『クイナ、夢のスライム祭り』から一夜明け、俺たちは今日も冒険者ギルドに――は行ってない。

 何事も休みというものは必要だ。
 そうでなくともクイナはまだ幼いし、最近は魔力制御の練習をずっと頑張ってたし、『スライムを素手で捕まえる』という目標も達成したし。
 この辺で一端小休止というものが必要だと判断した訳である。

 まぁ実は、それ以外にも「必要に迫られて」という裏の理由があったりはするのだが。


「わーっ! おっきいの!」

 クイナは目の前に聳え立つ十字架を掲げた建物を見上げてそう言った。

 教会。
 そこは神様のお膝元。
 しかも首都の教会だけあって、純白なその建物はかなり立派な大きさだ。

 しかし、中に入ればもっと凄い。
 
 天井や床、壁までも四方全てがほぼ純白で、その間に差し入れられる儀式具の金とカラフルなステンドグラスの色がまた透き通っていて美しい。
 きっと誰もに幻想的で神聖な場所だと思わせる力があるような場所だ。

(もう100年も前に立てられた教会らしいけど……)

 それでもまだ建物の状態は新品同様に保てているのは、どうやら建物全体に保護結界が掛けられているかららしい。

 この規模の保護魔法を使うにはそれなりの魔法的な器量が必要になる。
 誰にも出来る事じゃない。


 人族の功績ならば、他種族国家でありながら代替わりできるくらいの人族の後継に恵まれているという事。
 それはそれで人財の潤沢さを内外に示す事が出来る。

 しかしもし一代でこれを保ってるんだとしたら、それはそれで人族よりも長命な種族を受け入れた他種族国家だからこその力だ。
 国内外に十分誇れる成果だろう――なんて事を考えるのは、やっぱり長年王子なんてものをやってきた事の弊害かなぁ。

 瞬間的にそんな考えが思考を掠め、俺は思わず苦笑してしまう。


 一方クイナは流石に「ここは騒いじゃいけない場所だ」と分かったのだろうか。
 終始落ち着かない様子で辺りを見回してたけど、ちゃんと声は潜めながら「凄いのーっ!」と言ってはしゃいでいる。

 最初はいつもより随分と逆立っている尻尾に一瞬「もしかして怖いのか?」と思ったが、キラッキラしてるその目を見ればすぐに「テンションが上がり過ぎての事なんだろう」と想像がついた。

 っていうか、耳がピコピコしてて忙しない。
 体もウズウズして忙しない。
 俺は思わずそんなクイナに笑いつつ、教会の人に目的地へと案内されながら今日の用事について話す。

「今日はな、クイナ。神様から祝福を受けて『恩恵』を授かるためにここに来たんだ」
「……恩恵、なの?」
「あぁ。満7歳を迎えると子供達はみんな教会に行って、一度祝福という儀式を受けるんだ」
「クイナ、もう8歳なの!」
「うん。でも教会に来たのは今日が初めてだろう?」
「その通りなの!」
「だから今日受けてもらおうと思ってさ。『恩恵』っていうのは、神様がその子の性格や潜在能力に合ったもの授けてくれる。きっとクイナにピッタリの贈り物をしてくれるよ」
「ピッタリな……!」

 そう呟いた彼女はワクワクが止まらないという感じだ。
 楽しそうで何よりである。 

「アルドにも『恩恵』あるの?」

 目をキラキラとさせながら聞いてくる彼女に俺は、思わず「あぁ一応な」
と苦笑した。

 確かに俺は、恩恵を二つ授かっている。
 恩恵は基本的に魔法とは違って常時発動の代物だからもしかしたら知らず知らずの内に何かの助けになっているのかもしれないが、普段はあまり意識するような事も無い。

 だけど王族にとっては違う。
 王族がどんな恩恵を授けられるかというのは、その子の将来の資質を測る大切な物差しの一つになる。
 そして俺が授かったのは、残念ながら王子にはそれほど重要でないスキルだった。

(そのせいで俺を支持していない層からは陰で「残念恩恵」と揶揄されていた……なんて事を今思い出しても何の意味も無い、か)

 俺はもう、そんな世界には縁が無くなったのだ。
 気にする必要ももう無いだろう。

「俺が持っているのは『剣士』と『調停者』。『剣士』は先天性の恩恵で、『調停者』は後天的な恩恵らしいけど」
「先天……?」
「あぁ、恩恵には『生まれながらに持ってる物』と『生まれた後の行いによって得られる物』の二種類があるんだよ」

