「ラグナ……俺とお前は兄弟だ……! ずっと昔から……!」
「そりゃ勿論分かってるって。でもさジャック、だからこそ俺はお前と兄弟って胸を張りたかったんだよな――」
心が苦しくなるほどの真っ直ぐさ。ジャックは誰よりもラグナのそんな所が好きであり、人に誇れる自慢の弟でもあった。でもそんな弟のラグナは、唯一心を開いたジャックにもたった1つだけ言えない気持ちが、彼と初めて出会った時からずっと生まれ残っていた。
ジャックとラグナの母親は違う。異母兄弟。
ジャックはユナダス国王と妃の間に生まれた正当なユナダスの血を継ぐ者であったが、一方のラグナは国王と愛人の間に生まれ落ちた妾の子である。
家族や愛に血の繋がりなど関係ない。そんな枠に捉われない信頼ある関係性などこの世界にきっと無数に存在している。ジャックとラグナだけという特異ではないのだ。
**
「お前とジャックを本当の兄弟にしてやろう――」
**
始まりは何気ないユナダス国王の言葉であった。
子供の頃、自然な会話からラグナの耳に伝わったこの言葉によって、ラグナはそれまで自身の胸の奥にチクリと引っ掛かっていた針が抜けたような感覚が全身を駆け巡った。
本当の兄弟。
ラグナも勿論ジャックの事はもう本当の兄弟のように思っていた。だが違った。兄弟の“ように”ではなく、本当の兄弟“だ”と一切の迷いなく言い切りたかった。でもそれが出来なかった。
そして、そんなラグナの僅かな心の隙を見抜き突いたのが、他でもないユナダス国王。その後の国王とラグナの関係は実に分かりやすくシンプルとなった。
ラグナは純粋にジャックと対等な兄弟でありたい、兄弟になりたいと願い、国王がそれを聞き入れ彼に“助言”をした。たったそれだけの事。ラグナの純粋さと国王の思惑が対照的な結果を生むという事実は関係ない。奇しくも互いの願いの方向が同じ向きであった。それだけの事なのだから――。
「よくもラグナを利用したな父親――いや、ヨハネス・ジョー・ユナダス……!」
怒りが収まらないジャックは溢れんばかりの殺意をユナダス国王に向ける。
「ハッハッハッハッ! 何故実の父親にそれ程の殺意を向けるか。私は可愛い息子であるお前達の願いを叶えてやったのだぞ」
「ふざけるなッ!」
怒るジャックの直ぐ傍にはラグナ。彼がジャックの怒りを鎮める。
「待てよジャック。俺は別に利用された訳じゃねぇって。俺が勝手に望んでいた。それだけなんだよ」
「それが利用されてるって事だろうラグナ! どうしてだ! 頭の良いお前ならそれぐらい分かっていた筈だろう……!」
「ああ。分かっていたよ。でもよ、それがなんだ――?」
「ッ!?」
ラグナのその表情で全てを悟ったジャックは体の熱が一気に引く。
(そうか……そうだよな。ラグナは昔から私よりも多くの事が優れていた。そんなお前が分からない筈がないよな……)
ラグナは“全て”を承知していた。それでも欲しかったのだ。ジャックと本当の兄弟であるという何かしらの証が。
例えそれが国王の策略であると分かっていたとしても。
例えそれが常識を覆す歴史の真実に辿り着いたとしても。
例えそれが、世界に終焉をもたらしてしまう結果になったとしても……。
純粋無垢なラグナはただ真っ直ぐに自分の欲しい物に手を伸ばしてしまっただけなのだ。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァァッ……!!」
「エレェェェンッ!」
国王、ジャック、ラグナがそんな会話を繰り広げていると、勢いよく天に昇っていた炎が突如動きを止める。そして弱まった炎の垣間から苦痛の叫び声を上げるエレンの姿が確認出来た。
懸命にエレンの名を呼ぶアッシュであったが、まだ彼の声はエレンには届いていない様子。
「何が起こっているのか……?」
「分からないわ。ただ、良い事ではないのは確かね」
アッシュを引き留めていたエドとローゼン総帥が静かにそう言葉を交わした。1秒先も予測出来ない状況に、自然と皆の視線がエレンへと注がれる。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァァッ……!!」
再び奏でられるエレンの苦痛の叫び。そしてそれと同時に、まるでエレンの叫びに呼応するかの如く、エレンを“震源地”として大地が大きく揺れ動く。
――ゴゴゴゴゴゴゴ。
