おかえり、意外と早く帰ってきたじゃない。
どう、「命の恩人」の話、聞けた?
ね、本当だったでしょう?
あら、別に意地悪した訳じゃないわよ。
貴方が私の話を信じないから、「そんなに嘘だと思うなら聞いて回ってみなさい、きっと助けられたって人がいるから」って、私は言っただけ。
行くならって渡した路銀だって、私のへそくりだったんだから、行きたくなかったなら貴方の好きなものを買うなり、貯金するなりできたはずじゃない。
やっぱり意地悪だって?
誰に似たのかしら、やっぱり恩人には似るものなのかしら?あの人には「私なんかに似ないでくれ」って言ってたけど、やっぱり嬉しいわね。
えぇ、悪戯好きで、可愛らしい、でも凛とした人だったわ。
あぁ、お墓参り、行ってきたの?
ありがとう、何か言っていた?あら、聞こえる訳がないわけないじゃない。
私はね、一度だけ聞いたことが、というか、逢ったことがあるわ。戦争が起こって、沢山の人が亡くなって、どうして私は生きてるのかしらって、生きている意味が分からなくなってしまったの。
そんな時に一度、貴方を連れて、あの人たちのお墓参りに行ったでしょう、覚えてる?その時にね、あの白縹の羽織がふっと現れて、私をぎゅっと抱きしめて、「生きろ」って、言ってくれたの。
そうね、幻だったかもしれない。
私の願いが生んだ、妄想だったかもしれない。
でも、あぁ、生きようって思えたの。
凄いことだと思わない?
根拠なんてないし、私の妄想かもしれないし、今の苦しい状況が何一つ好転した訳じゃない。
でも、とにかく「生きよう」って思えるほど、あの人は私に力をくれたの。
元々多くを語る人ではないし、私はあの人の一割も知らないのだと思うわ。
ただ30年経った今も、私の心の中に確かにあの人は居て、私が生きて、貴方たちを守る、それをずっと見守っていて欲しいと私が願うほど、真っ直ぐで、優しくて、強い人だった。
大分1人語りをしてしまったような気もするけれど、貴方、最後の取材が残っているんじゃなくて?

ほら、いま貴方の目の前にいる、貴方の母親が狐のお面を被った少女に助けられた話。貴方もきっと聞いたのでしょう?

さぁ、30年前に出会って、私の人生を変えた人。
孤独な永遠の少女の話を致しましょう。