こんにちは、お待ちしておりましたよ。
30年以上も前の元同僚から手紙が届いた時には驚いたけど、あの2人のお話を聞きたいということでいらっしゃったんですよね?えぇ、幸い頭はまだしっかりしているので、早速ですが私の恩人たちのお話をしましょうか。

私があの2人の存在を知ったのは、最終決戦の直前でした。あぁ、最終決戦と言っても、その後も残党狩りがしばらく続いていたので、本当の最終にはなっていなかったのですが。ただ、そこで組織の総力をあげて妖の始祖を倒して、妖は大幅に弱体化しました。気合いと根性と確かな戦闘力と、何より絶対に奴らを倒すという強い強い意志が、組織全員にあってこそだったと思います。

話が逸れてしまいましたね。
どこから話しましょうか。
最終決戦の話を?承知いたしました。
あれは、えぇと、31年前の冬のことでしたね。
たたかいの準備が整ったので、妖の始祖がいると伝えられている山に組織全員で入り、最終決戦の火蓋が切られました。
戦況ですか?そうですね、十分過ぎるほどの準備をしていましたが、「力不足」と言わざるを得ない状況だったと思います。
人員が協力しあい支え合い、自分がもう動けなくなると判断した者は自ら捨て身の攻撃を仕掛ける。絶対に見たくなかった光景ですが、私たちには私たちの仕事があります。怪我をした人員の応急処置を行い、戦闘不能と判断した人員は離脱させます。
私たちが怪我人の処置をしている間も、すぐそこで戦闘は繰り広げられています。時折妖の攻撃が此方に飛んでくることもあって、文字通り「生きた心地がしない」状況でした。
あれは、決戦の最終局面だったでしょうか。例の2人組と、少女のオオカミ2〜3頭、そしてもう何人かの組織の人間が、最後の力を振り絞って戦っていました。
他のオオカミですか?
最初は7頭で戦っていたんですが、妖に大怪我を負わされて次々に倒れていきました。決戦後に訊いたら、7頭のうち、4頭が妖に殺されてしまったようです。

えぇと、最終局面の話でしたね。
あの2人組には運も味方したようで、大怪我をしながらもなんとか動けていました。ただ、出血が多すぎたのでしょう、少年が妖からほんの15米ほどしか離れていない所でふらふらと倒れてしまったんです。
それを見て、絶望感で目の前が暗くなったのを憶えています。
その瞬間の、少女の行動は速かったです。少年と妖の間に飛び込んで、妖の攻撃をいなして、妖に強力な一撃を入れてから、私たちの方をちらりと見やりました。
少女の視線に気づいて、私が少年の処置をしようと、其方に近づいて手を伸ばした時でした。妖の最期の抵抗だったのでしょう、見たこともないような衝撃波で目の前が真っ白になりました。
それから暫く、私は気を失っていたようです。

目を覚ますと、見慣れた天井が目に入りました。組織の人間が討伐前後に待機、治療をする施設で、私も治療を受けていたそうです。
衝撃波の元となった妖から20米ぐらいしか離れていない場所に居たのに、私は不思議なことに軽傷でした。
何故かを同僚に聞いても、理由は謎のままでした。ただし、決戦後に1ヶ月意識が戻らなかった、あの2人を見るまでは。
少年は全身大怪我でしたが、特に左腕の怪我が重く、意識不明。
少女も全身に大怪我を負い、右足の膝から下を失って意識不明。
2人の怪我の状態を見て、私が軽傷だった理由が分かりました。
きっと衝撃波が私たちのところに到達する直前、少年が私を庇い、私たちの中で一番妖に近かった少女が、できる限り妖から離れながら私と少年を突き飛ばしたのでしょう。
そのことに気づいてから2人が目覚めるまで、私は罪悪感に苛まれ続けました。
私があの頃合いで飛び出していかなければ、あの衝撃波にもっと早く気づいていれば。各々が素早く逃げることだってできた筈です。このまま2人の目が覚めなかったら、私はまるで2人を殺して生き続けるようなものではないかと、そう思っていました。

私の傷が癒え、看護活動に復帰してから2週間程経った頃でした。少女が眠っている寝台の横に、少女の3頭のオオカミたちが桃の花を咥えて座っていたんです。そのまま放っておいても良かったのですが、妙に気になったので花瓶を出してきて、彼らが咥えていた桃の花を生けていた時です。
横から微かな呻き声が聞こえて、私は危うく花瓶を落としてしまいそうになりました。
隣を見ると、少女が此方に目を向けて、掠れた声で今いる場所と時間、そして少年の居場所を尋ねてきました。私が早鐘のように打つ心臓を宥めながら、場所と時間、少年が隣の寝台で眠っていることを伝えると、少女は隣の少年の姿を見て、ほっとしたように表情を緩ませていました。
それを見て、嗚呼、やっぱりこの2人は互いに唯一無二の存在なのだと思ったのを憶えています。
その一週間後には、少女は動けるようになっていて、少年も目を覚ましました。
あまりにも少女の回復速度が早いので、私含め、看護要員は全員感心を通り越して怯えていましたよ。

2人が目覚めて、怪我の状態も落ち着いた頃、私はずっと気になっていたことを2人に尋ねてみることにしました。
「何故、決戦の時に私を庇ったのですか?」
他にも看護要員は沢山いますし、私は際立って優秀なわけでも、勿論戦いで役に立つわけでもない。
見捨ててもおかしくないのに、どうして自分の身を削ってまで、と。
私が見るからに心底疑問だという顔をしていたのが愉快だったのでしょうか、2人は顔を見合わせて、少し笑って、胸を張って答えてくれました。
「理由なんてある訳がない」
と。驚きましたよ、この答えには。
私のぽかんとした顔を見て、少女がにっこりと笑って続けてくれました。
「戦闘要員だから、優秀だから、助けたいと思う訳ではありません。理由なんて考える前に身体が動くんですよ。目の前で、誰も、死なせたくないから。自己中心的で、自己満足だけど、個人的にこの理由が一番しっくりきます」
清々しい答えに、目の前が明るくなったように思えて、頬に熱い雫が伝うのを感じました。
私は2人の目を見て、深々と頭を下げました。
「助けて頂いて、本当にありがとうございます」
「此方こそ。生きていて頂いて、ありがとうございます」
2人もにっこりと笑って、深く頭を下げていました。

私はその後もしばらく待機所の看護要員として働きましたが、最終決戦から一年と2ヶ月ぐらい経った頃、残党狩り完了の連絡が来て、組織が解体、私も職を辞しました。あれからもう30年以上経ったんですね。
少女と少年の現在ですか?
残念ながら、私は存じ上げないんです。
あぁでも、最終決戦の時に少女の顔に傷が残ってしまって、すれ違った人に怖がられてしまうので、狐のお面を被るようになっていたのを覚えていますよ。えぇ、白い狐のお面です。きゅっと持ち上がった口角と額に紅が入っていて、鮮やかな藍色の(ひげ)が描かれた、綺麗で柔らかい印象のお面でした。
狐の面を被った少女と、裏葉色の羽織の少年。
かなり目立つ佇まいですから、もしかすると見た人がいるかもしれませんね。