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~グラニス街~
樹海の入り口付近に開拓されたグラニス街は、リューティス王国の最東端の領土となる街。グラニス街より奥は明確な国境線が存在しない。
赤土の煉瓦で建築された建物が、西日を反射して綺麗な橙色に染まる。
無事にグラニス街に辿り着いたエレン達は、ジョセフが助けてくれたお礼にと、経営する宿の空いている部屋を貸してくれた。ジョセフの経営する宿は3階建てで各階に4部屋があるという立派な宿。
お言葉に甘えたエレン達は部屋に荷物を置いて一段落し、その後皆で食事を済ませた。
贅沢な事に、部屋は1フロアを貸し切って1人1部屋という好待遇。
誰もいない本当の1人という久々の解放感に嬉しくなったエレンは、いつもよりもずっと長めにお風呂や1人時間を満喫。
お風呂から上がったエレンはまだ濡れたままの髪をバスタオルでサッと包み、心地よい風が吹くベランダへ。一応簡易的な仕切りが設けられているが、ベランダは全て繋がっている。
「あ、ローゼン総帥」
夜の街に僅かに灯る明かりを眺めながら、ローゼン総帥はベランダの椅子に座っていた。
「子供は早く寝なさいよ」
「一応僕17歳なんですけど……」
冗談交じりの言葉を交わし、エレンはベランダの手摺りに肘を掛ける。
目の前は絶景の夜景。
とまでは言えないが、これまで駆け足のような毎日を送ってきたエレンの心を癒すには十分であった。
「貴方、男装して騎士団にまで潜り込むなんて、どこまで貧しい暮らしをしていたのよ」
「ハハハ。確かにそうですよね。僕もまさかこんな事になるとは思ってもみませんでした。ただその日の仕事にありつけたらラッキーだなと」
「奇跡に近いわね。で、いつまで続ける気?」
「そうですね……。分かりません。もう引っ込みが効かないっていうのもありますけど、辞めたら辞めたでまた仕事を探さないといけませんし……」
正直、エレンは自分の人生の先をあまり考えた事がない。
彼女は今日という日を生きるので精一杯だったから。
「そういえば、あまりに当たり前で疑問にも思わなかったんですけど、ローゼン総帥は女性なのに何で騎士団に入れたんですか? それも総帥なんていうトップにまで……」
今更ながらに改めてエレンは思った。
リューティス王国一と謳われる実力者が女。
性別で差別をする訳ではないが、やはり気になる事ではある。
「貴方と似たようなものよ。妾は北部の貧しい孤児院の出身でね、親代わりだったシスターが早くして死んでしまったの。だから私は奴隷としてこの王都まで売り飛ばされたって訳。
そこでたまたま私のマナ使いとしての才能を見出してくれた騎士団の人が話をつけてくれて、9歳の時からずっとここにいるだけよ」
淡々と話したローゼン総帥。
地位、名誉、そして金銭的にも困っていないであろう王国一の魔導師の意外な過去を聞いたエレンは、驚くと同時にグッと拳を握り締めていた。
難民街やスラム街、それにローゼン総帥のような孤児院などには、今日という日を生き抜くので精一杯な人が大勢いる。
決して不幸なのはエレンだけではない。
しっかりと理解はしていても、それでも不意に「何故、自分だけ」と思ってしまう事はエレンにも多々あった。ローゼン総帥の話を聞いたエレンは一瞬、そんな自分が嫌になってしまったようだ。
「ローゼン総帥がそんな苦労を……」
「苦労かどうかは分からないわね。確かに周りの子供達とは違う
道を歩んでいるとは思ったけれど、それが必ずしも嫌だったかと聞かれればそうではないわ。って、貴方まさかそれ、髪乾かしてないのかしら?」
急に嫌悪感を露にしたローゼン総帥はエレンの頭を見ながら言った。
「え? あ、はい。まぁ……いつもの事ですけど」
「呆れた。いくら男に扮しているとは言っても、女を捨てちゃダメよ」
次の瞬間、ローゼン総帥が淡い輝きと共に詠唱を唱える。
すると暖かい風がエレンの頭を包み、一瞬で髪を乾かしてしまった。
「え! 凄い! 乾いてる。魔法って便利ですね」
「馬鹿言うんじゃないわよ。普段はこんなくだらない事に使わないわ。顔と髪は女の命。ちゃんと乾かさないとその綺麗な髪もすぐに傷むわよ。気を付けなさい」
「ありがとうございます」
エレンはローゼン総帥にお礼を言いつつ、しっかりと乾いた自分の髪を触った。
(綺麗な髪……か)
エレンの育った東部では、金色の髪の人は珍しくない。
だがエレンはその端麗な顔立ちに、珍しいエメラルドグリーンの瞳が相まって自然と周りの者達から注目を浴びていた。
早くに父と母を失ったエレン家族は祖父のみ。
しかし祖父はエレンと違う髪の色だった為に、容姿に関して虐められる事が多かった。
エレンは自分の髪や瞳の色が素直に好きにはなれなかったが、お世辞とはいえ最近「綺麗」だと言われる事が何度かあった彼女は少しづつ自分の髪が好きになり始めていたのだった。
「そろそろ寝なさいよ。明日も早いわよ」
「分かりました。ローゼン総帥、イェルメスに行けば全てが分かるんですか?」
「何度も言っているけど、それを確かめる為に行くのよ。急いても答えは見つからないわよエレン」
エレン達の求める答えが必ずしも待っているとは限らない。
しかし、前に進まない事には答えに辿り着けないのも事実。
誰に聞いても分からないであろう思いを抱えながら、ローゼン総帥に挨拶を済ませたエレンは部屋へと戻り眠りにつくのだった――。
