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「ここだ。入れ」
「お邪魔します……」
伯爵の屋敷を出たエレンとアッシュ。
騎士団への推薦を受ける事を決めたエレンは明朝リューティス王国の王都へと向かう予定となった。今夜はアッシュの家に泊めてもらうらしい。
「お帰りなさいませ、アッシュ」
「おう」
アッシュが家の扉を開けて中へと入ると、そこには白髪の髪をオールバックに流し、知的そうな眼鏡を掛け、どこか上品な雰囲気を纏う1人の老人の姿があった。
「そちらの方は客人ですかな? お飲み物の準備をしますね」
「あ、そんな……全然お構いなく」
アッシュから事前に“同居人”がいると聞いていたエレンであったが、その同居人がお爺さんであるとは少し予想外であった。アッシュとは全然違う雰囲気に、思わずエレンもかしこまった態度になってしまった。
「いつまでボケっと立ってんだ。適当に座れ」
アッシュは着ていた上着をソファに投げながらそう言うと、エレンも言われるがままテーブルの横の椅子に静かに腰を掛けた。
「どうぞ。熱いのでお気を付け下さい」
白髪のお爺さんが穏やかな声色で飲み物を差し出す。
お礼を言ったエレンは「いただきます」と飲み物を口にした。
「なぁ“エド”。ずいぶん急になったが明日出るぞ」
「ハハハ。それは確かに急ですねぇ。と言う事は、こちらのお嬢さんが我々の“身代わり”に?」
唐突に何かの話しをし始めたアッシュとエドと呼ばれたお爺さん。すぐ側で聞いていたエレンは全容が全く分からない。
「いや、身代わりじゃない。コイツはさっき伯爵から騎士団への推薦状を貰ったんだ」
「成程。強行突破の策ですね」
「ああ。これ以上はもう“時間がねぇ”。だから明日ここを出るぞ。それと、コイツは男だ」
話の内容は確かに分からなかった。だが唯一お爺さんがエレンの事をお嬢さんと呼んだのは分かった。
アッシュの言葉で僅かに目を見開いたお爺さんは、驚いた様子で再度確認するようにエレンを見る。
「これはこれは……失礼しました。とても綺麗なお顔立ちなのでてっきり女性かと」
「い、いえ。よく言われるのでお気になさらないで下さい」
今までは馬鹿にされてきたエレンであったが、お爺さんの真摯な態度に初めて男だと嘘を付いている事にバツの悪さを感じるエレンであった。
「お前がそんな紛らわしい顔してるから悪い」
「うるさいな。しつこいよ君は」
「ふん。まぁそんな事はどうでもいい。それより、今の話で分かっただろ? お前の推薦状で俺達も王都に向かう。黙って協力してもらうぜ」
アッシュという男は本当に態度が偉そうでムカつく。
思わずそう口に出しそうになったエレンだが、彼女はそんなアッシュの態度よりも話の内容が気になっていた。
「君も王都に用があるの? というか、何で僕の推薦状なんか必要なのさ。王都ぐらい普通に行けばいいのに」
「馬鹿が。それが出来たらこっちだって苦労してねぇんだよ。兎に角俺の言った通りに動け」
「な!? さっきから聞いていれば偉そうに。君のそれは人に物を頼む態度じゃないんだよ! 何で僕が君の言いなりにならなくちゃいけないんだ!」
売り言葉に買い言葉。
エレンとアッシュの無意味な口論を止めたのはエドであった。
「2人共お静かに。話が進んでいませんよ。アッシュ、我々は彼の言う通りお願いをする立場です。今の貴方の態度はそれに相応しくないと、理解出来ますね?」
優しく丁寧ながらも威厳のある一言。
アッシュとエドの関係性は分からない。しかし2人には確かな信頼関係が感じられた。
「ちっ。分かったよ。俺が悪かった。おいエレン、俺達はどうしてもやらなきゃいけない事がある。だからお前の推薦状が必要だ。力を貸してくれ、頼む」
乱暴な口調とぶっきらぼうな態度は簡単に変わらない。だが今のアッシュからさっきまで無かった誠意が伝わってきた。
「う、うん、まぁアッシュがそこまで言うなら……。でもさ、僕に出来る事は協力する。だから君が何をしようとしているのかだけちゃんと聞かせてよ」
エレンも誠意を込めてアッシュに伝える。
すると、アッシュは鋭い眼光で窓の外を見つめながら答えた。
「終わらせなきゃいけねぇんだよ――」
小さく呟かれた言葉。
その言葉は消えそうな程に小さかったが、同時に底が知れない程の“憤り”をエレンは感じた。
「終わらせるって……何を……?」
尋ねるエレンの鼓動が高鳴った。
何故だか急に嫌な予感がしてきたから。
そして。
嫌な予感というのはやはり当たってしまう。
「“戦争”だよ」
(せん……そう……)
そのたった4文字の言葉が、記憶の奥に必死で隠してあったエレンの辛いを思い出を一気に呼び起こした。
――焼け焦げる街並み。
――燃え盛る業火。
――耳を塞ぎたくなる人々の断末魔の叫び。
思い出したくないあの日の出来事が、これでもかと鮮明にエレンの脳裏にフラッシュバックする。
戦争が嫌い。争いが嫌い。その言葉を聞くだけで全てが怖くなる。
「戦争って……もう終わりじゃないの……? ずっと停戦してるよね……?」
無意識にエレンの声は震えている。
「……終わってねぇよ。この戦争はまた動き出す」
「え、嘘……。どうして……」
「俺が決着を着けるからだ」
