**
~王都への道中・湖~
無事レッドウルフの群れを討伐したエレン達。
日が沈みかけ、辺りが暗くなってきたタイミングで一行は野宿の準備を始めた。
魔物、獣除けの為に少し強めの焚火を用意。
近くに湖があった為、見晴らしもいいこの場所で今日は野宿をする事となった。
「ねぇ、本当に分かったんだよね!?」
「うっせぇな。女みたいなのは顔だけにしろよな」
「顔は関係ない! 分かったかどうか聞いてるんだよ!」
星空が綺麗に見える静かな夜に、エレンとアッシュの場違いな怒声が辺りに響く。
「分かったからさっさとしろ! 俺にそんな趣味はねぇ!」
「じゃあ絶対に“見るなよ”! 絶対にね!」
そう。
激しい口論の理由は水浴び――。
道中の疲れとレッドウルフの血を洗い流したいエレン達は湖に入ろうとしたのだが、言わずもがな、エレンにとってこの状況は最も避けたい最悪の展開であった。
一緒に入るどころか入る前後も見られたくないエレンは、必死の形相でアッシュに物申した結果、激しい口論の末、ようやくエレンはアッシュ達と時間をズラして1人で湖に入る権利を勝ち取った。
**
「うっ! 冷た……」
衣服を脱ぎ、布1枚だけを持って湖に入るエレン。
思ったよりも冷たい水温に顔を歪めながらも、彼女は静かに今日の恐怖も一緒に洗い流す。
「おい、生きてるか?」
「なッ……!? み、見るなって言っただろッ!」
カァァン。
「危っぶね! テメェ、石投げやがったな! こんな時に投擲の才能使ってんじゃねぇ馬鹿野郎!」
突如聞こえたアッシュの声に驚いたエレンは咄嗟に全身を湖の中に隠すと同時に、身の危険を本能で感じ取った彼女は足元に沈んでいた石を反射的にアッシュ目掛けて投げていた。
エレンの投擲は見事アッシュに向かっていたが、ギリギリの所で何とかアッシュが防いだようだ。
「あれだけ言って何でこうなる! 馬鹿はどっちだ!」
「っとに、ギャーギャー叫んでうるせぇな。ハナから見る気もねぇし暗くて見えねぇっつうの。
テメェが弱いからこっちだって“見張り”する羽目になってんだよ! 自分の意見を通したいならそれだけの実力を身につけてから言え!」
互いに後ろを向いて言い争う2人。
そもそもこの暗闇の中では、焚火があるアッシュ側からでさえ明かりの届く数メートル先しか確認出来ない。湖は焚火から10数メートル以上は離れている。暗闇にいるエレンがアッシュ達の姿を確認出来てもその逆は無理であった。
それにアッシュの言う事は正論。
今魔物に襲われたらエレンは確実に命を落とすだろう。
最低限1人で自分の身でも守れるのなら、アッシュ達の行動もまた変わっていただろう。
「そ、それは確かにそうだけど……」
「ああ? なんか言ったか?」
湖に浸かるエレン。
たった今言い争っていたにもかかわらず、彼女はふとアッシュに尋ねた。
「君はさ……王都に向かって何をするつもりなの?」
エレンの僅かな動きで湖に波紋が広がる。
「言っただろ、この戦争を終わらせて決着を着ける為さ」
「どうして? また戦争が始まったら騎士団は最前線で戦わないといけないよね。死ぬかもしれないんだよ?」
「構わねぇさ。元からそのつもりだからな――」
アッシュの表情は見えない。
だがその声はとても冷たかった。
そして、エレンはアッシュにそれ以上の事は聞けなかった。
いや、なんとなく聞いてはいけないと思ったのだ。
今はまだ……。
「それよりも、俺も気になる事がある」
徐にそう口にしたアッシュ。その声は数秒前とは違って普段通りだ。
「エレン。この間お前、マナは使えないと言ってたよな」
「え? う、うん……。それが何?」
突拍子もない質問にエレンも思わずきょとんとした様子で答える。
「じゃあ“あの力”は? マナ以外の何かか?」
