という訳で、冒険者登録をして装備も整えて。
昼ご飯も食べ終わったので、ついに冒険へと出発だ。
「アルドー、早くいくのーっ!!」
はしゃぎながら先を行くクイナに、「おいあんまり走ると転ぶぞー?」と言いながら後ろに続く。
念の為に感知の魔法を使ってみたが、どうやら近くに危険は無い。
が、一応警戒する癖はクイナにもつけてほしい。
「クイナ、これから幾つか約束しよう」
「約束ー?」
「そう。まず一つ目、一人で勝手にどっかに行かない。はぐれたら最悪、二度と会えなくなる事もある」
今は脅威は無いみたいだけど、冒険者になればそういう事も往々にしてあるだろう。
「もちろん俺はクイナを守るつもりでいるよ。だけどクイナが勝手に居なくなったら、手が届かないかもしれない。どんなに俺が強くたって、手が届かなかったら間に合わない事もある。あの時みたいにまた助けに行ってやれればいいけど、出来るかどうかは分からない」
言い聞かせる様にそう言えば、多分彼女は少し前までの、一人で何とかしなくちゃならない心細くて寂しくて怖かった時の気持ちを思い出したんだろうと思う。
ギュッと俺の服を握り、耳はペタンと伏せられて尻尾も足の間に挟み込んで、プルプルと震え出した。
ちょっと可哀想な気もする。
だけど取り返しがつかなくなる前に、ちゃんと言っておくべきだと思ったんだ。
生きるための選択肢として『冒険者』を教えるんだから。
だから代わりに約束をする。
「でもクイナ、お前が俺の近くに居て俺に頼ってくれる限り、俺はお前を必ず守るよ」
だから安心してほしい。
そう言って、クイナの頭を耳も巻き込んでモッフモッフと撫でてやる。
実際問題、ここに出る魔物くらいなら俺にとっては痛くも痒くも無いのである。
もちろん慢心はいけないが、その言葉を実現する自信だってそれなりにある。
言質を取られる事を嫌う、王族の血と経験が俺に虚言を言わせない。
大丈夫と示すように目を細めれば、彼女も安堵に目を細め小さくコクリと頷いた。
どうやらもう大丈夫そうだ。
そう判断し俺はクイナと手を強く繋ぎ直して、改めて例の森へと足を向けた。
森の入り口まで来た俺たちは、クイナに今日の予定を改めて告げた。
「今日するのは、『薬草採取』と『スライム退治』。中でも最初は薬草採取をしようと思う」
「薬草採取、なの?」
「あぁ。とある草を取って、このバックに入れる。それがクイナのお仕事だ! えーっと……あぁ、この草だな」
そう言って、俺は木の根元に生えている草を一つ摘み取って見せる。
これもレングラムから実地で教えてもらった知識だ。
でなければ、本来王族に必要のないこの手の知識を俺が手に入れられる筈が無い。
……と思えば、やっぱり王族として学んだ事はあの世界だからこそ役に立ったことであって、市井に下りればまるで役立たずのものなんだなぁと自覚する。
だからといって「王族教育の全てが無駄だった」とは言わないけれど、それでもやっぱり生きる術を教えてくれたレングラムには感謝が絶えない。
「これはポーションの素になるんだって。ポーションはさっき買っただろ?」
「前に一回飲んだコトある、瓶の不思議なおクスリのやつ!」
「あぁ、そういうばそうだったな」
彼女に言われて思い出す。
確かにクイナを見つけたあの日に、HPポーションをクイナに一本飲ませた筈だ。
HPポーションだけじゃない。
この薬草はMPポーションにも使われる、かなりメジャーなものなのだ。
それでいて割とどこにでも生えている為、初めての依頼としても今後継続的に受ける安全な依頼としても、ちょうど良い。
「ほら、コレあげるから同じのを取るんだぞ?」
そう言ってクイナに目当ての薬草を手渡すと、彼女は何故かまず最初に臭いを嗅いだ。
そして「普通の草なの」などと言う。
「よぉーく見て、葉っぱの形が同じ草を採取するんだ。出来るだけ根っこが付いてこないように詰むのがミソだぞ?」
