♢♦♢
~リューティス王国東部・大聖堂~
「……ん……ここは……?」
「目覚めたか。混血の女神様――」
リューティス王国の東部に位置する街。
ここはエレンの故郷であり、アッシュの家があるブルーランド家が統治していた地でもある。
エレンが暮らしていた頃は緑豊かで平穏な街であったが、今ではそんな緑は見る影もない惨状。
「お、お前は……!?」
エレンはラグナを見た瞬間、何があったかを思い出す。そして同時に自身の体が拘束されて動けない事にも気付いた。
「ちょッ……! この縄を解け! 何で僕を狙うんだ。それに戦争は……!? アッシュやエドはどこだ!」
「ヒャハハハ。起きた早々元気だなおい。安心しろ。戦争はまだちゃんと続いてるし、あの青髪の王子ももうじき来る」
焦りと困惑の表情のエレンに対し、相変わらずラグナは余裕の態度。
(アッシュがここに? エドやローゼン総帥も一緒なのか? 兎に角皆無事でいて……)
椅子に拘束されてるエレンは縄を解こうと藻掻くが一向に緩む気配がない。そしてエレンが何気に床を見ると、足元には淡い光を発する大きな絵のようなものが描かれていた。
「魔法陣……?」
「正解」
エレンの回答に拍手を送るラグナ。エレンの言う通り、彼女の足元には彼女を中心に半径7~8m程の大きさの魔法陣が浮かび上がっている。
「余計な体力使うのは止めとけよ。それは俺の魔法だから簡単に外れねぇぞ。それに俺は別にお前を取って食うつもりなんてない。ただ手助けしてほしいだけさ」
「手助け……? とても助けを求める側の態度じゃないと思うけど」
「そりゃ悪かったな。生憎そこまで行儀良く育ってないんで。申し訳ございません女神様」
ラグナは家来のような真似事をしながら頭を下げるが、勿論そこに誠意などは微塵も感じない。
「僕に何を求めているんだ。お前に狙われる覚えはないし、仮に理由があったとしても絶対お前なんかに手は貸さないよ」
「ああ。それで結構。元から仲良くなって理解してもらおうなんて思ってねぇ。だからこうしてんだろ」
ラグナはそう言いながらゆっくりとエレンに近付く。
「ローゼン……って言ったか? お前んとこの魔導師。アイツは多分気付いてると思ったんだけどな。女神様は“自分の事”をどこまで知ってるんだ?」
フッと口角を上げながら問うラグナ。
エレンはその不敵な笑みを見た瞬間、目の前の男が自分の知らない“何か”を知っているという得体の知れない不気味さに襲われた。
「じ、自分の事って……知ってるよ! 僕は本当は男じゃなくて女だ。それはローゼン総帥も知ってるし、お前も知っているんだろ! それが何?」
エレンは必死にまくし立てていたが、ラグナが言っている事は性別なんかの話ではないと自分でも分かっている。
「666年前……あるところに、1人のエルフ族の男の子が生まれました――」
唐突に語り始めたラグナ。
エレンも「何の話だ?」という表情を浮かべたが、いつの間にかラグナの語りに耳を傾けていた。
そしてエレンは知る――。
人間、エルフ族、竜族、偽りと真実の歴史、奴隷、支配、終焉の大火災、魔法、グリモワール……自分の先祖の事を。
全てを聞き終えたエレンはただ呆然とする事しか出来なかった。
昔から心の何処かで気になっていた“人とは違う自分”の答えに辿り着いたエレン。確かにその事実は直ぐに受け入れるのは難しいものであったが、彼女は不思議とラグナの話が腑に落ちてもいたのだった。
「……私にはエルフの血が……。って事はお母さんにも……」
「そうだ。お前の家系には人間とエルフ族の血が流れている。そこへ加えて“聖竜血(せいりゅうけつ)”と呼ばれる今はもう存在しない竜族の特殊な血が加わってるのさ。
俺もその聖竜血とやらには詳しくねぇが、どうやらごく一部の竜族にのみ流れていた血らしくてな、その血を与える事で怪我や病気が治るらしい。
勿論死者を蘇らせるような万物の力ではないからウルも助けられなかったし、聖竜血を持つ者はその血の力を自分には使えない。だからジークリードはエルに与えたんだろうな。
……って言っても、お前が使える“投擲”の力はまた特別さ。聖竜血は確かに傷を癒す力だが、エルフの魔法とはまた違う。お前の投擲は何かしらの後天的な聖竜血の作用かもな。投擲は“竜族が最も得意とする技”だったらしいからよ。
ただお前の投擲には無意識にエルフの魔力も加わっている。ろくに魔法の使い方も知らないだろうから、使う度に披露してたんじゃねぇか?
