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 スカルウルフの襲撃から一夜明け、一行はビッグオークが目撃されたという森林に流れる川下にへと辿り着いた。この日も道中スライムやゴブリンといった比較的弱い魔物と遭遇したが、特に被害者もなく順調。

 肝心のビッグオークを探す為、全部で7つの小隊はそれぞれ分かれて川下付近を捜索する事となった。

「おい、これを見ろ」

 捜索を開始して小1時間程度。
 徐に地面を見ながらそう声に出したのは6番隊の責任者である団員だった。エレンがいる7番隊と6番隊は一緒に捜索をしており、ビッグオークの足跡とみられるものを発見した6番隊の団員が7番隊の責任者であるアッシュに言った。

「こりゃビッグオークの足跡で間違いなさそうだな」
「やっぱりか。まさかこんな森林に本当にいるとは」

 6番隊の団員であるルイーズはそう言うと、ビッグオークの足跡が続いていた崖の縁まで行って数十メートル下を確認した。すると崖の下には討伐目標である数体のビッグオークの姿があった。

「ビンゴ。いたぞ下に」
「4体か。この森林にいるのがあれで全部ならいいんだけどな。兎も角フォックス隊長や他の隊にも知らせるぞ」
「馬鹿言ってんじゃねぇよアッシュ。わざわざ他の隊なんて呼びに行く必要ないだろ。俺達だけで十分だ。幸いこの崖はそこまで高さがないし、あそこからなら無理なく崖の下にも降りられそうだしッ……『――ヴガァァ!』
「「ッ!?」」

 刹那、6番隊と7番隊の後方の茂みからビッグオークが突如姿を現した。

「嘘……でか!」

 出現したビッグオークは全部で3体。人間より一回り大きいとされる通常のオークよりも更にもう一回りの大きさである。しかもビッグオーク達は完全に目の前の傭兵達を敵と見なして殺意を放っていた。

『グゴォォ!』
「討伐しろッ! この数のビッグオークならば我々の方が圧倒的に優位だ!」

 ルイーズの号令によって傭兵達が一斉にビッグオークへの攻撃を仕掛ける。体が大きく威圧感は凄いが動きはそこまで俊敏ではない。突然の事に面食らった傭兵達であったがすぐさま冷静に対応している。

 数人束で次々に攻撃を仕掛けていく傭兵達の後方で、エレンも見よう見まね短剣を構えながらビッグオークに突撃して行く。

(……と見せかけて、少しスピードを緩めて他の人達に討伐を任せる! 僕の第一優先は兎に角自分の命。何が何でも生きて帰るんだ。手柄なんて無視無視)

 傭兵達は勿論ビッグオークを討伐する事以外考えていない。数十人と魔物が入り乱れているこの場において、エレンの姑息な手段に気付く者など1人もいなかった。

 3体出現したビッグオークの内既に2体は倒されている。
 残る1体も傭兵達が次々に攻撃を仕掛けて討伐寸前だ。

「うおおお!」

 場の雰囲気に合わせ、エレンも勇ましい雄叫びを上げながら残る1体のビッグオークに突っ込んで行く。しかしその速度は決して速くない。寧ろ自分がビッグオークに辿り着く前に早く倒してくれと言わんばかりの“演技突撃”。

 生き抜く事が1番の目標である彼女は手段など選んでいられない。
 そもそも初めからそのつもりだ。

 そして。

「討伐したぞー!」
「「うおおおお!」」

 エレンの作戦(?)通り、彼女がビッグオークに辿り着きそうなタイミングで他の傭兵達によって討伐された。皆が雄叫びを上げた瞬間、当然エレンも拳を突き上げて歓喜の雄叫びを上げていた。

(よし。この作戦なら誰にも怪しまれずに生き残れる!)

