俺達は、正門から王都を出発した。

「さて、目撃情報はどの辺かな?ふむ、隣街へ行く街道沿いに座り込んでいる個体か。マズいかもな」

「ええ、そうですねー。手負いの可能性もありますね。手負いのトロールは手強いですから。まあ、目撃者の方は素人ですから仕方ないですね」

「まあ、さっきの手合わせした感じなら問題ないと思うが。2人とも前衛オンリータイプじゃないのに、俺と互角だもんな。こっちがへこむぜ」

「まあ、2人とも師匠が恐ろしかったんでね」

叔父上の修行は、一旦終わりを迎えた。
後は実践で磨けとのこと。
ただ、週に1回はやると。

「ああ、噂に聞く剣聖シグルド殿か。まさか貴殿がその甥っ子だとは……世界は広いようで狭いな」

行きの談笑中に、俺が剣聖シグルドの甥であることは話をしていた。

「ゼノスが出身のトライデントでも、叔父上は有名なのか?」

「ああ、そりゃうちの国も武を重んじる国だからな。強い奴は、それだけで一定の尊敬の念を抱くに値するしな。この国で三連覇したシグルド殿は、遠く離れたうちでも有名だ」

「へーやっぱり、シグルドさんって凄いんですねー。普段は、ただの陽気な飲兵衛ですもんねー」

「ひ、否定ができない・・・叔父上は生活能力もないからなぁ。なんていうか……才能全てを剣に全振りした感じかな」

「まあ、それで剣の国最強になれるなら、安いもんじゃないのか?」

「いや、これが身内だと大変なんだよ。俺は二日酔い解毒要員だし。昔一緒暮らしてた時は、家事も俺がしてたし」

「まあ、そんなもんかね」

俺達は、ほどほどに緊張を保ちながら、そんな話をしていた。

すると、シノブの気配が変わった。

「シノブどうした?」

「悲鳴が聞こえたような……いや聞こえます!」

「シノブ!先行しろ!俺とゼノスもすぐ行く!」「はい!先行します!」

そういうと、亜人特有の身体能力で物凄いスピードで走り出した。

「ゼノス、俺らも行くぞ!」「おうよ!」

俺らも、後を追い走り出す。

「おい、あのシノブってお嬢さん速すぎやしないか!?」

トライデントとエデンは、仲が良いとは言えない。
一瞬迷ったが、こいつなら問題ないかと思った。
何故かわからないが、会った時から親近感というか……初めて会った気がしない。


