクト召喚。

 Dランク以上のランクアップが出来ない今、アーサーは残り回数8を全て均等にアーティファクト召喚に使用。

『ゴブリンの帽子(D):Lv1』→『ゴブリンの帽子(D):Lv4』
『ゴブリンアーマー(D):Lv3』→『ゴブリンアーマー(D):Lv4』
『ゴブリンのグローブ(D):Lv2』→『ゴブリンのグローブ(D):Lv4』
『ゴブリンの草履(D):Lv2』→『ゴブリンの草履(D):Lv4』

 日の上限回数を全て使い終えたアーサーは、そのレベルアップしたアーティファクトでそのままフロアを周回。初日は魔鉱石を25個入手して終了。

**

・召喚2日目。

 昨日より少し上のフロア5より上の周回。初日と同様に先に召喚を全て使用。

『ゴブリンの帽子(D):Lv4』→『ゴブリンの帽子(D):Lv7』
『ゴブリンアーマー(D):Lv4』→『ゴブリンアーマー(D):Lv7』
『ゴブリンのグローブ(D):Lv4』→『ゴブリンのグローブ(D):Lv6』
『ゴブリンの草履(D):Lv4』→『ゴブリンの草履(D):Lv6』
 

 この日のレベルアップ完了。アーサーは強化されたアーティファクトでその後も順調にフロアを周回。魔鉱石を32個入手して終了。

**

・召喚3日目。

 この日も同じフロアの周回。初日と2日目と同様に先に召喚を全て使用。

『ゴブリンの帽子(D):Lv7』→『ゴブリンの帽子(D):Lv9』
『ゴブリンアーマー(D):Lv7』→『ゴブリンアーマー(D):Lv9』
『ゴブリンのグローブ(D):Lv6』→『ゴブリンのグローブ(D):Lv9』
『ゴブリンの草履(D):Lv6』→『ゴブリンの草履(D):Lv8』

 全ての装備がレベルMAX目前。
 武器である『良質な剣(D):Lv9』以外は最上物のゴブリンアーティファクト。連日のレベルアップでこの日はなんと魔鉱石を51個入手して終了。

**

「よしよし。順調にアーティファクトをレベルアップ出来ているぞ。未だにとても自分のステータスだとは思えない。驚きだ」

 ウォッチでステータスを確認しているアーサーは思わずそんな独り言が漏れていた。


====================

アーサー・リルガーデン

【スキル】召喚士(D): Lv10
・アーティファクト召喚(0/10)
・ランクアップ召喚(0/3)
・スキルP:333

【装備アーティファクト】
・スロット1:『良質な剣(D):Lv9』
・スロット2:『ゴブリンの帽子(D):Lv9』
・スロット3:『ゴブリンアーマー(D):Lv9』
・スロット4:『ゴブリンのグローブ(D):Lv9』
・スロット5:『ゴブリンの草履(D):Lv8』

【能力値】
・ATK:15『+300』
・DEF:18『+150』
・SPD:21『+140』
・MP:25『+150』

====================


 Dランクアーティファクトになってからのステータス上昇率は凄い。これまでのスライムアーティファクトとは比べものにならない数値。同じモンスターネームのアーティファクトにもかかわらず、ランクが1つ上がるだけでここまでさが出るのかと改めて思い知らされたアーサー。

 兎にも角にも彼はこの3日間で急成長を遂げ、ついでに合計108個の魔鉱石を入手。アーサーは32,400Gも稼いでいたのだった。

**

~ダンジョン・メインフロア~

 そして4日目。
 全てのDランクアーティファクト装備をレベルMAXにし終えたアーサーは受付のリリアと何やら話しをし始めた。

「リリアさん! “約束通り”全てのアーティファクトをDランクで揃えました。レベルもMAXです!これで“上のフロア”に挑んでも大丈夫ですよね!」
「あら、本当に揃えたのねアーサー君。偉いわ。お姉さんからご褒美をあげまーす♡」

 ――ばふっ。
 リリアはアーサーの耳元で色っぽい声を出すと、そのままアーサーの顔を自身の谷間に埋め込んだ。アーサーは少し抵抗しつつも、どうやらまんざらでもない様子。

(本当に可愛い生き物ねぇ。ちょっと逞しくもなったかしら。興奮しちゃう)
「あ、あの、リリアさん……! 早速上のフロアに行ってきてもいいですか?」
「そうだったわね。ちゃんと約束を守ったし、この能力値なら問題ないわ。上のフロアへの挑戦を許可してあげる」
「よっし!」

 アーサーは先日リリアと約束をしていた。全ての装備をDランクアーティファクトで揃え、更に魔鉱石を100個以上集められたら上のフロアへ挑んでも良いと――。

 上のフロアに行けば勿論出現するモンスターも強く多くなるし、フロア攻略自体がは難しくもなる。だがそれ相応のリターンもあった。何よりアーサーは日々強くなっていく自分の力を純粋に試したいと思っていた。

「でもアーサー君、行くのはいいけど何処まで挑戦するつもりかしら? 今のアーサー君の能力値だけでいうなら一応フロア20までは行けるけど……。流石に1人でフロア19のボスは厳しそうね。
仮に討伐出来たとしても、フロア20に上るには1度“昇格テスト”も受けないといけないし」

 昇格テスト――。
 それは各ハンターに定められている強さの証でもある“ランク”を上げるもの。このハンターランクは現状、全部で5段階の強さに振り分けられている。

 最も下のフロア1~フロア19を攻略するハンターが“新《しん》Eランク”。
 アーサーもここである。

 その上のフロア20~49を攻略するハンターが“人《じん》Dランク”。

 フロア50~69を攻略するハンターが“炎《えん》Cランク”。

 フロア70~79を攻略するハンターが“天《てん》Bランク”。

 フロア80~89を攻略するハンターが“竜《りゅう》Aランク”。

 今まではこの5段階のハンターランクが当たり前となっていたが、つい先日、ここ数十年進展がなかった前人未到の“フロア90”を攻略した者達によって新たなハンターランクが誕生していた。