 そう教えると、彼女は「ほへー」っと納得のような感心したような声を上げる。
 
「日々の努力や生き方でもらえる恩恵が増えたり変化したりする所が俺は好き」

 何だかこの『恩恵』の仕組みを通して神様に「確かに才能は大事だけど、才能だけが全てじゃない」と言ってもらえてるような気がするし、神様が一人一人の善行を見てくれているようにも思える。
 だから俺は『恩恵』というものの存在そのものが好きだった。

 が、クイナが引っかかったのは俺とは違う所のようだ。

「じゃぁアルドも増えてるかも……なの?」
「え? あぁまぁそうだな」
「じゃぁアルドも今日、クイナと一緒に恩恵を授けてもらうのっ?」
「あぁまぁ……そうだなぁ」

 前に受けたのは7歳の時。
 それからはもう11年経っているから、確かに増えてる可能性はある。
 
(最初は特に受けるつもりも無かったけどちょうどいい機会だし、何よりもクイナの期待するような視線が痛いし……)

 恩恵は、きちんとした祝福を受けないと効果を発揮するようにならない。
 そういう意味でも宝の持ち腐れにならない様にもう一度受けておくのは、ある意味一つの手ではある。

「よし、受けよう」
「やったー! お揃いなのー!!」

 一体何が『お揃い』なのかはイマイチ分からないけど、多分一緒に受けられる事を喜んでくれてるんだろうし嬉しそうだからまぁ良いか。

 という訳で、俺はクイナと2人で祝福の儀を受ける事になったのだった。



 自分とクイナ2人分のお布施を支払い祝福の間に入れてもらって神父の到着を待っていると、やがて扉がガチャリと開いた。
 反射的にそちらを見て、ちょっと驚く。

 そこには純白の神父服に身を包んだ、一人のエルフの姿があった。

「きれー、なの……」

 クイナが思わずと言った感じでそう言葉を漏らした気持ちは良く分かる。


 男性エルフだ。
 だけど種族的な中世的容姿がそう思わせるのか、それとも性格が滲み出ての者なのか。
 優し気で美しく、それでいて何物をも寄せ付けないくらいに厳かで神々しい。
 そんな感じだ。

 そんな彼が、低く落ち着いた声で言う。
 
「それではそこで両膝を付き、祈ってください」

 俺が言われた通りの体勢になると、隣のクイナもすぐに俺の真似をする。
 そんな彼女を確認してきちんと出来てるのを見てから、俺はゆっくりと目を瞑った。


 膝をついて両手を胸の前で組み、俺は天に祈りを捧げる。

 祈りというのは邪念を取り払い、ただ一心に神を思うという事だ……と、前に習った事がある。
 子供の頃はその意味も良く分からなくて何となく祈るふりをしてたが、じゃぁソレが理解できる大人になった今その通りの事が出来るのかと言われると、全くそんな事は無い。

 目を瞑ると、むしろ何故か「無心になどなれなる筈も無い」という気持ちにさせられたのだ。
 
 多分それは、そう思うくらいには最近色んな事があったからなのだと思う。


 最初に頭の中に浮かんできたのは、あの国に置いてきたシンと俺が今何の不自由を感じない様に心身共に鍛え上げてくれた師のレングラム。
 その他にも道中で知り合った商人のダンノとメルティー親子、串焼き屋のおじさんや『天使のゆりかご』のマリアとズイード。
 そして何より、隣のクイナ。

 沢山のいい出会いがあった。


 まだ『やりたかった事』も、3つしか叶えられてない。
 けど、逆に言えば僅か11日でもう4つも叶っているという事で、王城に居た時には一生叶わないと思っていた夢が4つも叶ったという事は、少なくとも俺にとっては奇跡に近い事である。

 そのお陰か、あれ以降は毎日が実に短くて濃厚に思えてならない。


 ここまで大して嫌な思いもせずにこれたのは、きっと運が良かったからだ。
 だから今に、最大限の感謝を捧げたい。
 
 そう思いながら、俺は祈った。


 瞑っていても瞼越しに分かるくらいの光が俺とクイナに降り注ぐ。
 それが神からの祝福の証だった。

「――目を開けて結構ですよ」

 そう言われ、俺はゆっくりと瞼を上げる。
 隣を見れば同じように目を開けたクイナが何故か、一仕事終えたかのようなため息を吐いていた。
 思わず笑ってしまったんだけど、キョトンとした顔で見てくるんだから更に微笑ま可笑しい。

 と。

「ロールをご確認ください」

 一枚の紙がそれぞれ俺とクイナの前へと差し出される。
 白く発光するその紙は、神聖魔法で清められた特殊なもの。
 施された祝福の光に反応し、受け取り手の魔力を吸ってスキルを映し出す代物だ……という説明を、一度目の儀式のときに聞いた気がする。