更に刹那、激しく揺れる大地が大きな音を立てて割れ、裂け目から業火の火柱が何本も天へと昇った。しかもその炎は“意志”でも持っているかと言わんばかりに大地から天へ、そして天から大地へと縦横無尽に動き回る。
大地を這う大蛇の如き炎は瞬く間に木々や建物を真っ黒な煤へと変化させ、その炎はまるでこの世界に“強い憎しみ”を抱いているようにさえ見えた。
「ハーハッハッハッ! 素晴らしい……! 想像を遥かに凌ぐ素晴らしい力だぞぉ!」
生まれた終焉の大火災の力を目の当たりにしたユナダス国王は両手を広げて豪快に笑いを飛ばす。だがそんな国王とは対照的に、信じられない光景を目の当たりにしているアッシュ達は別世界でも見ているかのように言葉を失っていた。
「なんとも恐ろしい光景だ……」
「マズいわ。悠長に眺めている場合じゃないわよ……! 早く大火災を止めないと世界がとんでもない事になるわ!」
ローゼン総帥が慌てた表情でラグナの方を見る。
「ラグナ……! お前の気持ちはよく分かった。この事は全てが終わってからもう一度話そう。だから兎に角今はあの炎を止めるんだ……!」
ローゼン総帥の言葉でふと我に返ったジャックも必死にラグナに訴え掛ける。
しかし。
「ヒャハハ。流石の俺でもそれは無理なんだよジャック。『終焉の大火災』はもう止められねぇ。いや、力が強大過ぎて、最早人間がどうこう出来る代物じゃないんだよアレは」
朧げな瞳で暴れ狂う炎を見つめるラグナ。そのラグナの横顔を見たジャックはどうしようもない絶望感に襲われた。しかし、今のラグナの言葉に驚いたのはジャックだけではなかった。
「待て。今のはどういう意味だラグナ……! お前は『終焉の大火災』を自在に操れるのではないのか!?」
驚きの表情でそう言い放ったのはユナダス国王。
「はい。“俺”が出来るのは発動まで。それ以降は俺の力じゃ操るなんて到底無理です」
「何ッ!? お、お前、私を騙したのかラグナ!」
「いえ。私は騙してなどいません。父上との約束は“終焉の大火災を起こす事”でした。その先は何も約束をした覚えはありません――」
「貴様……! そんな屁理屈をッ」
流石のユナダス国王も開いた口が塞がらない……といった様子である。この事態は国王にとっても想定外のものだったのだろう。国王は勿論の事だが、隣で今の会話を聞いていたジャックも狐につつまれた思いであった。
「悪いなジャック。無責任な事をしてお前も巻き込んじまった。でも俺にとっては何より大事だったんだよな……。お前と本当の兄弟でいれるって事が」
「ラグナ……」
なんとも言えない儚い表情のラグナ。
ジャックは行き場のない、滞った気持ちをどこにどうぶつければいいか困惑する。目と鼻の先にいる父親のユナダス国王にその怒りをぶつける事は簡単だろう。だがそれでは最早何の解決にもならない。
ジャックはもどかしさで顔を歪ませていた。
「ア゛ア゛ッ……い、痛い……ッ! 体がッ……」
「エレン!?」
エレンの周りに纏われていた炎が徐々に消え去っていく。それと同時に宙に浮いて叫び声を上げていたエレンの体がゆっくりと地上へと下降。エレンの意識も戻っているようだ。
「エレンッ!」
静かに降りてくるエレンの体を抱き止めたアッシュ。
「アッシュ……? それにエドさんもローゼン総帥も……。あれ。僕は……痛ッ……!」
体を襲う痛みで表情を歪ませるエレン。記憶が断片的で今一つ状況を理解出来なかったが、彼女は瞬時に場の異様さだけは感じ取っていた。
「無理すんなエレン。大丈夫か?」
「う、うん。何とか。……そうか、僕はラグナに連れ去られて……それで……って、何あれ!? 炎が勝手に……!」
「あれがエルフ族の『終焉の大火災』とかいうやつらしい。ラグナの野郎がさっき発動させたんだ」
「エレン君が無事ならようなら私達も急いで避難した方が……」
「避難なんて意味ないわよエド。あの大火災を止めない限り、この星に安全な場所なんて存在しないわ」
絶望を更に煽るローゼン総帥の言葉。大陸で間違いなく1,2位を争う実力あるローゼンとラグナでさえ大火災は止められない。その現実が更に果てしない絶望感を強めていた。
文字通りの“終焉”――。
ローゼン総帥とラグナが大火災を止められないと分かった以上、もう成す術はなくなった。
「そりゃ勿論分かってるって。でもさジャック、だからこそ俺はお前と兄弟って胸を張りたかったんだよな――」
