姿を現したのは他でもない、たった今リューティス王国と戦争を始めた敵国……ユナダス王国の国王――ヨハネス・ジョー・ユナダスの姿がそこにあった。

「あの人が……ユナダス国王……」 

 エレン、そしてアッシュ、エド、ローゼン総帥、ラグナ、ジャック。全員が一斉にユナダス国王へと視線を移していた。

「父上! 何故こんな所に……!?」

 ジャックを始め、エレン達も皆同じ事を思っていた。ただ1人、ラグナを除いて。

「良いぞラグナ。『終焉の大火災』は発動出来そうか?」
「はい。問題なく下準備は終わりました。後は引き金を引くだけ。何時でも発動可能です――」

 その淡々と話すラグナと国王の姿を見たジャックは嫌な汗を掻く。

「ま、待てラグナ……! いや、お待ち下さい父上ッ! お言葉ながら、今まさに発動しようとしているその『終焉の大火災』……それにエルフ族の事や歴史の真実を私はラグナから聞きました! 父上はその旨をご存じなのですか!?」

 自分で言葉にしたものの、ジャックは直ぐに己の愚かさに気付かされる。

 父上がジャックを見る目。それは余りに冷酷であり、混沌の闇に引きずり込まれんばかりの恐怖を感じたジャック。冷静に考えれば理解出来る事。

 父上には……。ラグナには……。この2人には自分の知らない“何か”があると改めて突き付けられたジャックは、それ以上言葉が出てこなくなってしまった。

「話はそれだけか?」

 返答のないジャックを横目に、ユナダス国王はゆっくりとエレンのいる魔法陣へと近付いて行く。

「フフフ……フーハッハッハッ! 素晴らしい、これが最強のエルフ族すらも抹殺させたという『終焉の大火災』の力か! まだ発動前だというのに、既にその力の強大さがこれでもかと伝わってくる!」

 いつの間にか輝きを強めていた魔法陣。そこから醸し出される雰囲気や空気感はまるで嵐の前の静けさのようだ。ユナダス国王は相当機嫌が良くなったのか、両手を広げ、魔法陣の中央に浮くエレンを見ながら肩を震わせ大きな声を出し笑っている。

 そして。

「やれ、ラグナ――」
「はい」
「ま、待つんだラグナ……!」

 ユナダス国王が放った一言に、同じ一言で応えたラグナ。今の2人の会話を文字にすれば10文字にも満たないだろう。しかし、その余りに短い2人の言葉は遂に『終焉の大火災』という嵐を巻き起こした――。


 ――ブウォォォォッ!
「「……!?」」

 一段と輝きを増した魔法陣の光が天高くまで閃光した次の瞬間、魔法陣からの輝きと吹き荒れていた強風がピタリと止むと同時に、誰も言葉を発しないこの場は耳鳴りが聞こえる程の静寂に包まれる。

 刹那。

 輝きを失っていた筈の魔法陣から凄まじい熱さの炎柱が天を駆け昇っていった。

「熱……!」
「まさか本当に発動を!?」

 一瞬で辺り一面がオレンジ色に照らされ明るくなる。熱さと眩しさでアッシュ達は反射的に腕で顔を覆う。

「エレェェェェェンッ!」

 発動させられた『終焉の大火災』の炎柱に呑み込まれたエレン。アッシュが大声で叫ぶも、炎の柱に阻まれ声が届いているか分からない。いや、そもそもこの激しい豪華のど真ん中にいたエレンが無事かどうかさえも分からない。

「離せッ!」
「いけませんよアッシュ」
「自分から燃えて死ぬ気?」

 エレンを助けようと、炎に突っ込もうとするアッシュを必死で止めるエドとローゼン総帥。皆が視界に炎を映してエレンの心配をしている最中、ユナダス国王1人だけが再び笑い声を上げたのだった。

