私はエリゼ。
結構な長生きをしていて、自分がいくつかはわからない。
幼い頃に、現辺境伯ヨゼフの母親に拾われたので、相当な歳ではある。
詳しくは聞くなよ？殺されたくないならな。
そもそも、女性に年齢を聞くものではない。
さて……私には昔の記憶がない。
ある時、魔の森の近くで倒れていたらしい。
そこをヨゼフの母である、若き日のマイラ様に拾われたのだ。
まだ結婚もしておらず、15歳の少女であった。
性格はお転婆だが、とても心優しい方だった。
不思議と、すぐに懐いてしまったのを覚えている。
ちなみに、それ以外の人には懐かなかったらしい。
だから、マイラ様が特別な存在なのだろうと思っていた。
《《あの日が来るまでは》》……。
私がマイラ様に拾われてから、長い月日が流れた。
マイラ様は50歳になり、私は20前後の見た目で止まっていた。
そんな気味の悪い私を、マイラ様はずっと可愛がってくださった。
もちろん、家の者の一部には怖がられていた。
幼い頃から泣きもしないし、笑いもしない。
まるで、感情のない人形みたいだと。
伝説の吸血鬼じゃないかとか、魔物が人間に化けているんじゃないかとか。
もちろん血など吸わないし、化けてもいない。
……ただ、普通の人とは違うことだけは自覚している。
老けないし、身体能力は他を凌駕し、絶大な魔力までもある。
正直気分は良くないが、怖がるのも無理はない。
だが、そんな私をマイラ様は庇ってくれた。
この子が今まで何か悪いことをした？
それどころか、凶暴な魔物を倒してくれているわ。
そのおかげで、貴方の夫や息子は生きているのよ？
感謝するならまだしも、そんなことを言ってはいけないわ。
私は嬉しかった！
元々懐いてはいたが、この方に心酔していった。
この方のために生きようと、この時に決めたのだと思う。
そんなある日、マイラ様以外に感情が動かされた日がきた。
マイラ様の息子であるヨゼフの子、つまりカグヤお嬢様が産まれたのだ。
私はそのお姿を見た瞬間を、生涯忘れることはないだろう。
身体全体に、電気が流れたような感覚が襲ってきた。
同時に、愛しさが込み上げてきた。
だが、疑問もある。
何故、そう思う？
マイラ様の子供達には、何も感じなかった。
もちろん、一応マイラ様の子供なので、嫌いではない。
だが、カグヤお嬢様だけが、私の感情を動かしたのだ。
その後、私はカグヤお嬢様のお世話係に命じられた。
反対する者もいたが、マイラ様が黙らせていった。
そして時が経ち、少し疑問が解けた気がした。
おそらく、カグヤお嬢様はマイラ様に似ているのだろう。
育つにつれて、言動や見た目が似てきたのだ。
お転婆で心優しいところなど、本当にそっくりである。
もしかしたら、産まれた時に気づいたのかもしれない。
ひとまず、疑問は置いておくことにした。
とりあえず、カグヤお嬢様は可愛い。
それだけは確かなことだった。
……そして、いよいよあの日がやってくる。
ずっと考えまいとしていた時が……。
「マイラ様……！」
「エリゼ……可愛い私の娘……娘のいない私には、貴女が神様がくれた贈り物だと思うわ。やっぱり、女の子も欲しかったもの……私がいなくなっても……ダメね……忘れてちょうだい……」
「いえ！私はここに残ります！貴女が愛したこの地に！そしてこの命ある限り、守り続けていきます！」
「……ありがとう……この地を守り続けろという、我が一族の使命に貴女を巻き込んでしまって……ヨゼフは優しく人の意見を聞ける子だけど、武力も知力も人並み以上にはなれないでしょう……貴女がいれば安心だわ……」
「長男マーカスは、病により死んでしまいましたからね……ヨゼフには荷が重そうです。仕方ない、私が手助けをしましょう。何より、カグヤお嬢様がいますし」
「フフ……カグヤは私に似ましたからね。では、あの子を呼んでくれる？」
「ええ、了解です」
私は涙一つ見せずに、その場を離れる。
私は泣いたことがない。
悲しいや嬉しいという感情はあるが、今まで経験はなかった。
だが……。
「あれ？エリゼー？泣いてるのー？」
まだ幼く、死というものを知らないカグヤお嬢様は、私にそんなことを言った。
泣いている……？私が……？
頬に触れると、冷たいモノが流れている……。
そうか……私は泣けたのだな……バケモノではなかったのだな。
マイラ様……私にお任せください。
こんな見ず知らずの者を愛してくれた貴女に恩を返すため、この地に生涯を捧げましょう。
そして、何故がとても惹かれるカグヤお嬢様をお守りいたします。
……ついでに、ヨゼフの面倒も見てあげますね。
「い！……おい！エリゼ！」
「ん……？うるさいですね……ヨゼフですか。何ですか？」
「いや、お主が泣いておるから……」
「……ほんとですね。マイラ様の夢を見たからですね……死ぬ前の……」
「そうか……もう、10年も経つか。お主には感謝している。肩身が狭いだろうに、ここにとどまってくれていることを……ワシが頼りないばかりに……」