 それが“神《かみ》Sランク”――。

 アーサーの実力では程遠い、まさに神の領域の選ばし実力者のみが辿り着ける境地である。

「そうか、昇格テストがありましたね。だったら一気に行けるとこまで行って、その後の事はその時考えます!」

 フロアにはそれぞれ決まったボスが存在する。
 新Eランクはフロア10のギガスライムとフロア19のビッグゴブリン。これまでのアーサーでは夢のまた夢の話であったが、Dランクアーティファクトを揃えた今の実力ならばギガスライムは1人でも勝てるレベル。

 問題はその上のビッグゴブリンだろう。

 ハンターと言っても本業はまだ学業であるアーサー。彼がダンジョンに挑めるのはアカデミー終わりの夕方から夜にかけての数時間と休みの日のみとなる為、前から少しでも上のフロアで効率よく稼ぎたいと思っていた。

「分かったわ。ならアーサー君が挑戦出来るフロアまで頑張ってみて。ただし、絶対に無茶はしない事。それと引き続きまだスキルの事は2人の秘密。守れるかしら?」
「はい! 必ず守ります!」
(やだ、可愛い。持って帰りたい――)

 内なる欲求を堪え、リリアはアーサーの上のフロア挑戦を許可したのだった。
**

~ダンジョン・フロア5~

====================

アーサー・リルガーデン

【スキル】召喚士(D): Lv10
・アーティファクト召喚(9/10)
・ランクアップ召喚(3/3)
・スキルP:333

【装備アーティファクト】
・スロット1:『良質な剣(D):Lv9』
・スロット2:『ゴブリンの帽子(D):Lv9』
・スロット3:『ゴブリンアーマー(D):Lv9』
・スロット4:『ゴブリンのグローブ(D):Lv9』
・スロット5:『ゴブリンの草履(D):Lv9』

【能力値】
・ATK:15『+300』
・DEF:18『+150』
・SPD:21『+150』
・MP:25『+150』

====================


 これが現状のアーサーのステータス。

(とにかく行ける所まで進もう。アーティファクトがちょっと強くなったからといっても油断は禁物だ)

 気を引き締めたアーサーは遂にフロア5から上のフロアに足を進める。出現するモンスターは変わらずスライムとゴブリンばかり。だが出現数や個体の強さが徐々にではあったが確実に増していた。

 しかし、新たに手に入れたDランクアーティファクトもまた確実にアーサーの力を高めている。順調にスライムとゴブリンを倒しまくったアーサーが辿り着いたのはフロア10。今彼の目の前には重厚な石の扉が立ち塞がっていた。

「ここが最初のボスのギガスライムか。まさか本当に来てしまうとは。以前の僕なら考えられない」

 一呼吸置き、気持ちを固めたアーサーは力一杯石の扉を開く。待っていたのは広く空けた空間と大きな松明の炎。そしてそんな広い空間の丁度中央に、そいつはいた。

「あれがギガスライム――」

 そこにいたのは今まで散々倒してきた最弱のスライム。だが明らかに今までのスライムとは様子が違う。大きさも一回り以上大きく、感じる魔力も普通のスライムより強い。部屋に入ってきたアーサーに気が付いたのか、徐に目が合ったギガスライムは部屋中に響く鳴き声を上げてそのままアーサー目掛けて突撃してきたのだった。

『ピピーッ!』

 ギガスライムはその青いボディで勢いよく体当たりを狙う。対するアーサーは剣でギガスライムの攻撃を受け止めた。

 流石はボス。やはり普通のスライムと比べてパワーもスピードも上。

 しかし。

 やはりアーサーはそれ以上に強くなっていた――。

「これがフロア10のギガスライムの力……。思っていた以上に強くないかも」

 ギガスライムの体当たりを受け止めたアーサーはそこから剣を振るってギガスライムを弾き飛ばす。そしてグッと地面を蹴って距離を詰めたアーサーはその勢いのまま剣を振り下ろした。

『ピギィィィ……!』
「よし、これならいける」

 フロア10のギガスライムを一刀両断したアーサー。
 決して敵が弱かった訳ではない。ギガスライムを見くびったハンター達がEランクアーティファクトのまま挑んで帰らぬ人となった事案も数多い。

 アーティファクト召喚――。
 無能と謳われた彼の唯一無二にして最強のスキルが、誰にも知られず静かにであるが確かにその真価を発揮した瞬間であった。

『フロア10のギガスライムを討伐しました。魔鉱石(中)を獲得。スキルPが20P追加されました』な

(うおー。一気に20Pも増えた! やっぱ上のフロアは凄い。確か次のレベルアップに必要なのが1,100Pぐらいだったから、まだ半分にも達していないか。でもこれなら後40回も周回すれば余裕で集められるぞ)

 ギガスライムを倒したアーサーはまだ余力がある。嘘みたいにテンポよく進んでいた彼はこのまま更に上のフロアに進む事を決める。

 優先するはフロアの攻略とスキルPの獲得。正直まだCランクまでランクアップ召喚が可能なのかも分からないが、それでもスキルレベルが上げられるのなら上げる他ない。その後もアーサーはフロア11、12、13……と快調に攻略を重ね、あれよあれよという間に遂に新Eランク最終となる“フロア19”まで上り詰めたのだった。

**

~ダンジョン・フロア19~

「やば。遂にこんな所まで辿り着いてしまった」

 今アーサーの目の前にはフロア10の時よりも更に大きな扉が待ち構えていた。この先にいるのはビッグゴブリン。まだ対峙していないにも関わらず、扉の向こうから感じてくる魔力をアーサーはしかと感じ取れた。

(本来ならDランクアーティファクトを装備していても比較的複数人のパーティを組んで挑むのが無難なボス。いくら装備がランクアップしたとはいえ、やっぱここを1人で行くのは無茶か……?)