俺がそう言うとクイナから「根っこがついてたら邪魔だから……なの?」という質問が来た。
確かにポーションの材料は草部分だけなので、根ごと持って行っても結局切らなければならない。
だから間違ってはいないんだけど。
「いや、どっちかっていうと『次に摂る時の為に』だ。根っこが地中に残っていればそれだけ新しい葉っぱが早く地上に生える」
根だけでも残っていれば養分を土から吸収できる土台が既にあるので、草はそれだけ早く育つ。
どちらにしても根を地中に残す方が都合が良い……というのも、レングラムに教えてもらった事である。
「この辺に生息するのは精々スライムかゴブリンくらいらしいから、もし居ても俺が排除する。だからクイナは薬草取りに集中してくれ」
役割分担だ。
そう言った俺に、クイナは何故かムゥーッと頬を膨らませる。
「クイナはスライムもしたいのーっ!」
「えっ、でも」
「したいのーっ!!」
「そ、そうなのか? うーん、でも一度に両方ともするのは大変だから、まずは薬草取っちゃってからスライムやろう」
そう言って不満顔の彼女を宥めつつ、クイナに作業を促した。
そんな感じだったから、最初の内はちゃんと薬草取りに集中できるか不安だった。
が、クイナはどうやら慣れてきたら熱中する質のようで。
「ぷっちんこ! ぷっちんこ! あっちもこっちもぷっちんこ~♪」
何やら段々リズムに乗って、終いには歌まで作詞作曲しながらプチプチやっている。
「いいぞー、クイナ! ……あ、でもそれは違うやつ」
しゃがんでいるクイナの隣にしゃがみ、二つの葉っぱをそれぞれ指さす。
「ほら、ここ見てみろ。こっちの葉っぱはギザギザしてるけど、そっちのはツルンとしてるだろ?」
「あっ、ホントなのー!」
「分からない内は、こうやって見本と見合わせて確認しながら取ると良く分かるぞ?」
俺の指摘にクイナは素直に納得し、間違っている「ツルン」の方を俺にズイッと出してきた。
「この葉っぱは、何の葉っぱ?」
「あぁそれは、毒草だな」
「どくそう?」
「そう。食べると死ぬほどお腹が痛くなる」
俺はそれをレングラムに身を以って教えてもらった……というのは俺達だけの秘密である。
因みにちょっと齧っただけの俺は普通の腹痛で済んだけど、レングラムは俺の何倍もたくさん食べて、俺の数倍も腹痛を受けて地べたをのたうち回ってた。
その時の事を思い出すと、思わず遠い目になってしまう。
と。
「やーっ!」
悲しい現実を知ったクイナは、次の瞬間例の葉っぱを渾身の力で投げていた。
が、所詮は子供の力だ。
すぐ近くに軽く打ちあがった後、すぐ目の前にポテリと着地する。
直線飛距離にして、30センチくらいだろうか。
見ればクイナは涙目だ、よほど『腹痛』が嫌らしい。
が、草そのものをそこまで怖がる必要も無い。
「別に食べなきゃ下さないし、ちゃんと分量を守れば薬にもなるやつだから大丈夫」
「大丈夫?」
「うん、大丈夫」
まだ不安げに見上げてくるクイナにそう言いながら、俺はクイナがポイした草を拾う。
実際、そんなにヤバい物でもない。
簡単に言えば、この草はお通じを良くするための薬の原料になるものだ。
もし今持っている草一株を全て食べてしまったら、当分はトイレに籠る事になっちゃうだろう。
だけど、言ってしまえばそれだけだ。
一応は劇薬の類じゃない。
「クエストとは関係ないけどもう一度摘んじゃったことだし、持って帰ったらギルドが買い取ってくれるかもしれないから一応持って帰ってみよう」
置いたままにしておいてもどうせ萎れて枯れるだけだ。
ならば持って帰って使ってくれそうな人を探した方が、多分この間違えて摘まれちゃった草の為だ。
そう言うと、クイナがコテンッと首をかしげて聞いてくる。
「それも採る……の?」
「……いや、間違っちゃったやつは持って帰るけど、それ以外は要らないぞ。そんな事してたらキリ無いし」
分かったな?
