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『ヴゴォォォォ!』

 1体でも苦戦を強いる相手。
 
 それが前方に3体――。

「総員武器を取れえええッ! 何が何でもマリア王女は守るんだッ!」
「「うおおおおお!!」」

 突如訪れた絶望的な状況。
 しかし、ダッジ団長の鼓舞によって皆の士気は高められていた。

「弓部隊! 撃てえええッ!」

 ――シュン、シュン、シュン。
 別の隊の団長の指示により、弓部隊から無数の弓がマウントゴブリンに向かって放たれた。

 ――シュババババババ。
 雨の如く降り注いだ弓は見事マウントゴブリンを捉え、3体共実に数十本以上の矢が頭や体に突き刺さっていた。

 だが。

『ヴヴァァァ!』
「「ぐああああッ!?」」

 屈強なフィジカルを持つマウントゴブリンの体には弓が効かなかった。刺さってはいるものの、まるでダメージになっていない。

「嘘でしょ……! あんなのどうやって倒せばいいんだ!?」

 その光景を見ていたエレンは呆然。
 助かる見込みどころか更なる恐怖を煽られてしまった。

「先ずは足を狙って動けなくさせろ! 最後に首や心臓の急所を狙うんだ! 奴らは硬いから同じ場所を攻撃してダメージを重ねろッ!」

 ダッジ団長の指示が飛び、団員達はそれに従って一斉に攻撃を開始した。

 振り回される棍棒の餌食になってしまう者達。
 棍棒を掻い潜って少しずつダメージを与える者達。

 瞬く間に戦場と化した一帯は何とも言えない緊張感に包まれた。

「怖すぎる、どうしよう……! アッシュ、僕はどうしたら……って、あれ? アッシュ!? エドさん!?」

 どうしようかと何気なくアッシュ達の方を向いたエレンであったが、既にそこにはアッシュもエドの姿もない。

 何時かの似た状況を思い出したエレンはまさかと思い前方を見る。

 すると。

 ――グチャグチャ、ガキィン!
『グガァァ……ッ!?』
「いくら強固な肉体と言えど、弱点がないものなど存在しませんよ」

 突如呻き声を上げながら、夥しい出血と共に地面に崩れ落ちた1体のマウントゴブリン。

 しかもマウントゴブリンの上には血の付いた剣を持つエドの姿があった。

「エドさん!? いつの間にそこに……」

 エレンがエドを見つけて驚いていると、それとほぼ同時。

『ギギァッ……!?』
「ちッ、汚ぇ血だな」

 バキバキッと骨と肉が断たれる音が響いた瞬間、2体目のマウントゴブリンが地に沈んだ。

「アッシュ!? (やっぱり2人共いつの間に……!)」
「「うおおおおお!!」」

 アッシュとエドがマウントゴブリンを一気に倒した事により団員達の士気はより一層高まりを見せ、アッシュとエドがいる位置よりも更に前方にいる団員達が残りの1体のマウントゴブリンを倒しに掛かった。

「残り1体だ! 全員続け!」
「確実に攻撃すれば倒せるぞ!」

 団員達の士気が勢いを増す中、エレンは馬車の後方で身動き一つ出来ずに立ち往生していた。

(僕には無理だ……)