 扉を前にアーサーは一旦冷静に。

 “約束はちゃんと守ってね”。

 リリアとの会話も頭に過り、やはり誰かとパーティを組んで確実に討伐を狙った方がいいなと思いついたアーサー。

 だが。

「どうしよう。ここまで来て調子に乗ってるのかな……? ワクワクが抑えられない――」

 アーサーは目の前の扉を見て僅かに口角が上がる。

 もっと稼ぎたい。
 もっと上のフロアに挑みたい。
 もっともっと自分が見た事のない景色を見てみたい。
 もっともっと先の可能性に辿り着きたい。

(ごめんなさいリリアさん。やっぱり僕はここまで来て引き下がれません。無茶ではなくて、確実に超えられる自信があればリリアさんも許してくれますよね? 絶対に生きて帰りますから)

 アーサーは自分に言い聞かせる様に決意を固めると、いざ力強く前へ進み扉を開けた。

「さぁ。勝負だビッグゴブリン!」

 部屋はフロア10の雰囲気と大して変化はない。目の前にいるボスがただギガスライムがビッグゴブリンに変わっただけ。しかしギガスライムの時よりも明らかに空気が殺伐としていた。

『グアァァァ!』

 鋭い目つきでアーサーを捉えたビッグゴブリン。
 優に3メートルは超えるであろう体格と、手には岩をも簡単に砕きそうな巨大な棍棒が握られていた。

 過去に『黒の終焉』に所属していた際、アーサーは数回だけフロア40前後に行った事もある。そしてその時にギガスライムやビッグゴブリンよりも強いモンスターと遭遇した経験もある。

 しかしその時とは違い、今は複数人のパーティでもなければ荷物持ちでも雑用枠でもない。自分1人であり最前線。目の前に対峙するビッグゴブリンはアーサーにとって間違いなく今までの中で最強の敵であった。

「すげぇ圧……。ワクワクしてるのかビビってるのか自分でも分からなくなってきた」

 そして。

 ビッグゴブリンが再び激しい咆哮を上げると、その巨体に似つかない速さで一瞬でアーサーとの間合いを詰めて振り上げた巨大な棍棒を勢いよく振り下ろす。

 ――ドゴォォン。
「ぐッ!? 想像以上の速さと威力……!」

 紙一重でビッグゴブリンの棍棒を躱したアーサー。棍棒が地面を捉えると、その衝撃によって砕かれた地面が辺りに飛び散った。

 だがピンチはこれで終わり。

 次の瞬間、棍棒を躱して瞬時に態勢を立て直したアーサーはそのままビッグゴブリンの丸太の様な太い腕を斬りつける。

『グギャ……!?』

 切り口から人間とは違う色の血飛沫が舞い、アーサーは今の攻撃で怯みを見せたビッグゴブリンに対し更に追撃。これまで何百体と倒したゴブリンとの戦闘経験が功を奏し、アーサーは流れる様な動きでビッグゴブリンの首を斬り落とす事に成功するのだった――。


**

~ダンジョン・メインフロア~

「リリアさん、今日の換金額いくらになりました?」
「まさか本当にビッグゴブリン倒しちゃうなんてねぇ。しかも1人で。(これは絶対に一流のハンターになるじゃない。やっぱりもう頂いて完璧に“私のもの”にしちゃおうかしら)」
「やっと少しハンターとして自信が持ててきました」

 見事フロア19のボスであるビッグゴブリンを倒したアーサーは受付で今日の収穫をリリアに換金してもらっている。

 いつもと同様にメインは魔鉱石。だが今日は魔鉱石の中でも少しランクの高い魔鉱石(中)を入手していた。価格にすれば1つ450G程度だが、アーサーにとってはとても大事な収入。フロア5から順調に上ったアーサーの今日の魔鉱石の収穫数は全部で77個。トータルで23,250Gを稼いでいた。

「はい。じゃあこれ今日の換金分ね。頑張ったわねアーサー君。でも、本当に昇格テスト受けなくていいの? その実力なら許可出してあげるわよ」

 リリアは再度アーサーに確認した。

「ありがとうございますリリアさん。確かに昇格テストは直ぐにでも受けたいんですけど、仮に“人Dランク”に上がったとしても今の実力じゃフロア30ぐらい限界だと思うんです。なのでもう少しここで余裕を持って周回して、魔鉱石とスキルPを先に稼ごうかと思いまして」

 そう。
 ビッグゴブリンを討伐したアーサーは最初昇格テストを受けようと思っていた。だが今のスキルレベルではDランクまでのランクアップが限界。全てのアーティファクトをLv9にしても、それ以上のランクアップ召喚が出来ないのならどの道そこから上のフロアには進めない。

 アーサーは人Dランクで苦戦するより、余裕を持って今のフロアを周回する事を選んだ。

「そう言う事ね。分かったわ。じゃあまた昇格テストを受けたくなったらいつでも言って」
「はい。ありがとうございます」
「今日はもう終わりにするでしょ? Dランクの『ゴブリンの棍棒(D):Lv1』も手に入って良かったじゃない。また明日待ってるわよアーサー君」

 リリアとそんな会話を終え、アーサーはダンジョンを後にする。彼がリリアに伝えた事は嘘ではない。しかし、あれが全てという訳でもなかった。

**

~家~

「あ、お帰りお兄ちゃん」
「ただいま。遅くなってごめん」

 アーサーの稼ぎはここ数日で格段に増えたが、まだまだ母親の治療費を稼がなければいけない。毎日――とはいかないが、少しづつご飯の量やおかずが増やす事が出来ている。

(もう少しだけ待っててくれよエレイン。本当は召喚したゴブリンアーティファクトを毎日売るかレベルアップさせれば稼ぎが増えて食卓もいくらか豪勢になる。
だけどお母さんの治療費を払うにはまだまだ足りない。今は一刻も早く強くなってもっと稼いでやる。それにバットとも“ケリ”を着けなくちゃ――)

