**
「本当にありがとうございます! 皆様は私の命の恩人です!」
ジョセフと名乗った80歳近い老人がエレン達に深々と頭を下げた。
なんでも、ジョセフは王都に暮らす娘夫婦と孫に会いに行った帰り、先程エレン達が倒したあの賊に運悪く遭遇してしまい襲われたとの事だ。
大した物は持っていなかった為、僅かな金品を持っていかれる程度の被害で済んだそうだが、襲われた際に馬車は壊れ、馬は逃げてしまい、その上足を汚してまともに動けずにいたらしい。
そこへたまたま通りかかったのがエレン達と言う訳である。
「そんな大層な事はしていません。これでも飲んでゆっくりして下さい」
エドはそう言うと、ジョセフに温かい紅茶を差し出す。
「何から何までありがとうございます。皆様が通らなかったらどうなっていた事か……」
「いえいえ。こちらこそ困っていたんですよ。途中でルートを外れて迷っていまして。ジョセフさんがグラニス街の出身で助かりましたよ」
「とんでもございません。命を救っていただいた上に、家にまで送っていただけるなんて、感謝してもし切れません!」
困った時はお互い様。
エレン達は偶然助けたジョセフとの出会いによって、無事グラニス街に向かう事が出来る。
ジョセフは紅茶を一口飲むと、徐にエレンの方を向いた。
「いや~、それにしても驚きました。まさかあの賊達を負かしてしまうなんて、そちらのお嬢さんはお強いんですね」
「僕は男です(嘘ついてごめんなさい)」
「え!? そうでしたか。これは大変失礼な事を……! とても綺麗なお顔をされていたので女性かと思いました。申し訳ございません」
慌てて訂正するジョセフ。
女に間違えられたエレンを見たアッシュは鼻で笑った。
「全然気にしないで下さい。いつもの事なので」
「いやはや、今日は驚かされる事ばかりです。賊に襲われ、たまたま通りかかった馬車にはあのローゼン総帥が乗車。しかも女性と間違えてしまったそちらの青年は“竜族”ときたものですから、私は余生の驚きを今日1日で使い果たしましたな。ハハハハ」
ジョセフはそう言いながら穏やかに笑った。
しかし。
エレン達は“竜族”という単語を聞き逃さなかった――。
「あのッ、ジョセフさん! 今竜族って……」
「ん? そちらの金色の髪の貴方は竜族ではないのですか?」
至って真面目な様子のジョセフ。
そんなジョセフを見たエレン達は更に疑問が募る。
「どういう事ですか……? 僕は普通の人間です。なんで竜族だと?」
エレンは当然の事ながら、アッシュやエド、ローゼン総帥も全く同じ事を思っている。
そして、そんな皆の疑問をジョセフが氷解した。
「これは失敬。また早とちりで間違えてしまったようですな。いや~、さっきの賊達を追い払った貴方の“投擲”がとても素晴らしかったので、私はてっきり竜族の末裔かと――」
投擲が素晴らしい。
竜族の末裔。
ジョセフから気になる言葉ばかりが出される。
「ジョセフ殿。貴方、竜族の事を知っているの?」
たまらず会話に入ったのはローゼン総帥。
竜族はエルフ族同様、彼らに関する情報や記録がとても少ない。ローゼン総帥も最低限知り得る知識はあったが、目の前のジョセフという老人は少なからず竜族を知っていた。
「ええ。知っていると言っても、これは私の生まれ育ったグラニス街の古い古い言い伝えです。
その昔、樹海には我ら人間と美しいエルフ族、そして勇敢な竜族が共に暮らしていた。平和な世界を調律する為に人間は知恵を、エルフ族は魔法を、竜は力を持ち合わせて互いに手を取り合っていた。という言い伝えです。
特にそれ以上の物語りはありませんが、エルフ族は美しく神秘的な魔法が得意であり、竜族は狩りの本能から“投擲”が最も得意であったとの言い伝えもあります。
なので私は貴方の投擲を見た時、エルフ族のような美しい魔法かとも思いましたが、力強く弓矢を投げる貴方の姿はまさしく竜族そのもの。
私は幼い頃……もう70年以上も前の話になりますが、当時10歳にも満たない私は1度樹海で迷子になった事があります。
怖くなった私は動けず、大声で助けを呼んでも誰も来てくれない状況にいつの間にか涙を流していました。
するとそんな私の前に、1体の魔物が現れたのです。
私は子供ながらにもう終わりだと思いました。自分の人生はここまでだと。
ですがその時です。魔物が現れた直後、どこからともなく飛んできた槍が勢いよく魔物に突き刺さり、魔物は倒れました。
颯爽と私を助けてくれたその方を見て、私は間違いなく言い伝えの竜族だと思いましたよ。
勿論その方が自分で竜族だと名乗った訳ではありません。
私は安心感からまた涙が止まらず、その方の顔も覚えていなければ名前も聞いていません。
しかしながら、私はその方が絶対に竜族だと思いました。あんなに綺麗で力強い投擲は80歳を過ぎた今でも見た事がありません。
今日何十年振りかに貴方の投擲を見るまでは――」
椅子に腰を掛けたジョセフはとても穏やかな、遠い記憶を懐かしむ目でエレンを見ていた。
そしてジョセフはゆっくりと静かに、残っていた紅茶をグイっと飲み干すのであった――。
