♢♦♢

「ハッハッハッ、凄いなエレン!」
「あんまり張り切ると疲れちゃうわよ」

 金色の短い髪を立たせ、鍛えられた肉体を揺らしながら笑う1人の男性。その隣には透き通る白い肌に、艶のある綺麗な長い黒髪を靡かせた1人の女性の姿が。

「大丈夫! 見ててね、パパ! ママ!」

 その男性と女性をパパママと呼ぶのは1人の少女。
 パパと同じ金色の髪を靡かせた少女は手に持つ小さな木の枝を目一杯掲げ、「いくよ~!」と2人に呼び掛けている。

 木の枝を持つ少女の透き通る白い肌はママと同じ。
 
 屈託のない笑顔とその端麗な顔はパパとママの両方に似ている。

  ――カァン。
「お、また命中だエレン! 凄いぞ!」
「やったー!」

 エレンが一生懸命に投げた小さな木の枝は、4~5m先の円が描かれた木の板のど真ん中に命中。エレンはとても嬉しそうな笑顔を浮かべながら、パパとハイタッチをして喜んでいる。

「よーし、今度は10回連続で当てッ……「あ、エレン!」

 ガシッ。

 突如体の力が抜けて転びそうになったエレン。
 近くにいたママが慌てて彼女の体を支えた。

「ほら、だからいつも言ってるでしょ。無理すると“疲れる”って」
「アハハハ。ごめんなさい」
「少し休もうか。皆でおやつタイムだ!」
「え、おやつ? わーい!」

 パパはエレンを後ろから抱きかかえると、そのまま走って家の中へと入って行く。

「もう。パパもエレンも食べ過ぎちゃダメよ」

 はしゃぐ2人を見たママは笑いながらそう口にする。

 幸せな家族の時間。

 当たり前のようでかけがえのない大切な時間。

 これが当たり前と思うか贅沢と思うかは勿論人ぞれぞれである。

 しかし、大半の人間がそんな当たり前をかけがえのない贅沢な時間だと思えるのは皮肉にも、大概がその時間を“失った”時に初めて気付かされるものだろう。

 そして、それは無邪気にはしゃぐ少女、エレン・エルフェイムもまたその1人であった――。

**

 ――親父ッ、エレンを連れて早く逃げろッ!

 ――私が食い止めるわ……!

 ――俺1人でいい! お前も早くエレンと逃げるんだ!

 エレンは遠い記憶の中で、パパとママが何やら必死で叫んでいるのをうっすらと覚えている。

 彼女は自分も大きな声を出してパパとママを呼んでいたが、エレンの小さな体は走る祖父の両腕にがっしりと掴まれていた。あの時の祖父の荒い呼吸と、視界の中でパパとママがどんどん小さくなっていく光景をエレンは今でも時々思い出す。

「パパ……ママ……」

♢♦♢

~リューティス王国・王都~

 ガラガラガラガラガラッ。

「おい、いつまで寝てやがる。さっさと起きろ」
「ん……あ、あれッ!? ここは……?」

 突如聞こえたアッシュの声で我に返るエレン。
 どうやら彼女はいつの間にか馬車で眠ってしまっていたようだ。

「ここは? じゃねぇだろ。お前が呑気に寝てる間に着いたぜ」

 そう言いながら馬車の外を眺めるアッシュ。彼の視線に釣られたエレンも無意識に外を見た。すると、そこには大勢の人達が行き交うリューティス王国の王都の景色が広がっていた。

「うわ~、ここが王都か。人多いな! 難民街もそれなりに人がいたけど、生活や街並みのクオリティがあからさまに違う」
「当たり前だろ。王都と難民街を比べんな。っつうか寝るな」
「それはごもっともです。僕もビックリ。昨日君に石投げたから“疲れ”が溜まったのかも」
「……」

 外の景色を見ながら何気なくそう言ったエレン。
 アッシュは何も言わずにそんなエレンを横目に見ていた。

 一行を乗せた馬車がそのまま王都の中心街を抜ると、そこにはリューティス王国の王都でも一際目を引く大きな城がエレン達の目の前に現れた。

(でっっか! ブリンガー伯爵の屋敷も大きかったのに、これは比にならないよ)

 リューティス王国最大の城――それは勿論この王国の“国王”が存在する最も敷居の高い場所。

 城へと続く長い1本道を馬車が進んで行くと、これまたどうやって作ってどうやって開けるのかも分からない大きな城門が待ち構えていた。

「止まれ! どういった用件だ」

 城門の前にはリューティス王国の紋章が施された甲冑を身に纏う騎士団員が数名。その中の1人の団員が城門の前でエレン達の馬車を止めて用件を伺ってくる。

「ブリンガー伯爵からの推薦状を受けてここに来ました」

 流石国王が在中するお城。
 城門の前だというのに既にエレンは緊張感で一杯だった。

「ご苦労様です。推薦状の確認が取れましたのでどうぞ、今門を開けますのでそのままお進み下さい」

 ギギィィと重そうな鉄の門がゆっくり開門され、エレン達は促されるまま城へと繋がる道を再び馬車で進んで行く。広い広い庭を抜け、城門とまではいかないまでもまたも大きな門を潜ったエレン達。

 「この先は歩きでお願いします」とここの門番を務めていた騎士団員に言われ、馬車から降りたエレン、アッシュ、エドの3人は団員に案内されとうとう国王の城に辿り着いた。

 ――ガチャン。
(うは~~! こりゃまたとんでもなく場違いな世界に足を踏み入れてしまった……)

 城の入り口の扉が開いたと同時、エレンの視界に飛び込んできたのは凄い広さのエントランスロビーと無駄に横幅が長い階段。それに異常な高さの天井から吊るされた豪華なシャンデリアと最早使い道があるのかも分からない金の甲冑や動物の剥製などが飾られていた。

「なんだこれ……」
「おい。アホな田舎者だとバレるからそのマヌケ面を直ちに止めろ。こっちまで恥を掻きそうだ」

 田舎者丸出しのエレンにいち早く気付いたアッシュが小声でそう伝えた。そんなエレンを他所に、団員は3人を城の中へと案内する。

 長い廊下を進み、何度か曲がった先のとある部屋。
 そこで団員は徐に足を止めると、その部屋の扉の前にいた他の団員と挨拶を交わし、役目を終えたのか彼はそのまま来た道を戻って行った。

 そして今度は扉の前にいた団員がエレン達を案内する。

「どうぞこちらへ」

 そう言って部屋の扉が静かに開かれると、空けた空間が広がる部屋の1番奥の大きな玉座に腰を掛けたリューティス王国の“国王”がエレン達を出迎えた。

 国王を前に、エレン達は膝を付いて敬礼の姿勢を取る。

「遠路はるばるご苦労であったな――」

 遠目からでも分かる圧倒的な貫禄と気品。

 “レイモンド・ヴァン・リューティス国王”。

 彼こそがこのリューティス王国の現国王である。

 そして。

「頭を上げよ、エレン・エルフェイム」

 国王から自らの名を呼ばれたエレンはゆっくりと頭を上げ、人生で初めて見るレイモンド国王としっかりと目を合わせるのだった――。