「シノブは、ああ見えて亜人の血が入ってるからな!」

ゼノスは、全く気にした様子はない。

「なるほど!納得だ!」

俺らは、見えなくなったシノブを追いかける。

そして、ようやくシノブが見えた。

そこには、トロールと既に戦闘しているシノブがいた。

「団長!後ろに怪我人が!お願いします!」

「わかった!ゼノス!シノブの援護を頼む!」

「おうよ!任しとけ!」

俺は馬車が倒れている横で、血を流し倒れている人が2人いるのを確認し、駆け寄る。

俺が近づくと、小さな女の子が泣きながら、縋り付いてくる。

「パパとママが!トロールさんは何もしなきゃ安全だって!でも急に襲ってきたの!パパとママ死んじゃうの!?」

俺は、出来るだけ穏やかな口調で告げる。

「大丈夫だ。お兄さん達は、冒険者だ。もう安心していい。それにこのお兄さんはな、回復魔法の使い手なんだ。今から、君のパパとママを治してあげる」

「ほ、ほんと!?でも馬車が倒れたとき、わたしを庇って血だらけなの!」

「ああ、大丈夫だ。ただそのためには、お兄さんはとても集中しなくてはいけない。だから君には、静かでいい子にしてて欲しいんだ。出来るかな?」

「うん!わかった!いい子にする!だから、パパとママを助けて!」

「ああ!任せろ!」

俺は、戦況を素早く確認する。

「ゼノス!三分ほど1人で抑えられるか!?」

「あ!?大丈夫だ!任せろ!」

「すまんが頼む!シノブ!思ったより重傷なので、フルリカバリーを使う!俺と女の子を頼む!」

シノブが一瞬で側にきる。

「はい!了解です!お嬢ちゃん、今からこのお兄さんがパパとママ助けてくれるからねー」

俺はそれを確認した後、手と手を合わせ集中。

しだいに、後ろの戦闘や雑音などが消えてくる。

俺は、膨大な魔力の渦を手の中で作る。

この魔力コントロールが、回復魔法使いが少ない大きな理由だ。

魔力を放出せずうちに留める。

そして、自分の魔力を生命エネルギーに変換する。

そして手と手と離すと、俺の両手は溢れる生命エネルギーで光っていた。

そして俺は、右手と左手をそれぞれ患者の身体に慎重に触れ、上級回復魔法である完全回復を唱える。

「この者達の傷付いた全てを癒したまえフルリカバリー」

そう唱えると、あちこち傷だらけで血を流していた2人の身体が、綺麗に元の傷のない身体に戻っていく。

俺は、油断して回復過剰にならぬよう慎重に見極める。

そして今!と思ったところで、手を離す。

そして2人の身体に軽く触れ、問題がないことを確認した。

「よし。パパとママは、これでもう大丈夫だ。よく静かでいい子にしてたな、偉いぞ」

「わー!すごいね!あんなに血出てたのに!お兄さんの手がパァーって光って!そしたら傷が消えていって!」

俺は女の子の頭を撫でながら言う。

「そうだろ、そうだろ。お兄さんは凄いんだぞー?じゃあ、次はトロールをどうにかするから、ここでいい子にしててな?」

「うん!わかった!いい子にする!」

「いい子だ。よし、シノブ行くか」

「大丈夫ですか?アレはかなりの消費量なんじゃ……?」

「いや、最近なんだか魔力量が増えたみたいでな。大丈夫そうだ。さすがに、フルリカバリ一はキツイがな。臨時パーティーなのに、1人楽するわけにいかんし」

「わかりました。無理はしないでくださいね?いざとなれば、わたしも奥の手使いますので」

「まあ、使わなくても大丈夫だろ。さあ、行くぞ!」

俺らはゼノスに近づく。

「すまん!待たせた!もう大丈夫だ!一気に行くぞ!へばってないか!?ちゃんと付いて来いよ!?」

「へ、こんくらい余裕よ!おうよ!そっちこそ、俺の槍捌きに見惚れて遅れんじゃねえぞ!?」

「はいはい、2人とも熱いですねー。まあ、ボチボチやりますか」

俺達は、トロールの棍棒による一撃を、最小限で躱しつつカウンターを決めていく。

「ゼノスは腕周りをたのむ!シノブは常に後ろを狙え!俺が足をやる!」

俺は態勢を低くし、下段に剣を構えて、棍棒による攻撃を身体を半身だけずらして躱し、そのまま足に向かって走り出す。

そして、すれ違いざまに斬撃を水平に放つと、トロールの足から血が流れ出す。

「ちぃ!浅かったか!?」

俺はそのまま、トロールの後ろに回る。

するとトロールが、俺を脅威とみなしたのかこちらを向いた。

その隙を、ゼノスが見逃さない!

「はっ!後ろがガラ空きだぜ!」

ゼノスはジャンプをし、背中の心臓あたりを槍で突き刺す。
それは、見事にトロールの腹を貫通した。
そして、ゼノスは槍から手を離し下がる。

俺とシノブも、一度下がり様子を見る。
そしてトロールは、腹と足から大量の血を流しながらゆっくりと倒れた。
俺達は油断せずに、そのまましばらく待った。

「よし、仕留めたな。もう大丈夫だろ。いや、ゼノス助かった。良い突きだったな」

「いやいや、貴殿が足を切ったからだろう。シノブ殿も、常に背後を取る技量、見事だったしな」

「へへー、ありがとです。うん、初めての即席パーティーとしては、良かったんじゃないですか?」

「そうだな。良いコンビネーションだったと思う」

俺達が、そんな会話をしていると後ろから声がした。

「お兄ちゃん!パパとママがピクッて動いたよ!うわーん!よかったよー!」

血に誘われて他の魔物が来るとも限らないので、ゼノスを残し、俺達はすぐに駆け寄る。

すると、2人が目を覚ました。

「ここは?確かトロールが……はっ!コリンは!?コリンはどこ!?」

俺がお嬢さんならあちらにというと、コリンという子が走ってきて、両親に抱きついて号泣する。

俺達は、それを温かく見守って、落ち着くのを待った。

そして、2人に事情を説明した。

「そうですか……道理であんなに痛くて意識も保てなかったのに、今は痛くもなんともないわけですね」

2人は暗い表情だ。

「どうしたのー?お兄ちゃんがね!こう手がピカーって光って、パパとママを治してくれたんだよ!あのねーパパとママいつも言ってるよ!何かしてもらったら、ありがとうって言いなさいって!」