心が苦しくなるほどの真っ直ぐさ。ジャックは誰よりもラグナのそんな所が好きであり、人に誇れる自慢の弟でもあった。でもそんな弟のラグナは、唯一心を開いたジャックにもたった1つだけ言えない気持ちが、彼と初めて出会った時からずっと生まれ残っていた。
ジャックとラグナの母親は違う。異母兄弟。
ジャックはユナダス国王と妃の間に生まれた正当なユナダスの血を継ぐ者であったが、一方のラグナは国王と愛人の間に生まれ落ちた妾の子である。
家族や愛に血の繋がりなど関係ない。そんな枠に捉われない信頼ある関係性などこの世界にきっと無数に存在している。ジャックとラグナだけという特異ではないのだ。
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「お前とジャックを本当の兄弟にしてやろう――」
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始まりは何気ないユナダス国王の言葉であった。
子供の頃、自然な会話からラグナの耳に伝わったこの言葉によって、ラグナはそれまで自身の胸の奥にチクリと引っ掛かっていた針が抜けたような感覚が全身を駆け巡った。
本当の兄弟。
ラグナも勿論ジャックの事はもう本当の兄弟のように思っていた。だが違った。兄弟の“ように”ではなく、本当の兄弟“だ”と一切の迷いなく言い切りたかった。でもそれが出来なかった。
そして、そんなラグナの僅かな心の隙を見抜き突いたのが、他でもないユナダス国王。その後の国王とラグナの関係は実に分かりやすくシンプルとなった。
ラグナは純粋にジャックと対等な兄弟でありたい、兄弟になりたいと願い、国王がそれを聞き入れ彼に“助言”をした。たったそれだけの事。ラグナの純粋さと国王の思惑が対照的な結果を生むという事実は関係ない。奇しくも互いの願いの方向が同じ向きであった。それだけの事なのだから――。
「よくもラグナを利用したな父親――いや、ヨハネス・ジョー・ユナダス……!」
怒りが収まらないジャックは溢れんばかりの殺意をユナダス国王に向ける。
「ハッハッハッハッ! 何故実の父親にそれ程の殺意を向けるか。私は可愛い息子であるお前達の願いを叶えてやったのだぞ」
「ふざけるなッ!」
怒るジャックの直ぐ傍にはラグナ。彼がジャックの怒りを鎮める。
「待てよジャック。俺は別に利用された訳じゃねぇって。俺が勝手に望んでいた。それだけなんだよ」
「それが利用されてるって事だろうラグナ! どうしてだ! 頭の良いお前ならそれぐらい分かっていた筈だろう……!」
「ああ。分かっていたよ。でもよ、それがなんだ――?」
「ッ!?」
ラグナのその表情で全てを悟ったジャックは体の熱が一気に引く。
(そうか……そうだよな。ラグナは昔から私よりも多くの事が優れていた。そんなお前が分からない筈がないよな……)
ラグナは“全て”を承知していた。それでも欲しかったのだ。ジャックと本当の兄弟であるという何かしらの証が。
例えそれが国王の策略であると分かっていたとしても。
例えそれが常識を覆す歴史の真実に辿り着いたとしても。
例えそれが、世界に終焉をもたらしてしまう結果になったとしても……。
純粋無垢なラグナはただ真っ直ぐに自分の欲しい物に手を伸ばしてしまっただけなのだ。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァァッ……!!」
「エレェェェンッ!」
国王、ジャック、ラグナがそんな会話を繰り広げていると、勢いよく天に昇っていた炎が突如動きを止める。そして弱まった炎の垣間から苦痛の叫び声を上げるエレンの姿が確認出来た。
懸命にエレンの名を呼ぶアッシュであったが、まだ彼の声はエレンには届いていない様子。
「何が起こっているのか……?」
「分からないわ。ただ、良い事ではないのは確かね」
アッシュを引き留めていたエドとローゼン総帥が静かにそう言葉を交わした。1秒先も予測出来ない状況に、自然と皆の視線がエレンへと注がれる。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァァッ……!!」
再び奏でられるエレンの苦痛の叫び。そしてそれと同時に、まるでエレンの叫びに呼応するかの如く、エレンを“震源地”として大地が大きく揺れ動く。