青い髪の向こうから覗かせたアッシュの瞳は、エレンがこれまで出会った人間の誰よりも深い憎悪に満ちていた――。
「ここだ。入れ」
「お邪魔します……」
伯爵の屋敷を出たエレンとアッシュ。
騎士団への推薦を受ける事を決めたエレンは明朝リューティス王国の王都へと向かう予定となった。今夜はアッシュの家に泊めてもらうらしい。
「お帰りなさいませ、アッシュ」
「おう」
アッシュが家の扉を開けて中へと入ると、そこには白髪の髪をオールバックに流し、知的そうな眼鏡を掛け、どこか上品な雰囲気を纏う1人の老人の姿があった。
「そちらの方は客人ですかな? お飲み物の準備をしますね」
「あ、そんな……全然お構いなく」
アッシュから事前に“同居人”がいると聞いていたエレンであったが、その同居人がお爺さんであるとは少し予想外であった。アッシュとは全然違う雰囲気に、思わずエレンもかしこまった態度になってしまった。
「いつまでボケっと立ってんだ。適当に座れ」
アッシュは着ていた上着をソファに投げながらそう言うと、エレンも言われるがままテーブルの横の椅子に静かに腰を掛けた。
「どうぞ。熱いのでお気を付け下さい」
白髪のお爺さんが穏やかな声色で飲み物を差し出す。
お礼を言ったエレンは「いただきます」と飲み物を口にした。
「なぁ“エド”。ずいぶん急になったが明日出るぞ」
「ハハハ。それは確かに急ですねぇ。と言う事は、こちらのお嬢さんが我々の“身代わり”に?」
唐突に何かの話しをし始めたアッシュとエドと呼ばれたお爺さん。すぐ側で聞いていたエレンは全容が全く分からない。
「いや、身代わりじゃない。コイツはさっき伯爵から騎士団への推薦状を貰ったんだ」
「成程。強行突破の策ですね」
「ああ。これ以上はもう“時間がねぇ”。だから明日ここを出るぞ。それと、コイツは男だ」
話の内容は確かに分からなかった。だが唯一お爺さんがエレンの事をお嬢さんと呼んだのは分かった。
アッシュの言葉で僅かに目を見開いたお爺さんは、驚いた様子で再度確認するようにエレンを見る。
「これはこれは……失礼しました。とても綺麗なお顔立ちなのでてっきり女性かと」
「い、いえ。よく言われるのでお気になさらないで下さい」
今までは馬鹿にされてきたエレンであったが、お爺さんの真摯な態度に初めて男だと嘘を付いている事にバツの悪さを感じるエレンであった。
「お前がそんな紛らわしい顔してるから悪い」
「うるさいな。しつこいよ君は」
「ふん。まぁそんな事はどうでもいい。それより、今の話で分かっただろ? お前の推薦状で俺達も王都に向かう。黙って協力してもらうぜ」
アッシュという男は本当に態度が偉そうでムカつく。
思わずそう口に出しそうになったエレンだが、彼女はそんなアッシュの態度よりも話の内容が気になっていた。
「君も王都に用があるの? というか、何で僕の推薦状なんか必要なのさ。王都ぐらい普通に行けばいいのに」
「馬鹿が。それが出来たらこっちだって苦労してねぇんだよ。兎に角俺の言った通りに動け」
「な!? さっきから聞いていれば偉そうに。君のそれは人に物を頼む態度じゃないんだよ! 何で僕が君の言いなりにならなくちゃいけないんだ!」
売り言葉に買い言葉。
エレンとアッシュの無意味な口論を止めたのはエドであった。
「2人共お静かに。話が進んでいませんよ。アッシュ、我々は彼の言う通りお願いをする立場です。今の貴方の態度はそれに相応しくないと、理解出来ますね?」
優しく丁寧ながらも威厳のある一言。
アッシュとエドの関係性は分からない。しかし2人には確かな信頼関係が感じられた。
「ちっ。分かったよ。俺が悪かった。おいエレン、俺達はどうしてもやらなきゃいけない事がある。だからお前の推薦状が必要だ。力を貸してくれ、頼む」
乱暴な口調とぶっきらぼうな態度は簡単に変わらない。だが今のアッシュからさっきまで無かった誠意が伝わってきた。
「う、うん、まぁアッシュがそこまで言うなら……。でもさ、僕に出来る事は協力する。だから君が何をしようとしているのかだけちゃんと聞かせてよ」
エレンも誠意を込めてアッシュに伝える。
すると、アッシュは鋭い眼光で窓の外を見つめながら答えた。
「終わらせなきゃいけねぇんだよ――」
小さく呟かれた言葉。
その言葉は消えそうな程に小さかったが、同時に底が知れない程の“憤り”をエレンは感じた。
「終わらせるって……何を……?」
尋ねるエレンの鼓動が高鳴った。
何故だか急に嫌な予感がしてきたから。
そして。
嫌な予感というのはやはり当たってしまう。
「“戦争”だよ」
(せん……そう……)
そのたった4文字の言葉が、記憶の奥に必死で隠してあったエレンの辛いを思い出を一気に呼び起こした。
――焼け焦げる街並み。
――燃え盛る業火。
――耳を塞ぎたくなる人々の断末魔の叫び。
思い出したくないあの日の出来事が、これでもかと鮮明にエレンの脳裏にフラッシュバックする。
戦争が嫌い。争いが嫌い。その言葉を聞くだけで全てが怖くなる。
「戦争って……もう終わりじゃないの……? ずっと停戦してるよね……?」
無意識にエレンの声は震えている。
「……終わってねぇよ。この戦争はまた動き出す」
「え、嘘……。どうして……」
「俺が決着を着けるからだ」
青い髪の向こうから覗かせたアッシュの瞳は、エレンがこれまで出会った人間の誰よりも深い憎悪に満ちていた――。