 アーサーはあれから毎日バットに嫌がらせを受け続けていた。
 全て大した事はない幼稚な行為であったし、肝心の矛先がエレインから自分に変わっていたのがアーサーの中でも大きかった。

 エレインに対する侮辱は許せないが、自分だけならば全然耐えられる。毎日バット達の下衆な笑いを見るのはやはり癪に障るものがあったアーサーであったが、彼は奴らを見返し今よりもっと稼ぎを得る為に虎視眈々と“下準備”を始める決意をしていたのだ。

 目先の稼ぎより圧倒的な富。
 目先の仕返しより圧倒的な見返し。

 貪欲なアーサーは全てを手に入れるべく、Dランクアーティファクトのを更に上のCランクアーティファクトのする為に今のフロアに留まる事を決めた。人Dランクに上がるのはもう問題ない。しかしアーサーは少しでも変化を見せ、またバットの気分で面倒事に巻き込まれるのは避けたかった。

 たかが新Eランクから人Dランクへの昇格。
 そんな騒ぐ事もない当たり前の出来事であったとしてもその対象がアーサーとなれば、どんな理由でどんな角度からバットが狙ってくるか分からない。全く目立つ事なく、且つCランクアーティファクトを装備するバットよりも強くなる。

 それが今アーサー・リルガーデンが密かに狙っている下準備であった――。

**

 翌日。
 この日も日中アカデミーでバット達から嫌がらせを受けたアーサーだが、当の本人は全く気にしていない。それよりも彼の気持ちは全てダンジョンに向いていた。

「リリアさん、今日も宜しくお願いします!」

 お決まりの手続きをリリアの元で済ませ今日もダンジョンを周回するアーサー。長い1週間が終わり明日から束の間の休日。アーサーは勿論1日中ダンジョンに籠るつもりである。

「さて。単純計算でいくと……日の召喚上限は10回だから、ただ召喚をするだけならDランクアーティファクトを1日10個入手出来る。10日で100個。1ヵ月で約300個ちょいか。改めて考えると凄まじいな……」

 Dランクアーティファクト――それも最上のゴブリンアーティファクトでレベルMAXとなれば換金額の相場は1個30,000~40,000G相当。最低でも1日300,000Gは稼げる。

「ゴブリンアーティファクトは市場で買うと全部で500,000Gはする代物。流石に換金額はそれよりも下回るけど、それでも1ヵ月で約……きゅ、きゅ、きゅうひゃくまん!? 噓だよな……。計算ミスしてないか俺!?」

 大金を稼ぎたいと思っていたアーサー。だがそれが改めてその大金が現実味を帯びた瞬間、既に骨の髄まで貧乏が染みている彼にとっては直ぐに受け入れられない額であった。

「お母さんの治療費にその他諸々滞納している支払い……。それに借金も返せないかこれ……。いや、寧ろこれなら毎日3食ポークチキン定食にスープとデザートを付けても余裕だ! やったぞエレイン! 遂に貧乏から解放される!」

 と、喜んだのも束の間。

 一先ず稼ぎの問題はグッとハードルは低くなったが、これでは肝心のバットへの見返しが出来ない。当然Dランクアーティファクトに比べてCランクアーティファクトは金額が更に上。モンスターネームのCランクフル装備となればその額は優に“20,000,000G”を超える――。

 バットは親のすねかじりで何の苦労もせずにこのCランクアーティファクトで装備を全て揃えている。それ相応の実力も伴っていないのに。

 親の力。金の力。権力の力。
 
 世界が決して平等ではないという事を如実にバットが体現していた。

「ふぅ。まだまだ浮かれるのは早いぞ僕。バットに勝つためにはCランクアーティファクトが絶対に必須だ。奴のステータスを完全に上回るにはCランクの中でも最上である“オーガ”のアーティファクトを揃えてレベルMAXにする必要がある」

 自らの召喚スキルで稼ぎが増えたとはいえ、流石にCランクアーティファクトを買い揃えるとなると足りない。しかもオーガアーティファクトは5種類全てを普通に買い揃えるとなると40,000,000Gに及ぶのだ。

 アーサーが休むことなく数か月間毎日スキルを使い続けてやっとの金額。

「スキルレベルがあれば召喚の回数とかって増えるのかな……? まぁごちゃごちゃ考えてもしょうがない。とりあえず稼げる事は確実なんだから頑張らないと」

 いつかの来るべき日に備え、アーサーはひたすら毎日フロア周回をこなすのであった。

♢♦♢

 アーサーがひたすらフロア周回する事早1ヵ月――。
 Dランクの最上物であるゴブリンアーティファクト、それも全てがLv9であるアーサーの能力値では最早この新Eランクフロアは容易過ぎた。

 しつこいと言うのか、ある意味持続力があると言うのか。
 あれからもアーサーは変わらずアカデミーでバット達に嫌がらせを受ける日々を過ごしていが、バット達の嫌がらせ自体はもうアーサーも気にしていない。ここまでくると日常だ。

 しかし、そんなバット達の嫌がらせよりも彼の心を揺さぶったのが母親の容体。

 不治の病にかかってしまった母親は当然体調が思わしくないのだが、「ここ1ヵ月でまた体が弱ってきている」とお見舞いに行っているエレインから伝えられたアーサーはどうしようもない虚無感を覚えていた。

 母親の容体を聞いた翌日、アーサーはこれまで全く気にしていなかったバット達の嫌がらせに猛烈に苛立ってしまった。だが今の実力で歯向かった所で結果は以前と同じ。そう思ったアーサーは再びその怒りを全てエネルギーに変え、ただひたすらダンジョンにストレスをぶつける。

