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「出て来たわよ」
「エレン!」

 炎の球体が消え去り、姿を現したエレン。

 離れた位置からその様子を見ていたアッシュ達も反射的に声を出していた。

「いい? 貴方には人間とエルフ族、そして竜族の力が流れているわ。種族こそ違えど、彼らは確かに同じ強い意志を宿していた。それはどんな強大な力にも負けない強い意志。
だからエレン、貴方も示すのよ。貴方の思いを……貴方が望む世界の在り方を」

 エレンを纏う金色の輝きが一層強くなり、その輝きは徐々に変化していく。

「うん、分かった。私はご先祖様達のような強い意志まで継げているか分からないけど、でも、この世界から無駄な争いをなくしたい。もう誰もがこんなに辛くて寂しい思いをしなくて済む、あらゆる生命が当たり前に共存出来る“平和な世界”にしたい――!」

 エレンの強い思いに反応するかの如く、金色の輝き――変化していた母親の強い魔力が1本の巨大な“金色の槍”へと変化を遂げた。

「凄ぇ……何だあれ」
「エレン君から揺るぎない強さが伝わってきますね」
「これが平和をもたらす混血の力……」

 その神々しい光景に、思わずアッシュ達も見惚れてしまう。それはジャックとラグナ、そしてユナダス国王でさえも同様であった。

「貴方なら出来るわエレン」
「ママがいるから大丈夫」

 人間。エルフ。竜。
 全ての思いが込められた1本の槍。

 スーっと深呼吸をしたエレンは肩幅以上に両足を開き、いつもの投擲の態勢に入る。

 これほどまでに強い魔力を扱うのも、これほどまでに大きな槍を見るのも、勿論エレンにとって初めての経験。

 しかし、エレンはその力が当たり前に自分の力でもあると思えていた。

 それほどまでに自然。

 エレンはまるで呼吸をするかの如く自然で滑らかに、視界を埋め尽くす『終焉の大火災』の炎目掛けてその金色の槍を投擲した――。

 ヒュオオオオオッ。

 眩い金色の光を放つ閃光の一閃。

 エレンが投擲した金色の槍は暴れ狂う炎を見事に捉えた。更に音を超す速さで瞬く間に全ての炎を貫通した槍が、一瞬で地平線の彼方へと消え去ると同時、大地を焼き尽くそうとしていた『終焉の大火災』の炎が一気に鎮火してしまった。

