――一方その頃酒場では。
「なぁ知ってるか? 最近来たばっかりの冒険者の話」
街のとある酒場では、そんな話題が持ち出された。
言ったのは顔を真っ赤にしながら楽し気にビールジョッキを呷っていたスキンヘッドのおじさんだ。
人族……かと思いきや、髪の毛の間から小さな角が見えている。
おそらく人族に少なからず魔族の血が混ざっているのだろう。
この街では混血なんて珍しくも無い。
「あぁあのFランクなのにめっちゃ強いっていう」
「なんだぁー? それは」
「何だお前知らないのかよ?」
スキンヘッドの男のツレがそんな風に言ったところで、後ろの席の男が話に割り込んでくる。
どうやら顔見知りという訳でも無いようだけど、知らない相手と会話が弾むなんていうのは酒場での喧嘩と同じくらいにはよくある事だ。
「なんか獣人の娘を連れてる男らしくてな、若いし見た目はひょろいヤツらしいんだけど、ディゲルド達を一瞬で伸したらしい」
「ディゲルドっていやぁお前、この辺じゃぁ名の通った悪党じゃねぇか」
「あぁあれだろ? 窃盗に人身売買、人殺しだって厭わないっていうミード一家の幹部候補!」
「へぇー、アレを一瞬か! そりゃぁ凄い!」
最初の内は「どれほどなのか」と疑心の目をしていたヤツも、ディゲルドを倒したと聞いて愉快そうに声を上げた。
というのもディゲルド……というか、その彼が所属している『ミード一家』というのはこの王都で唯一と言って良いほどの黒くて大きな組織なのだ。
ここで『悪い事件』だというと、大抵はこの組織が関わっているというのが常識で、この土地に住むものならばその凶悪さも容赦の無さもみんなよく知っている。
善良なる一般市民としては迷惑この上ない集団なのだが、如何せん個人としても組織としても強いから、並大抵のヤツじゃぁ泥を付ける事さえ難しい。
だからこそ、それをやってのけたルーキーとなれば噂の的にもなるのである。
「しかしそれ、もし本当にやったんなら凄いが、本当なのか?」
「あぁ! 服屋のノルマが偶々その現場を見たらしい」
「アイツか。アイツはそんな嘘をいうようなヤツじゃない」
「ならホントにこのイリストリーデンにも『救世主現る!』ってか?」
そう言ってガハガハと笑いながらまた酒を呷ったスキンヘッドの飲んだくれに、向かいの男が「いや、でもなぁー……」と何とも歯切れ悪く言った。
「何だよそんな変な顔して」
「実はソイツ、レオの事も伸したらしい」
「はぁ? あのレオを? じゃぁ悪い奴じゃねぇか!」
何だふざけんな!
そう言って空になったジョッキをダンッと机に打ち付けた彼は、先程までのご機嫌さとは正反対に吐き捨てる。
「アイツは冒険者や町人、老若男女を差別せずに助けてくれる良いヤツだ! そんな奴を伸すだなんて一体どういう神経してやがる!」
「まぁアイツ、さっぱりとした気の良いヤツだからなぁ。冒険者の稼ぎだって、協会の孤児院によく寄付してるっていうし」
「じゃぁやっぱり悪い奴なのか?」
ディゲルドを伸したのが気まぐれだったっていうだけで?
