“魔物とか悪魔の類じゃねぇだろうな?”
宿舎を飛び出したエレンは幼少の頃を思い出していた。
♢♦♢
――うわ、変な目の色!
――魔物だよコイツ!
――気持ちわる~! どっかいけ!
祖父と仲良く暮らしていた頃、エレンは周りの男の子達からよく虐められていた。
エレンが育った東部の街では金色の髪色が珍しく、その整った容姿に加えて綺麗なエメラルドグリーンの瞳をしていた事が理由だろう。
とはいえ、東部の街に人種差別などが根付いていたわけではない。良識ある大人はエレンの見た目などを気にしなければ当然揶揄する事もなかった。
ただ純粋無垢な子供故、時にそれが真っ直ぐ過ぎてしまう事があったのだ。
(やっぱり私は変なのかな……?)
エレンは自分でも薄々感じてはいた。
街で歩いている人達の中にも髪色や肌の色が違う人は確かにいたが、自分は間違いなく少数派であると。
自分の髪や目は変なんだと。
(ゔゔッ……! パパ……ママ……!)
子供ながらに自分の存在を恐れていたエレン。
自分の事を愛してくれていた両親は他界してしまい、今は祖父と2人だけ。勿論祖父もエレンを愛し、彼女の髪や目を見ていつも「綺麗だ」と言ってくれていた。
それでもまだ不安定な子供の心から、完全に不安を取り除くのは難しかった。
ただでさえ両親を失った痛みが全然癒えていないのに――。
(パパ……ママ……会いたいよ――)
♢♦♢
~宿舎前~
「おい、どこ行くんだよ」
飛び出したエレンを追いかけていたアッシュが彼女の腕を掴んで止めた。
「……離して」
グッと手を振りほどこうとしたが、男のアッシュの力には敵わない。
「別に大丈夫だから。変な慰めとかいらないよ」
「……アホかお前。俺がそんな優しい人間だとでも思ってんのか」
アッシュは呆れ顔でエレンに言う。
「これ以上手間を焼かせるな。もう部屋で寝ろ、酔っ払い」
そう言ったアッシュは掴んでいた腕を離し、数秒の間が空いた後、踵を返したエレンは静かに部屋へと戻って行ったのだった。
**
「少しだけ1人にして。着替えもしたいから」
部屋に戻ったエレンは先程よりも酔いが醒めてきていた。
「それは嫌だぜ。何で俺がお前に指示されなきゃいけないんだよ」
なんとなく今の雰囲気ならば素直に聞いてくれると思ったエレンが甘かった。アッシュはきっぱりとエレンの申し出を断る。
「え……! 別にいいじゃん、ちょっとぐらい。2人部屋なんだから互いの意見は尊重しないと……!」
「だったら俺の意見も尊重しろや。いちいち面倒くさいんだよ。そんなに1人で着替えたいなら廊下でも出ろや」
「そんなの嫌に決まってるだろ!(見られたら即終了だ)」
口を開けば口論となるエレンとアッシュ。
しかし、着替えやお風呂などの誤魔化しが効かない状況だけは絶対にエレンも譲れない。
いや、譲ってはならないのだ。
「分かった! じゃあ3分! 3分だけでいいから1人して! お願いします!」
「長い。1分」
「なら2分! これ以上は無理!」
「ほんっっとに面倒くさい奴だな! さっさと済ませろよ!」
「分かってる! ありがとう!」
凄い勢いで懇願してくるエレンの気迫に押され、アッシュは納得いかないながらも2分で手を打つ事に。
エレンは気怠そうに部屋を出て行ったアッシュを確認し、急いで着替えを始める。
服を脱ぎ、騎士団から支給された服を着る。
胸の膨らみがバレないよう布を巻いて重ね着。
最後は金色の長い髪をなるべく束ねて男っぽくッ……『――ガチャ』
刹那、扉の開く音が聞こえ、アッシュが中へと入って来る。
「嘘ッ!? え、ちょっと……!」
幸い着替えは終わって体は大丈夫。
だがまだ髪を結っていない。
(もう2分経った!? 早過ぎない?)
