「お前使えないからもうクビな。追放――」
たった今、アーサー・リルガーデンは追放された。
「え?」
気怠そうに彼に追放勧告を言い渡したのは、ギルド『黒の終焉』のマスターであるバット・エディング。
周りにいた他のメンバー達もパッと会話や動く手を止めていた。
「え?……じゃねぇよボケカス。お前は役立たずの無能だからもう要らないって言ってんだよ!」
場に生まれていた静寂を破るようにバットの声だけが響き、自然と皆の視線はアーサーとバットに注がれる。
「じょ、冗談だよな? そんな急に……し、しかも今はダンジョンのッ「冗談な訳ねぇだろ! いいか、Eランクなんて“最弱のアーティファクトしか出せない”お前には当然の結果だ! このクソ召喚士が! 寧ろこの半年間、俺のギルドに入れていただけ感謝しろッ!」
バットの正論に言葉を失うしかないアーサー。確かに彼の言う通りであった。自分には実力も無ければスキルが特別強い訳でもない。寧ろ何も出来ない。だから無能の役立たずと言われても仕方なく、アーサーは否定する事も出来なかった。
ただそれでも、アーサー側も簡単に退けない。こんな無能な自分が今バット達に見捨てられてしまったらそれこそ本当の終わりだという事を、アーサー自身が誰よりも理解しているから。
「た、頼むよバット……! 確かに僕は使えないかもしれない、でも何でもするから追放だけは止めてくれ! それに僕には稼ぎも必要なんだッ!」
アーサーは膝をつきながら必死にバットに縋る。
「そんな事知らねぇよ、離れろや鬱陶しい!」
「がッ!?」
振り下ろされたバットの右拳がアーサーの顔面を襲い、彼は勢いそのままに床に打ちつけられた。鼻からは血が流れ、突如殴られた事に動揺を隠し切れていない。
「じゃあなアーサー。お前はここに置いて行く。あ、お前ら。コイツのアーティファクトだけ全部回収しろ」
「なッ……!? 置いて行くだって? ふ、ふざけるなよ、それにこのアーティファクトは僕の物ッ『――ドガッ』
アーサーが皆まで言いかけた瞬間、バットがアーサーに蹴りを入れた。痛みで蹲るアーサーに更に蹴りを入れ続けるバット。彼のその表情は心底怒っている様子。
「いつまでもふざけた事言ってんじゃねぇぞカス! 使えないゴミは捨てられて当然! それにこのアーティファクトだって俺のギルドにいたから手に入れられた物だろうが! あたかも自分の力で手に入れたみたいな言い方しやがって。ほんとどこまで図々しんだよお前はよ!」
「ぐッ……や、やめろ。返せ……」
蹴られた痛みで思うように体が動かないアーサー。そのアーサーからメンバー達が強引にアーティファクトを剥ぎ取っていく。彼らにも必死に抵抗するアーサーであったが、バットから放たれた強い蹴りによって、アーサーの顔面から血が舞った。
「ハァ……ハァ……。た、頼む……せめて、せめてアーティファクトだけは……返してくれ……」
バットのスキルは『騎士』であり、彼が装備するアーティファクトは全て“Cランク”の代物。一方のアーサーは自他共に認める『召喚士』という、ハンターの中で最弱無能のハズレスキル。その上アーサーが装備するアーティファクトは1番低ランクの“Eランク”である。
スキル、アーティファクト、ステータス。
どれを取ってもバットはアーサーの上をいく完全なる上位互換。
往生際の抵抗も虚しく、全てを奪われたアーサーは地面を這う事もままならなかった。
「あばよアーサー。無能にハンターは絶対に務まらねぇ。気持ちだけじゃどうしようも出来ないんだよ。現実見ろ馬鹿が。最後は潔くモンスターにでも食われて死んでくれや。ハーハッハッハッ!」
倒れるアーサーを横目に、高笑いでこの場を去って行くバットとメンバー達。
無能にハンターは務まらない――。
そんな事はとっくにアーサー自身も気付いていた。
数あるスキルの中でも『召喚士』は基本能力値が低い挙句、レベルが上がっても強くなる事はない。せめて強力なモンスターを召喚出来るのならばまだ話は違っただろう。しかし、アーサーは強力なモンスターどころか、全モンスターで最も弱いとされるスライムすら1体も召喚出来なかった。
召喚士としての実力もなければそれカバー出来る強いアーティファクトも持っていない。毎度毎度何の役にも立たないパーティのお荷物なのだから、追放されるのも仕方がないのだろう。
アーサー本人も重々自覚している。