「……そうでした、すみません。この度は、娘共々助けていただき、ありがとうございました。命を助けてもらったに申し訳ないのですが、上級神聖術に対するお布施のほうが、私達には払えるものでは……もちろん、私達に出来ることでしたらなんでも致します」

「いえ、俺は教会の人間ではないのでお気になさらずに。それより、良い教育をしていらっしゃいますね。俺も何かしてもらったらありがとう、とても素敵だと思いますよ」

すると、2人は固まってしまった。

「あなた、今お布施がいらないって聞こえたような……」「いや私にもそう聞こえたような……」

俺は、まあそうなるだろうとは思っていた。
何故なら、重傷者を治すような上級回復魔法は貴重だ。
教会に頼むと、平民の3人家族が、五年は普通に暮らせるほどのお布施がいるからだ。

「お2人とも!はい!もう一回言うので聞いて!俺は教会の人間じゃない!お布施はいらない!みんな無事ならそれで万事解決!」

2人はしばらく呆然としていたが、状況を把握し、土下座をしてきた。

「ありがとうございます!ありがとうございます!」

「はいはい、子供の前で土下座しない。コリンちゃんが、困っていますよ?」

「パパとママはどうしたのー?」

「助けてもらった、御礼をしていたのよ。ほんとなら、身包み剥がされても文句もいえないのに、この方は無償でいいって」

コリンちゃんは???という表情だ。

「よくわからないけど、お兄ちゃんがいい人ってことー?うん!それならわかるよ!お兄ちゃんありがとう!」

「ああ、どういたしまして。さて、あまりここにいても危険なので、そろそろ、町に向かいましょう。荷物は申し訳ないのですが、置いていくことになりますが……」

「いえ、娘と妻と自分がいればそれで良いです。行きましょう」

俺はゼノスの方へ行くと、そこにはトロールの解体を終えたゼノスがいた。

「お、話し合いは済んだか。こっちも解体終わっていらんところは林に投げて、討伐部位の頭と美味い部分だけとっといたぜ」

「すまんな、任せっきりで。助かったよ」

「なに、適材適所ってやつさ。もう行けるのか?」

「ああ、じゃあトロールは任せた。彼等には刺激強いから少し先行するな」

「おうよ。任しとけ」

「トロールは、ゼノスが持っていく。彼等には刺激が強いので、俺が先行して王都まで送る。おまえは中間あたりで、警戒を頼む」

「はいはい、わかりましたー」

俺は、家族に説明をした。
そして、眠ってしまったコリンちゃんを抱っこし、一緒に歩き出した。

「そういえば、名乗るのが遅れてすみません。私の名はバース、家内はリースと言います」

「ああ、こちらこそ遅れましたね。冒険者ランク4級のユウマです」

「そんなお若いのに、4級ですか!道理で、お強い訳ですね」

「はは、ありがとうございます。まあ、まだまだ未熟ですが」

「私達は運が悪かったけど、こんな方々に助けて頂き、運が良かったですね」

「ああ、その通りだな。まさか……無償で回復魔法を使っていただけるとは」

「ああ、そのことなんですが……教会連中に突っ込まれるとアレなんで、お2人とも元々大した怪我はしていないと言うことでお願いします。お互いのためにも」

2人は顔を見合わせた。

「ええ、そうですね。わかりました。では黙っておきます」

そこからは何事もなく、王都へたどり着いた。

シノブとゼノスも到着をし、目を覚ましたコリンちゃんとともに、散々お礼を言われたあと、衛兵に3人を預けて、俺達は冒険者ギルドへ向かった。


ふぅ、とりあえず無事に終わったな。