 アッシュやエドや他の団員達のように勇敢には戦えない。
 
 勇気を出して戦いたいとも思えない。

 寧ろ今すぐにでもこの場から逃げ出したい。

 だが怖くて逃げ出す事も出来なかった。

「護衛隊! 今の内にマリア王女を連れて先に進め!」

 ダッジ団長の新たな指示が飛び、動けるアッシュとエド、そして馬車の近くにいた数人の団員と共にエレン達がマリア王女を連れて行く。

「マリア王女、俺の後ろに乗って下さい」
「わ、分かったわ。皆はどうなっているの? エレン、大丈夫!?」
「僕は大丈夫です。それよりも早くここを離れましょう」

 この先は予定のルートを少し外れる。
 大きな馬車は通れない為、アッシュは自分の後ろにマリア王女を乗せた。

「頼んだぞ! 絶対に守り切ってくれ!」

 ダッジ団長のその言葉を最後に、エレン達は勢いよく馬を走らせた。僅かに見えたであろう外の悲惨な光景が、マリア王女の表情を一瞬曇らせる。

 エレン、アッシュ、エド、そして場に居合わせた5人の団員達。
 マリア王女を含め9人となったエレン達は、山岳地帯を抜けるべく一気に進む。

 全力で馬を走らせている事もあり、そのスピードは今までよりも格段に速い。

 しかし。

 快調なスタートを切ったエレン達の足はまたしても止まる事となる。

「おいおい、まだいんのかよ――」
「ッ!?」

 エレン達の進む先にまたマウントゴブリンが。

「アッシュ、エレン君! ここは私が引き受けましょう。君達はマリア王女を連れて先に進みなさい!」

 エドの瞬時の判断によってエレン達は二手に分かれる。

 エレンとアッシュはマリア王女を連れて進み、エドは他の5人を連れて再びマウントゴブリンと対峙した。

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「流石にもう出てこねぇか?」
「どうだろう。また急に飛び出してきそうで怖いな僕は」
「大丈夫よ! だってもうすぐ山岳地帯を抜けられる筈だわ」

 エドと別れ、あれからひたすら馬を走らせる事数分。

 ダッジ団長や他の騎士団や勿論、エドとマウントゴブリンの姿も既に見えなくなっていたエレン達。

 馬を走らせながら辺りをくまなく警戒していたが、どうやらもうマウントゴブリンの気配は感じられないようだ。

「王女の言う通り、この山岳地帯はもうすぐ抜けられる。一先ず抜けたら街の騎士団に応援を要請するぞ」
「分かった。まさかこんな事になるなんてな……。マウントゴブリンってこんな所にいるものなの?」
「いや。それはあり得ねぇ。それこそ何時かのレッドウルフぐらい生息している場所が違う。最近どうも魔物共も動きが可笑しいんだよ」
「え、そうなの? 可笑しいって何がッ……「待て! 止まれエレン!」

 突如声を荒げたアッシュ。

 思い切り手綱を引いた事により驚いた馬が大きな鳴き声を上げながら止まった。

「ど、どうしたのアッシュ!?」
「やっぱ“異常”だな……。おい、お前王女連れて先に行け」

 鋭い眼光で薄暗い木々の奥を睨みながらそう言ったアッシュ。
 すると次の瞬間、後もう少しで抜けられるという所でまた魔物が現れた。

 それも、マウントゴブリンよりも更に上位互換となる“アックスゴブリン”。

「先に行けって……アッシュはどうするつもり!?」
「決まってるだろ。アイツを止める。あれは厄介なアックスゴブリンだ。体は一回り小さいがパワーもスピードもマウントゴブリンより更に上。逃げても追いつかれる」
「そ、そんな……」
「いいから早く行けッ! 俺も足止めしたらすぐに後を追う。今はもうお前しか王女を守れねッ……「危ないッ!」

 刹那、アッシュの予想以上の速さで動き出していたアックスゴブリンが一瞬でエレン達との距離を詰めていた。しかも既に手に持っていた“大斧”を振り上げている。

「避けろッ!」
(あ、死ぬ――)

 瞬時に反応したアッシュが叫んだが、エレンは驚きの余り動けなくなった。完全に思考は停止し、自分が何をしているのかも分からなくなる。

『ヴオオオッ!』
「馬鹿……ッ!」

 アックスゴブリンが振り上げていた大斧を渾身の力で振り下ろす。

 脳裏に“死”が過ったエレンは反射的に目を瞑っていた。

 そして。

 無情にも、振り下ろされた大斧は直撃した。

 ――ガキィィン。