だが自覚がありながらも、それでも自分の不甲斐なさに悔し涙が溢れ出す。
『グルルルッ――』
絶望に落とされたアーサーを更に絶望に落とすと言わんばかりに出現したモンスター。ハンター、そしてこのダンジョンは至極シンプルな“弱肉強食”の世界。実力のない者はハンターだろうがモンスターだろうが食われるだけ。
「くそ……ッ! こんな死に方ありかよ……」
自分では到底敵わないモンスター。今すぐにでも逃げ出したいが、痛む体が動きを鈍くしている。いや、今のアーサーは肉体的な問題よりも“精神的”な問題の方が大きいのかもしれない。
逃げる事も戦う事も出来ず、完全に心が折れてしまっていた。
同じハンターをしていた父は既に他界。
母は重度の病気となり入院し、一向に目を覚まさない状態。その為病院の治療費、そして自分と妹の生活費を稼ぐ為に身を粉にしてアーサーは頑張ってきたがそれもここでまで。
『グルルル』
「僕も1人でコイツを倒せる力があれば……」
死を前にしても出て来るのは後悔と未練のたらればばかり。
ハンターになったばかりの頃は心を躍らせた。最弱の『召喚士』となって確かに残念であったが、それでも必死にモンスターに食らいつき、皆に食らいつき、明らかに自分より強いモンスターと遭遇してもがむしゃらに生き延びた。
今は弱くても、いつかきっと強くなれる。アーサーはそう信じ続けながら自分の為、そして母親と妹の為に頑張った。
そして。
今、彼のそんな努力と希望は全て終わりを告げた――。
「ごめん母さん……エレイン……。生きて帰れそうにないや……」
『グルルルッ!』
アーサーの様子を伺っていたモンスターが遂に動き出した。もう死にかけているアーサーを仕留めにいくモンスター。
「畜生……最後にめちゃくちゃ怖いじゃんかよ……」
逃げたい。戦いたい。生きたい。無事に帰りたい。
一瞬にして様々な感情が芽生えるも、アーサーの体は既に虚無感に支配され動けない。それでも……。
「“召喚”――」
アーサーは無意識に『召喚士』のスキルである“アーティファクト召喚”を使った。
古今東西、数多くいるハンターの中でも“アーティファクト”を召喚出来るのはアーサーのみ。アーティファクトはハンターにとっても最も重要な武器であり、人間がモンスターに対抗出来る唯一の力だ。
アーティファクト召喚――その響きだけを聞くと凄まじい可能性に満ち溢れているように感じるが、実際は全く違う。本当にそれだけの可能性を秘めたスキルならアーサーは今こんな状況になっていない。無能と蔑まれる事もなく、追放だってされていない。モンスターに殺されかけそうにもならない。
何故こんな事になってしまったのだろうか?
その答え至って簡単。
『召喚士』というスキルにそんな可能性は秘められていなかったから。
『グルルアッ!』
モンスターが鋭い牙の生えた口を大きく開いてアーサー目掛けて一気に突撃。
対するアーサーはなけなしで出したEランクアーティストの剣を握締めるだけで精一杯。
(ヤバい。死ぬ――)
人生の最後はスローモーションに見える。アーサーには今まさにその現象が起きていた。それも1つの彩りもない……全てが荒でいるかの如き灰色の世界が広がっていた――。
自分も直ぐにこの荒んだ灰色の世界に仲間入り。アーサーはとてもゆっくりだが確実に自分を飲み込もうとするモンスターの喉奥を見つめながら、そんな事を思っていた。
これがアーサーの最後の思考。
……かに思えたが。
『召喚スキルの使用回数が“3,000”回を超えました。新たに“ランクアップ召喚”スキルが使えるようになります――』
『ランクアップ召喚:アーティファクトのランクをアップさせる事ができる』
突如アーサーに響いた無機質な祝福。
「これは――?」
この突如起きた些細で小さな変化が、アーサー・リルガーデンという1人の男の運命を大きく変える。無能な彼のハンター人生を。無能だと馬鹿にされた人生を。スキルとアーティファクトが全てのこのダンジョンで、アーサー・リルガーデンは己だけが扱える最強のスキルを目覚めさせた。
世界で唯一、スキルで自分のアーティファクトを召喚し、ランクアップする事が出来る『アーティファクト召喚士』は無能でもハズレスキルでもない。
前代未聞。
この世界のパワーバランスを覆す程の“最強スキル”であり、希望すら失いかけていた彼の灰色の世界にささやかな彩り――そしてその彩りが波紋の様に広がっていく奇跡の力であった。