ヒャハハ。それにしても面白い。
まるでウルとエルとジークリードが願った「争いや差別のない平和な世界」という希望をお前に頼んでいるみたいじゃねぇか。
なぁ、混血の血を……そしてエルフの姓と竜の名を継いだエレン・エルフェイムよ――。
運命とは皮肉なものだ。
ウルが命懸けで封印した『終焉の大火災』の発動にはエルフの血……つまりお前の混血が必要不可欠なんだよ。だから俺にちょっと力を貸してくれ。なぁに、安心しろ。666年前と違って今は俺がいる。『終焉の大火災』は俺がちゃんとコントロールしてやるからよ」
ラグナがそう言うと、エレンは静かに俯く。
2人の間に暫しの沈黙が流れ、自身の力の秘密や存在意義を改めて突き付けられたエレンは次の言葉が出てこなかった。
自分の存在に大きな使命があると理解したと同時、エレンは自分の無力さに虚無感を感じていた。
世界を平和にするなどという大義名分を自分1人に委ねられてもどうしようも出来ない。
怖いものは怖い。嫌なものは嫌だ。
目の前の戦争1つでさえ、嫌という程己の無力さを痛感しているエレンにとって、世界をどうこうするなんて事は夢のまた夢の話。
そんな事自分に出来る訳がない。
しかし――。
「正直、僕には話のスケールが大き過ぎて実感が湧かない……。僕に世界を平和にする力んてない。だけど、せめて目の前で起こっている戦争1つを……目の前にいる大切な人達1人1人は必ず自分の手で守りたい――」
エレンは強い瞳でラグナを見る。
「僕はお前のように強くない。でもだからと言って逃げるは嫌だ。もう大切な人を失いたくないから!」
確固たる決意をエレンから感じ取ったラグナ。彼は数秒エレンと目を合わせると、退屈そうに溜息を吐いた。
「へぇー、あっそ。俺も別に世界の平和とかどうでもいいんだよね。俺には俺のやりたい事がある。お前もだろ? だから互いに邪魔するんじゃなくて協力しようぜ。
兎も角俺は『終焉の大火災』を起こしたいからお前の血をくれよ。もしくれるなら俺がこの戦争止めてやってもいいぜ。どうだ?」
「断る。お前なんかに協力なんて死んでもしないよ」
「あらら、交渉決裂か。仕方ねぇ――」
シュバ。
刹那、ラグナの魔法の刃がエレンを切り裂いた――。
~リューティス王国東部・大聖堂~
「……ん……ここは……?」
「目覚めたか。混血の女神様――」
リューティス王国の東部に位置する街。
ここはエレンの故郷であり、アッシュの家があるブルーランド家が統治していた地でもある。
エレンが暮らしていた頃は緑豊かで平穏な街であったが、今ではそんな緑は見る影もない惨状。
「お、お前は……!?」
エレンはラグナを見た瞬間、何があったかを思い出す。そして同時に自身の体が拘束されて動けない事にも気付いた。
「ちょッ……! この縄を解け! 何で僕を狙うんだ。それに戦争は……!? アッシュやエドはどこだ!」
「ヒャハハハ。起きた早々元気だなおい。安心しろ。戦争はまだちゃんと続いてるし、あの青髪の王子ももうじき来る」
焦りと困惑の表情のエレンに対し、相変わらずラグナは余裕の態度。
(アッシュがここに? エドやローゼン総帥も一緒なのか? 兎に角皆無事でいて……)
椅子に拘束されてるエレンは縄を解こうと藻掻くが一向に緩む気配がない。そしてエレンが何気に床を見ると、足元には淡い光を発する大きな絵のようなものが描かれていた。
「魔法陣……?」
「正解」
エレンの回答に拍手を送るラグナ。エレンの言う通り、彼女の足元には彼女を中心に半径7~8m程の大きさの魔法陣が浮かび上がっている。
「余計な体力使うのは止めとけよ。それは俺の魔法だから簡単に外れねぇぞ。それに俺は別にお前を取って食うつもりなんてない。ただ手助けしてほしいだけさ」
「手助け……? とても助けを求める側の態度じゃないと思うけど」
「そりゃ悪かったな。生憎そこまで行儀良く育ってないんで。申し訳ございません女神様」
ラグナは家来のような真似事をしながら頭を下げるが、勿論そこに誠意などは微塵も感じない。
「僕に何を求めているんだ。お前に狙われる覚えはないし、仮に理由があったとしても絶対お前なんかに手は貸さないよ」
「ああ。それで結構。元から仲良くなって理解してもらおうなんて思ってねぇ。だからこうしてんだろ」
ラグナはそう言いながらゆっくりとエレンに近付く。
「ローゼン……って言ったか? お前んとこの魔導師。アイツは多分気付いてると思ったんだけどな。女神様は“自分の事”をどこまで知ってるんだ?」
