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 ベッドに横たわっていた上半身をパッと起こす。
 静かな部屋の外から、何かの物音が聞こえたエレンは辺りを見渡した。

 当然ながら部屋は真っ暗であり、もう日付が変わっている。ベッドから出たエレンは何気なく窓の外を見た。

 すると、多くの者が寝静まっているであろうグラニスの街から妙な騒ぎが聞こえてくる。

 刹那。

 ――ドンドンドン。
 突如部屋の扉がノックされたかと思いきや、エレンが扉を開ける前にローゼン総帥が入って来た。

「なにやら街から嫌な気配が漂って来ているわ。様子を見てくるから貴方はここにいて頂戴」
「私も行ってきます」

 慌ただしい様子で端的に告げたローゼン総帥は直ぐに宿を出て行き、彼女と共にエドも続いて行った。

 2人の姿は瞬く間に暗い街に消えていく。

 嵐のような出来事に面食らったエレンであったが、ふと我に返り急いでベランダへと出た。

「あれは……!?」

 エレンの視線の先。
 そこには静かな筈のグラニス街に、何故か十数体の魔物の姿があったのだった。

 更にエレンの視界では、魔物に襲われて逃げ惑う人々の姿が。

「数が多いッ」

 部屋に戻ったエレンは短剣を持つと、ダッシュで部屋を出る。そしてそのまま勢いよく廊下を駆け抜けて行く――と思った次の瞬間、急にエレンの動きが止まった。

 見間違いではない。

 月の明かりが差し込む廊下の先。

 エレンの数メートル前に、誰かが立っていた。

「お前は……!」

 エレンの背筋に嫌な汗が伝う。

 薄暗いせいではっきりと顔は見えない。
 いや、“あの時”もコイツの顔をエレンは見ていない。正確には見えなかった。

 深緑色のローブで頭を隠していた、あの謎の人影の顔が――。

「お前……僕達がアックスゴブリンと戦っている時に山岳地帯にいた奴だな? (コイツいつの間にここへ……)」

 ローブの男は不気味な気配を醸し出している。
 あの時ははっきりと確認出来なかったが、エレンは今度こそローブの下で不敵な笑みを浮かべている男の顔を捉えた。

 そして。

「ヒャハハハ! そんなに警戒しなくても大丈夫だって。黙って俺について来てくれればね」

 男は頭に被っていたローブを取りながら軽い口調でエレンに言った。

「お前は一体……。何が目的で僕達のッ……!?」

 エレンが皆まで言いかけたと同時、ローブの男は数メートル空いていた距離を一瞬で詰めた。

「って事だからさ、早く行こうぜ」
「なッ!?」

 ローブの男は当たり前の如くエレンの腕を掴むと、そのまま引っ張ってどこかへと行こうとする。

「ちょ、ちょっとッ! 離せって!」
「ヒャハハ、思った以上に非力だな」

 これが男と女の力の差か。
 エレンが必死に振りほどこうとしてもびくともしない。

「おい。何やってんだテメェ」

 そこへ姿を現したのはアッシュだ。
 彼は鋭い眼光でローブの男を睨み、既に剣を鞘から抜いている。

「あら、まさかの邪魔が入ったな。こりゃ手間が掛かる前に帰らせてもらうぜ――」

 またも不敵な笑みを浮かべたローブの男はグッとエレンを担ぐと、突如勢いよく開いた廊下の窓からエレンを担いだまま飛び出した。

「うわぁ……ッ!?」
「エレンッ!」

 思い切り手を伸ばすアッシュ。
 だが無情にも、彼の手は空を掴んだ。

「じゃあな。青髪の少年!」

 空中に舞ったローブの男。
 彼は挑発するかの如くアッシュに手を振った直後、ローブの男とエレンは不思議な光に包まれ、瞬く間にパッと空中からその姿を消してしまった。

「エレェェェンッ! ……くそッ!」

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 気が付くと、エレンはグラニス街の中心部の空にいた。

「え、ちょ、なにこれ!? 浮いてる……!?(何コイツ!)」

 つい数秒前、宿の廊下から飛び降りた筈のローブの男とエレンは何故か街の中心部へ。

 宙に浮くローブの男に担がれているエレンは咄嗟に抵抗を示した。

「離せ!」
「おいおい、そんなに暴れんなって。落っことすだろ」
『グオオオオオッ!』

 身を捩って抜け出そうとするエレン。
 そんな彼女の視界に飛び込んできたのは巨大な魔物の姿。

 5mは優に超えているであろう魔物は、狼と熊が合体してデカくなったような姿形をしている。鋭い鉤爪のある太い腕を振り回して街の建物を次々に破壊していた。

 エレンがベランダから見たの魔物はコイツ。

 もうグラニス街の人達は避難したのか、逃げる人影もなければ声も聞こえてこない。

「“グリード”!」

 ローブの男がそう叫ぶ。
 すると彼の声に反応した巨大な魔物の動きが止まった。どうやらグリードというのはこの魔物の名らしい。

 ローブの男は続けてローゼン総帥のような詠唱を唱えると、再びグリードが動き出した。

 よく見ると、グリードは自分よりもかなり小さい人影と交戦している。

「……エドさんッ!?」

 グリードの前には他ならぬエドの姿が。

「エレン君!」

 ローブの男に囚われたエレンを見たエドは次の瞬間、剣を振りかぶってグリードへと攻撃を仕掛ける。

 だがそれはフェイント。
 わざと攻撃を外したエドはその勢いのままグリードを通り抜けると、建物の屋根の上を器用に飛び渡り、最後に思い切り跳んだエドは再び構え直した剣で一直線にローブの男目掛けて斬りかかったのだった。

 ――シュバン!
「うお。危ねぇな、爺さん」

 ローブの男はまるで空中を歩けるかの如く、エドの攻撃をバックステップで躱す。

 今の動きで顔を覆っていたローブが取れ、深緑色のローブの下からは漆黒の髪を靡かせる不敵な笑みを浮かべた男の顔が露になった。

 男の顔には何かの模様のようなタトゥーも刻まれている。

「貴方も“魔導師”のようですね。エレン君を離していただけますかな?」
「ヒャハハ。それは無理だぜ爺さん。俺はこの“お嬢ちゃん”に用があるんでね」
「僕は男だぞ!」
「そうじゃない事は知ってるから芝居すんなって」

 全てを見透かしたかのような男の金色の瞳。
 エレンは例えようのない悪寒に襲われた。

「邪魔な奴は引っ込んでてもらうぜ」

 ローブの男が再び詠唱を唱えると、突如空中に現れた拳ほどの水の玉が矢の如くエドに向かって飛ばされた。

「ぐッ!?」

 水の玉を剣でガードしたエド。
 しかし、柔らかい筈の水の玉はエドの剣にぶつかると、その勢いのままエドを吹っ飛ばした。

「エドさん!」
「後はお前らやっとけよ!」

 徐にローブの男がそう叫ぶと、いつの間にか吹っ飛ばされたエドの周りに、グリードとはまた別の魔物達が彼を取り囲んでいた。

「エドさんッ! ちょっと、いい加減離せって……このッ!」
「痛てぇな。だから暴れるじゃねぇよお嬢ちゃん。っんとに活きがいいな」
「魚みたいに言うな! 離せッ!」
「ヒャハハ! おもしろ」

 ローブの男はエレンの抵抗など何のその。
 変わらずエレンを担いだままゆっくりと空中を歩き出したローブの男は、ゆっくりとその場から去って行く。

「どこに行くつもりかしら――?」

 ローゼン総帥の声が男の歩みを止めた。