 受け取った紙を見ると、ちょうど光る文字が浮き出初めている所だった。
 読んでみると、前より二つも恩恵が増えている。

――――

 <祝福による恩恵取得>
 ●魔剣士
 ●調停者
 ●破壊者
 ●幸運

――――

 ……否、よく見たら『剣士』が『魔剣士』に変化している。
 確かに恩恵を受けた後、レングラムから魔物を倒すためのスキルとして魔法と剣の併用術を伝授されてる。
 元々『魔剣士』という恩恵はメジャーなのでどんな効果があるのかも何となく分かるし、変化した理由も分かるので感想は「へー」という感じだった。

 が、恩恵が二つも新たに増えているのには驚いた。

「あのー……」
「何でしょう?」
「二度目以降の祝福で前回より複数恩恵が増えるのって、結構ザラにある事ですかね……?」

 気付けばそう聞いていた。
 すると神父は柔和な顔で「うーん」と少し言葉を濁す。

「個人差がある事なので一概には言えませんが、祝福を受けた回数に関わらず、以前の祝福以降にまったく別の道を歩んだ方や厳しい試練を越えた方には、例えば複数の恩恵が増える事が多いようです。まぁ勿論そんな経験をされる方自体、そう多くはありませんが」

 そう言ってちょっと困ったように笑った神父に対し、俺も思わず苦笑しながら「まぁそうですよね」と言葉を返す。

 先程クイナに言った通り、恩恵は『行い』によって増える事がある。
 が、だからと言ってそう簡単に増えるという訳じゃ無い。

「因みに恩恵が与える効果って、どうすれば分かりますかね?」
「更なる鑑定でも知る事は可能ですが、それだと別途お布施が必要になってしまいます。過去に出た事のある恩恵に関しては教会内に安置された『恩恵辞典』に記載がありますので、一度そちらを見てみると良いですよ?」

 その受け答えに、俺は「なるほど」と感心した。
 今まで俺は「教会というのは何かにつけて金をとる守銭奴だ」というイメージを持っていたが、少なくとも目の前の彼はそうじゃないらしい。
 でなければ、こんな良心的な提案はしてくれない事だろう。


 よし、あとで一度読んでみるか。
 そう思っていると彼が「辞典は持ち出し不可ですが、断りさえしていただければ、いつでも何度でも見ていただく事は可能です」と教えてくれた。

 お礼を言えば、慈愛に満ちたような笑顔が向けられて何だかとても眩しく思える。
 
 
 と、その時だ。
 クイナにクイッと上着の裾を引っぱられ、俺はそちらに目を向ける。
 すると困り顔のクイナが俺に紙を渡しながら催促してきた。

「アルドー、何書いてるか分からないのー……」
「あぁそうか、まだ文字の読み方教えてなかったな。えーっとどれどれ……」

 言いながら受け取って、クイナの恩恵に目を通してみる。



――――

 <祝福による恩恵取得の結果は以下の通り>
 ●豊穣
 ●忍耐
 ●直感力

――――
 
 なんとこの歳で3つ持ちだ。

 俺も元々2つ持ちだけど、当初は複数持ちというだけで珍しがられていたものだ。
 まぁ俺の場合は「2つもあるのにどちらも王族にふさわしくない」と一部の貴族達からは更に嘲笑う材料にもされていたんだけど、クイナはそんな俺よりスゴい。

「何だったのー?」
「ん? あぁえーっと、『豊穣』と『忍耐』、それと『直感力』だな」
「『ほうじょう』? 『にんたい』? 『ちょっかんりょく』……?」

 俺の答えに、彼女はコテンと首を傾げる。

「簡単な所からいうと、『忍耐』っていうのは平民には割とメジャーな恩恵だな。我慢強いっていう事で、うーん……例えばだけど、こないだのスライムの件、クイナは頑張って魔力制御を覚えただろ?」
「うん、頑張った!」
「ああいう風に、長い間頑張る事が出来る力がありますよっていう事だ」
「おぉ!」

 おそらく納得したのだろう。
 クイナは自分で「クイナ、凄い!」と自賛している。

「次に『直感力』。これはアレだな。『〇〇な気がする!』みたいなのが良く当たるっていう事だ」

 そう教えてやると、クイナは耳と尻尾をピピンッとさせて「それは分かるの!」と言ってきた。

「え、何が?」
「アルドにクイナ、ビビッと来たもん!」
「俺に? ビビッと?」

 意味が良く分からなくて首を傾げれば、彼女はハッとして口を両手でパシッと塞いだ。

「ひ、秘密なのー……」
「えー……」

 何ソレとっても気になるんだけど。
 そう思うが、クイナはモジモジするばっかりで口を割ってくれそうにない。
 まぁ悪い事じゃなさそうなので、とりあえずは横において残りに一つに取り掛かる。