たった今、アーサー・リルガーデンは追放された。
「え?」
気怠そうに彼に追放勧告を言い渡したのは、ギルド『黒の終焉』のマスターであるバット・エディング。
周りにいた他のメンバー達もパッと会話や動く手を止めていた。
「え?……じゃねぇよボケカス。お前は役立たずの無能だからもう要らないって言ってんだよ!」
場に生まれていた静寂を破るようにバットの声だけが響き、自然と皆の視線はアーサーとバットに注がれる。
「じょ、冗談だよな? そんな急に……し、しかも今はダンジョンのッ「冗談な訳ねぇだろ! いいか、Eランクなんて“最弱のアーティファクトしか出せない”お前には当然の結果だ! このクソ召喚士が! 寧ろこの半年間、俺のギルドに入れていただけ感謝しろッ!」
バットの正論に言葉を失うしかないアーサー。確かに彼の言う通りであった。自分には実力も無ければスキルが特別強い訳でもない。寧ろ何も出来ない。だから無能の役立たずと言われても仕方なく、アーサーは否定する事も出来なかった。
ただそれでも、アーサー側も簡単に退けない。こんな無能な自分が今バット達に見捨てられてしまったらそれこそ本当の終わりだという事を、アーサー自身が誰よりも理解しているから。
「た、頼むよバット……! 確かに僕は使えないかもしれない、でも何でもするから追放だけは止めてくれ! それに僕には稼ぎも必要なんだッ!」
アーサーは膝をつきながら必死にバットに縋る。
「そんな事知らねぇよ、離れろや鬱陶しい!」
「がッ!?」
振り下ろされたバットの右拳がアーサーの顔面を襲い、彼は勢いそのままに床に打ちつけられた。鼻からは血が流れ、突如殴られた事に動揺を隠し切れていない。
「じゃあなアーサー。お前はここに置いて行く。あ、お前ら。コイツのアーティファクトだけ全部回収しろ」
「なッ……!? 置いて行くだって? ふ、ふざけるなよ、それにこのアーティファクトは僕の物ッ『――ドガッ』
アーサーが皆まで言いかけた瞬間、バットがアーサーに蹴りを入れた。痛みで蹲るアーサーに更に蹴りを入れ続けるバット。彼のその表情は心底怒っている様子。
「いつまでもふざけた事言ってんじゃねぇぞカス! 使えないゴミは捨てられて当然! それにこのアーティファクトだって俺のギルドにいたから手に入れられた物だろうが! あたかも自分の力で手に入れたみたいな言い方しやがって。ほんとどこまで図々しんだよお前はよ!」
「ぐッ……や、やめろ。返せ……」
蹴られた痛みで思うように体が動かないアーサー。そのアーサーからメンバー達が強引にアーティファクトを剥ぎ取っていく。彼らにも必死に抵抗するアーサーであったが、バットから放たれた強い蹴りによって、アーサーの顔面から血が舞った。
「ハァ……ハァ……。た、頼む……せめて、せめてアーティファクトだけは……返してくれ……」
バットのスキルは『騎士』であり、彼が装備するアーティファクトは全て“Cランク”の代物。一方のアーサーは自他共に認める『召喚士』という、ハンターの中で最弱無能のハズレスキル。その上アーサーが装備するアーティファクトは1番低ランクの“Eランク”である。
スキル、アーティファクト、ステータス。
どれを取ってもバットはアーサーの上をいく完全なる上位互換。
往生際の抵抗も虚しく、全てを奪われたアーサーは地面を這う事もままならなかった。
「あばよアーサー。無能にハンターは絶対に務まらねぇ。気持ちだけじゃどうしようも出来ないんだよ。現実見ろ馬鹿が。最後は潔くモンスターにでも食われて死んでくれや。ハーハッハッハッ!」
倒れるアーサーを横目に、高笑いでこの場を去って行くバットとメンバー達。
無能にハンターは務まらない――。
そんな事はとっくにアーサー自身も気付いていた。
数あるスキルの中でも『召喚士』は基本能力値が低い挙句、レベルが上がっても強くなる事はない。せめて強力なモンスターを召喚出来るのならばまだ話は違っただろう。しかし、アーサーは強力なモンスターどころか、全モンスターで最も弱いとされるスライムすら1体も召喚出来なかった。
召喚士としての実力もなければそれカバー出来る強いアーティファクトも持っていない。毎度毎度何の役にも立たないパーティのお荷物なのだから、追放されるのも仕方がないのだろう。
アーサー本人も重々自覚している。
だが自覚がありながらも、それでも自分の不甲斐なさに悔し涙が溢れ出す。
