1.にわか知識は事故の元
 大学で缶詰になっての研究を終えた蓮見・斗真は久々のソロキャンプに赴いていた。バイト代をはたいて買ったキャンプ道具に囲まれ、大自然の中で料理に舌鼓を打つつもりだ。が、目当ての川魚が一向に釣れず、キノコに手を出してしまい、食中毒に倒れる。

「食材を見極められれば」「ここで死んだらせっかくそろえたキャンプ道具が」錯乱状態の斗真がそんなことを思って意識を失う直前、頭の中に声が響く。

——要請を受諾。スキル『食材鑑定【極】』『キャンプセット』を付与します。

 そして目覚めれば森の中にいた。空に浮かぶ二つの月、地球には存在しない生命体、行き倒れたシスター……異世界だと判断したトーマはとりあえず行き倒れシスターのために料理を始める。『食材鑑定【極】』『キャンプセット』で調理したのは茹でスライム麺の鶏出汁風味だ。

 良い匂いに釣られて目を覚ましたシスターはあっという間にそれを平らげる。美味しいものを頬張り喜色満面に溢れたシスター……リィルは自分が聖女として巡礼の旅に出て行き倒れたことを説明する。十分に人助けをしたのだからここで別れるべきだというロジカルな判断とは裏腹に、自分の料理で幸せそうにとろけるリィルをもっと見たいとも思ったトーマ。

「ここで出会ったのも神の御導きです。しばらくご一緒しませんか?」

 リィルに誘われ、トーマは言葉に詰まる。

「何か目的があって旅をされていたのですか?」
「ああ、いや……そうだな。しいて言うなら、食べたことないものを食べてみたい、かな」

 魔物という未知の食材に惹かれたトーマの耳に、きゅう、とリィルの腹が可愛らしく鳴ったのが聞こえた。

「こ、これは違います! 違うんですよトーマさん!」
「ああ、そうだな……夕飯は何が食べたい?」
「できれば暖かいスープが……って違うんですー!」

二人は美味しいものを求めて旅を始める。


2.ダッチオーブン

 食材鑑定や料理はお手の物だがまったく戦えないトーマに代わり、リィルが魔物を討伐しながら進んでいた。

「えっと、トーマさん? 何で倒した大ネズミを抱えてるんですか?」
「夕飯の材料にしようと思って」
「待ってください! ネズミですよ!? 苔が生えた灰色の体毛を見てください! どう考えても食べられる見た目じゃないです!」
「リィル……大切なのは見た目じゃなくて中身だろ? 神様は信徒を見た目で差別するのか?」
「そ、それはそうですが……ってそうじゃないですよ! 良い話っぽくまとめないでください!」
「大丈夫だ。食べられそうな山菜とか野草もゲットしてあるから」
「山菜とか野草があってもネズミが大丈夫な理由になりませんよ!?」
「まぁ落ち着けって」

 愛用のダッチオーブンとキャンプセットの調味料でスープを作るトーマ。
 複雑な表情をしていたリィルだが、口を付けたトーマの「美味しい」という言葉を信じてスープを口に運ぶ。

「あっ……仄かな甘みと旨味が……!」
「ネズミの脂だな」
「ネズミって言わないで下さいっ!」
「お代わりいるか?」
「………………要ります」

 リィルの常識が全力でブレーキをかけてもトーマの好奇心は一向に止まらない。

「た、食べ過ぎました……苦しいです」
「ネズミの体毛に生えた苔な。整腸剤になるらしいぞ?」
「い、嫌です。絶対に嫌です……!」
「香りも爽やかだし、大丈夫だよ。騙されたと思って」
「本当に騙されてるだけな気が——ムグッ」
「あー、ちょっと酸っぱいな。あと口の中がスースーする」
「……」
「どうしたリィル」
「…………なんかスッキリしました」
「良かったな。あと助けてもらったのに人を睨むもんじゃないぞ?」
「あっ、それは失礼しました……ってそうじゃないです! 乙女の口の中にネズミの苔を放り込むのってどうかと思いますよ!?」
「俺の世界では、緊急事態の医療行為は罪にならないんだ」
「何で良い笑顔なんですかー!?」


3.寒村の御馳走

 とある寒村にたどり着いたトーマたちは、魔物が村で暴れたせいで食糧庫が壊れ、冬を越せないと嘆く村民たちを見つけた。
 とりあえずの治療を行ったリィルは、村民を助けられないかトーマに訊ねる。

 自分たち無しでも生きていけるよう保存食を作ったり食材を探したりする、と動き始めるトーマ。

「ヒトクイウツボットなんてどうするんですか!?」
「アレの消化液……蜜は結構な糖度があるらしい。煮れば酸は飛ぶから、ジャム的な瓶詰が作れるだろ」

「トーマさん、大変です! 折角借りた空き家が火事に!」
「燻製だよ。冷蔵庫なしで肉や魚を保存するのに編み出された技術だ」

「スライムなんて捕まえてどうするんですか!?」
「ここで養殖する――エサは残飯とか雑草で良いし、干して切れば乾麺になるだろ」

 常識にとらわれないトーマのお陰で食料らしきものが出来上がる。
 誰も見たこともない食材と調理法を使っており、食べられる気がしないという問題点が残ったが、トーマはあっさりそれも解決する。

「わ、私が食べて見せるんですか!? コレを!?」
「大丈夫だ。美味いから」
「でもでもでも! これってヒトクイウツボットの蜜煮ですよね!? 食べた瞬間唇が溶けたりとか——」
「大丈夫だ。多分解けないし、どっちにしろ回復魔法は得意だろ?」
「多分ってなんですかー!?」
「多分って確信して断言できるほどじゃないが、経験や論理から導き出された推論ではそうなるだろう、という推量だ」
「トーマさん、頭いいですね……じゃないっ! そういうことを聞いてるんじゃありません!」
「ほら、この後燻製とスライム乾麺が待ってるんだからさっさと食べて」
「お、おざなり……! これでも私、聖女なんですよ!」
「村民が飢えないよう身体を張るなんてご立派です」
「こんな時だけー!!」