俺がそう念を押すと、彼女は「うん、分かったのーっ!」と言った後、またいそいそと採取を続けた。
「――で、結局クエスト分を全部採り終わったところで間違って採ったのは5つか」
俺がそう呟くと、クイナはシュンとして「ごめんなさい、なの」と呟いた。
別に怒っても、苦言を呈するつもりもなかったから「気にするな」と言って笑う。
「そんなに落ち込むなよな? 慣れればじきに間違えなくなるって」
そう言いながら、頭を優しくナデナデしてやる。
それにこの僅かな間にクイナはちゃんと成長している。
その証拠に最後の方は、採った後ではあったものの自分でちゃんと間違いにも気が付いていた。
多分あと2回分でも依頼を熟せば、じきに「採る前に気付く」事も出来る様になるだろう。
「よし。じゃぁソレは、ちゃんとカバンの中にしまっとけー。で、次はクイナもお待ちかね『スライム退治』をやってみるぞー!」
「わーい、なの!!」
よし、この勢いでもう一つのクエストもテキパキ片付けてしまおうじゃないか。
という訳で、次はスライム退治な訳だが……。
「それにしてもどこに居るんだろ」
思わずそう、呟いた。
というのも薬草採取中には結局、一度もスライムに遭遇しなかった。
というか、何にも遭遇しなかった。
つまり薬草採集は、ただの平和な薬草広いの散策だったという訳だ。
「アルドー?」
「ん?」
呼ばれて見れば、ちょっと心配そうなクイナが居る。
おそらくちょっと困った俺の呟きに、何か漠然とした不安を抱かせてしまったんだろう。
ぶっちゃけ言って「どうしたもんか」と思ってはいる。
過去に騎士団たちと魔物討伐の遠征部隊に同行した事もあり、大抵の魔物や獣に関する生息地や能力・弱点などの知識はそれなりにあるつもりだ。
だけど流石にスライムともなると、情報収集をする必要性を今までずっと感じていなかった。
(弱すぎて調べるまでも無い相手だと思ってたからなぁー。今回も、なんか漠然と「その辺に居るだろ」って思ってた……)
つまりある意味侮っていたというだけの話なんだけど、クイナがスライム討伐を楽しみにしてる。
流石に「見つからないから」と早々に帰るのも、ちょっと悔しいしカッコ悪い。
と、思った時だ。
「ねぇアルド。お散歩、楽しいのー!」
俺を見上げてニヒッと笑った彼女に俺の張っていた見栄が跡形も無く溶け落ちた。
そもそも無期限の依頼なんだから、今日依頼を終わらせる必要はない。
ギルドで詳しく話を聞いてからまた来た方が、どう考えても効率が良いしクイナも疲れないだろう。
つまり俺のコレは自分本位の独りよがりだった訳だ。
「……なぁクイナ」
心の中で「馬鹿だなぁ俺」と思いながらそう言えば、彼女が「何ー?」と言いながら俺と繋いでる手をブンブンと振り回す。
楽しそうだ。
もうそれだけで良いような気分になった。
「初めての森だ。ちょっと散歩して帰ろう。もしそのついでにスライムを見つけたら、その時はコテンパンだ」
「コテンパンっ!」
俺がそんな宣言をすると、一体何が彼女のテンションをそんなにも上げたのか。
嬉しそうにピョンッと飛び跳ねたクイナは、まるで掛け声の様に言葉を返す。
しかしそうして吹っ切って、2人愉しく散歩に興じようと思ったところで。
プヨヨンッ。
プヨヨンッ。
「あ」
探し物は、いとも簡単に見つかった。
目の前にピョンッと姿を現したのは緑色のプルルン素材だ。
「グリーンスライム、かな」
スライムには色々な種類がある。
図鑑で得た知識によるとそれぞれに食の好みがあるらしく、その好みと種類がどうやら符合しているらしい。
しかしその起源は未だに解明されていない。
元々は同じ生物で、個体の食の好みによって体内に取り入れるものが偏った結果色や性質が変わるらしいという説。
そして、生まれた時から種類は個体毎に決まっていて、それぞれに必要養分が違うから食べるものの種類が異なるという説。
どちらの説も拮抗して支持者がおり、その解明になんと『スライム研究家』と呼ばれる一部の変人――もとい大の大人たちが、日夜議論を戦わせる職業があるらしい……という話を、前に王城で世間話がてらに伝え聞いた事がある。
結局のところ『卵が先か、鶏が先か』という話をしているとの事だ。
俺にはあまりその面白さは分からないが、少なくともそういった方々にとってはかなりの難題であり楽しい議論の対象なんだろう。
ともあれアレは色的に、グリーンスライムに違いない。
この辺は草葉が生い茂ってるから餌にも事欠かないだろうし、そもそも薬草を根こそぎヤラれないようにするためのスライムの間引きらしいから、この種類がここに居るのはむしろ自然な事である。
どちらにしろ、スライムは見つかった。
内心で少し安堵しながら「ほらクイナ」と振り返る。
「ずっとお前が楽しみにしてたスライムが――」
瞬間、俺の隣を風が駆けた。
止める暇も無い。
地を蹴ったクイナは、獣人の身体能力なのか。
瞬間的にトップスピードにまで乗って、5メートルほど先に居たスライムの方へと突進し――。
パンッ。
「あ」
両手でギュッと捕まえたところで、スライムだったモノとクイナに悲劇の音が炸裂した。
否、違う。
悲劇はクイナ、スライムには悲惨な末路が訪れた。
まるで風船が割れるかのように、彼は見事に弾け飛んでしまった。
慌てて追いかけた俺の太ももにさえゼリー状の緑がペチャリと貼り付いたんだから、ゼロ距離だったクイナの被害はそれよりあっただろう。
今日の彼女は午前中に新調したばかりの服を着てた。
新しい服をあんなに喜んでたんだから、こんな汚れ方をしたらショックもさぞかし大きかろう。
「「……」」
2人して無言なった中、ペタンと地面にへたり込んだ彼女の膝の上から時間差で、スライムの核だった筈の小さな魔石が地面にコロンと転がり落ちる。
(えーっと……一体どうフォローしたら……?)