アッシュがエレンに冗談を言っている素振りは一切ない。
しかしエレンには彼の質問の意図が分からなかった。
「あの力って何の事?」
「投擲以外にお前に才能ねぇだろ。ビッグオークの時も僅かに感じたけどよ、今俺に向かって石投げた時も“出てた”ぞ。マナっぽい独特な輝きみたいなものが」
「え……?」
アッシュにそう言われたエレンであったが、勿論彼女には思い当たる節が1つもなかった。
運良くマナが使えたという訳ではない。
マナは習得が極めて困難な力であるが、マナは1度発生させてしまえばその後のコントロールは難しくないのだ。血の滲む努力で手に入れようが、たまたま運良く手に入れようが、1度マナが発症した者に2度目のマグレは存在しない。
つまり、もしエレンの投擲がマナの力の恩恵によるものならば、エレンはとっくに自分のマナを感じてコントロール出来るマナ使いになっているという事。
だがエレンにはその様子も自覚もない。
それに、人間のマナの効果の基本は“身体能力の強化”。
これによって常人よりも強い身体能力を手に入れられるからこそ、人間は凶暴な魔物とも渡り合えるのだ。
もしエレンがマナ使いであれば、投擲に必要な筋力をマナで補える。しかし、それが“百発百中の精度で命中”するかどうかは話がまるで違う。
エレンの反応を見たアッシュは数秒黙って何かを考えている様子であったが、「自分の事も分からねぇなんてやっぱアホだな」と呆れながら言ったアッシュはそのままエド達の所に戻ってしまったのだった。
「ちょっと、自分で聞いたくせにッ……って本当に行っちゃったよ。どこまでも勝手な人間だなぁ。あんなタイプの奴初めてだよ」
広い湖にブツブツと文句を言ったエレン。
湖から上がった彼女は再び装いを済ませ、焚火の周りで食事をしているアッシュ達の元に向かうのだった――。
~王都への道中・湖~
無事レッドウルフの群れを討伐したエレン達。
日が沈みかけ、辺りが暗くなってきたタイミングで一行は野宿の準備を始めた。
魔物、獣除けの為に少し強めの焚火を用意。
近くに湖があった為、見晴らしもいいこの場所で今日は野宿をする事となった。
「ねぇ、本当に分かったんだよね!?」
「うっせぇな。女みたいなのは顔だけにしろよな」
「顔は関係ない! 分かったかどうか聞いてるんだよ!」
星空が綺麗に見える静かな夜に、エレンとアッシュの場違いな怒声が辺りに響く。
「分かったからさっさとしろ! 俺にそんな趣味はねぇ!」
「じゃあ絶対に“見るなよ”! 絶対にね!」
そう。
激しい口論の理由は水浴び――。
道中の疲れとレッドウルフの血を洗い流したいエレン達は湖に入ろうとしたのだが、言わずもがな、エレンにとってこの状況は最も避けたい最悪の展開であった。
一緒に入るどころか入る前後も見られたくないエレンは、必死の形相でアッシュに物申した結果、激しい口論の末、ようやくエレンはアッシュ達と時間をズラして1人で湖に入る権利を勝ち取った。
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「うっ! 冷た……」
衣服を脱ぎ、布1枚だけを持って湖に入るエレン。
思ったよりも冷たい水温に顔を歪めながらも、彼女は静かに今日の恐怖も一緒に洗い流す。
「おい、生きてるか?」
「なッ……!? み、見るなって言っただろッ!」
カァァン。
「危っぶね! テメェ、石投げやがったな! こんな時に投擲の才能使ってんじゃねぇ馬鹿野郎!」
突如聞こえたアッシュの声に驚いたエレンは咄嗟に全身を湖の中に隠すと同時に、身の危険を本能で感じ取った彼女は足元に沈んでいた石を反射的にアッシュ目掛けて投げていた。
エレンの投擲は見事アッシュに向かっていたが、ギリギリの所で何とかアッシュが防いだようだ。
