~馬車内~

 エレンがラグナに連れ去られ、ジャックという目の前の男に出会うまでの一連の経緯をローゼン総帥に話したアッシュ。

 アッシュはジャックとの会話の後、直ぐにローゼン総帥から貰った“勾玉”を投げていた。

 それがローゼン総帥に伝わり、まだ王都へ向かっている途中であった彼女は迷った挙句、嫌な予感がして引き返す決断を下したのだ。

 ローゼン総帥がベローガ拠点へ急いで戻ると、既にアッシュとエド……そしてジャックが彼女の到着を待っていた。彼らはリューティス王国とユナダス王国が激しく入り乱れる戦場から上手く抜け出していた。

 この選択は確かに後ろめたさも感じたアッシュとエドであったが、ジャックの言う通り事態は一刻を争っている。エレンの命が危ない状況で、アッシュはこの選択以外考えられなかった――。

 そして現在。
 無事ローゼン総帥と合流したアッシュ達は勢いよくファストホースを走らせ、目的地へと向かっている。

「それで? 進路はこのままでいいのかしら」
「ああ、問題ない。このままリューティス王国の“東部”へ向かってほしい」

 躊躇う様子なく言い切るジャック。
 当然簡単に信用など出来る相手ではないが、アッシュ達は皆ジャックの発言が嘘であるとも思っていなかった。

「時に――ジャックと言ったかな? 君は何故ラグナを止めようとしているのですか?」

 要約状況の把握と、少しの時間が生まれたエドは核心を突く質問をジャックに投げかけた。これにはアッシュもローゼン総帥も同じ意見なのだろう。2人共エドと同じくジャックへと視線を移す。

 当のジャックはゆっくりと口を開き、「話せば長くなる……」と前置きをしながら事の経緯を語り始めるのだった――。

♢♦♢

~数十年前・ユナダス王国~

「今日からコイツはお前の弟だジャック――」
「え……弟?」

 突如ユナダスの国王……実の“父”からそう告げられた10歳そこそこのジャック少年は困惑を隠せなかった。

「何かあればジャックに聞くがよい。後は頼んだぞ」
「ちょ、ちょっと待って下さい父上……! って、行っちゃったよ……」

 父がいなくなった場所を数秒見つめた後、ジャックは首を横に動かした。

「え~と……。あの……俺の名前はジャック……。き、君は……?」

 余りに想定外の事態に全く気持ちの整理が付いていないジャックであったが、相手が自分と同じぐらいの子供であったお陰で幾らか緊張は緩み始めていた。

「……」
(あれ? 聞こえなかったのかな……?)

 ジャックからの問いに無言の少年。
 彼は俯いたままボーっとした様子で立ち尽くしている。

「ね、ねぇ! 名前は何て言うの?」
「……」
「どこから来たの? 何で俺の父上と一緒に?」
「……」
「あ、そっか。ひょっとしてお腹空いてる? お菓子あげるよ!」
「……」

 矢継ぎ早にあれこれ話し掛けたジャックであったが、少年は終始無言のまま。

 困り果てたジャックも打つ手がなくなったようだ。

(え、どうすればいいんだろう俺……)

 これがジャック少年と“ラグナ少年”の最初の出会い――。

**

 数日後。

 ――ブワァン。

「おー! やっぱ何度見ても凄いよ。ラグナの魔法は」
「別に普通だと思うけど……」

 目を輝かせてラグナを見るジャックと、そんなジャックを落ち着いた様子で見るラグナ。歳も近いお陰か、出会った初日よりも少し距離が縮まったようだ。

 ジャックがこの数日でラグナについて分かった事と言えば、名前と魔法が得意だという事。

 そして。

 ラグナが正真正銘、自分の異母兄弟に当たる存在であるという事だった。

「普通じゃないって絶対! 俺と2つしか歳が違わないのに魔法が使えるなんて天才だよ! マナ使いだって珍しいって言われてるのに」
「そうなんだ……。よく分からないや」
「父上がラグナは将来優秀な魔導士になるって言ってたよ。凄いな~。俺も使ってみたい」

 ジャックとラグナは日に日に仲良くなっていった。

 まるで昔から一緒だった本当の兄妹のように。

 あの日、決して裕福だとは言えない装いをしたラグナが自分の前に現れ、更に同じ生活をするようになった理由は、父上がラグナの魔法の才能を認めて期待したからだとジャックは信じて疑っていなかった。

 しかしそれと同時に、ジャックはまだ幼心ながら父上やラグナに“それ以上”の事を聞いてはいけないとも心の何処かで感じ取っていた。

 いや――それはジャック本人が本能的にそうしたのかもしれない。

 ジャックは知るのが怖かった。
 自分から聞く勇気もなかった。

 そもそも何もないかもしれない。
 ただ自分が勝手にそう思っているだけ。

 理由も根拠もない。

 でも何故かジャックは“それ”を聞いてしまったら、全てが消え去ってしまう……そんな気がしていたのだった。

 それから数年の時が流れ、いつからかジャックはそんな事すら考えなくなっていた。

 時が流れれば流れる程、喜怒哀楽を共有すればする程、ジャックとラグナの絆はより深く当たり前のものへと変化。

 そして。

 ジャックは“後悔”する――。

 何故もっと早くラグナという存在を知ろうとしなかったのだろうと。

 何故もっと早く“それ”をラグナに聞かなかったのだろうと。

 何故……こうも変わってしまったのだろうと。










「ヒャハハ。久しぶり、ジャック――」