「フン、何を今更。貴方が頼りないのは、とっくに知っています。それと、お礼を言われる筋合いはないです。私は、私の意思によりここにいます。マイラ様の最後の頼みでしたから……」
「……ほんとは、カグヤの側に行きたかったのだろう？」
「そうですね。貴方達だけで、ムーンライト家の使命でもある、魔の森から出る魔物を倒せるなら、私はそうしていたかもしれないです」
「ん？かもなのか？」
「ええ……クロウがいますから。アレになら、カグヤお嬢様を任せられます。奴が幼い頃にそれを確信した私は、徹底的に扱きましたからね。いつか、カグヤお嬢様を守れるように。実際、アレの強さは異常です。当時手加減したとはいえ、私の攻撃を避け、反撃をしましたからね。さすがは、《《あの血を引いているだけはあります》》。クロウは見た目といい、血を濃く継いでそうですね。あの人は、この私が初めて負けた相手ですから」
「……そうだな。あやつなら、カグヤを守ってくれるだろう。どんな理不尽なことからも」
「クロウに言わなくて良かったんです？」
「知ったところで混乱するだけじゃ。いくらクロウとはいえ、カグヤのことで余裕はなかろう。それに、大分昔の話だ。よほどクロウが目立つとかではないなら、誰も気づくまい」
「まあ、それもそうですね。ただ、クロウが目立たないとか無理でしょうけど。一応、お嬢様には紙をお渡ししました。いざという時は、それをクロウに渡せと。ところで……使命って何なんでしょうね？」
「わからん……長き時により、失われてしまったからのう。我が家は、古くは古代文明からあるらしい。仕える国を変え、今日まで永らえてきた。伝わっているのは……血を絶やすことなかれ、魔の森から人々を守りたまえ、いつかきたるその日まで……じゃったか」
「まあ、私が守ってあげますよ。頼りない貴方に変わって」
「むう……不甲斐ない……」
「別に良いんじゃないかと。貴方は人柄だけは良いですから。領民に好かれていますし、部下に任せられる器量もあります」
「な、なんじゃ！？急に！？」
「マイラ様が言っていました。貴方に足りないのは、武力と知力だけと。ならば、私がそれを補いましょう」
「そうか……母上が」
……マイラ様、私は死ぬまでここにいます。
クロウ……ここを離れられない私に変わり、カグヤお嬢様を頼むぞ。
そのために、お前をいじめ抜いたのだから。
もし……カグヤお嬢様を泣かせたら……わかっているな？
結構な長生きをしていて、自分がいくつかはわからない。
幼い頃に、現辺境伯ヨゼフの母親に拾われたので、相当な歳ではある。
詳しくは聞くなよ？殺されたくないならな。
そもそも、女性に年齢を聞くものではない。
さて……私には昔の記憶がない。
ある時、魔の森の近くで倒れていたらしい。
そこをヨゼフの母である、若き日のマイラ様に拾われたのだ。
まだ結婚もしておらず、15歳の少女であった。
性格はお転婆だが、とても心優しい方だった。
不思議と、すぐに懐いてしまったのを覚えている。
ちなみに、それ以外の人には懐かなかったらしい。
だから、マイラ様が特別な存在なのだろうと思っていた。
《《あの日が来るまでは》》……。
私がマイラ様に拾われてから、長い月日が流れた。
マイラ様は50歳になり、私は20前後の見た目で止まっていた。
そんな気味の悪い私を、マイラ様はずっと可愛がってくださった。
もちろん、家の者の一部には怖がられていた。
幼い頃から泣きもしないし、笑いもしない。
まるで、感情のない人形みたいだと。
伝説の吸血鬼じゃないかとか、魔物が人間に化けているんじゃないかとか。
もちろん血など吸わないし、化けてもいない。
……ただ、普通の人とは違うことだけは自覚している。
老けないし、身体能力は他を凌駕し、絶大な魔力までもある。
正直気分は良くないが、怖がるのも無理はない。
だが、そんな私をマイラ様は庇ってくれた。
この子が今まで何か悪いことをした？
それどころか、凶暴な魔物を倒してくれているわ。
そのおかげで、貴方の夫や息子は生きているのよ？
感謝するならまだしも、そんなことを言ってはいけないわ。
私は嬉しかった！
元々懐いてはいたが、この方に心酔していった。
この方のために生きようと、この時に決めたのだと思う。
そんなある日、マイラ様以外に感情が動かされた日がきた。
マイラ様の息子であるヨゼフの子、つまりカグヤお嬢様が産まれたのだ。
私はそのお姿を見た瞬間を、生涯忘れることはないだろう。
身体全体に、電気が流れたような感覚が襲ってきた。
同時に、愛しさが込み上げてきた。
だが、疑問もある。
何故、そう思う？
マイラ様の子供達には、何も感じなかった。
もちろん、一応マイラ様の子供なので、嫌いではない。
だが、カグヤお嬢様だけが、私の感情を動かしたのだ。
その後、私はカグヤお嬢様のお世話係に命じられた。
反対する者もいたが、マイラ様が黙らせていった。