――ゴゴゴゴゴゴゴ。
更に刹那、激しく揺れる大地が大きな音を立てて割れ、裂け目から業火の火柱が何本も天へと昇った。しかもその炎は“意志”でも持っているかと言わんばかりに大地から天へ、そして天から大地へと縦横無尽に動き回る。
大地を這う大蛇の如き炎は瞬く間に木々や建物を真っ黒な煤へと変化させ、その炎はまるでこの世界に“強い憎しみ”を抱いているようにさえ見えた。
「ハーハッハッハッ! 素晴らしい……! 想像を遥かに凌ぐ素晴らしい力だぞぉ!」
生まれた終焉の大火災の力を目の当たりにしたユナダス国王は両手を広げて豪快に笑いを飛ばす。だがそんな国王とは対照的に、信じられない光景を目の当たりにしているアッシュ達は別世界でも見ているかのように言葉を失っていた。
「なんとも恐ろしい光景だ……」
「マズいわ。悠長に眺めている場合じゃないわよ……! 早く大火災を止めないと世界がとんでもない事になるわ!」
ローゼン総帥が慌てた表情でラグナの方を見る。
「ラグナ……! お前の気持ちはよく分かった。この事は全てが終わってからもう一度話そう。だから兎に角今はあの炎を止めるんだ……!」
ローゼン総帥の言葉でふと我に返ったジャックも必死にラグナに訴え掛ける。
しかし。
「ヒャハハ。流石の俺でもそれは無理なんだよジャック。『終焉の大火災』はもう止められねぇ。いや、力が強大過ぎて、最早人間がどうこう出来る代物じゃないんだよアレは」
朧げな瞳で暴れ狂う炎を見つめるラグナ。そのラグナの横顔を見たジャックはどうしようもない絶望感に襲われた。しかし、今のラグナの言葉に驚いたのはジャックだけではなかった。
「待て。今のはどういう意味だラグナ……! お前は『終焉の大火災』を自在に操れるのではないのか!?」
驚きの表情でそう言い放ったのはユナダス国王。
「はい。“俺”が出来るのは発動まで。それ以降は俺の力じゃ操るなんて到底無理です」
「何ッ!? お、お前、私を騙したのかラグナ!」
「いえ。私は騙してなどいません。父上との約束は“終焉の大火災を起こす事”でした。その先は何も約束をした覚えはありません――」
「貴様……! そんな屁理屈をッ」
流石のユナダス国王も開いた口が塞がらない……といった様子である。この事態は国王にとっても想定外のものだったのだろう。国王は勿論の事だが、隣で今の会話を聞いていたジャックも狐につつまれた思いであった。
「悪いなジャック。無責任な事をしてお前も巻き込んじまった。でも俺にとっては何より大事だったんだよな……。お前と本当の兄弟でいれるって事が」
「ラグナ……」
なんとも言えない儚い表情のラグナ。
ジャックは行き場のない、滞った気持ちをどこにどうぶつければいいか困惑する。目と鼻の先にいる父親のユナダス国王にその怒りをぶつける事は簡単だろう。だがそれでは最早何の解決にもならない。
ジャックはもどかしさで顔を歪ませていた。
「ア゛ア゛ッ……い、痛い……ッ! 体がッ……」
「エレン!?」
エレンの周りに纏われていた炎が徐々に消え去っていく。それと同時に宙に浮いて叫び声を上げていたエレンの体がゆっくりと地上へと下降。エレンの意識も戻っているようだ。
「エレンッ!」
静かに降りてくるエレンの体を抱き止めたアッシュ。
「アッシュ……? それにエドさんもローゼン総帥も……。あれ。僕は……痛ッ……!」
体を襲う痛みで表情を歪ませるエレン。記憶が断片的で今一つ状況を理解出来なかったが、彼女は瞬時に場の異様さだけは感じ取っていた。
「無理すんなエレン。大丈夫か?」
「う、うん。何とか。……そうか、僕はラグナに連れ去られて……それで……って、何あれ!? 炎が勝手に……!」
「あれがエルフ族の『終焉の大火災』とかいうやつらしい。ラグナの野郎がさっき発動させたんだ」
「エレン君が無事ならようなら私達も急いで避難した方が……」
「避難なんて意味ないわよエド。あの大火災を止めない限り、この星に安全な場所なんて存在しないわ」
絶望を更に煽るローゼン総帥の言葉。大陸で間違いなく1,2位を争う実力あるローゼンとラグナでさえ大火災は止められない。その現実が更に果てしない絶望感を強めていた。
文字通りの“終焉”――。
ローゼン総帥とラグナが大火災を止められないと分かった以上、もう成す術はなくなった。