川に服のまま入ってスライム汚れ(?)を落とした後、クイナ耳も尻尾もシュンとさせてペッタペッタと歩いてきた。
 
 落ち込んでいる。
 まさかその理由が食い意地だとは思わなかったが、スライムが本当に「甘くておいしい」ものだとしたら、クイナらしい理由ではある。
 コイツの甘い物好きは筋金入りだし。


 とりあえず落ち込んでシュンっとなったクイナも、濡れネズミのままのクイナもこのまま放ってはおけないだろう。

(仕方がないなぁ。じゃぁまぁとりあえず、今すぐ確実にどうにかできる『濡れネズミ』の方を先に解決するとするか)

 心の中で小さく呟き、俺はスッと片手を前に突き出した。


 普段クイナを乾かす為にいつも使っている魔法は火魔法と風魔法を併用した温風だけど、落ち込んだ今のクイナの為にも服ごとずぶ濡れな今のクイナをどうにかする為にも、一つ工夫を講じてみる。
 いつもより、見た目重視、即効性も求めていこう。

「クイナ、危ないから絶対に動くなよ?」

 そう告げておいて、まずはクイナを中心に半径約2メートル。

 「――火よ、這え」

 自分の中の魔力を練ってそう呟くと、這うような低さで円状に小さな火が地を走る。
 すると未だに魔法を「不思議でスゴイもの」と認識しているクイナの瞳が、好奇心にキラリと光った。 

(どれだけ落ち込んでたって結局、心が動く瞬間なんて無くせないものなんだよなぁ)

 そんな風に思いながら、俺は思わずフッと微笑む。


 じゃぁ次だ。
 その上をなぞる様に合わせるのは、風。

「風よ、乗れ」

 火を消してしまわない様に風の出力バランスを絶妙に保ちながら、威力を高め――。

「舞えっ!」

 瞬間、炎を乗せた風が逆巻いた。
 らせん状に舞い上がる炎。
 円の内部にはカラリと乾いた風が下から上へと駆け抜け、クイナが「ぅわっ!」と小さな声を上げた。


 舞い上がり切った炎と風は、フッと姿を消えてしまった。
 あとに残ったのは、服ごと全てを一瞬で乾かされたクイナ一人だけ。
 彼女は目をパチクリさせた後、服やら耳やら尻尾やらをペタペタモフモフ触って確認。


 怖がっている様子は無い。
 それどころか予告なく行った事だったのに「何をしたのか」と聞く前に起きた結果をすぐさま検証して回る辺り、度胸があるというか、何というか。
 そして検証を終えた後。
 