『グルルルッ――』
絶望に落とされたアーサーを更に絶望に落とすと言わんばかりに出現したモンスター。ハンター、そしてこのダンジョンは至極シンプルな“弱肉強食”の世界。実力のない者はハンターだろうがモンスターだろうが食われるだけ。
「くそ……ッ! こんな死に方ありかよ……」
自分では到底敵わないモンスター。今すぐにでも逃げ出したいが、痛む体が動きを鈍くしている。いや、今のアーサーは肉体的な問題よりも“精神的”な問題の方が大きいのかもしれない。
逃げる事も戦う事も出来ず、完全に心が折れてしまっていた。
同じハンターをしていた父は既に他界。
母は重度の病気となり入院し、一向に目を覚まさない状態。その為病院の治療費、そして自分と妹の生活費を稼ぐ為に身を粉にしてアーサーは頑張ってきたがそれもここでまで。
『グルルル』
「僕も1人でコイツを倒せる力があれば……」
死を前にしても出て来るのは後悔と未練のたらればばかり。
ハンターになったばかりの頃は心を躍らせた。最弱の『召喚士』となって確かに残念であったが、それでも必死にモンスターに食らいつき、皆に食らいつき、明らかに自分より強いモンスターと遭遇してもがむしゃらに生き延びた。
今は弱くても、いつかきっと強くなれる。アーサーはそう信じ続けながら自分の為、そして母親と妹の為に頑張った。
そして。
今、彼のそんな努力と希望は全て終わりを告げた――。
「ごめん母さん……エレイン……。生きて帰れそうにないや……」
『グルルルッ!』
アーサーの様子を伺っていたモンスターが遂に動き出した。もう死にかけているアーサーを仕留めにいくモンスター。
「畜生……最後にめちゃくちゃ怖いじゃんかよ……」
逃げたい。戦いたい。生きたい。無事に帰りたい。
一瞬にして様々な感情が芽生えるも、アーサーの体は既に虚無感に支配され動けない。それでも……。
「“召喚”――」
アーサーは無意識に『召喚士』のスキルである“アーティファクト召喚”を使った。
古今東西、数多くいるハンターの中でも“アーティファクト”を召喚出来るのはアーサーのみ。アーティファクトはハンターにとっても最も重要な武器であり、人間がモンスターに対抗出来る唯一の力だ。
アーティファクト召喚――その響きだけを聞くと凄まじい可能性に満ち溢れているように感じるが、実際は全く違う。本当にそれだけの可能性を秘めたスキルならアーサーは今こんな状況になっていない。無能と蔑まれる事もなく、追放だってされていない。モンスターに殺されかけそうにもならない。
何故こんな事になってしまったのだろうか?
その答え至って簡単。
『召喚士』というスキルにそんな可能性は秘められていなかったから。
『グルルアッ!』
モンスターが鋭い牙の生えた口を大きく開いてアーサー目掛けて一気に突撃。
対するアーサーはなけなしで出したEランクアーティストの剣を握締めるだけで精一杯。
(ヤバい。死ぬ――)
人生の最後はスローモーションに見える。アーサーには今まさにその現象が起きていた。それも1つの彩りもない……全てが荒でいるかの如き灰色の世界が広がっていた――。
自分も直ぐにこの荒んだ灰色の世界に仲間入り。アーサーはとてもゆっくりだが確実に自分を飲み込もうとするモンスターの喉奥を見つめながら、そんな事を思っていた。
これがアーサーの最後の思考。
……かに思えたが。
『召喚スキルの使用回数が“3,000”回を超えました。新たに“ランクアップ召喚”スキルが使えるようになります――』
『ランクアップ召喚:アーティファクトのランクをアップさせる事ができる』
突如アーサーに響いた無機質な祝福。
「これは――?」
この突如起きた些細で小さな変化が、アーサー・リルガーデンという1人の男の運命を大きく変える。無能な彼のハンター人生を。無能だと馬鹿にされた人生を。スキルとアーティファクトが全てのこのダンジョンで、アーサー・リルガーデンは己だけが扱える最強のスキルを目覚めさせた。
世界で唯一、スキルで自分のアーティファクトを召喚し、ランクアップする事が出来る『アーティファクト召喚士』は無能でもハズレスキルでもない。
前代未聞。
この世界のパワーバランスを覆す程の“最強スキル”であり、希望すら失いかけていた彼の灰色の世界にささやかな彩り――そしてその彩りが波紋の様に広がっていく奇跡の力であった。