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 見事実力テストをパスしたアッシュ。
 彼とエドの合格により、残るはエレンのみとなった。

 だが今の仕合で想像以上のダメージを受けたのか、アッシュの一撃を食らったジャック団長は動けずにいた。数分様子を見て、ジャック団長も何とか立ち上がろうとしていたが、レイモンド国王の元に駆け寄った1人の騎士団員が無言のまま首を横に振った。

「やり過ぎだよ」
「何で俺が悪いみたいな空気になってんだよ」
「ちょっとやり過ぎでしたな、アッシュ」
「エドもそっち側か」

 エレン達がそんな会話をしている一方で、報告を受けたレイモンド国王も若干困っているような表情を浮かべている。

(どこの世界にこんな短時間で何度も国王を困らせる人がいるんだろうか……)

 エレンはここぞとばかりに呆れた目でアッシュを見ていた。

「何だよその目は」
「いや、別に(気付くの早いな)」

 この後は一体どうするのだろうか。
 場にいた者達が同じ事を考えていた次の瞬間。


「妾が相手をしてやろう――」


 音もなく、突然その場に姿を現した1人の女性。

 唐突に現れた彼女は長い白銀の髪をツインテールに結い、騎士団員とは違う装いながら、確かにリューティス王国の紋章が施されたローブを羽織っていた。

 しかも紋章の色は一般の団員のような黒色でもなければ団長クラスの赤色でもない。

 彼女が羽織るローブに施された紋章の色は“虹色”。

 そしてこの虹色が意味するもの、それは――。

「王国騎士団……“総帥”――」

 騎士団の事がよく分からない一般人でさえ、王国の民ならば誰しもが1度は聞いた事がある総帥という名。その名は約数千からなる全王国騎士団員のトップに立つ存在にだけ与えられし称号。

 意味するものは勿論“最強”という2文字に他ならない。

「これはまた珍しい来客ですね、“ローゼン総帥”。お久しぶりです」
「少しは国王の雰囲気が備わってきたようだな、レイモンドや」

 リューティス王国トップ、レイモンド国王を呼び捨てにしたローゼンという女性。47歳という若さで一大国の王となったレイモンド国王よりも更に若い見た目をしている。

 国王の名を気軽に呼べるだけでも特別な存在である事が分かるが、ローゼン総帥から醸し出されるオーラはまさしく“強者”のそれであった。

 エレンは愚か、滅多に会う事がないとされるローゼン総帥を前に他の騎士団員達も固まり茫然としている。アッシュは驚いているのかそうではないのか区別がつかないぐらい普段の表情だ。

 急なローゼン総帥の登場に皆が驚いている中、日常と変わらない普通の態度を取っていたのは最早レイモンド国王のみであった。

 ……いや。

 正確にはレイモンド国王と無表情のアッシュを除いて“もう1人”。
 ローゼン総帥の存在に驚く素振りを見せぬ者がいた。

「あら……。まさかこんな所で貴方と会うとはねぇ。随分と老け込んだじゃあないか。ええ、“エドワード”や」

 そう言ったローゼンはエドへと視線を移した。
 エレンとアッシュもエドの名前が出た瞬間、反射的に彼の方向へと向いていた。

「お前は相変わらず“変わらない”なローゼンよ。実に数十年振りか」
「フフフ。月日が経つのは早いものよエドワード」
「ローゼン総帥とエドワードは知り合いであったのか?」

 正直エレンの頭の中は「?」マークだらけ。

 アッシュとエドが共に実力テストを受けると言った所から質問したい事の連続であったが、話は肝心の実力テストへと戻るのだった。

「そうね。古い知り合いとでも言っておきましょうか」
「ほう、左様でしたか。それは実に興味深いですね」
「我々の昔話など聞いた所で退屈なだけでありますよレイモンド国王。それよりも、未来ある若者の話をしようではありませんか」

 穏やかな表情でそう言ったエドは微笑みながらエレンとアッシュの方を見た。

「ハハハ、確かに仰る通りですな。話を戻しましょう。時にローゼン総帥、さっきの其方の申し出はしかと此度の事情を知っての事と受け取っても?」
「勿論」

 レイモンド国王とローゼン総帥のたった一言のやり取り。それによって瞬時にこの場はピンと張り詰めた空気に変わったのだった。

「妾が相手をするのは貴方ね。エレン・エルフェイム」
「……!?」
「よし。それでは実力テストの続きといこう」

 起きる事全てがエレンの想像を簡単に超えていく。

「あーあ。よりによってローゼン総帥が相手になるとはな」
「いやはや、流石に予想外でしたなこれは」

 折角のアッシュとエドのお膳立ても虚しく、一介の騎士団員でさえ滅多に会う事がないというローゼン総帥と戦う事になったエレン。

 勿論これは実力テストの仕合であり、命を懸けた戦場ではない。
 それでも王国騎士団全団員のトップに立ち、その“リューティス王国一”と称される実力は間違いなく本物である。

 彼女の実力を知ってか、アッシュとエドは逆に開き直ったともいえる表情を浮かべていた。

「さぁ。始めましょうか――」

 エレンを見ながらそう言いったローゼンは広間の真ん中へと移動する。

「まぁ殺される事はねぇ。頑張ってこい」

 他人行儀なアッシュの態度に一瞬苛立つエレンであったが、言わずもがな世界は弱肉強食。常に強き者が自分の上に立っている。だがそれでも抗わなければいけない。

 無力な少女が唯一出来る事。
 それは生きる事を諦めないという事――。

(もうどうにでもなれ……)

 開き直ったエレンは前に出てローゼンと向かい合った。

 そして引き抜きいた短剣を静かに構える。

「お願いします――」

 エレンとローゼンの仕合が始まった。