~グラニス街~
樹海の入り口付近に開拓されたグラニス街は、リューティス王国の最東端の領土となる街。グラニス街より奥は明確な国境線が存在しない。
赤土の煉瓦で建築された建物が、西日を反射して綺麗な橙色に染まる。
無事にグラニス街に辿り着いたエレン達は、ジョセフが助けてくれたお礼にと、経営する宿の空いている部屋を貸してくれた。ジョセフの経営する宿は3階建てで各階に4部屋があるという立派な宿。
お言葉に甘えたエレン達は部屋に荷物を置いて一段落し、その後皆で食事を済ませた。
贅沢な事に、部屋は1フロアを貸し切って1人1部屋という好待遇。
誰もいない本当の1人という久々の解放感に嬉しくなったエレンは、いつもよりもずっと長めにお風呂や1人時間を満喫。
お風呂から上がったエレンはまだ濡れたままの髪をバスタオルでサッと包み、心地よい風が吹くベランダへ。一応簡易的な仕切りが設けられているが、ベランダは全て繋がっている。
「あ、ローゼン総帥」
夜の街に僅かに灯る明かりを眺めながら、ローゼン総帥はベランダの椅子に座っていた。
「子供は早く寝なさいよ」
「一応僕17歳なんですけど……」
冗談交じりの言葉を交わし、エレンはベランダの手摺りに肘を掛ける。
目の前は絶景の夜景。
とまでは言えないが、これまで駆け足のような毎日を送ってきたエレンの心を癒すには十分であった。
「貴方、男装して騎士団にまで潜り込むなんて、どこまで貧しい暮らしをしていたのよ」
「ハハハ。確かにそうですよね。僕もまさかこんな事になるとは思ってもみませんでした。ただその日の仕事にありつけたらラッキーだなと」
「奇跡に近いわね。で、いつまで続ける気?」
「そうですね……。分かりません。もう引っ込みが効かないっていうのもありますけど、辞めたら辞めたでまた仕事を探さないといけませんし……」
正直、エレンは自分の人生の先をあまり考えた事がない。
彼女は今日という日を生きるので精一杯だったから。
「そういえば、あまりに当たり前で疑問にも思わなかったんですけど、ローゼン総帥は女性なのに何で騎士団に入れたんですか? それも総帥なんていうトップにまで……」
今更ながらに改めてエレンは思った。
リューティス王国一と謳われる実力者が女。
性別で差別をする訳ではないが、やはり気になる事ではある。
「貴方と似たようなものよ。妾は北部の貧しい孤児院の出身でね、親代わりだったシスターが早くして死んでしまったの。だから私は奴隷としてこの王都まで売り飛ばされたって訳。
そこでたまたま私のマナ使いとしての才能を見出してくれた騎士団の人が話をつけてくれて、9歳の時からずっとここにいるだけよ」
淡々と話したローゼン総帥。
地位、名誉、そして金銭的にも困っていないであろう王国一の魔導師の意外な過去を聞いたエレンは、驚くと同時にグッと拳を握り締めていた。
難民街やスラム街、それにローゼン総帥のような孤児院などには、今日という日を生き抜くので精一杯な人が大勢いる。
決して不幸なのはエレンだけではない。
しっかりと理解はしていても、それでも不意に「何故、自分だけ」と思ってしまう事はエレンにも多々あった。ローゼン総帥の話を聞いたエレンは一瞬、そんな自分が嫌になってしまったようだ。
「ローゼン総帥がそんな苦労を……」
「苦労かどうかは分からないわね。確かに周りの子供達とは違う
道を歩んでいるとは思ったけれど、それが必ずしも嫌だったかと聞かれればそうではないわ。って、貴方まさかそれ、髪乾かしてないのかしら?」
急に嫌悪感を露にしたローゼン総帥はエレンの頭を見ながら言った。
「え? あ、はい。まぁ……いつもの事ですけど」
「呆れた。いくら男に扮しているとは言っても、女を捨てちゃダメよ」
次の瞬間、ローゼン総帥が淡い輝きと共に詠唱を唱える。
すると暖かい風がエレンの頭を包み、一瞬で髪を乾かしてしまった。
「え! 凄い! 乾いてる。魔法って便利ですね」
「馬鹿言うんじゃないわよ。普段はこんなくだらない事に使わないわ。顔と髪は女の命。ちゃんと乾かさないとその綺麗な髪もすぐに傷むわよ。気を付けなさい」
「ありがとうございます」
エレンはローゼン総帥にお礼を言いつつ、しっかりと乾いた自分の髪を触った。
(綺麗な髪……か)
エレンの育った東部では、金色の髪の人は珍しくない。
だがエレンはその端麗な顔立ちに、珍しいエメラルドグリーンの瞳が相まって自然と周りの者達から注目を浴びていた。
早くに父と母を失ったエレン家族は祖父のみ。
しかし祖父はエレンと違う髪の色だった為に、容姿に関して虐められる事が多かった。
エレンは自分の髪や瞳の色が素直に好きにはなれなかったが、お世辞とはいえ最近「綺麗」だと言われる事が何度かあった彼女は少しづつ自分の髪が好きになり始めていたのだった。
「そろそろ寝なさいよ。明日も早いわよ」
「分かりました。ローゼン総帥、イェルメスに行けば全てが分かるんですか?」
「何度も言っているけど、それを確かめる為に行くのよ。急いても答えは見つからないわよエレン」
エレン達の求める答えが必ずしも待っているとは限らない。
しかし、前に進まない事には答えに辿り着けないのも事実。
誰に聞いても分からないであろう思いを抱えながら、ローゼン総帥に挨拶を済ませたエレンは部屋へと戻り眠りにつくのだった――。