 毎日、毎日、毎日。
 休みの日は朝から晩までずっと。アーサーは愚直に前だけを見て日々乗り越えていた。

 そして。

 遂にそんな彼の努力が実を結ぶ瞬間が訪れた――。

**

~ダンジョン・フロア19~

『ギギャッ!?』

 今日も流れ作業かの如くフロア19のビッグゴブリンを倒したアーサー。

「よ~し、これでどうなるか……頼む! 奇跡よ起きてくれ!」

 アーサーは自分しかいなフロア19で大きく叫ぶ。彼は自らのウォッチを確認した後、溜まったスキルPを使用した。

『スキルPを1,500使用。召喚士Lv20になりました。召喚士Lv20になった事によりランクが上がります』

『召喚士のランクが上がったので、ランクアップ召喚の可能ランクがDランクから“Cランク”にアップしました』

『ランクアップ召喚の上限回数が上がります』

 彼の世界が180度変わったあの日――。

 そしてあの日と全く同じ、ウォッチから流れたこの無機質な祝福が再びアーサーの世界をも上のランクへと押し上げた。

「や、やったぁぁぁぁぁッ……!」

 両手でガッツポーズをしながら大興奮するアーサー。

 そう。彼は遂にやり遂げた。
 この1ヵ月ひたすらフロア周回をしたアーサーは毎日アーティファクトとスキルPを着実に溜めていた。 

 溜めて溜めて溜めて。召喚して召喚して召喚して。
 数え切れない程地道な作業を繰り返したアーサーは、あれから召喚士としてのレベルを確実に上げていき今日遂にスキルがLv20に達した。しかもその瞬間ウォッチから流れた音声は、アーサーが何よりも期待を抱いて待ち望んでいたものであった。

「キタキタキタキタキターーー! ヤバいぞこれは……!」

 ウォッチの音声を聞いたアーサーの体は次第に小刻みに震える。溢れ出る興奮に、思わず呼吸の仕方を忘れて息苦しくなるアーサー。

 まさかという可能性に懸けていた彼は、まだ今日分の召喚を1度も使っていない。そしてゴクリと生唾を呑み込んだアーサーが次に取った行動。それは勿論。

「ランクアップ召喚――!」

 元気よく叫んだアーサーの声が、彼しかいない静かなフロアに木霊する。
 既に装備しているDランクアーティファクトは全てLv9の状態。更なる上のランクアップ召喚が可能と分かった今、別にどのアーティファクトからランクアップをしても構わなかった。

 ただアーサーは初めて『普通の剣(E)』を『良質な剣(D):Lv9』にランクアップさせた時と同様、無意識に手に持っていた武器である『ゴブリンの棍棒(D)』にランクアップ召喚を使用した。

『ランクアップ召喚を使用しました。『ゴブリンの棍棒(D):Lv9』は『オーガの鋼剣(C):Lv1』になりました』
「よぉぉぉぉぉぉぉしッ! よしよしよぉぉぉし!」

 淡い輝きに包まれたゴブリンのグローブは、見事Cランクアーティファクトへと昇華。それも最上物のモンスターネーム、『オーガの鋼剣』へとその姿を変えた。これを見たアーサーは言葉にならない歓喜と共に連続でガッツポーズを繰り出していた。

「うぉぉ。やばい。喜びと感動で涙が出てきた」

 まるで神様にお供え物をするかの様に、アーサーは人生で初めて手にするCランクアーティファクトを両手の平に大事に乗せて天に掲げる。そしてそんなアーサーを更に祝福するかの如く、ウォッチから再び驚きの音声が流れた。

『Cランクアーティファクトの召喚に成功しました。新しく“サブスキル”が解放されます』

 アーサーの耳に、そして脳に、一気に流れ込んできたウォッチの無機質な音声。アーサーはその音声に驚きつつ、気が付けば彼はウォッチで自分のステータスを確かめていた。


====================

アーサー・リルガーデン

【スキル】召喚士(C): Lv20
・アーティファクト召喚(20/15+5)
・ランクアップ召喚(5/5)
・スキルP:7

【サブスキル】
・召喚士の心得(召喚回数+5)


【装備アーティファクト】
・スロット1:『オーガの鋼剣(C):Lv1』
・スロット2:『ゴブリンの帽子(D):Lv9』
・スロット3:『ゴブリンアーマー(D):Lv9』
・スロット4:『ゴブリンのグローブ(D):Lv9』
・スロット5:『ゴブリンの草履(D):Lv9』

【能力値】
・ATK:15『+350』
・DEF:18『+150』
・SPD:21『+150』
・MP:25『+150』

====================


 自分の新たなスキルを確認するアーサー。

「は……? サブスキル解放……!? うわ、なにこれ、なんか一気に召喚の上限回数が上がってるんだけど。召喚士の心得……? これで召喚の上限回数が5回もプラスされているじゃん。凄ッ!」

 この世界でも唯一無二であろう最強スキルが次なる高みへと進化する。

 今更ながら、日々フロア周回をしていたアーサーには一抹の不安があった。それはスキルがLv10から今のLv20に至るまで、レベルを上げても上げても何も変化が見られなかったからである。スキルPを使用してどれだけレベルを上げようと、召喚回数どころか能力値が1も変化しない。分かってはいたが、やはり見る度に心の何処かでショックを受けていた。

 でもプラスに考えれば召喚士スキルのレベルは“まだMAXではない”。必ず“次レベルまでの必要P”が毎回表示されていたのだ。だからアーサーは僅かな希望を抱いて今日までがむしゃらに頑張る事が出来た。

 そして。

 その努力が実を結んだ。

「ランクが上がった事で回数がリセットされてる上に、ランクアップ召喚を5回使っても更に普通のアーティファクト召喚が15回も出来る!」

 興奮冷めやらぬアーサーはランクアップ召喚を立て続けに使用。淡い輝きに包まれたアーティファクトは全てその姿を変えた――。


『ゴブリンの帽子(D):Lv9』→『オーガバイザー(C):Lv1』
『ゴブリンアーマー(D):Lv9』→『オーガの鎧(C):Lv1』
『ゴブリンのグローブ(D):Lv9』→『オーガの籠手(C):Lv1』
『ゴブリンの草履(D):Lv9』→『オーガブーツ(C):Lv1』

