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「ハァ……ハァ……ハァ……!」

 一か八かの賭けに勝ったエレンは見事アックスゴブリンを討伐。
 体力も気力も限界に達したエレンはその場に大の字で倒れ込んだ。

「エレーーンッ!」

 倒れたエレンの元へ駆け寄るマリア王女。
 彼女はハナから1人で逃げるつもりなどなかったらしい。

 一蓮托生。

 マリア王女もまた自分の命をエレンに託しており、彼女はエレンの戦いを最後まで見届けていたのだった。

「しっかりしてエレン! 大丈夫!? 貴方はやっぱり凄いわ! 流石私の友達ね!」
「ハァ……ハァ……マリア王女、アッシュは……?」
「大丈夫よ、彼はまだ生きていたわ! 傷はかなり深くて血も大量に流しているけど、息はしているの。急いで応援を呼びに行きましょう! 馬も逃げないようにしっかり捕まえておいたわ。後少しだけ頑張ってエレン。動ける?」

 投擲の副作用で体がとてつもなく怠く重い。
 だが幸いな事にそれ以外の怪我はない。
 エレンにとっては上出来過ぎる結果であった。

「アッシュを……助けないと……」

 まともに動かない体に鞭を打って強引に動き出すエレン。

 山岳地帯はもう抜ける。

 今すぐにでも倒れそうなエレンとマリア王女は何とかアッシュを馬に乗せると、3人は街を目指して馬を走らせた。

「――!」

 その瞬間、背後に“何かの気配”を感じたエレンは振り返った。

 木々が生い茂る薄暗い奥。

 エレンはそこに“人影”のようなものを見た。

 ――ゾク……。

 馬を走らせていたエレンがその人影を確認したのは一瞬の事。

 魔物ではない。

 その人影は全身に深緑色のローブを纏わせていた為顔を確認する事は出来なかったが、エレンはその人影から酷く不気味なオーラを感じ取ったのだった。

(こんな所に僕達以外の人間? 何者だ……)

 異質な存在が気になったエレンであったが、人影は一瞬で見えなくなった――。

**

~宿~

 辺りはすっかり暗くなり、窓の外からは月の光が部屋を照らしている。

 あれから無事に街に辿り着いたエレン達は急いで街に駐屯する騎士団に応援を求めた。

 配属される隊や土地が違えど同じ王国騎士団。
 重傷のアッシュとマリア王女の報告を受けた団員達は流れるような動きで各対応に動いてくれた。

 程なくしてエド達も街に辿り着き、無事に護衛隊を含めた総員が街へとやって来た。街に着いた直後は慌ただしかったが、今はもう落ち着いている。

「もう無茶しないでよ……」

 エレンはまだベッドで眠るアッシュの隣の椅子に腰を掛けていた。
 街に辿り着いて早10時間以上。全身を包帯で巻かれたアッシュは未だに目を覚ましていない。

 だがそれから更に小1時間後。

「ッ……ここは?」
「アッシュ!?」

 前触れもなく聞こえたアッシュの声。
 いつの間にか椅子で寝落ちしていたエレンはバッと起き上がり、アッシュの顔を見た。

「良かった、アッシュ! やっと目を覚ましてくれた!」
「うるせぇんだよ。って痛つつッ……。そっか、俺はアックスゴブリンの攻撃を食らって……。お前は無事だったのか?」