苛立ちながらも、エレンは乱雑に手で髪をまとめ、素早くゴムで結んだ。
「ちょっと! いくらなんでも早過ぎるって! 絶対2分も経ってないでしょ!」
パラ……。
エレンはアッシュが部屋に入って来たと同時に大声で文句を言いつける。
「……」
しかし、珍しくアッシュは何も言い返してこない。
「さっき分かったって言ったよね! 約束はちゃんと守れよ!」
焦ったエレンは矢継ぎ早に文句を言う。
バレたら終わりの彼女にとっては一大事であるから仕方がない。
「……」
だが不思議な事にアッシュはずっと黙っている。
そして、無言のアッシュは何故か目を見開いて真っ直ぐエレンを見つめていた。
「ん、アッシュ……? どうしたの?」
異変に気が付いたエレンが無言のアッシュに尋ねる。
アッシュの感情が分からない。
何でずっとエレンを見て止まっているのかも。
僅かな沈黙の後、ふと我に返ったのだろうか、アッシュがいつも通りの悪態を付くのだった。
「テメェは……マジで女みたいな奴だな……」
まじまじと言ってきたアッシュの言葉に、エレンは胸の鼓動が強く脈を打った。
それもその筈。
今のアッシュの言葉を聞いたとほぼ同時、エレンは自分の髪を結んでいたゴムが切れ、髪が解けてしまっている事に気が付いたのだ。
「あ、髪が解けていたのか……」
いつもの馬鹿にした言い方とは違う言い方に一瞬焦ってしまったエレンであったが、すぐさま切り返して冷静な態度を見せる。
勿論内心は心臓バクバク。
「全く。君が約束を守らずに早く部屋に入って来るからこうなるんだよ」
あくまでも冷静を装い、何事もなかったかのようにエレンは髪を縛り直した。
「時計もねぇのに丁度2分なんて分かるかよ。大体でいいだろ」
「それならちょっと余裕を持って入って来るのが普通でしょ! 本当に気が利ないな!」
「ああ? 元はと言えばお前の我が儘を聞いてやったんだろうが!」
どこか歯切れの悪いアッシュは、最後に何か言いたそうな顔でグッとエレンを睨んでいた。
「な、何? 何か言いたい事でもあるの?」
「……」
いつもと違う妙なアッシュに、エレンも調子が狂う。
そして。
アッシュは静かに口を開いた。
「……そんな気にする事じゃねぇだろ」
「え?」
徐に歩き出したアッシュは自分のベットに腰を掛けながらそう口にした。
「お前の見た目の話だよ。確かに女っぽいけどさ、お前もお前でもっと男らしくしてろよな。だからどこ行っても馬鹿にされるんだよ」
アッシュからの以外な優しさ。
これにまたエレンの調子も狂ってしまう。
「分かってるよ。もっと気を付ける」
「俺は思わねぇぞ」
「え、何が……?」
「お前のその目。不気味とか気持ち悪いとか別に思わねぇって事。っていうか、寧ろ……その、なんだ……? 人と違って良いと思うぜ。綺麗だし――」
「ッ……!?!?」
エレンは一瞬時間が止まった気がした。
呼吸の仕方も忘れ、上手く息が吸えない。
何か言い返そうと思ったのに、口が、体が、脳が正常に機能しない。
余りに唐突で、余りに驚愕の言葉を告げられたエレンは、もうお酒の酔いがすっかり醒めたにもかかわらず、いつの間にか顔が真っ赤になっていた。
(な、な、何だよ急に……! 今コイツ……“綺麗”って言った……!?)
最早どうしていいか分からなくなったエレン。
変な空気に耐えられなくなった彼女はダイブするようにベッドへ飛び込んだ。
「ば、馬鹿な事言ってんじゃないよ……! 僕疲れたからもう寝るッ!」
布団に潜り込みながら、エレンはずっと高鳴っている鼓動を必死に抑えようと何度も深呼吸をしていた。
目を瞑って無理矢理寝ようとするが、直ぐ近くにいるアッシュの気配と今しがたの言葉が気になったエレンは全く寝付けず、彼女は布団の中で時折口元を緩ませていた。
一方、アッシュはと言うと。
「なんだコイツ。やっぱ変人だな」
突如布団に潜り込んでもぞもぞとしているエレンを見て、1人静かにそう呟いていた。
宿舎を飛び出したエレンは幼少の頃を思い出していた。
♢♦♢
――うわ、変な目の色!
