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~ユナダス王国・城~

「戻ったのかラグナ。おかえり」
「ただいま。ここは相変わらず静かだな」

 初めてジャックとラグナが出会った日から、既に10年以上の歳月が流れる。

「そりゃラグナみたいに前線で戦っている訳じゃないからね。ここが騒がしかったらそれこそ大問題だ」
「ヒャハハハ、そりゃ違いねぇ。それはそれで面白そうだけど」
「不謹慎な事言うな」

 家族――。
 2人の関係は現すにはこれ以上ない言葉だろう。

 ユナダス王国では18歳から成人となり、ジャックとラグナも当時それぞれの道へ進む決断を下していた。

 ジャックは勿論ユナダス王国の次期国王として、現国王であり実の父親でもある彼の元で日々勤勉に務め、ラグナはその溢れる魔法の才能を活かすべく王国騎士団へと入団していた。

 気が付けばジャックもラグナも互いに忙しい日々を送るようになっており、自然と2人で会話する時間が減っていた。でもだからと言って、2人の関係に生じる変化は微塵もない。たまに会えば子供のように会話をする。何も変わらない兄弟であり、家族だ。

 しかし、唯一変わった事を上げるとすれば、それは間違いなく“ラグナの変化”だろう――。

「聞いてくれよジャック。今回の任務でいつものように魔物を倒したんだけどさ、またあの使えない団長が出しゃばってよ……」

 普段と変わらず、楽し気に口を開くラグナ。
 基本的に城から出る機会が少ないジャックは、いつもラグナの何気ない話を聞くのが楽しみでもあった。

 だが、いつからだろう。

 ジャックがラグナへ“違和感”を覚え始めたのは。

 出会ったばかりの頃、ラグナは中々言葉も発しない無口で暗い少年だった。
 だが時が経につれ、心を開いたラグナは徐々に明るく口数も増えていったのをジャックはしっかりと覚えている。

 最初の頃のラグナを知っているジャックだからこそ、ごく普通に笑って話すだけのラグナの姿が、不意に特別に見える瞬間があった。

 勿論それは良い事。
 楽しい会話や楽しい思い出が1つ増えるだけでジャックは本当に嬉しく、ラグナといるのが楽しかった。

 しかし、そう思っていたジャックの心に、チクリとした違和感が初めて生じたのは19歳の時――。

 互いに成人してそれぞれの道を歩み始めたばかりの頃、騎士団に入ったラグナが人生で初めての任務を終えた後、今のようにラグナはジャックに任務の話をした。

「凄かったぜ、初めての任務! いきなりヤバい魔物が出て来て皆慌てて逃げ出すもんだからよ、俺が魔法1発で魔物を仕留めてやったんだぜ! どうだ? 凄いだろ!」

 自信満々に話をしたラグナを見て、ジャックは真っ先に嬉しいと思った。
 だが直後、言葉ではいい表せない……気のせいとも言える程に小さい妙な違和感をジャックを覚える。

 この時、ジャック自身もまるで気にも留めていなかったが、その違和感が違和感ではないという事に気付くのはそう遅くなかった。

 “ラグナが変わった”――。

 ジャックがずっと抱いていたモヤモヤに敢えて言葉を付けるなら、そう表現するのが最もしっくりくる。

 もう違和感や気のせいという類ではない。
 
 騎士団に入ってから、任務をこなしていく程、ラグナは以前よりも口数が増え、性格も明るく社交的に変化していった。これだけ聞けば100人中100人が良い事だと答えるだろう。

 だが話はそう単純ではない。

 表向きは確かに口数が増えて明るくなったという印象だけだが、ジャックはもっと違う部分――ラグナという存在の“本質”が変わっていると感じてならなかった。

 そして、遂にジャックが感じていたその本質が明らかとなる瞬間は訪れる。

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「おい、ジャック! 遂にやったぜ俺は!」

 開口一番。
 普段より更に高いテンションと声量でジャックを呼んだラグナ。

「任務から戻って来たのか。今回もご苦労だったな。どうしたんだ?」
「ヒャハハ。ジャック、お前だけに特別に見せてやろう!」

 まるで新しい玩具を買ってもらった少年の如く目を輝かせたラグナは、深緑色のローブの下から徐に何かを取り出した。そしてそれをジャックへと手渡す。

「ん? 何だこれは……?」

 ラグナから受け取ったのは1冊の本。

 その本は見るからに重厚感があり、とても長い年季を感じると共に不思議な存在感を醸し出していた。更に表紙には見慣れない文字やら記号のようなものが描かれており、これは一般的な本と言うよりも――。

「“グリモワール(魔道書物)”だ」

 そう。
 ジャックが脳内でその存在を思い浮かべたと同時、全く同じ答えがラグナの口から発せられたのだった。

「グリモワール……って、魔法の事とかが記されている本だよね。確か。あまり詳しくは知らないけど」
「ああ、そうだ。でもなジャック、これはただのグリモワールじゃねぇんだよ! これは俺がずっと探し求めていた“終焉のグリモワール”なんだぜジャック!」
「――!」

 終焉のグリモワール――。

 その響きを聞いた瞬間、ジャックは胸の奥がドクンと強く脈を打った。

 ラグナと違い、彼はマナ使いでもなければ魔導師でもない。だが終焉のグリモワールという名前には聞き覚えがあった。

「魔法に詳しくないジャックでも知ってるだろ? これはかつて“エルフ”が所有していた幻の代物だぜ! やべぇだろ」

 そう興奮しながら話すラグナ。
 終焉のグリモワール、エルフ、幻……違う。

 ジャックが疑問に思ったのは“そこ”ではない。

「確かに……それが本物なら凄い発見だよラグナ。でもッ……「ヒャハハ、もっと驚いてくれジャック! これは正真正銘の本物さ! 凄いだろ! 俺も中身を確かめたから間違いねぇ! 凄すぎてぶっ飛ぶぜこのグリモワールはよ!」

 ラグナの興奮に流されそうになるジャック。
 しかし“そこ”を曖昧には出来なかった。

「なぁラグナ……終焉のグリモワールを見つけたのは凄いけど、何で“ラグナがそれを探していた”んだ?」
「ああ。これは“昔からヨハネス国王に頼まれていた物”なんだよ」
「父上が……?」
「そりゃ見つかれば世界中が驚く存在だしよぉ、やっぱ魔法を使う魔道師としても真っ先に気になる物だろ? まさか本当に見つかるとは思わなかったけどな。それに“コレを見つけたから俺も”……って、聞いてるのかジャック」

 ラグナがいつの間にか固まっていたジャックを覗き込む。
 ジャックはジッと床を見て、心此処にあらずといった様子である。

(父上が終焉のグリモワールをラグナに探させていた……? 何の為に? そんな話1度も聞いた事がないぞ……。 それにラグナの言い方から察するに、かなり昔からその旨を伝えていたようだ。

何だ……。

この胸がざわついている嫌な感じは――)

 ジャックはこの後直ぐに後悔する事となる。

 ずっと自分の心の奥底で見て見ぬふりをしてきた……ずっと自分の心の奥底に蓋をしてしまっていた事に、ジャックはどうしようもない後悔を生む事となる――。