「あれだけ言って何でこうなる! 馬鹿はどっちだ!」
「っとに、ギャーギャー叫んでうるせぇな。ハナから見る気もねぇし暗くて見えねぇっつうの。
テメェが弱いからこっちだって“見張り”する羽目になってんだよ! 自分の意見を通したいならそれだけの実力を身につけてから言え!」
互いに後ろを向いて言い争う2人。
そもそもこの暗闇の中では、焚火があるアッシュ側からでさえ明かりの届く数メートル先しか確認出来ない。湖は焚火から10数メートル以上は離れている。暗闇にいるエレンがアッシュ達の姿を確認出来てもその逆は無理であった。
それにアッシュの言う事は正論。
今魔物に襲われたらエレンは確実に命を落とすだろう。
最低限1人で自分の身でも守れるのなら、アッシュ達の行動もまた変わっていただろう。
「そ、それは確かにそうだけど……」
「ああ? なんか言ったか?」
湖に浸かるエレン。
たった今言い争っていたにもかかわらず、彼女はふとアッシュに尋ねた。
「君はさ……王都に向かって何をするつもりなの?」
エレンの僅かな動きで湖に波紋が広がる。
「言っただろ、この戦争を終わらせて決着を着ける為さ」
「どうして? また戦争が始まったら騎士団は最前線で戦わないといけないよね。死ぬかもしれないんだよ?」
「構わねぇさ。元からそのつもりだからな――」
アッシュの表情は見えない。
だがその声はとても冷たかった。
そして、エレンはアッシュにそれ以上の事は聞けなかった。
いや、なんとなく聞いてはいけないと思ったのだ。
今はまだ……。
「それよりも、俺も気になる事がある」
徐にそう口にしたアッシュ。その声は数秒前とは違って普段通りだ。
「エレン。この間お前、マナは使えないと言ってたよな」
「え? う、うん……。それが何?」
突拍子もない質問にエレンも思わずきょとんとした様子で答える。
「じゃあ“あの力”は? マナ以外の何かか?」
アッシュがエレンに冗談を言っている素振りは一切ない。
しかしエレンには彼の質問の意図が分からなかった。
「あの力って何の事?」
「投擲以外にお前に才能ねぇだろ。ビッグオークの時も僅かに感じたけどよ、今俺に向かって石投げた時も“出てた”ぞ。マナっぽい独特な輝きみたいなものが」
「え……?」
アッシュにそう言われたエレンであったが、勿論彼女には思い当たる節が1つもなかった。
運良くマナが使えたという訳ではない。
マナは習得が極めて困難な力であるが、マナは1度発生させてしまえばその後のコントロールは難しくないのだ。血の滲む努力で手に入れようが、たまたま運良く手に入れようが、1度マナが発症した者に2度目のマグレは存在しない。
つまり、もしエレンの投擲がマナの力の恩恵によるものならば、エレンはとっくに自分のマナを感じてコントロール出来るマナ使いになっているという事。
だがエレンにはその様子も自覚もない。
それに、人間のマナの効果の基本は“身体能力の強化”。
これによって常人よりも強い身体能力を手に入れられるからこそ、人間は凶暴な魔物とも渡り合えるのだ。
もしエレンがマナ使いであれば、投擲に必要な筋力をマナで補える。しかし、それが“百発百中の精度で命中”するかどうかは話がまるで違う。
エレンの反応を見たアッシュは数秒黙って何かを考えている様子であったが、「自分の事も分からねぇなんてやっぱアホだな」と呆れながら言ったアッシュはそのままエド達の所に戻ってしまったのだった。
「ちょっと、自分で聞いたくせにッ……って本当に行っちゃったよ。どこまでも勝手な人間だなぁ。あんなタイプの奴初めてだよ」
広い湖にブツブツと文句を言ったエレン。
湖から上がった彼女は再び装いを済ませ、焚火の周りで食事をしているアッシュ達の元に向かうのだった――。