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「結構進んだね。後どれぐらいだろう」
「まだ王都を出て半日程ですからね、まだ先は長いですよ」
「そっか。もう何時間進んでいるから結構行ってると思ったのに」

 馬に乗りながら会話をするエレンとエド。

 護衛隊の顔合わせとなったどんちゃん騒ぎから2日経ち、本日いよいよマリア王女の護衛任務を行うエレン達一行は早朝に王都を出発した。

 馬に乗った事がないエレンは暫く苦戦していたが、やっと少し慣れて来たようだ。 

「そう言えばマリア王女って歳いくつなんだろう? 僕と同じぐらいに見えたけど……」
「マリア王女は今17歳だそうですよ」
「え、そうなんだ。じゃあ僕と同い年だ」
「ハハハ。それもあってマリア王女はエレン君の事を気に入ったのかもしれませんね」

 年齢を聞いたエレンは驚きつつもマリア王女に親近感を覚えた。

 2人がそんな会話をしている最中でも、護衛隊を含む騎士団の長い列は目的地である西部の水の都、ツリーベル街へと着実に歩みを進めている。

 列の先頭にはダッジ団長が配列されており、後方には他の団長クラスも数名配列されている。肝心のマリア王女を乗せた馬車は列の丁度真ん中あたり。

 エレン達の護衛隊は馬車の前の方に配列されているのだが、余程実力を買われたのかマリア王女の気まぐれかは分からないが、エレン達は馬車の最も近くである真後ろに配列されていた。

 その後も一行は順調に隊を進め、少し足場の悪い山道を抜けると、大きな川が流れる渓谷に出た。この渓谷を下って川を渡れば西部区に入る。

「今日はここまでだ! 全員野営の準備を始めろ!」

 ダッジ団長の指示により、今日の進行はここまでとなった。
 エレン達は普段通りに野営の準備を始めようとしたが、流石は一国の王女の護衛と言うべきか、マリア王女が寝るテントはやはり通常のテントは大いに違った。

 何十人という団員が慣れた手つきで凄まじく大きなテントを建て、中は100人程の人間が優に入れるスペース。テントの中には更にマリア王女専用のテントを建て、入り口や周囲にそれぞれ警備と見張りの団員を配置していた。

「うわ~、すごいテント。僕の家の何倍あるんだろう」

 圧倒的にスケールの違うマリア王女のテントを見て、エレンは難民街の自分の狭い家を思い出し比較していた。

「おーい、うちの隊で1人用の小さいテントが余った。誰か使いたい奴いるか?」

 全体の野営の準備も終わりに差し掛かっていた頃、徐にダッジ団長が護衛隊のメンバーにそう伝えた。手には1人用のテントの袋が。

「俺は別にいいや」
「俺もっすね。どうせそんなに寝ないし」
「私も必要ないですね」
「俺も」

 アッシュとエドを始め、護衛隊のメンバーは特に誰も必要としていない。

 この1人を除いては。

「はーい! はいはいはーい! 僕使いたいです!」

 ここぞとばかりに誰よりも大きな声で存在をアピールしたのはエレン。

「ダッジ団長! それ絶対僕に下さい!」
「あ、ああ……。まぁ他に誰もいないみたいだから構わんぞ。ほら」
「やったあああ!」

 困惑するダッジ団長を他所に、見事1人用のテントの勝ち取ったエレンは歓喜していた。

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 ――バサ……。

 1人用のテントの中で、仰向けに寝転がったエレン。

(ふぅ。明日この渓谷を超えて西部区に入ったら“抜けよう”)

 所々汚れの付いたテントの屋根を見ながら、エレンはそんな事を思っていた。

 敵国のユナダス王国とは最も遠い位置。
 レイモンド国王がマリア王女をツリーベル街に移送するという事は、危険な戦争の中でもある程度の安全が確保出来るからだ。

 戦争から逃げたいエレンにとっても都合の良い場所。

(戦争が終わるまでこの地にいよう。極力人との接触も避けて、静かに生きていくんだ……)

 もう騎士団や王都にも戻らない。

 勿論アッシュとエドにもだ。

 ――ズキン。
 そう思った瞬間、エレンは僅かに胸が痛くなった。

 だが仕方がない。
 力の無い弱き者は、今日という日を生き抜くので精一杯なのだ。
 エレンもそんな1人。

「大丈夫……。きっと生きていける……」

 ガサガサッ。

「ッ!?」

 エレンが静かに新たな決意を固めていた次の瞬間、突如エレンのテント入り口から何者かが入って来た。

 気が付いたエレンはバッと体を起こしその人物を見ると、そこには意外過ぎる人物が。

「え……!? マリア王女!?」
「しー! 静かにしてよ」

 そう。
 突如エレンのテントに現れたのはまさかのマリア王女。
 彼女は人差し指を口に当て、静かにするようエレンに促している。

 テントの中を照らす唯一の小さなランプの灯りが、マリア王女の大きく可愛らしい瞳を照らしていた。

「ちょッ……何してるんですか!?」
「だから静かにしてって。バレちゃうでしょ」
(いや、王女がこんな所にいたら騒ぎになるって……!)

 慌てるエレンを特に気にする事もなく、マリア王女は持ち前のテンションで口を開いた。

「久しぶりね。ところでさ、この間の仕合の時からずっと気になっていたんだけど、貴方何故“目が光る”の?」

 以前アッシュにも言われた事があったが、エレンにはその自覚がなかった。

「あの……それは僕も自分ではよく分からなくて……」
「じゃああの投擲は? 練習したの? それとも魔法か何か?」

 マリア王女は余程エレンに興味を抱いているのか、今の彼女の瞳はある意味エレンよりも輝いていた。

「練習したと言えば少しはした事もありますけど、魔法ではないです。僕はマナも使えませんから」
「へぇ~、そうなのね。私はてっきりローゼン総帥みたいな魔導師かと思ったのに」
「いやいや。僕はあんな凄い事出来ませんよ」

 エレンの回答を聞いたマリア王女は一瞬落ち込んだ表情になったが、瞬時に切り替わってまた笑顔になった。

「私ね、魔法が好きなの! だからたまにローゼン総帥に色々教えてもらったりしてるのよ。とは言っても、私もマナなんて使えないからいつもローゼン総帥に見せてもらっているだけだけどね」
「そ、そうなんですか……」
「そう! って事だからさ、貴方は私と友達になって! エレン!」

 屈託のない可愛い笑顔で唐突に言ったマリア王女。
 
 その余りに予想外な行動と発言に驚かされたエレンは何も言えずに固まってしまった。

「あら? もしかして私と友達は嫌?」
「あ、嫌だなんてそんな……! というより、マリア王女が僕なんかと友達になりたいんですか……? どうしてまた……」
「どうしてって、エレンが素敵だから――」

 マリア王女は恥ずかしげもなくストレートにそう言った。