その日の朝は、とても平和だった。

 朝から、カグヤがエプロン姿で料理をしてくれ、楽しい食事の時間を過ごした。

 その後庭に出て、ハクと戯れるカグヤを眺めながら、俺は素振りをしていた。

「ハクー!えいっ!」

「グルルー!」

 どうやら、ボール遊びに興じている様子だ。
 投げては拾うを繰り返している。
 なんというか、とても癒される光景である。

 そんな時だった……ある2人が訪ねてきたのは……。





 午前中は、ひたすら稽古に励んだ。
 俺の身体も全快の状態になり、ハクとカグヤの仲も良い感じだ。
 なので、昼食を済ませた俺達は、冒険者ギルドに行こうとしていた。

「よし、行くか」

「うん!」

「グルルー!」

 玄関のドアを開け、出てみると……。

「隊長!!」

「ナイルか……その子がそうか?」

「は、初めまして!兄がお世話になりました!そして、ありがとうございます!」

 そこにはナイルと、俺と同い年くらいの女の子がいた。
 ナイルと同じく、金髪で青い瞳をしている。
 背は高く、170ほどはありそうだ。
 ナイルと同様に、整った容姿をしている。

「隊長!おかげで妹を救いだせました!お約束通りに俺を殺してください!この首を捧げます!」

 ナイルは土下座をしながら、そんなことを言う。

「お兄ちゃん!?わ、私が悪いのです!お兄ちゃんは、貴方のこと敬愛してて……わ、私が代わりに殺されます!」

 ……さて、どうしたものか。

「あー……カグヤ、ハク、悪い。一度、部屋に戻ろう」

「う、うん」

「グルッ!」

「ナイル、立て」

「で、ですが……!」

「いいから。ほら、そこの子も入ってくれ」

「は、はい」

 俺はナイル無理矢理立たせて、部屋の中に引っ張っていく。




 なんとかナイルを落ち着かせ、リビングのソファーに座る。
 俺はカグヤを横に座らせ、2人と対峙する。
 ハクには、カグヤの足元で待機させる。
 ……まだ、万が一があるからな。
 この子が暗殺者でない保証はない。
 俺は、もう油断しない。
 ……俺の心が張り裂けそうになったとしても……。


「さて、まずは良かったな。妹……なんていうんだ?」

「アリスと申します。クロウ様」

「だ、隊長……お、俺は……!」

「とりあえず、説明しろ。何がどうなって、こうなったかを」

「……はい、では……」

 要約すると、こんな感じか。

 俺を皇都に送り出した後、自分もすぐに逃げ出した。
 幸い、俺がほとんど抹殺していたので、それ自体は容易かったようだ。
 その後、唯一の肉親である妹を連れて、俺の助けとなるべく追いかけたと。
 その道中で、俺に暗殺の手が近づいていることを知った。
 それを知らせようとしたところ、妹が捕まりあの状況に陥ったと。

「そうか……」

「隊長を助けるつもりが、足を引っ張り……隊長の大切な方を傷つけ……それどころか、隊長を殺そうと……!お、俺は、自分が許せない!大恩ある貴方を裏切りました……!もはや、命をもって償うしか……!」

「そうだな……俺はお前を、過去の実績により《《信用》》していた。だが、事情がどうであれ……お前は、俺を裏切った。もう二度と、俺がお前を信用することはないだろう」

「そ、そんな!でも、お兄ちゃんは!私がいなければ……!」

「アリス!!いいんだ……隊長の言う通りだ」

「だが、お前から受けた恩を俺は忘れていない。だから殺さない。それに、お前が死んだら妹はどうする?たった2人の兄弟なんだろう?」

「隊長……ですが……!」

「あのね、ナイルさん……クロウがね、楽しそうに話すの。ナイルがな、ナイルの奴がなって……自分はナイルがいなきゃ死んでいたって……俺はあいつに感謝しているって……クロウはね、貴方のこととっても好きなのよ。本当は、貴方のこと許したいの。ただ、私のために我慢しているの。ねっ、クロウ?今だって……手のひらを見せて」

「……ああ」

「隊長……爪が食い込んで血が……そ、そんなにまで思ってくれた貴方を……俺は……!」

「お兄ちゃん……」

「クロウ、あのね……私のことを考えてくれるのは、とっても嬉しいわ。でも、貴方がそれで傷つくのは……ワガママかもしれないけど嫌だわ。本当は、許したいんでしょ?ほら、こんなに血が出て……かの者の傷を癒したまえ、ヒール」

 俺の手を握りながら、カグヤが唱えた。
 俺の身体と心に、温かいモノが流れていく……。

「だが……俺は、カグヤを……もう、二度とあんなことがないように……」

「ありがとう、クロウ。でも、私だってこれから気をつけるわ。それに、そのためのハクでしょ?ねっ、ハク?」

「グルルッ!」

 俺に任せろ!!という気持ちが、パスを通じて流れてくる……。

「もちろん誰にも頼らずに、ここで3人で生活することはできるわ。でも、それじゃ……クロウが潰れてしまうわ。全部を背負って……私は、それが心配……」

 なんだ?……俺は泣いているのか……。

「隊長……」

「ナイル、俺はお前を信用しない」

「クロウ!?」

「カグヤさん!いいのです……隊長の気持ちがわかっただけで、俺は嬉しい気持ちでいっぱいです……隊長!お世話になりました!貴方と共に戦った日々は忘れません!……では、失礼します!」

「待て!」

「え……?」

「……ナイル、お前は《《信用は失ったが、信頼までは失っていない》》」

「そ、それはどういうことですか……?」

「今までの戦場生活での実績により、俺はお前を信用した。故に、俺はお前を疑うこともしたかったが、もうそれはなくなった。だが、俺はお前の人柄や考え方は未だに良いと思っている。だから俺は……《《これからのお前に期待する》》」

「つ、つまり……?」

「もう!回りくどいわよ!」

「イテッ!?叩くなよ!?大事なことだ!」

「ナイルさん、クロウはね……これからもよろしくって言ってるのよ」

「た、隊長……!」

「もう、隊長はやめろ。これからは、クロウとナイル……ただの友達だ」

「ウ、ウゥゥ……!は、はい!!」

「良かったね!お兄ちゃん!」

「エヘヘ!クロウ!良かったね!」

「カグヤ、ありがとう。君がいてくれて、本当に良かった」

「そ、そんなの……私のセリフだわ……」

 ……俺は幸せ者だな。

 俺は天涯孤独の身だ。

 身内は生きているが、アレらは違うだろう。

 それでも、こんなに俺を想ってくれる人がいるのだから……。