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「はあ!」
「大分動きが良くなってきましたね」

 王都を出てから3日目。

 エレンは馬車という納屋の2階で、この日もエドから剣の特訓を受けていた。

 ファストホースと納屋馬車という組み合わせはあり得ないほど快適。
 想像していた泥くさい旅とはまるでかけ離れた生活に、エレンは心身共に疲れが取れ、動きも気分も軽くなっていた。

 なによりも、ローゼン総帥が女であるエレンの理解者となってくれたことが1番彼女にとっても大きかった。

 ――ガタン!
「「……!」」

 次の瞬間、馬車が大きく揺れた。
 王都を出てもう3日も経つが、こんな大きな揺れは初めてだった。

 ファストホースの力強い走りに加え、納屋は衝撃や揺れに対応した造りになっている。その上更に快適に走るようローゼン総帥が魔法を掛けていたという事もあって、道中はほぼ揺れなど起きなかったのだ。

「今の揺れは?」
「下に行ってみましょう」

 なにやら嫌な予感がしたエレンとエドはリビングに戻る。
 するとアッシュとローゼン総帥が鋭い目つきで窓の外を見ていた。

「狙われたな」

 静かに口にしたアッシュ。
 その次の瞬間、走る馬車の右方向から巻き上がる砂埃が見え、直後に地響きする音と共に30騎弱の騎馬隊が姿を現したのだった。

「あれは……賊!?」

 エレン達の馬車を狙ったのは流浪の賊。
 体格のいい男達が槍や弓を手に、馬に乗って近づいて来る。

 賊の馬はごく普通の馬。
 当然ファストホースに追いつける速さではない。
 だが賊達はここら辺りを縄張りとしているのか、足場の悪さ、死角、タイミング、全てが計算されており、完全に地の利を賊が制していた。

 そして一切の躊躇なく、賊の数人が馬上からエレン達に向かって弓を構え出す。

「ロ、ローゼン総帥! どうすれば宜しいでしょうか!?」

 馬を操作している御者さんが困惑の声を上げる。

「向こうがやる気ならば受けて立つしかないわね」

 ローゼン総帥は仕方がないと言った感じで呟くと、そのままエレン達に視線を送った。

「早くやれよ」

 唐突なアッシュな発言。
 言われたエレンはキョトンとした表情だ。

「え……何を?」
「馬鹿かお前。あの賊達を倒す以外に今する事ねぇだろ」
「それは分かってるよ。僕に“やれ”ってどういう意味なのさ?」
「いくら私達がエレン君より剣術が優れていても、この距離では届きませんから」

 困惑するエレンを他所に、エドが言葉足らずのアッシュをフォローした。

 つまるところ、敵との距離があるこの状況ではエレンしか戦えないという事である。

 エレンの“投擲”でなければ届かない。

「そっちの使っていない小さな部屋に武器があるわ。王国の支給品だから好きに放り投げて構わないわよ」

 それを聞いたアッシュは手軽に投げられそうな弓矢の束をゴソッと持ってエレンの足音に置いた。

「本当に僕がやッ……『――ズガン!』

 直後、エレンの言葉を遮るように賊の放った矢が納屋の壁に突き刺さった。

「ほら。早くしないと」
「いや、分かってますけど……! あんな一斉に弓を構えられたら誰に狙いを定めていいか……」
「戦いの最中にで弱音を見せたら終わりよ」

 次の瞬間、ローゼン総帥の体がみるみるうちに淡い光で包まれる。
 そして彼女が小さく詠唱をすると、突如強い突風が弓を構えていた賊達を襲った。

 ローゼン総帥の魔法攻撃を受けた何人が一気に落馬し、瞬く間にエレン達の視界から姿が消え去ってしまった。

「じゃあ後は任せたわよ」

 ローゼン総帥はそれだけ言い残し、自分の部屋へと戻って行く。
 更にアッシュとエドの視線は既にエレンに注がれていた。

「だから分かってるって……! やればいいんでしょ、僕が!」

 半分八つ当たり状態のまま、エレンは足元の弓矢を手に取った。

(もう何も出来ずに逃げるのだけは嫌だ。戦える事を証明しないと)

 スッと瞼を閉じたエレン。

 次にその瞼が開けられた瞬間、エレンの綺麗なエメラルドグリーンの瞳が美しい輝きを放った。

 ――ザシュン。

 エレンの投擲によって放たれた弓矢が、騎馬隊の先頭を走っていた男の胸を貫いた。男が落馬した事により、後方の数騎が巻き込んで落馬していく。

(よし。もう半分……!)

 倒せると確信したエレンは続けざまに3度弓矢を投擲した。

 ――ザシュン。ザシュン。ザシュン。

 エレンの放った弓矢は全て直撃。
 息を断たれた人間という屍を払い落し、驚いた馬達は次々に逃げて行った。

 そして、残り数騎となった賊達も諦めたのか、逃げた馬に続いて残党もどこかへと逃げ去ってしまったのだった。

 退散していく賊達を見たエレンはどっと疲労が押し寄せ、床に座り込んだ。

「ご苦労様でした。素晴らしい投擲でしたよ」
「お前にしちゃ上出来だな」

 体は気怠いものの、初めて1人でまともに戦えたエレンは僅かな手応えを感じる事が出来た。

「終わったみたいね。逃げた残党は妾が始末しておいたわ」
(そんな事出来るなら初めからローゼン総帥がやれば良かったんじゃ……)
「イェルメスに着くまで余計な力は使いたくないのよ」

 まるでエレンの心を読んだかのような発言に、エレンはドキッとして苦笑いを浮かべていた。

「御者の方、怪我はないかしら? 無事に賊は追い払ったから、引き続きイェルメスまで頼むわね」
「は、はい。ありがとうございます。ですがローゼン総帥……。実は賊に追われたせいでルートを外れてしまいまして……その……道に迷っているかもしれません……」
「はぁ? ちょっと馬車を止めなさい」

 どうやら今の襲撃で若干ルートを外れてしまった様子。
 イェルメスまでの大まかな方角自体は合っているものの、今日目指していた“グラニス街”へのルートが分からなくなってしまったらしい。

 グラニス街はイェルメスに最も近い最後の街であり、エレン達はこの街を通って行く予定だった。

「道に迷ったのか?」
「そうみたいね。まぁ大きくルートを外れている訳ではないわ」
「ねぇ。それよりなんか声が聞こえません?」

 エレン達一行が困っていると、突如どこからか声が聞こえてきた。

「……おー……ッ! ……い……!」
「ほら、やっぱり!」

 いち早く気が付いたエレンが納屋を出て外を確認する。

 すると、エレンの視界の奥に1人のお爺さんの姿が見えた。
 お爺さんは足でも怪我をしているのか、びっこを引きながらエレン達に向かって懸命に手を振っていた――。