へぇ、貴方は妖のことを調べてまわっているんですね。報道関連のお仕事の方ですか?完全に、1人で?それはまた、大変でしょう。私の昔話なんかで良いのであれば、喜んでお話しいたしましょう。
妖を狩る人たちを見たことがあるか?
30...いえ、31年前でしょうか、そんな人たちを見ましたよ。あの日の出来事は、忘れたことはありません。
貴方、お幾つでいらっしゃるの?18歳?では、昔は妖がいたのよ、なんて言っても、御伽話に聞こえるかもしれませんわね。
私が出会った狩り人は3人組で、大きな犬を沢山連れていて。おかしな集団と出会ってしまったと思ったのを覚えています。
どんな人たちだったか、ですか?
そうですね、実名をお教えすることは出来かねますが、男性が1人、女性が2人。と言っても、まだ10代だったんじゃないかな、小さくはなかったけど、子供だな、っていう印象。だから余計におかしな集団に見えたんでしょうね。子供なのに、明らかに武器が入ってる細長い袋背負って、自分の身長と変わらないような大きさの犬を連れて、見た目と不釣り合いな勇ましい表情して。
だから、まさかその集団に、自分が命を救われるなんて思ってもいませんでした。


あれは、いつものように町まで買い物に行った日でしたね。八百屋さんに行ったら、前述の3人組が八百屋の主人と言い合いをしていたんです。
話を聞くと、この辺りで最近人が行方不明になる場所はないかって。もう少し聞き方ってものがあるだろうと呆れたのを覚えています。
八百屋の主人は、お客さんと話すことも多いからか心当たりがある風だったけど、「こんな見ず知らずの子供らに」といった感じで一向に話さない。
すると白縹の羽織を着た女の子が、
「分かりました、ありがとうございます」
って。何が分かったのやら。
八百屋の主人も、
「何だったんだあの餓鬼共」
って不思議そうにしてました。餓鬼って歳でもないでしょうと思ったけど黙っていたのは内緒です。

八百屋さんと魚屋さんに行った後の帰り道でした。
細い路地に真っ白な猫がいたんです。
普段は猫なんていても素通りするんですが、あまりにも綺麗だったから、近づいてしまったんです。
それからのことは、あまりよく憶えていません。
ただ、白い猫の姿が突然煙のように消えて、後ろから冷たくて柔らかい何かに鼻と口を塞がれて。
まるで水の中にいるみたいに息ができなくなって、私はふっと気を失いました。

どのくらい経ったのか、分かりません。
でも、私はまだこうして生きているので、私が気を失って比較的すぐだったのだと思います。
急に私を拘束していた何かが急にいなくなって、人の声と獣の唸り声がぼんやりと聞こえました。
「大丈夫ですか?」
目を開けると、霞んだ視界の中で、刀を持った薄桜の羽織を着た女の子が私の顔を心配そうに覗き込んでいました。起き上がろうとしたけど、声を出そうとしたけど、身体が鉛のように重くて、咳き込むせいで声が出せなくて、ただ薄桜の羽織を着た女の子と大きな犬の姿を、まるで夢でも見ているような感覚で眺めていたと思います。
ふわふわと夢の中を泳いでいるような感覚を憶えていた私を現実に引き戻したのは、薄桜の羽織の女の子の後ろに化け物の––––後から妖であると知りましたが––––影が迫っていることに気がついた時でした。薄桜の羽織の女の子もそれに気づいたようでしたが、何故か全く慌てることなく、むしろ口元には不敵な笑みを浮かべて、ちらりと妖に目をやりました。
「残念」
薄桜の羽織の女の子がそう呟いた瞬間、大きな金属音が響いて、白縹の羽織の女の子と、裏葉色の羽織の男の子が飛び込んで来たのです。妖は真っ二つに斬られていました。それぞれ刀と薙刀を握った彼女たちが、先程八百屋の主人と言い争っていた3人組であることに、その時気が付いたんです。彼女たちが妖に向き直ると、大きな2頭の犬たちが、私を守るように私の前に立ち塞がりました。彼らの、透き通るような蒲公英色と天色の瞳が、今でも印象に残っていますよ。
薄桜の羽織の女の子が、妖に向かってにやりと笑います。
「今回は相手が悪かったね、その2人は強いよ」
「お前もかなり強いだろ」
裏葉色の羽織を着た男の子がそう言ったのを聞いて、薄桜の羽織の女の子は嬉しそうに笑っていました。
まるで地面に落ちた魚のように、びちびちと音を立てて踠く妖に、なんの躊躇いもなく薄桜の羽織の女の子が刀を突き立て、踏み潰して粉砕してしまったのには驚きました。
「そうだね、普通は妖を足で踏んづけようとは思わないよ」
霧のように形を崩して消えた妖を見届けてから、白縹の羽織を着た女の子が少し呆れたように言います。
「だって、踏んづけたら痛いでしょ?命を玩具みたいに扱う奴には、せめてそのぐらいの痛みは感じて死んでもらわないと」
薄桜の羽織の女の子が真っ黒な瞳をしてそう言ったのを聞いて、私は心底驚いてしまいました。
「はいはい、止め止め。そちらの方が吃驚してるよ」
裏葉色の羽織の男の子が窘めるように言い、少し困ったように笑って私を見ます。
「お怪我はありませんか?」
白縹の羽織の女の子が私の前にふわりと音を立てずにしゃがみ込み、私の顔を覗き込むようにして尋ねました。その仕草は、薄桜の羽織の女の子に少し似たものがありました。
大丈夫です、と答えたものの、死ぬかもしれなかった恐怖がその時になって襲ってきて、身体の震えが止まらなかったのを覚えています。
「もう大丈夫ですよ、先ほどの化け物は倒しましたので、ご安心ください。念の為、これからは1人で暗いところなんかに近づかないようにしてくださいね」
裏葉色の羽織の男の子が人懐っこい笑みを浮かべるのを見て、嗚呼、やっぱり子供なんだなと思いました。羽織を靡かせて妖と戦っている後ろ姿も、数え切れないほど武器を握ったであろうその手も、頼もしくはあったけど、痛々しいまでの違和感を醸し出していたんです。「まだ子供なのに」っていう思いが根底にあったんですかね。
「それでは、討伐も終わったことですし私たちはこれで」
薄桜の羽織の女の子が明るく笑って、3人が私に背中を向けます。その背中に、私は思わず訊いてしまいました。「貴方がたは、一体」と。
白縹の羽織の女の子が、悲しそうな笑みを浮かべて言った言葉を、私は忘れることができません。
「復讐に囚われた、愚かな集団ですよ。奴らが現れたところには、どこであろうと駆け付けます」
そう言って彼女たちは笑いました。でもその目には、見たことがないくらい悲しい光が宿っていました。
「それでは、お気をつけて。もう二度と出会わないことを、心の底から願っていますよ」
カラン、と音がして、3人の姿は忽然と消えていました。
彼女たちと一緒に、町の人が失踪する騒ぎも忽然と消えてしまいました。
不思議なものだと、町のみなさんは首を傾げていましたよ。まぁ、3ヶ月もあればみんな忘れてしまって、話題にも上がらなくなっていましたが。

でも、今日、貴方が話を聞きに来て下さったこともきっと何かの縁でしょう。
もしもあの3人組に会うことがあったら、よろしくお伝えくださいね。