フッと口角を上げながら問うラグナ。
エレンはその不敵な笑みを見た瞬間、目の前の男が自分の知らない“何か”を知っているという得体の知れない不気味さに襲われた。
「じ、自分の事って……知ってるよ! 僕は本当は男じゃなくて女だ。それはローゼン総帥も知ってるし、お前も知っているんだろ! それが何?」
エレンは必死にまくし立てていたが、ラグナが言っている事は性別なんかの話ではないと自分でも分かっている。
「666年前……あるところに、1人のエルフ族の男の子が生まれました――」
唐突に語り始めたラグナ。
エレンも「何の話だ?」という表情を浮かべたが、いつの間にかラグナの語りに耳を傾けていた。
そしてエレンは知る――。
人間、エルフ族、竜族、偽りと真実の歴史、奴隷、支配、終焉の大火災、魔法、グリモワール……自分の先祖の事を。
全てを聞き終えたエレンはただ呆然とする事しか出来なかった。
昔から心の何処かで気になっていた“人とは違う自分”の答えに辿り着いたエレン。確かにその事実は直ぐに受け入れるのは難しいものであったが、彼女は不思議とラグナの話が腑に落ちてもいたのだった。
「……私にはエルフの血が……。って事はお母さんにも……」
「そうだ。お前の家系には人間とエルフ族の血が流れている。そこへ加えて“聖竜血(せいりゅうけつ)”と呼ばれる今はもう存在しない竜族の特殊な血が加わってるのさ。
俺もその聖竜血とやらには詳しくねぇが、どうやらごく一部の竜族にのみ流れていた血らしくてな、その血を与える事で怪我や病気が治るらしい。
勿論死者を蘇らせるような万物の力ではないからウルも助けられなかったし、聖竜血を持つ者はその血の力を自分には使えない。だからジークリードはエルに与えたんだろうな。
……って言っても、お前が使える“投擲”の力はまた特別さ。聖竜血は確かに傷を癒す力だが、エルフの魔法とはまた違う。お前の投擲は何かしらの後天的な聖竜血の作用かもな。投擲は“竜族が最も得意とする技”だったらしいからよ。
ただお前の投擲には無意識にエルフの魔力も加わっている。ろくに魔法の使い方も知らないだろうから、使う度に披露してたんじゃねぇか?
ヒャハハ。それにしても面白い。
まるでウルとエルとジークリードが願った「争いや差別のない平和な世界」という希望をお前に頼んでいるみたいじゃねぇか。
なぁ、混血の血を……そしてエルフの姓と竜の名を継いだエレン・エルフェイムよ――。
運命とは皮肉なものだ。
ウルが命懸けで封印した『終焉の大火災』の発動にはエルフの血……つまりお前の混血が必要不可欠なんだよ。だから俺にちょっと力を貸してくれ。なぁに、安心しろ。666年前と違って今は俺がいる。『終焉の大火災』は俺がちゃんとコントロールしてやるからよ」
ラグナがそう言うと、エレンは静かに俯く。
2人の間に暫しの沈黙が流れ、自身の力の秘密や存在意義を改めて突き付けられたエレンは次の言葉が出てこなかった。
自分の存在に大きな使命があると理解したと同時、エレンは自分の無力さに虚無感を感じていた。
世界を平和にするなどという大義名分を自分1人に委ねられてもどうしようも出来ない。
怖いものは怖い。嫌なものは嫌だ。
目の前の戦争1つでさえ、嫌という程己の無力さを痛感しているエレンにとって、世界をどうこうするなんて事は夢のまた夢の話。
そんな事自分に出来る訳がない。
しかし――。
「正直、僕には話のスケールが大き過ぎて実感が湧かない……。僕に世界を平和にする力んてない。だけど、せめて目の前で起こっている戦争1つを……目の前にいる大切な人達1人1人は必ず自分の手で守りたい――」
エレンは強い瞳でラグナを見る。
「僕はお前のように強くない。でもだからと言って逃げるは嫌だ。もう大切な人を失いたくないから!」
確固たる決意をエレンから感じ取ったラグナ。彼は数秒エレンと目を合わせると、退屈そうに溜息を吐いた。
「へぇー、あっそ。俺も別に世界の平和とかどうでもいいんだよね。俺には俺のやりたい事がある。お前もだろ? だから互いに邪魔するんじゃなくて協力しようぜ。
兎も角俺は『終焉の大火災』を起こしたいからお前の血をくれよ。もしくれるなら俺がこの戦争止めてやってもいいぜ。どうだ?」
「断る。お前なんかに協力なんて死んでもしないよ」
「あらら、交渉決裂か。仕方ねぇ――」
シュバ。
刹那、ラグナの魔法の刃がエレンを切り裂いた――。