そんな声が口々に聞こえる中、この職場のマスターが彼等荒くれモノのお替りジョッキを持って来て言った。
「一昨日ここで飲んでたやつが、『レオから突っかかってなぁー』って言ってたな確か」
「え、そうなのか?」
「そいつが何か悪い事したに決まってる!」
「ソレが、『ミランが何とか』って」
「ミラン? 冒険者ギルドの受付嬢の?」
「あぁアレだ、確かミランってレオと同じく孤児院の出だったろう?」
「あとレオが一方的にミランの事を慕ってる」
そんな言葉が口々に発せられる中、その話に耳を傾けていた飲んだくれの内の一人が「あ」と小さく声を上げた。
「そういえばそのルーキー、冒険者登録をそのミランにしてもらってたな」
その男は冒険者で、ギルドにもよく顔を出している。
あの日も初登録にしては大人過ぎるルーキーを「珍しいなぁ」と思いながら眺めていた一人だった。
「じゃぁアレか? その登録中にソイツがミランに手を出したとか?」
「いや全然」
「じゃぁ暴言か嫌味でも吐いたとか?」
「いや? むしろ終始和やかな空気で、俺達も心洗われたというか……」
「は?」
「いやその連れてた獣人の娘っていうのが可愛くてだなぁ」
そう言って、思いを馳せる様に彼はちょっと遠い目をした。
すると別の男がニヤニヤ笑う。
「おいおいお前、ガキに懸想はいかんだろ」
「違うわ! そういうのじゃなくて何かこう『癒し的な』っていうか……」
「へぇそんなにか。それはちょっと見てみたいかも」
「っていうか、なら何でレオはソイツに突っかかったんだ?」
「もしかして楽しそうに話していたその男とミランに嫉妬して……?」
「「「……」」」
「じゃぁ悪者はレオじゃないかー!」
スキンヘッドの男は、ガハハハハッと笑いながらさも愉快そうにジョッキを呷った。
そんな彼を眺めながら、向かいの男は苦笑する。
「お前さっきから言ってることが180度変わってるぞ」
いっそ清々しいまでの手のひら返しだが、これも酒の為せる業。
一応彼も普段はここまで適当じゃない。
「それにしても本当に凄いなその男。レオなんて冒険者の中では上位ランクのBだろう? Fランクでそれを伸すとか」
「で? その男と獣人はどこに住んでるやつなんだ?」
「さぁそこまでは知らないが、よく二人で串焼きを歩き喰いしてるところは見るな」
「あぁもしかして、あの竜人ハーフの所の串焼き屋か?」
「あそこの串焼き美味しいもんなぁー」
こうしてベロンベロンに酔っぱらった親父どものから騒ぎは、今日も楽しく過ぎていく。
「じゃぁそのバカ強いニューフェースに、かんぱーいっ!」
「「「「かんぱーい!」」」」
「なぁ知ってるか? 最近来たばっかりの冒険者の話」
街のとある酒場では、そんな話題が持ち出された。
言ったのは顔を真っ赤にしながら楽し気にビールジョッキを呷っていたスキンヘッドのおじさんだ。
人族……かと思いきや、髪の毛の間から小さな角が見えている。
おそらく人族に少なからず魔族の血が混ざっているのだろう。
この街では混血なんて珍しくも無い。
「あぁあのFランクなのにめっちゃ強いっていう」
「なんだぁー? それは」
「何だお前知らないのかよ?」
スキンヘッドの男のツレがそんな風に言ったところで、後ろの席の男が話に割り込んでくる。
どうやら顔見知りという訳でも無いようだけど、知らない相手と会話が弾むなんていうのは酒場での喧嘩と同じくらいにはよくある事だ。
「なんか獣人の娘を連れてる男らしくてな、若いし見た目はひょろいヤツらしいんだけど、ディゲルド達を一瞬で伸したらしい」
「ディゲルドっていやぁお前、この辺じゃぁ名の通った悪党じゃねぇか」
「あぁあれだろ? 窃盗に人身売買、人殺しだって厭わないっていうミード一家の幹部候補!」
「へぇー、アレを一瞬か! そりゃぁ凄い!」
最初の内は「どれほどなのか」と疑心の目をしていたヤツも、ディゲルドを倒したと聞いて愉快そうに声を上げた。
というのもディゲルド……というか、その彼が所属している『ミード一家』というのはこの王都で唯一と言って良いほどの黒くて大きな組織なのだ。
ここで『悪い事件』だというと、大抵はこの組織が関わっているというのが常識で、この土地に住むものならばその凶悪さも容赦の無さもみんなよく知っている。
善良なる一般市民としては迷惑この上ない集団なのだが、如何せん個人としても組織としても強いから、並大抵のヤツじゃぁ泥を付ける事さえ難しい。
だからこそ、それをやってのけたルーキーとなれば噂の的にもなるのである。
「しかしそれ、もし本当にやったんなら凄いが、本当なのか?」
「あぁ! 服屋のノルマが偶々その現場を見たらしい」
「アイツか。アイツはそんな嘘をいうようなヤツじゃない」
「ならホントにこのイリストリーデンにも『救世主現る!』ってか?」
そう言ってガハガハと笑いながらまた酒を呷ったスキンヘッドの飲んだくれに、向かいの男が「いや、でもなぁー……」と何とも歯切れ悪く言った。
「何だよそんな変な顔して」
「実はソイツ、レオの事も伸したらしい」
「はぁ? あのレオを? じゃぁ悪い奴じゃねぇか!」
何だふざけんな!