――魔物だよコイツ!
――気持ちわる~! どっかいけ!
祖父と仲良く暮らしていた頃、エレンは周りの男の子達からよく虐められていた。
エレンが育った東部の街では金色の髪色が珍しく、その整った容姿に加えて綺麗なエメラルドグリーンの瞳をしていた事が理由だろう。
とはいえ、東部の街に人種差別などが根付いていたわけではない。良識ある大人はエレンの見た目などを気にしなければ当然揶揄する事もなかった。
ただ純粋無垢な子供故、時にそれが真っ直ぐ過ぎてしまう事があったのだ。
(やっぱり私は変なのかな……?)
エレンは自分でも薄々感じてはいた。
街で歩いている人達の中にも髪色や肌の色が違う人は確かにいたが、自分は間違いなく少数派であると。
自分の髪や目は変なんだと。
(ゔゔッ……! パパ……ママ……!)
子供ながらに自分の存在を恐れていたエレン。
自分の事を愛してくれていた両親は他界してしまい、今は祖父と2人だけ。勿論祖父もエレンを愛し、彼女の髪や目を見ていつも「綺麗だ」と言ってくれていた。
それでもまだ不安定な子供の心から、完全に不安を取り除くのは難しかった。
ただでさえ両親を失った痛みが全然癒えていないのに――。
(パパ……ママ……会いたいよ――)
♢♦♢
~宿舎前~
「おい、どこ行くんだよ」
飛び出したエレンを追いかけていたアッシュが彼女の腕を掴んで止めた。
「……離して」
グッと手を振りほどこうとしたが、男のアッシュの力には敵わない。
「別に大丈夫だから。変な慰めとかいらないよ」
「……アホかお前。俺がそんな優しい人間だとでも思ってんのか」
アッシュは呆れ顔でエレンに言う。
「これ以上手間を焼かせるな。もう部屋で寝ろ、酔っ払い」
そう言ったアッシュは掴んでいた腕を離し、数秒の間が空いた後、踵を返したエレンは静かに部屋へと戻って行ったのだった。
**
「少しだけ1人にして。着替えもしたいから」
部屋に戻ったエレンは先程よりも酔いが醒めてきていた。
「それは嫌だぜ。何で俺がお前に指示されなきゃいけないんだよ」
なんとなく今の雰囲気ならば素直に聞いてくれると思ったエレンが甘かった。アッシュはきっぱりとエレンの申し出を断る。
「え……! 別にいいじゃん、ちょっとぐらい。2人部屋なんだから互いの意見は尊重しないと……!」
「だったら俺の意見も尊重しろや。いちいち面倒くさいんだよ。そんなに1人で着替えたいなら廊下でも出ろや」
「そんなの嫌に決まってるだろ!(見られたら即終了だ)」
口を開けば口論となるエレンとアッシュ。
しかし、着替えやお風呂などの誤魔化しが効かない状況だけは絶対にエレンも譲れない。
いや、譲ってはならないのだ。
「分かった! じゃあ3分! 3分だけでいいから1人して! お願いします!」
「長い。1分」
「なら2分! これ以上は無理!」
「ほんっっとに面倒くさい奴だな! さっさと済ませろよ!」
「分かってる! ありがとう!」
凄い勢いで懇願してくるエレンの気迫に押され、アッシュは納得いかないながらも2分で手を打つ事に。
エレンは気怠そうに部屋を出て行ったアッシュを確認し、急いで着替えを始める。
服を脱ぎ、騎士団から支給された服を着る。
胸の膨らみがバレないよう布を巻いて重ね着。
最後は金色の長い髪をなるべく束ねて男っぽくッ……『――ガチャ』
刹那、扉の開く音が聞こえ、アッシュが中へと入って来る。
「嘘ッ!? え、ちょっと……!」
幸い着替えは終わって体は大丈夫。
だがまだ髪を結っていない。
(もう2分経った!? 早過ぎない?)