彼女の背中にそう思う。
まぁ一応討伐証明部位である魔石はゲットできた訳だし、やっぱりここは「討伐成功だ、おめでとう」?。
それとも俺以上に全身をベッチャベチャにされたんだから、「大丈夫か? まぁ冒険なんて服が汚れてナンボだからな。大人の階段一つ登ったな!」の方が良いのか?
うーん、分からん。
っていうかそもそもコイツ何であんなにスライム討伐したがってたのか。
そう思ってハッとした。
(もっ、もしかして『魔物をペットにしたかった』とか?!)
そんな想像に青ざめる。
スライムが子供のペットにされる事は、平民周りでは割とある話らしい。
本当は狩猟の相棒にもなれて躾けられる犬なんかがペットとしてはベストだが、スライムならば子供でも簡単に捕まえられるし、種類を選べば脅威度もかなり低い。
その上餌に困る事も少ないから、飼う負担もかなり少ない。
安全で、金もかからずに育てられる。
見た目もまぁ、プルルンふよふよとしてて愛らしい。
だから初めてのペットにスライムを拾い、親に隠れて育てたりしている子供も居る……というのはシン情報だ。
クイナが同じような事をやりたいと思っても、そうおかしな話じゃない。
しかし、もしそうならばこれはまさしく悲劇だろう。
だってそれって、つまりはこれから仲良くしようとしていた相手がその、ちょっと言い難いけど……まさかの目の前で爆散しちゃった訳だしな。
あぁ、一体なんて言って慰めれば良いんだ。
「今回は縁が無かったんだろう」?
「他にもスライムはたくさん居るさ」?
……どうしよう、なんか好いた相手に振られたばかりの友人を慰めているような気分になってきた。
なんて思っていると、クイナがグリスと鼻をすすった。
見れば顔から、ポタポタとしずくが落ちている。
……泣いている。
や、やっぱり『ペット』が正解かーっ!!
えっ、どうする? どうする?! どうすればいい?!
何て言って慰める?
そう思った時だった。
「せっかくの甘くておいしいクイナのが……」
「は?」
あまりにも予想の斜め上を行くその言葉に、俺は思わず声を上げる。
「スライム、楽しみにしてたのに……」
グスリ。
涙声で鼻をすする彼女に俺は、思わず呆然としながら思う。
え、スライムって食べられるの?
と。
いやまぁ確かに、オークだってあんなに美味しい串焼きになった訳なんだから、別に魔物が食用として用いられる事自体に疑問がある訳じゃない。
が、スライムが食べられるっていう話なんて、少なくとも俺は聞いた事が無い。
うーんでもなぁー、クイナは美味しくいただく事を本気で夢見てるみたいだし、口ぶりからすると食べた事があるみたいだし。
そんな風にちょっと考えた結果。
「……いやまぁ、とりあえず体洗うか」
俺の中の冷静な部分がそんな英断を下してくれた。
確かすぐ近くに川が流れていた筈だ。
とりあえずそこでクイナを洗えばいい、と。
へたり込んだクイナに手を差し出せば、彼女は涙声で「ゔんなの」と頷きつつ握り返された。
因みにだけど「スライムが本当に食用に出来るのか」については、安全に配慮して念のため後でちゃんと調べます。