 アッシュの思いがけない言葉に驚くエレン。

「な、何言ってるんだよ……! 怪我したのは君の方だろ。僕なんかの心配じゃなくて自分の体を心配しなよ」

 エレンは涙が溢れそうになり、些か声も震えている。

「まさかあの状況で動けなくなるとはな。まぁお前らしいっちゃお前らしいけどな」
「ああ、そうさ! どうせ僕はいつもビビッて動けないよ!」
「開き直るな」

 何気ないいつもの言い合いでさえ、エレンはやはり涙が零れそうになる。

 そして。

「もう2度とあんな事しないでよ……。君が死ぬなんて有り得ないんだから……!」

 堪え切れなかった涙が溢れ出る。
 止めようとしてももう止められない。

 アッシュが血だらけで倒れていたあの光景が、エレンはどんな魔物に遭遇する事よりも怖かった。

 今までにも目の前で死んだ人や殺された人を多くいる。
 だが“アッシュの死”を受け入れる事は、エレンは出来なかった。

「絶対に死んだらダメだ……!」

 泣きながら自分の弱さを後悔をする事しか出来ない。

「いつまでも泣いてんじゃねぇ。戦ってるんだから、常に誰だって死と隣り合わせに決まってんだろ」
「それはそうだよ。確かにそうだけどさ……自分の命をもっと大切にしなよ……!」

 アッシュのが重傷を負っている事を忘れ、感情的になってしまったエレンは抑えられない気持ちを全てぶつけていた。

「……ったく。本当に鬱陶しいな。生憎、俺はお前に心配されなくてもまだ死なねぇよ。死んでたまるか」

 月の光に照らされたアッシュの瞳は、いつの間にか冷酷に燃え滾っていた。

 彼のこの瞳に見覚えのあるエレン。

 不意に胸の奥がざわついた。

「あのさ、そういえば君は何で騎士団に入ろうとしたの? 元々騎士団だったんじゃないの? 決着を着けるって、誰と何をするつもりなの?」

 アッシュは謎が多い。
 いや、エレンもまた深くは聞こうとしていなかった。今までは。

 しかし聞くなら今だとエレンは思った。聞かなければいけない。そんな気がしたのだった。

 案の定聞かれたアッシュは怠そうにエレンを睨んだが、エレンも負けじと睨み返す。するとアッシュが徐に口を開いた。

「俺は自分から騎士団だと言った事はねぇ。いつからか勝手に“俺が騎士団員”だと傭兵共が騒ぎ出しただけの事。確かにブリンガー伯爵に実力を買われた俺とエドは伯爵直属の騎士とはなったが、正式な騎士団員ではなかったのさ。

元から戦線部隊は狙ってたが、流石にそこに入るには団員じゃなけりゃ不可能。伯爵から推薦状を貰おうと思ったが、向こうは難民問題が酷くて猫の手も借りたい状況だったから保留になってた。
そんで、そのタイミングでお前が生意気に推薦状貰ったから便乗したんだよ」

 淡々とそう説明したアッシュ。
 しかしまだ“核心”は聞けていない。

「戦線部隊に入ってまで決着を着けたい相手って?」
「決まってんだろ。“ユナダス王国”の奴らさ――」

 恐ろしい程の低く冷たい声。

 エレンは生唾を飲んだ。

「そりゃユナダス王国は戦争の敵国だけど……だからってどうするつもり? 例え君が強くても、敵の兵を1人で倒して戦争を終わらせるなんて無理じゃないか。そんなの命が幾つあっても足りないよ……」
「1つありゃ十分だ。戦争が始まって戦線部隊にさえいれば奴らを殺せる。どれだけ殺しても罪にもならねぇ。俺の全てを奪った奴らを、1人でも多くこの世から消してやるのさ」

 アッシュの凄まじい覚悟を感じると同時に、エレンはどこかで深い悲しみも感じる。

(敵を殺す事が目的……。君はその為だけに命を懸けてここにいるの……?)

 理由は人それぞれ。
 エレンだって性別を偽っている挙句、戦いに参加したくもなければ覚悟あるアッシュの人生の邪魔さえしている。

 そんな自分が人に物を言える立場ではない事は重々承知だ。

 だがエレンは黙ってはいられなかった。

「そんなの許さないぞ……」
「あぁ?」

 溢れ出ていた涙をグッと拭い顔を上げるエレン。

「決めた……。僕は強くなる。そしてアッシュ、君を絶対に死なせない――」

 覚悟を決めた。

 もう女だからと言い訳しない。逃げない。

 弱いからと戦うのを止めない。

 生き抜く為に前を向く。

 望む平和を手にするべく前に進む。


 月明かりの下、エレン・エルフェイムは強い信念を抱いたエメラルドグリーンの瞳で真っ直ぐアッシュを見つめた――。