そして時が経ち、少し疑問が解けた気がした。
おそらく、カグヤお嬢様はマイラ様に似ているのだろう。
育つにつれて、言動や見た目が似てきたのだ。
お転婆で心優しいところなど、本当にそっくりである。
もしかしたら、産まれた時に気づいたのかもしれない。
ひとまず、疑問は置いておくことにした。
とりあえず、カグヤお嬢様は可愛い。
それだけは確かなことだった。
……そして、いよいよあの日がやってくる。
ずっと考えまいとしていた時が……。
「マイラ様……！」
「エリゼ……可愛い私の娘……娘のいない私には、貴女が神様がくれた贈り物だと思うわ。やっぱり、女の子も欲しかったもの……私がいなくなっても……ダメね……忘れてちょうだい……」
「いえ！私はここに残ります！貴女が愛したこの地に！そしてこの命ある限り、守り続けていきます！」
「……ありがとう……この地を守り続けろという、我が一族の使命に貴女を巻き込んでしまって……ヨゼフは優しく人の意見を聞ける子だけど、武力も知力も人並み以上にはなれないでしょう……貴女がいれば安心だわ……」
「長男マーカスは、病により死んでしまいましたからね……ヨゼフには荷が重そうです。仕方ない、私が手助けをしましょう。何より、カグヤお嬢様がいますし」
「フフ……カグヤは私に似ましたからね。では、あの子を呼んでくれる？」
「ええ、了解です」
私は涙一つ見せずに、その場を離れる。
私は泣いたことがない。
悲しいや嬉しいという感情はあるが、今まで経験はなかった。
だが……。
「あれ？エリゼー？泣いてるのー？」
まだ幼く、死というものを知らないカグヤお嬢様は、私にそんなことを言った。
泣いている……？私が……？
頬に触れると、冷たいモノが流れている……。
そうか……私は泣けたのだな……バケモノではなかったのだな。
マイラ様……私にお任せください。
こんな見ず知らずの者を愛してくれた貴女に恩を返すため、この地に生涯を捧げましょう。
そして、何故がとても惹かれるカグヤお嬢様をお守りいたします。
……ついでに、ヨゼフの面倒も見てあげますね。
「い！……おい！エリゼ！」
「ん……？うるさいですね……ヨゼフですか。何ですか？」
「いや、お主が泣いておるから……」
「……ほんとですね。マイラ様の夢を見たからですね……死ぬ前の……」
「そうか……もう、10年も経つか。お主には感謝している。肩身が狭いだろうに、ここにとどまってくれていることを……ワシが頼りないばかりに……」
「フン、何を今更。貴方が頼りないのは、とっくに知っています。それと、お礼を言われる筋合いはないです。私は、私の意思によりここにいます。マイラ様の最後の頼みでしたから……」
「……ほんとは、カグヤの側に行きたかったのだろう？」
「そうですね。貴方達だけで、ムーンライト家の使命でもある、魔の森から出る魔物を倒せるなら、私はそうしていたかもしれないです」
「ん？かもなのか？」
「ええ……クロウがいますから。アレになら、カグヤお嬢様を任せられます。奴が幼い頃にそれを確信した私は、徹底的に扱きましたからね。いつか、カグヤお嬢様を守れるように。実際、アレの強さは異常です。当時手加減したとはいえ、私の攻撃を避け、反撃をしましたからね。さすがは、《《あの血を引いているだけはあります》》。クロウは見た目といい、血を濃く継いでそうですね。あの人は、この私が初めて負けた相手ですから」
「……そうだな。あやつなら、カグヤを守ってくれるだろう。どんな理不尽なことからも」
「クロウに言わなくて良かったんです？」
「知ったところで混乱するだけじゃ。いくらクロウとはいえ、カグヤのことで余裕はなかろう。それに、大分昔の話だ。よほどクロウが目立つとかではないなら、誰も気づくまい」
「まあ、それもそうですね。ただ、クロウが目立たないとか無理でしょうけど。一応、お嬢様には紙をお渡ししました。いざという時は、それをクロウに渡せと。ところで……使命って何なんでしょうね？」
「わからん……長き時により、失われてしまったからのう。我が家は、古くは古代文明からあるらしい。仕える国を変え、今日まで永らえてきた。伝わっているのは……血を絶やすことなかれ、魔の森から人々を守りたまえ、いつかきたるその日まで……じゃったか」
「まあ、私が守ってあげますよ。頼りない貴方に変わって」
「むう……不甲斐ない……」
「別に良いんじゃないかと。貴方は人柄だけは良いですから。領民に好かれていますし、部下に任せられる器量もあります」
「な、なんじゃ！？急に！？」
「マイラ様が言っていました。貴方に足りないのは、武力と知力だけと。ならば、私がそれを補いましょう」
「そうか……母上が」
……マイラ様、私は死ぬまでここにいます。
クロウ……ここを離れられない私に変わり、カグヤお嬢様を頼むぞ。
そのために、お前をいじめ抜いたのだから。
もし……カグヤお嬢様を泣かせたら……わかっているな？