苛立ちながらも、エレンは乱雑に手で髪をまとめ、素早くゴムで結んだ。
「ちょっと! いくらなんでも早過ぎるって! 絶対2分も経ってないでしょ!」
パラ……。
エレンはアッシュが部屋に入って来たと同時に大声で文句を言いつける。
「……」
しかし、珍しくアッシュは何も言い返してこない。
「さっき分かったって言ったよね! 約束はちゃんと守れよ!」
焦ったエレンは矢継ぎ早に文句を言う。
バレたら終わりの彼女にとっては一大事であるから仕方がない。
「……」
だが不思議な事にアッシュはずっと黙っている。
そして、無言のアッシュは何故か目を見開いて真っ直ぐエレンを見つめていた。
「ん、アッシュ……? どうしたの?」
異変に気が付いたエレンが無言のアッシュに尋ねる。
アッシュの感情が分からない。
何でずっとエレンを見て止まっているのかも。
僅かな沈黙の後、ふと我に返ったのだろうか、アッシュがいつも通りの悪態を付くのだった。
「テメェは……マジで女みたいな奴だな……」
まじまじと言ってきたアッシュの言葉に、エレンは胸の鼓動が強く脈を打った。
それもその筈。
今のアッシュの言葉を聞いたとほぼ同時、エレンは自分の髪を結んでいたゴムが切れ、髪が解けてしまっている事に気が付いたのだ。
「あ、髪が解けていたのか……」
いつもの馬鹿にした言い方とは違う言い方に一瞬焦ってしまったエレンであったが、すぐさま切り返して冷静な態度を見せる。
勿論内心は心臓バクバク。
「全く。君が約束を守らずに早く部屋に入って来るからこうなるんだよ」
あくまでも冷静を装い、何事もなかったかのようにエレンは髪を縛り直した。
「時計もねぇのに丁度2分なんて分かるかよ。大体でいいだろ」
「それならちょっと余裕を持って入って来るのが普通でしょ! 本当に気が利ないな!」
「ああ? 元はと言えばお前の我が儘を聞いてやったんだろうが!」
どこか歯切れの悪いアッシュは、最後に何か言いたそうな顔でグッとエレンを睨んでいた。
「な、何? 何か言いたい事でもあるの?」
「……」
いつもと違う妙なアッシュに、エレンも調子が狂う。
そして。
アッシュは静かに口を開いた。
「……そんな気にする事じゃねぇだろ」
「え?」
徐に歩き出したアッシュは自分のベットに腰を掛けながらそう口にした。
「お前の見た目の話だよ。確かに女っぽいけどさ、お前もお前でもっと男らしくしてろよな。だからどこ行っても馬鹿にされるんだよ」
アッシュからの以外な優しさ。
これにまたエレンの調子も狂ってしまう。
「分かってるよ。もっと気を付ける」
「俺は思わねぇぞ」
「え、何が……?」
「お前のその目。不気味とか気持ち悪いとか別に思わねぇって事。っていうか、寧ろ……その、なんだ……? 人と違って良いと思うぜ。綺麗だし――」
「ッ……!?!?」
エレンは一瞬時間が止まった気がした。
呼吸の仕方も忘れ、上手く息が吸えない。
何か言い返そうと思ったのに、口が、体が、脳が正常に機能しない。
余りに唐突で、余りに驚愕の言葉を告げられたエレンは、もうお酒の酔いがすっかり醒めたにもかかわらず、いつの間にか顔が真っ赤になっていた。
(な、な、何だよ急に……! 今コイツ……“綺麗”って言った……!?)
最早どうしていいか分からなくなったエレン。
変な空気に耐えられなくなった彼女はダイブするようにベッドへ飛び込んだ。
「ば、馬鹿な事言ってんじゃないよ……! 僕疲れたからもう寝るッ!」
布団に潜り込みながら、エレンはずっと高鳴っている鼓動を必死に抑えようと何度も深呼吸をしていた。
目を瞑って無理矢理寝ようとするが、直ぐ近くにいるアッシュの気配と今しがたの言葉が気になったエレンは全く寝付けず、彼女は布団の中で時折口元を緩ませていた。
一方、アッシュはと言うと。
「なんだコイツ。やっぱ変人だな」
突如布団に潜り込んでもぞもぞとしているエレンを見て、1人静かにそう呟いていた。