「……やったのか?」

 生まれていた一瞬の静寂を破ったアッシュの呟き。
 数秒前までの絶望が嘘かの如く炎が消え、その余りの一瞬の出来事に全員が言葉を失って呆然としている。

「馬鹿な……私の『終焉の大火災』が……消えただと……? ラグナ……! 出すのだ。もう一度『終焉の大火災』を発動させるのだ……!」

 なんとも哀れなユナダス国王の姿。
 それを見たアッシュ達は勿論、ジャックとラグナでさえも彼にそれ以上の言葉を掛ける事はなかった。

「これで一件落着……という事で?」
「さあ。妾に聞かれても分からないわ。でももう『終焉の大火災』の魔力は全く感じなッ……!?」

 ローゼン総帥が皆まで言いかけた刹那、状況は一変する。

 ゴゴゴゴゴゴゴ。
「なんだ……!? また揺れてやがる」

 炎が消え去った筈の大地が再び大きな地響きを奏でながら激しく揺れ始めた。

 そして。

 一行が戸惑いを見せるのを他所に、大きくひび割れた大地の裂け目から、『終焉の大火災』の業火を纏った異質な存在が姿を現した――。

「ママ、アレは……」
「ええ。あれが『終焉の大火災』の正体。灼熱の業火を身に宿す“終焉の神・アビス”よ――」

 人……とは言えないが、限りなく人の形に近い姿をした終焉の神、アビス。アビスは世界を炎で焼き払う終焉そのもの。まさに人外の神と謳われるに相応しい存在である。

「なにこの魔力……! いや、最早魔力なんて言葉では言い表せない程の“脅威”……。近くにいるだけであの存在に全てを消されてしまう。そんな感覚におそわれるわ……」

 突如現れた圧倒的な存在を前に、流石のローゼン総帥……いや、全員が恐怖で体を縮こまらせていた。

「化け物じゃねぇか……」
「いやはや、まさかあのような存在が実在するとは……」

 アビスの大きさは数十メートル。
 だが皆が恐怖するのはその大きさではなく、この場にいるだけで絶対的な絶望を与えられてしまうというアビスの存在そのものだった。

『……』

 言葉を発しないアビス。
 よく見ると目や耳や口などはない。人に似た姿形こそしているが、全身が業火の炎で纏われている。

 アビスは言葉を発せず、視線も分からない。しかし、アビスの意識は確実に“エレン”へと向いていた。

 そして。

 グワァァァァァァァ。

 まるでエレンを威嚇するように発せられた業火の炎が凄まじい高さまで放たれると、その炎は雲を真っ二つに割った。

 “死”――。

 アッシュ、エド、ローゼン総帥、ジャック、ラグナ、ユナダス国王。
 
 アビスという存在を目の当たりにしたアッシュ達の脳裏には同じ言葉が過っていた。それほどまでにアビスの存在は異質だったのだ。

 しかしそれはただ1人。エレンという唯一無二の存在を除いては――。

「これが最後よエレン」
「うん――!」

 エレンを纏う金色の輝きが再び、そして先程よりも更に強い輝きを発する。

「今よ!」

 どこからともなく放たれた母親の合図と共に、金色の魔力を纏うエレンはアビス目掛けて勢いよく走り出した。

(もう何も怖くない……。私は1人じゃない。争いなんて二度と起きてほしくないし、誰かが大切な人を失うのだってもう嫌だ。失わない為には強くなるしかない。自分の大切な人を守るには、それを守り抜けるほど強さがなくちゃ――)

 全力で走る中、エレンは一瞬だけアッシュの方を見る。そして再び視線はアビスを捉える。

「アイツ……何するつもりだ……!?」
「分からない。もう全てはあの子に委ねるしかないわ――」

 真っ直ぐアビスの元へと走り続けるエレン。
 すると、エレンの遥か後方から“何か”が迫って来る。

「あれは……!」

 最初にその存在に気付いたのはアッシュ。彼が視線を移すと、そこにはさっきエレンが投擲したあの金色の槍が凄まじい勢いを維持したまま再び戻って来ていたのだった。

「まさかアレ、世界を“一周”してきたんじゃ……!」

 そう。アッシュの推察通り、エレンが投擲した金色の槍は壮大な世界をぐるりと一周してエレンの元へと回帰。

「アビスの“核”は胸の中心よエレン!」
「分かった!」

 走るエレンのスピードに一瞬で追いつき追い越そうとする金色の槍。だがエレンは金色の槍が自分のを通過しようとしたまさにその刹那、金色の槍の勢いを殺さずそのまま利用して連続投擲。

「いッ……けぇぇぇッ――!!」

 一投目の勢いのまま更に速さも威力も増された二投目は光を超える速度となり、エレンの渾身の投擲は瞬きする間もなくアビスの急所……核を見事に捉えたのだった――。

 ブワァァァァァンッ。

 エレンの金色の槍がアビスの胸を貫くと、アビスはまるで断末魔の叫びかの如く激しく炎を噴き上げた。表情も感情も分からないアビス。だがその場にいる全員が、アビスが藻掻き苦しんでいるように見えていた。

 ブワァァァァァンッ。

 終焉の終焉とでも言うべきか。

 激しく吹き上がった炎は最早風前の灯火。

 そして次の瞬間、核を破壊されたアビスは一瞬で真っ黒な灰と化し、パラパラと吹かれる風と共に塵となって消滅していくのであった――。