「フハハハハハ! これは凄いッ、桁違いの魔法だぞエルフ族! この力があれば我がユナダス王国が間違いなく世界の頂点に君臨する事が出来るぞ!」 

 それぞれが思いを募らせるその1秒1秒の間にも、業火の炎柱は全てを焼き尽くさんと言わんばかりの激しさを増して湧き続けていた。

 エレン、エド、ローゼン総帥はエレンの身を案じ、ジャックは自分の無力さと後悔の念に駆をを歪ませ、ユナダス国王はこの世の全てを手に入れたといった自信に満ちた表情を浮かべている。

 残るラグナは――。

「ユナダス国王……いえ、父上。俺は幼少の頃から今日という日を、父上との“約束”を果たす為に魔導師となりました」

 いつも余裕と自信に満ちているラグナだが、今は伏し目でどこか“幼さ”漂う雰囲気でユナダス国王に話しかけていた。

「そして俺はリューティス王国一と謳われる最強の魔導師、ローゼンですら到達出来ない術を身につけ奴を超えました。『終焉のグリモワール』と『混血の女神」を見つけ、更にこの世界でエルフ族の魔法である『終焉の大火災』すらも使える魔導師は俺1人だけです。

父上……これで俺との約束は――」
「ああ。勿論だ。私は誰であろうと何時であろうと、約束を破る事は大嫌いだ。良くやったぞラグナよ。約束通り、お前を私の“正式な子”として認めよう。
これで妾のお前も正当なユナダス家の者となり、幼少の頃からお前が望んでいたジャックの“本当の兄弟”に晴れてなる事が出来たな――」

 いつもユナダス国王とラグナの会話は淡々と流れていく。呼吸をするかのように当たり前に。

「本当の兄弟……? どういう意味だラグナ……。お前と父上は一体何の約束をしていた……?」

 だがジャックだけは違った。今の会話を聞いていた彼の心にはわだかまりしか残っていない。同時に再び“何か”に気が付いたジャックは力強く拳を握り締め、怒りの形相で父を睨んだ。

「父上……貴方もしや……」
「どうしたのだジャック。まさか国王であり実に父でもある私に殺気を放っているのか?」

 ユナダス国王もまた既に気付いていた。ジャックが怒りを露にした理由……実の息子が己に殺気を向ける理由を。

「ふざけるなッ! 一体ラグナに何を“吹き込んだ”!」
「偉く棘のある物言いだなジャックよ。お前が何を勘違いしているのかは知らんが、私とラグナの約束は他の誰でもないラグナ自身の望みであるぞ。奴のその思いに私が応じた。それだけの事だ。家族なのだから当然だろう」
「――!」

 気が付いたらジャックは走り出していた。そして腹の底から湧き上がる怒り全てが込められた右拳がユナダス王国――実の父に微塵の迷いなく放たれる。

 だが。

 ガシッ。
「ラ、ラグナ……!?」

 ジャックの動きを抑止したのはラグナ。そのラグナの表情は付き物が取れたように清々しい。長い付き合いであるジャックも初めて見る程に。

「ヒャハハ。待たせたなジャック。これでようやくお前と兄弟だって胸張れるぜ」
「ッ――!」

 屈託のない純真無垢な笑顔。ジャックの心は目の前のラグナの笑顔と憎い父親の笑みで、一瞬グチャグチャに壊れそうになった。

 そう。ラグナが心の底から望んでいたもの。それはどんなものでもない、唯一無二のジャックとの繋がり。ラグナはジャックと“本当の兄弟”になりたかったのだ。

 出会いは突然。確かに普通ではない、少し変わった始まりの兄弟関係であった。それでもジャックはいつからかラグナが本当の弟であり、何の疑いもなく“兄弟”と言える関係を築けていたと嘘偽りなく言える。思える。

 だがジャックとラグナの絆や信頼がどれだけ深く厚いものであろうと、互いの思いが“全く同じであるという事は有り得ない”――。それは血の繋がりや家族、親友、大切な人など……全く関係ない。ただただ、誰でもあっても全く同じなんて有り得ない。それだけの話である。