「えーっとそれで、問題は『豊穣』なんだけど……」

 これについては良く分からない。
 少なくとも俺は知らない恩恵である。

 「後で辞典で確認するか」と思っていると、おそらく神父が俺の内心に気付いたのだろう。
 小さく「あぁ」と声を上げた。

「知らなくても当然です。『豊穣』は、辞書にこそ載っていますけど珍しいスキルですからね。簡単に言えば、『良く採れる』ようになるスキルです」
「良く採れる?」
「例えば元々自生している採集物を見つけるのが上手かったり」

 なるほど。
 だけどソレはメジャー恩恵の『採集』と同じような効果だ。

「この恩恵の特徴は、その上に「育てたものが良く育つ」という効果が上乗せされる事ですね。沢山実が出来るとか、大きな実が出来るとか」
「へぇー、まるで『緑の手』みたいですね」

 その話を聞いて俺が思い出したのは、幼い時にシンが貸してくれた童話である。

 『緑の手』とは、不遇な平民が大成する物語だ。
 
 何も持たなかった少年がある日一つの木の種を貰い一本の木を手塩にかけて育てた所、ある日の夜に夢の中でその木の妖精と名乗る人が現れた。
 夢の中で「いつもお世話をしてくれてありがとう」とお礼を言われた次の日以降その木に大きくて美味しい実が沢山実るようになり、それを困窮していた周りのみんなに分け与えてみんなでお腹を満たした後、余った実を使ってみんなで商いを開始して大金持ちになる。
 たしかそういう話だった。
 
「よくご存じですね。実はその童話にはモデルが居たという話があるのです。もしかしたらその人が、『豊穣』の恩恵持ちだったのかもしれませんね」

 そう言われ、何だか物語の裏話を知ったような気分になって妙にワクワクしてしまった。
 その一方で感心もしている。
 『豊穣』の有用さにもそうだが、そもそも神父がそれを諳んじた事にもだ。

「もしかして神父様、恩恵の内容を全部暗記してるんですか?」
「ここで聞かれる度に私も疑問に思って調べたりして、そうしている内に気が付けば、という感じですね」
「あぁなるほど」

 それでも分からなかった事を後で調べる辺り、彼は知識欲が深いのだろう。
 確かエルフの種族的特性に、そういったものがあったかもしれない。

 が、ここで「あれ?」と首を傾げる。

 ならば何故、先程彼は辞書の話なんてしたんだろう。
 今の感じじゃぁ知識を秘匿したいという感じでもなかったけど。

 そう思えば、彼は思わずと言った感じで苦笑する。

「たとえ立ち合い神官には守秘義務があるとは言っても、恩恵は個人情報ですからね。中には自分が持っている恩恵を、他人に知られたくない方も居るのですよ」
「――あぁ」

 そうだった、一般的に恩恵とはそういう類のものだった。
 特に珍しい恩恵持ちは周りから搾取されたりしやすいからな。

 俺は王太子だったから立場上、国民に自分の恩恵を明かしていた。
 これは自身の恩恵を国民の為に使っている・役に立てているとアピールするための措置で、これが意外と求心力になるらしい。
 そういう背景もあって、俺の中では恩恵はみんなに知られているのが普通の事だったから……。

「用心深い方もいらっしゃいますからね」

 そう言った彼は、「そういう危機意識の著しく高い人は自分で辞書で調べるのだ」と教えてくれた。

 俺としてはどうだろう。
 今の所この神父さんには俺達への配慮と真摯さを感じるし、仕事意識が高そうにも見える。
 今まで培ってきた王太子としての洞察力を総動員した結果として、彼は信用できるんじゃないかと思うけど。

「なぁ、クイナ」
「んー?」

 耳元に口を寄せコショコショと話をすると、クイナは一もニもなく頷いた。

「大丈夫なの!」
「そ、良かった」

 俺がクイナに聞いたのは、「この神父さん、約束破ったりするように見える?」というものだ。
 もしかしたら「こんな小さな子に何を聞いてるんだ」と思うかもしれないが、彼女が得ている恩恵『直感力』に頼った形だ。
 嫌な感じがしたらおそらく、何かしらを感じるだろう。

 
 俺とクイナ、2人の意見をすり合わせ、俺は彼に頼る事にする。

「じゃぁあの、俺が貰った恩恵についてもお聞きしても?」
「えぇもちろん構いませんよ?」
 
 俺の問いに快く応じてくれたので、俺はその後少し彼と話をしたのだった。