そう言って空になったジョッキをダンッと机に打ち付けた彼は、先程までのご機嫌さとは正反対に吐き捨てる。
「アイツは冒険者や町人、老若男女を差別せずに助けてくれる良いヤツだ! そんな奴を伸すだなんて一体どういう神経してやがる!」
「まぁアイツ、さっぱりとした気の良いヤツだからなぁ。冒険者の稼ぎだって、協会の孤児院によく寄付してるっていうし」
「じゃぁやっぱり悪い奴なのか?」
ディゲルドを伸したのが気まぐれだったっていうだけで?
そんな声が口々に聞こえる中、この職場のマスターが彼等荒くれモノのお替りジョッキを持って来て言った。
「一昨日ここで飲んでたやつが、『レオから突っかかってなぁー』って言ってたな確か」
「え、そうなのか?」
「そいつが何か悪い事したに決まってる!」
「ソレが、『ミランが何とか』って」
「ミラン? 冒険者ギルドの受付嬢の?」
「あぁアレだ、確かミランってレオと同じく孤児院の出だったろう?」
「あとレオが一方的にミランの事を慕ってる」
そんな言葉が口々に発せられる中、その話に耳を傾けていた飲んだくれの内の一人が「あ」と小さく声を上げた。
「そういえばそのルーキー、冒険者登録をそのミランにしてもらってたな」
その男は冒険者で、ギルドにもよく顔を出している。
あの日も初登録にしては大人過ぎるルーキーを「珍しいなぁ」と思いながら眺めていた一人だった。
「じゃぁアレか? その登録中にソイツがミランに手を出したとか?」
「いや全然」
「じゃぁ暴言か嫌味でも吐いたとか?」
「いや? むしろ終始和やかな空気で、俺達も心洗われたというか……」
「は?」
「いやその連れてた獣人の娘っていうのが可愛くてだなぁ」
そう言って、思いを馳せる様に彼はちょっと遠い目をした。
すると別の男がニヤニヤ笑う。
「おいおいお前、ガキに懸想はいかんだろ」
「違うわ! そういうのじゃなくて何かこう『癒し的な』っていうか……」
「へぇそんなにか。それはちょっと見てみたいかも」
「っていうか、なら何でレオはソイツに突っかかったんだ?」
「もしかして楽しそうに話していたその男とミランに嫉妬して……?」
「「「……」」」
「じゃぁ悪者はレオじゃないかー!」
スキンヘッドの男は、ガハハハハッと笑いながらさも愉快そうにジョッキを呷った。
そんな彼を眺めながら、向かいの男は苦笑する。
「お前さっきから言ってることが180度変わってるぞ」
いっそ清々しいまでの手のひら返しだが、これも酒の為せる業。
一応彼も普段はここまで適当じゃない。
「それにしても本当に凄いなその男。レオなんて冒険者の中では上位ランクのBだろう? Fランクでそれを伸すとか」
「で? その男と獣人はどこに住んでるやつなんだ?」
「さぁそこまでは知らないが、よく二人で串焼きを歩き喰いしてるところは見るな」
「あぁもしかして、あの竜人ハーフの所の串焼き屋か?」
「あそこの串焼き美味しいもんなぁー」
こうしてベロンベロンに酔っぱらった親父どものから騒ぎは、今日も楽しく過ぎていく。
「じゃぁそのバカ強いニューフェースに、かんぱーいっ!」
「「「「かんぱーい!」」」」