 ランクアップ召喚によりアーサーの装備は全てCランクアーティファクトに。それもCランクの最上物であるオーガアーティファクトで揃えられたのだった。
「うおおおおお! とんでもなく力が漲っている! ……気がする」

 一生手にする事が出来ないと思っていたCランクアーティファクト。それも最上物のオーガアーティファクトを装備したアーサーの能力値は優に人Dランクを超えるものとなった。


====================

アーサー・リルガーデン

【スキル】召喚士(C): Lv20
・アーティファクト召喚(15/15+5)
・ランクアップ召喚(0/5)
・スキルP:7

【サブスキル】
・召喚士の心得(召喚回数+5)


【装備アーティファクト】
・スロット1:『オーガの鋼剣(C):Lv1』
・スロット2:『オーガバイザー(C):Lv1』
・スロット3:『オーガの鎧(C):Lv1』
・スロット4:『オーガの籠手(C):Lv1』
・スロット5:『オーガブーツ(C):Lv1』

【能力値】
・ATK:15『+400』
・DEF:18『+200』
・SPD:21『+200』
・MP:25『+200』

====================


 改めて自分のステータスを見て固まるアーサー。嬉しさと驚きでもう言葉も出ない。自分の装備が全てオーガアーティファクトである事に加え、これでCランクアーティファクトも続けて召喚出来る。それも後15回も。

 もう迷う事なく、アーサーは残りの召喚を全て使ってアーティファクトをレベルアップさせる。

(とりあえず均等にレベルアップさせておこう)

『オーガの鋼剣(C):Lv1』→『オーガの鋼剣(C):Lv4』
『オーガバイザー(C):Lv1』→『オーガバイザー(C):Lv4』
『オーガの鎧(C):Lv1』→『オーガの鎧(C):Lv4』
『オーガの籠手(C):Lv1』→『オーガの籠手(C):Lv4』
『オーガブーツ(C):Lv1』→『オーガブーツ(C):Lv4』

 この召喚により更にアーサーの能力値が上がり、ATKが+1000。その他もそれぞれ+500という驚異的なステータスとなった。炎Cランクの上位ハンターの者達が一般的に“一流ハンター”と呼ばれる部類に入るのだが、今のアーサーはステータスだけみれば間違いなくその領域に踏み込んだだろう。

 スキルとアーティファクトが全てのこの世界。
 まだ誰にも知られる事もなく、この静かなフロア19で、アーサー・リルガーデンという1人の少年は世界を揺るがす絶対的な奇跡を起こしていた――。

 彼の存在が世界に轟くのはそう遠い日ではない。

 全ては稼ぎの為、母親の病気を治す為、妹との暮らしを豊かにする為……そしてバットを見返す為。そんな彼の地道な下準備は整った。

 争いは争いしか生まない。
 憎しみからは憎しみしか生まれない。
 そんな事は当然頭で理解している。
 だが本能は決して理屈では抑えられない。

 目には目を。
 力には力を。
 アーティファクトにはアーティファクトを。

 バット達から受けた屈辱を怒りというエネルギーに変え、それを原動力に前だけを見て進み続けたアーサーの反撃の狼煙が上がる。
 
「これで遂にバットにも勝てるぞ……! 奴のアーティファクトはCランクだけど、僕は同じCランクの中でもモンスターネームのオーガだ。1つもオーガを持っていないバットを僕は完全に上回った!」

 喜ぶアーサーはそのままフロア19を出てメインフロアへと向かった。今、この喜びを唯一伝えられるリリアの元へと。

**

~ダンジョン・メインフロア~

「リリアさん!」

 この上なく元気に彼女の名を呼ぶアーサー。彼のその屈託ない笑顔と可愛さにリリアの涎が垂れたのはほんの一瞬のお話。勿論そんな事に一切気付かないアーサーは、自身の喜びを全てリリアに伝える。話を聞いたリリアはとんでもない偉業を成し得ているアーサーに驚いて目を見開いた。

 アーティファクトを召喚するだけでも前例のない特殊スキル。
 それに加えてたった1人の――若干17歳の少年が己のスキルのみでCランクアーティファクトを生み出しているのだから無理もないだろう。

 本来であればCランクアーティファクトはフロア50よりも上で初めて入手可能となる代物。ハンターランクでいえば炎Cランク。その炎Cランクのハンター達でさえ、Cランクアーティファクトが手に入るかはその時の運にも左右されるもの。

 このCランクアーティファクト1つを手に入れる為に命を落としてしまったハンターも数え切れない。一流ハンターと呼ばれる選ばれた者達でも入手は困難とされているのだ。きっと……いや、彼のこの最強スキルは確実に世界のパワーバランスを覆すに違いない――。

 最早自分では到底計り知れないスケールの話に、リリアもどう対応した良いかと頭を抱え出した。しかし、そんな事を考えたところで自分には関係ない。そう思ったリリアは今までと何ら変わりなく、ひたすら獲物に狙いを定める狡猾な猛獣の如き視線でアーサーを見る。そしてアーサーはこのタイミングで、ハンターランクの昇格テストを受けたいとリリアに告げたのだった。

「あら、やっと受ける気になったのね。分かったわ。じゃあ昇格テストの申請を出しておくわね」
「ありがとうございます」
「今のアーサー君なら力を持て余すわね。その上の炎Cランクも受ける? とは言っても人Dランクに合格してフロア20~49を攻略してからになっちゃうけど」

 炎Cランク――。
 正直今のアーサーならば昇格テストを受けても余裕で受かるレベル。だが現状、アーサーが最も優先しようとしているのは他ならぬバットへの反撃。下準備が整ったアーサーは今すぐにでも『黒の終焉』に乗り込んでやろうと思っていたが、ふと冷静になった彼はある事を思いつく。

(そうか。折角ここまで強くなったんだから、どうせならハンターランクもバットと同じにして目にもの見せてやる。散々見下していた僕と同列になった挙句、力でもぶっ飛ばされたら相当なダメージになるだろう。よし、決めた!)