「本当にありがとうございます! 皆様は私の命の恩人です!」
ジョセフと名乗った80歳近い老人がエレン達に深々と頭を下げた。
なんでも、ジョセフは王都に暮らす娘夫婦と孫に会いに行った帰り、先程エレン達が倒したあの賊に運悪く遭遇してしまい襲われたとの事だ。
大した物は持っていなかった為、僅かな金品を持っていかれる程度の被害で済んだそうだが、襲われた際に馬車は壊れ、馬は逃げてしまい、その上足を汚してまともに動けずにいたらしい。
そこへたまたま通りかかったのがエレン達と言う訳である。
「そんな大層な事はしていません。これでも飲んでゆっくりして下さい」
エドはそう言うと、ジョセフに温かい紅茶を差し出す。
「何から何までありがとうございます。皆様が通らなかったらどうなっていた事か……」
「いえいえ。こちらこそ困っていたんですよ。途中でルートを外れて迷っていまして。ジョセフさんがグラニス街の出身で助かりましたよ」
「とんでもございません。命を救っていただいた上に、家にまで送っていただけるなんて、感謝してもし切れません!」
困った時はお互い様。
エレン達は偶然助けたジョセフとの出会いによって、無事グラニス街に向かう事が出来る。
ジョセフは紅茶を一口飲むと、徐にエレンの方を向いた。
「いや~、それにしても驚きました。まさかあの賊達を負かしてしまうなんて、そちらのお嬢さんはお強いんですね」
「僕は男です(嘘ついてごめんなさい)」
「え!? そうでしたか。これは大変失礼な事を……! とても綺麗なお顔をされていたので女性かと思いました。申し訳ございません」
慌てて訂正するジョセフ。
女に間違えられたエレンを見たアッシュは鼻で笑った。
「全然気にしないで下さい。いつもの事なので」
「いやはや、今日は驚かされる事ばかりです。賊に襲われ、たまたま通りかかった馬車にはあのローゼン総帥が乗車。しかも女性と間違えてしまったそちらの青年は“竜族”ときたものですから、私は余生の驚きを今日1日で使い果たしましたな。ハハハハ」
ジョセフはそう言いながら穏やかに笑った。
しかし。
エレン達は“竜族”という単語を聞き逃さなかった――。
「あのッ、ジョセフさん! 今竜族って……」
「ん? そちらの金色の髪の貴方は竜族ではないのですか?」
至って真面目な様子のジョセフ。
そんなジョセフを見たエレン達は更に疑問が募る。
「どういう事ですか……? 僕は普通の人間です。なんで竜族だと?」
エレンは当然の事ながら、アッシュやエド、ローゼン総帥も全く同じ事を思っている。
そして、そんな皆の疑問をジョセフが氷解した。
「これは失敬。また早とちりで間違えてしまったようですな。いや~、さっきの賊達を追い払った貴方の“投擲”がとても素晴らしかったので、私はてっきり竜族の末裔かと――」
投擲が素晴らしい。
竜族の末裔。
ジョセフから気になる言葉ばかりが出される。
「ジョセフ殿。貴方、竜族の事を知っているの?」
たまらず会話に入ったのはローゼン総帥。
竜族はエルフ族同様、彼らに関する情報や記録がとても少ない。ローゼン総帥も最低限知り得る知識はあったが、目の前のジョセフという老人は少なからず竜族を知っていた。
「ええ。知っていると言っても、これは私の生まれ育ったグラニス街の古い古い言い伝えです。
その昔、樹海には我ら人間と美しいエルフ族、そして勇敢な竜族が共に暮らしていた。平和な世界を調律する為に人間は知恵を、エルフ族は魔法を、竜は力を持ち合わせて互いに手を取り合っていた。という言い伝えです。
特にそれ以上の物語りはありませんが、エルフ族は美しく神秘的な魔法が得意であり、竜族は狩りの本能から“投擲”が最も得意であったとの言い伝えもあります。
なので私は貴方の投擲を見た時、エルフ族のような美しい魔法かとも思いましたが、力強く弓矢を投げる貴方の姿はまさしく竜族そのもの。
私は幼い頃……もう70年以上も前の話になりますが、当時10歳にも満たない私は1度樹海で迷子になった事があります。
怖くなった私は動けず、大声で助けを呼んでも誰も来てくれない状況にいつの間にか涙を流していました。
するとそんな私の前に、1体の魔物が現れたのです。
私は子供ながらにもう終わりだと思いました。自分の人生はここまでだと。
ですがその時です。魔物が現れた直後、どこからともなく飛んできた槍が勢いよく魔物に突き刺さり、魔物は倒れました。
颯爽と私を助けてくれたその方を見て、私は間違いなく言い伝えの竜族だと思いましたよ。
勿論その方が自分で竜族だと名乗った訳ではありません。
私は安心感からまた涙が止まらず、その方の顔も覚えていなければ名前も聞いていません。
しかしながら、私はその方が絶対に竜族だと思いました。あんなに綺麗で力強い投擲は80歳を過ぎた今でも見た事がありません。
今日何十年振りかに貴方の投擲を見るまでは――」
椅子に腰を掛けたジョセフはとても穏やかな、遠い記憶を懐かしむ目でエレンを見ていた。
そしてジョセフはゆっくりと静かに、残っていた紅茶をグイっと飲み干すのであった――。