 エレンは確かな手応えを感感じた。

 これなら生き残れる。これなら無事に家に帰れると。

 だが魔物の脅威はそこまで甘くない。

 エレンが自分なりの生き抜く兆しを見つけた瞬間、崖の下にいた4体のビッグオークがいつの間にか皆のいる崖上まで登ってきていた――。

『グガァァ!』

 そして更に。

『ヴヴォォォォォォッ!』
「「……!?」」

 目の前に新たなに出現した4体のビッグオークに加え、まるで“挟み撃ち”を狙っていたかのように後方からまた別のビッグオークが姿を現したのだった。

 しかもそのビッグオークは他の個体とは比べものにならない強い魔力を放つ異質な存在である。恐らくこのビッグオーク達のボスなのだろう。禍々しい魔力に加えて更に大きな体でエレン達傭兵を威嚇していた。

「あれはやべぇな。やっぱり他の隊にと合流すべきだったか」
「問題ねぇ! 奴も討伐して手柄は俺達で貰うぞアッシュ! 総員、ビッグオークを討伐だ!」
「「うおおお!」」
「馬鹿野郎、待て! 不用意に突っ込むな!」

 ボス個体の強さを感じ取ったアッシュは1人冷静な判断を下していた。だがルイーズにはそんなアッシュの言葉が届いていない。彼と彼の指示に鼓舞された傭兵達は再び一斉にビッグオークとの交戦を開始する。

「うらッ!」
「はああ!」
「死ねぇッ!」

 ルイーズ率いる6番隊の兵が後方にいたボス向かって突撃して行く。それと同時に7番隊の兵は登って来た4体のビッグオークを狙って突撃。それぞれの戦いの火蓋が切って落とされた。

 しかし、この戦いは次の一瞬で悪夢へと移り変わる。

「ぐあああッ……!」
「えッ、やばいよ!」
「ルイーズ!? あの馬鹿、だから言ったのに」

 突然の叫び声。エレンの近くにはいつの間にかアッシュの姿もあり、2人は叫びの声が聞こえた方向へ反射的に振り返ると、そこには片腕が引き千切られ、夥しい出血と共に地面に蹲るルイーズの姿があった。

 更にルイーズの周りには既に息絶えているであろう屍となった数名の傭兵達。挙句の果てに生き延びている他の傭兵達はボス個体の脅威を間近で見せつけられたせいで明らかに戦意を失い、皆が顔面蒼白でフリーズしてしまっていた。

 そして更に災難は畳み掛ける。

「ぐあッ!?」
「何してるんだ! 目の前のビッグオークに集中しろ!」
「ぎゃあああ!」

 4体のビッグオークと交戦していた傭兵達からも次々に悲鳴が上がった。どうやらこれもボス個体の影響。たった1体のビッグオークの存在が、これまで圧倒的に人間有利だった場の戦況を覆してしまったのだ。

 委縮した傭兵達は本来勝てる筈の普通のビッグオーク相手に冷静さを失っている。

「ちっ。お前ら全員気を保て! ボスは俺が討伐してやる! 今まで通り確実に1体ずつ仕留めるんだ!」

 アッシュからの檄が飛び、ふと我に返った傭兵達は何とか正気を取り戻す。だがエレンとアッシュの後方の6番隊は一切の変化なし。

 まるでエレン達を境に世界が違うのではないかと錯覚する程の地獄絵図と化していた。

『ヴヴォォォォ!』
「ちっ、まずい」

 次の瞬間、アッシュはビッグオークのボスに向かって動き出しす。
 それと同時にアッシュの体はみるみるうちに青白い不思議な光にその身を包んでいく。

「あれは……!」

 アッシュの体に纏われた光に視線を奪われるエレン。

「あの光はお爺ちゃんと同じ……“マナ”だ――」

 そう。

 アッシュは真の実力者のみが扱えるという“マナ使い”。

 彼は靡かせる青髪から鋭い眼光を覗かせ、振りかざした剣をボス目掛けて勢いよく振り下ろすのだった――。