 1人大きく頷いたアーサーは再びリリアに伝える。

「リリアさん。そうしたら先ずはやっぱり人Dランクの昇格テストを受けます。それで1週間に以内に全フロア攻略して、そのまま炎Cランクの昇格テストを受ける事にします!」

 バットとの因縁にケリを着けるのは1週間後。
 全てが完璧に整った状態で、今度こそ全てを終わらせる。
 アーサーはそう決心したのだった。

「了解。明日にでも昇格テストを受けられると思うから頑張ってね。受かったらお姉さんが思いっ切り抱き締めてあ・げ・る」

 単純な手法だと分かっていながらも、やはり凄まじい破壊力の色気と妖艶なバイオレンスさで攻撃されたアーサーは危うく昇天しかけた。だが紙一重で正気を保ったアーサーはブンブンと頭を振って雑念を取っ払うと、突然何かを思い出す。

「あ! 忘れるところだった」
「どうしたの?」

 そう言ったアーサーは何やら鞄から小包を取り出すと、それをリリアへと渡した。

「ん? なにかしら」
「いや、なんて言うか……。僕がハンターになった頃からずっとリリアさんにはお世話になっていたし、お祝いも貰ってこのスキルの事についても相談に乗ってもらっていたので、大した物ではないですけど僕からの感謝の気持ちです!」

 そう。リリアに渡した物はアーサーからのささやかな御礼の気持ち。
 女性に贈り物などした事がないアーサーはここ数日ずっと悩み、結果普段から使える日用品と、リリアが以前から好きだと言っていた甘い食べ物を選んだ。

 何でも高価な物であれば良いとは限らないが、それでもアーサーはここ1カ月フロア周回で手に入れた魔鉱石と召喚したアーティファクトを換金し続け、当初の想定を遥かに上回る2,000,000Gという大金を稼ぎ出していた。

 だからこそ誰よりも1番お世話になっているリリアに対し、今まででのアーサーであれば絶対に買えなかった少し贅沢な値段の物をリリアに贈った。少しでも恩返しが出来ればと。

(やだ……。これってもうアーサー君も私を“そういう対象”として見てるって事よね? もう我慢できないかも――)

 危険な妄想を広げるリリアを他所に、無事感謝の気持ちを渡したアーサーは彼女に手を振ってダンジョンを後にするのだった。

**

 しかし。

 アーサーは後に強く自身を恨む事となる。

 今日のこの決断が間違っていたと――。

 アーサーが虎視眈々と“奴”を狙う裏で、“奴”もまたアーサーの知らないところで不穏な動きを見せていた。

 何故あの時動かなかったのだろう……。
 何故こんな事になってしまったのだろう……。






 何故“エレイン”がこんな目に遭ってしまったのだろう。










 「もうアイツはマジで許さない。僕を本気で怒らせたな……“バット”――!」

♢♦♢

 リリアに感謝の贈り物を渡した日から早5日。

 あれから昇格テスト受けたアーサーは見事に人Dランクに合格。
 更にそのまま力を持て余すオーガアーティファクトでフロア20~49を瞬く間に攻略し、アーサーは順調に炎Cランクの昇格テストを明日に控えていたのだった。

 しかしその一方で――。

**

「なぁ、最近アーサーの反応悪くね?」
「ああ。それは俺も思ってた」
「生意気だよな」

 アーサーがバットに殴りかかり、いとも簡単返り討ちにされた日から数週間。あれから暇つぶしと言わんばかりに毎日懲りずにアーサーをからかっていたバット達であったが、全く反応を示さなくなったここ最近のアーサーにやきもきしている様子。

(確かにコイツらの言う通りだな……。クソ無能の分際でが俺達をシカトしやがって。そんなスカした態度で優位に立っているつもりか? 笑えねぇんだよ)

 何を隠そう、そんなアーサーの態度に最も苛立ちを見せていたのがバット。彼は全く反応を示さないアーサーに途轍もない怒りを覚えていた。
 
 面白くない。
 つまらない。

 物心着いた時から全てが手に入ったバットにとって、自分の思い通りの反応を示さないアーサーにはただただつまらなく苛立つ存在なのだ。

「なんかもっといい方法ないかな~」
「ハハハハ! これ以上やったらアカデミー辞めるんじゃね?」
「それはそれで面白いけどよ、実際なったらシラけるよな」

 笑いながらそんな会話をするバットの連れ達。
 そんな彼らの会話を横目に見ていたバットは突如ハッと“思いつく”。

(そういや、アイツって妹がいたよな。そうだ。あの時妹の話題を出したら生意気にもこの俺に歯向かってきやがったんだ。
成程……。妹は確か1個下の107期生だったな。クククク、こりゃ面白い展開になりそうだぜ)

 水を得た魚の様に、急に活気が戻ったバット。

「おいお前達! めちゃくちゃ面白い事思いついたぜ――」

**

 アカデミーが終わり、生徒達は一斉に帰路につく。多くの少年少女達が友達に手を振ったり他愛もない会話をしながら家に帰って行く。

「ハハハ、何それ。ウケる!」
「でしょ? ありえないよね」

 笑いながら友達と楽しそうに会話をしているエレイン・リルガーデンもその1人。彼女はいつもの様に仲良しな友達と喋りながら帰っていると、この日は唐突にある者達に声を掛けられた。