「ふっわふわなの!」

 全ての水気が飛んで渇いた尻尾を左右にフリフリしながら嬉しそうに成功アピールしてくる辺り、実に無邪気で可愛いらしい。


 まぁ確かに先程までは、グッショリ水を含んで重そうだった尻尾である。
 軽くてフワフワな仕上がりを喜ぶ気持ちは分かる。

「スゴイのっ! クルクル綺麗でブワァッて温かくて、気がついたらこの通りなの!」
「クイナは魔法、好きか?」

 身振り手振りを交えて報告してくれるクイナに、俺はそんな質問をする。
 すると彼女は「うんなの!」と即答だ。

 そうか、良かった。
 せっかく才能があるんだから、好きであるのに越した事は無い。

「なぁクイナ、スライムやっぱり捕まえたいか?」

 一見すると、それは唐突な質問だった。
 しかし特に疑問を挟む事も無く、彼女はまた「捕まえたいの!」と即答した。
 
 が、ピンッと立っていた耳と尻尾が、何かを思い出しシュンと垂れ下がる。

「でも、爆散しちゃったのー……」
 
 忙しい耳と尻尾だ。
 だけどそのひどい起伏をどうにかする術を俺は持っている。

 スライムが爆散した理由に俺は、思い当たる節がある。

 だから言った。

「魔法を練習する気はあるか?」




「クイナが魔法、使えるの?」
「実はもう使ってたとしたら?」
「えっ」

 俺の言葉にクイナはひどく驚いた。
 まぁそうだろう。
 夢のようなものだと思っていた力を自分が使ってたと言われれば、驚かない方がおかしい。

「でもクイナ、使ってないよ?」
「使ってたぞ? さっき、スライムが破裂した時」
「そぉなの?!」
「ぅおうっ!」

 俺が教えてやった瞬間、クイナは耳をピピーンと立たせ尻尾も一緒にビビビーンと立たせ、なんと俺に掴みかかってくる。

「いやまぁ厳密に言えば、魔法の行使じゃなくて魔力の行使なんだけどな!」

 だからどうどう……とクイナをちょっと落ち着かせて近くの大きな石に座らせ、俺もすぐ近くの意志に座ってから小さく「ふぅ」と息を吐いた。


 通常、スライムがあんな感じで爆散するような事は無い。
 が、例外が一つある。


 あの瞬間、クイナの魔力はかなり跳ね上がっていた。
 それこそ普通の人ではあり得ないような魔力を瞬間的に放出していた。
 そのせいで、スライムはその魔力濃度に耐えきれなくなりパァンと破裂してしまったのだ。

「クイナは元々の内包魔力の総量が多いみたいだな。まぁそれも外に練り上げられないと魔法に変換できないんだけど、気持ちが高ぶると勝手に練り上げちゃうらしい」

 因みにさっき興奮のあまり掴みかかってきた時にも魔力がかなり漏れ出てたので、気の高ぶりと関係あるのは間違いない……と説明しているんだが、クイナはちゃんと聞いてるんだかいないんだか。
 
「まっほうーまっほうー♪」とウキウキしながら石に座って足をブラブラさせている。
 見るからにご機嫌だ。

 が、ここで残念なお知らせ。

「でもなクイナ、魔力の放出が無意識になっている内は、何度チャレンジしたところで魔法は上手く使えないし、スライムは爆散する」
「まほ……」

 ウキウキ声が、途切れてしまった。

「クイナ、甘くておいしいスライム、食べれない……?」
「いやまぁ俺が捕まえれば今すぐにでも食べられるけど」
「クイナ、自分で捕まえたいのー……」

 肩をズゥーンと落とした彼女に、俺は思わず苦笑い。
 まるで世界が終わるような落ち込みようだが、そんなに落ち込む必要はない。

「ならまずは訓練だな」
「訓練、なの?」
「そう。魔力の放出を自分でコントロールする訓練だよ」

 スライムを一瞬で爆散させるほどの魔力を一度に練れる人は、かなり少ない。
 しかしそれだけ、ちゃんと訓練さえすれば多くの魔力を一度に操る事が出来るという事だ。
 つまりクイナは、稀な魔法の才を持ってる。

 コントロール出来るようにさえなれば、クイナの「魔法を使いたい」という願いも「スライムを自分で捕まえたい」という願いも両方叶う。

「クイナに出来るかな……」

 両手をキュッと握りしめ、地面を見つめてクイナが言った。
 やはりクイナの中で魔法は、特別な何かなのだろう。
 が、そんな彼女に俺は言う。

「出来るさ。だって俺が出来るくらいなんだから」
「アルドが……?」

 期待と不安がない交ぜになった瞳で縋る様に見つめられ、俺は「大丈夫」と言って笑う。

「俺も内包魔力が大きくて昔はちょっと大変だった」

 スライムを爆散させた事は無いけどな。
 そう言った俺は、しかしレングラムから笑い交じりに「きっとスライム爆散し放題だろうなぁ?」と言われた事があるのは確かだ。

 王族の血筋のせいで元々そういう体質なのだ……という事までは流石に口にするわけにもいかなかったが、そのせいで魔力制御を覚えるまでは魔力抑制用の腕輪を常に付けていないといけなかった。
 外してしまうと所構わず無意識に放火して回るような子供だったのだ、物騒な事に。

「だからクイナも頑張れば、俺と同じくらいには魔法を使えるようになる。その為には、もちろんクイナも頑張らないといけないけど……」
「頑張るのっ!」

 シュバッと右手を上げたクイナは耳も尻尾もピンとしていて、全身で手を上げている様な感じだ。
 そのやる気に俺は「これなら大丈夫そうかな」と思う。

「じゃぁ今日はとりあえず帰ろう。で、数日は魔法のお勉強をしような」
「はーい!!」

 という事で、俺は人生初の誰かの『先生』になったのだった。