「君がエレインちゃん――?」
「え……。は、はい。そうですけど」

 そう言ってエレインを呼び止めたのはバット。
 彼は目の前の女の子がアーサーの妹であると確証し、一瞬不敵な笑みを浮かべていた。

「同じイーストリバーアカデミーのバッジですね。108期生……先輩じゃないですか」
「そうそう。俺は一応君達の先輩」
「あ~、成程。エレイン、またアンタに“告白”だわ」

 事情を全く知らないエレインの友達は、日常茶飯事と言わんばかりに1人で納得して頷いていた。美女であるエレインは、その容姿端麗さからアカデミーでもちょっとした有名人となっている。

 エレインの友達は、バットがまた彼女に告白をして散っていった数多の“有象無象”の次なる1人であると名推理をしていた。

『アカデミー帰り×美女を呼び止める=愛の告白』

 青春ど真ん中の年頃である彼女にとって、今のシチュエーションは紛れもなくその方程式に当てはまっていたのだ。

「ね! そうですよね先輩。あ、私は直ぐにこの場を去りますので、その思いの丈を彼女にぶつけてやって下さい。 健闘を祈ります!」

 手慣れたエレインの友達は場をパパっと仕切り、バットがエレインに告白をしやすい状況を展開した。恐らく何度もこういった状況を経験しているのだろう。動きと会話のテンポが一流のそれであった。

「え!? ちょ、ちょっと待ってよ……!」
「いいからいいから。結果はまた後で教えてね。じゃあね」

 そう言ったエレインの友達は、軽く手を振って速やかにその場を去ろとした。

 だが。

「おい。誰が誰に告白するんだよ」

 思わぬ展開に痺れを切らしたバットがエレイン達の行く手を阻む様に立ち塞がった。

「あれ。告白じゃないんですか?」
「違ぇよ。誰もそんな事言ってねぇだろ全く。……おい!」

 ダルそうに答えたバット。そして彼は直後、エレイン達の後方を見ながら徐に大きな声で誰かを呼ぶ。すると次の瞬間、何処からともなく現れたバットの取り巻き達がエレインとその友達を囲った。

 男達の不気味な笑みと嫌な予感を感じ取ったエレイン達。
 更にエレインは目の前にいる男の顔を見て、この間アーサーと行ったバイキングでの出来事がフラッシュバックした。

「あなた確か……バイキングにいたお兄ちゃんの……」
「お! やっと思い出してくれたみてぇだな。貧乏なのによくあんな所で飯食えたな。兄ちゃんどっかで金でも盗んでるんじゃないか? ハッハッハッハッ!」

 不愉快極まりないバットの言動。
 高笑いする彼の態度を見て本能的に身の危険を感じたエレインは、刹那友達の手を掴んで一気に走り出した。

「この人達なんかやばいッ、逃げるよサラ! ……きゃッ!?」
「エレイン!? きゃあ!?」

 逃げようとしたエレインとサラ。しかし無情にもそれは一瞬で阻まれる。バットとその連れがエレイン達の腕を掴み、抵抗する彼女達を力で抑えつけた。

「ちょッ、離しなさいよ! なんなの!」
「ハッハッハッ、強気な女はそそられるねぇ」
「君達の力で俺らに敵う訳ないじゃん」
「それにしてもマジ可愛くね? ヤりたいんだけど」
「アーサーの妹だけ狙ってたのにもう1人ゲット! しかもこの子胸でか!」

 下衆な笑みに下衆な発言。
 エレイン達が必死に抵抗しても男達の力には到底抗えない。

「嫌だ! 何するの! 離してよ!」
「うるせぇな」

 ――バチンッ。
 騒ぐエレインの友達を黙らせようと、バットは彼女の頬に平手打ちを繰り出す。突如殴られたエレインの友達は余りの恐怖で萎縮してしまった。

「サ、サラ大丈夫!? ちょっと! 女に手を出すなんて最ッ低よあんた!」
「だからうるせぇって言ってんだろ。黙らないなら強引に黙らすぞ」
「……!?」

 酷く冷たい雰囲気を醸し出すバットに、エレインもそれ以上強く抵抗する事が出来なかった。

「最初から素直に大人しくしてればいいんだよ。行くぞお前ら」

 こうして、エレインとサラはバット達に連れ去られてしまった。

 そして。

**

 ――ブー。ブー。ブー。
「ん、誰だ?」

 アカデミーが終わり、日課の如くダンジョンに直行していたアーサーのウォッチが彼に連絡を知らせた。ウォッチに表示されるは“バット”の文字。彼の名前を見たアーサーは一瞬電話に出ようか迷ったが、どうにも嫌な感じをした為出る事に。

<お、出たみたいだな>
「バット……。何の用だ?」

 ウォッチから表示されるモニターには見たくもないバットの顔。機械越しからでも相変わらず彼の声はアーサーを不快にさせ、無意識の内にそんな感情が態度に出てしまっていた。

<おいおい、なんだよその目つきは。本当にいちいちイラつく野郎だなお前。しかもお前今ダンジョンにいるのか? マジかよ。ハッハッハッハッ! 無能なスライム召喚士の分際でまだダンジョンなんかに挑んでやがるのか! 未練がましいにも程があるぞ貧乏人>

 今にでも奴をぶっ飛ばしてやりたい。
 率直にそう思ったアーサーであったが、明日炎Cランクに上がれば完璧に計画が整う。遅かれ早かれ明日にはバットをぶっ飛ばそうと思っていたアーサーは最後の我慢だと必死に堪えた。

 しかし。

 次のバットの一言が、遂に本気でアーサーをキレさせた。

「俺が何しようとお前には関係ないだろ。さっさと用件を言えよ」
<ちっ。調子こいてんじゃねぇぞクソボケ! クハハハ、まぁいい。俺は今久しぶりに機嫌が良いからな。お前の“妹”のお陰で――>

 その言葉を聞いた刹那、アーサーの全身の毛が逆立った。