冒険者ギルドを出てあの串焼き屋で串を買い、食べながら街を歩く。
機嫌よさげに歩くクイナの首には先ほど作ったカッパー色の金属タグが下げられていて、それがまるで踊るように跳ねるので楽しげ加減も倍増だ。
時刻はまだ午前10時を過ぎた所。
そして次の目的地はダンリルディー商会。
そう、ダンノさんの商会だ。
「場所は、聞けばわかると思いますから」とあの時ダンノさんが言っていたのでそれを信じて聞いてみたら、確かにその通りだった。
あの串焼き屋で買い物ついでに聞いてみたら、すぐに道順が分かってしまった。
「大きな店だから、近くに行けば多分分かるぞ!」とサムズアップしてくれたんだけど――。
「あれか?」
確かに近くに行けば分かった。
それほどまでに、とってもとっても……。
「おっきいのーっ!」
「あっ、こらクイナ声大きい!」
掛け声でも書けるかのように何故かクイナが口元に手を添えて叫ぶもんだから、俺は思わずそう言いながら頭にチョップをかましてやった。
すると「ぁいてーっ!」と言いながら頭を抱え、しかしそれでも機嫌を損ねるような事は無く「メルティー、居る?」と聞いてくる。
余程会えるのが嬉しいらしい。
昨日の今日だっていうのに、せっかちなヤツである。
「出かけてなけりゃぁ居る筈だ」
「じゃぁ早く行こうなのっ!」
「あっちょっとおい、引っ張るな!」
繋いだ手をグイグイと引っ張り突入しようとする彼女に、俺はそう苦言を呈する。
まさか食べかけの手に持ったまま、売り物がある店内を練り歩く訳にもいかないだろう。
そう思ってクイナを見れば、不思議そうな顔で見上げてくる。
「……って、あれ? お前串焼きは?」
「もうとっくに食べちゃったのー」
「何……だと?」
俺は思わず驚愕の顔になる。
俺なんてまだ3分の1しか食べられてない。
お腹の減り具合とかじゃなく、熱さに負けてだ。
それでも口の中を火傷してないだけ昨日よりは成長してる筈なんだけど、たった一日じゃぁどんな努力や工夫をしたってどうにもならない。
(くっ、地味に悔しい……!)
割と本気で悔しがってると、変な顔をしたクイナに再度「早く行こうよ!」と手を引っ張られた。
「俺はまだ食べれてないから! 食べかけ持って入れないから!」
「じゃぁ早く食べてなの!」
「急かさないで、火傷するから!」
「はーやーくぅーっ!」
急かされハフハフと言いながら食べ終わり、俺とクイナは店に入る。
因みにだけど、また火傷した。
店内に入り、俺は思わず「おぉー」と声を上げてしまった。
もちろん俺は元王族だ、過去に招かれた侯爵家や公爵家の家は比べ物にならないくらい大きいし、城なんて言うまでもない。
が、それでも街中の建物としてはかなり大規模、敷地面積的には冒険者ギルドともそう変わらない。
「ダンノさんって、すごい商人なんだなぁー」
そう俺が呟いたところで、クイナが俺と繋いでいた手を放して駆けだす。
「メルティーっ!!」
止める暇も無く走り出した彼女は俺の静止を全く聞かない。
きっとクイナは止まってはくれない。
彼女の視線の先に居る少女の所にたどり着くまでは。
その少女が、クイナの声に振り返る。
そしてパァッと顔を華やがせて「クイナちゃんっ!」と叫び、突進してきたクイナを受け止めた。
「会えたのーっ!」
「ビックリした……! 今日はどうしたの?」
「お買い物に来たの!」
何人もお客さんがいる中で、二人はキャッキャと再会を喜ぶ。
その光景はとても微笑ましいものだったが。
「メルティー、お客様の前ではしゃいだ声を上げてはいけないと――おや」
店の奥から騒ぎを聞きつけたダンディーな人影がメルティーを制し、そして俺たちに気が付いた。
「お仕事の邪魔をしたのはクイナなので、彼女を怒らないでやってください。ダンノさん」
「アルドさん?」
俺を見て、ダンノは少し驚いたような顔をした。
しかしすぐに状況を察したのだろう、「そう言われてしまっては仕方がありませんね」と苦笑した後、メルティーの前へと向かいしゃがんで彼女と目の高さを合わせてから言う。
「今回は大目に見るけど、売り場ではちゃんと節度を持たないと」
「ごめんなさい、お父さん」
素直に謝ったメルティーに、ダンノは「よろしい」と微笑んだ。
「せっかくの再会だ。カフェスペースに二人で行って、クイナちゃんとケーキでも食べてきなさい」
「いいの?!」
「あぁ、一つずつね」
「分かった! 行こうクイナちゃん!」
「うんなの!」
そう言って、クイナとメルティーは手に手を取って店の奥へと歩いて行く。
その背中を二人で見送りながら、ダンノさんが教えてくれる。
「この店舗には、商品販売の傍ら飲食スペースもあるんです。そこで甘いお菓子を食べてる間はこちらもゆっくりと買い物する事ができるでしょう」
なるほど。
どうやらダンノは俺の買い物に配慮をしてくれたらしい。
「それにしても、こんなに早くまたお会いする事が出来るとは。嬉しい限りです」
「こちらこそ、別れて早々またお世話になって申し訳ない」
「いえいえ、アルドさんなら大歓迎です。それで? 今日はお買い物にいらしたんですか?」
「はい、先ほど冒険者登録をしてきまして」
「おや」
「それで装備を買いたいのですが、武器や防具のお店や他に揃えた方が良いものなんかを教えてもらえると嬉しいなぁと……」
と言いながら、俺はすべてをダンノに丸投げしようとしている自分に気が付いた。
だから最後に思わず「すみません」と謝れば、ダンノさんは笑いながら「頼ってくれて嬉しいですよ」と言ってくれる。
ホントこの人、紳士過ぎる。
「それに、知識を持っている人に頼るというアルドさんの判断は正解だと思いますよ? 我が商会にはバッグやポーションだけじゃなく、低級レベルの者であれば武器や防具も揃っていますし、私もそれなりに目利きが出来るつもりでいます。アルドさん、先ほど登録してきたばかりという事でしたら今はFランクですよね?」
「はい。受けてきたのはとりあえず『薬草採取』と『スライム退治』なんですが」
「なら十分事足りるでしょう」
そう言って、彼は人の好い笑みを浮かべる。
「私が見繕いましょう」
「えっ、良いんですか?」
「えぇ。商会長と言ったって、ずっと忙しい訳じゃないですし」
ありがたい申し出だ。
実際に「ずっと忙しい訳じゃない」という言葉が本当なのかは知らないし、ここで頼ればまた借金並みに借りが倍増していく気がしてならない。
が。
「じゃぁ、お言葉に甘えさせていただきます」
「分かりました。じゃぁまずは小物を選びましょう。マジックバックやポーションは誰にとっても必須アイテムですからね」
そう言って、俺は彼にまずはポーション売り場へと案内してもらう。
「まずは状態異常を回復する為のポーションは人数分買っておいた方が良いでしょう」
そう言って、彼は毒と麻痺、それから睡眠異常に関するポーションを俺の買い物カゴに入れてくれる。
「あとはHPポーションとMPポーションですが、これらは本人の戦い方やHP、MPの総量によって本数やグレードを決めるんです」
「グレード?」
「えぇ、下級・中級・上級・特級。金が有り余ってるからと上級の物を選んでも回復上限は変わりませんからただの損にしかなりませんし、その逆で総量が多いのに幾ら低級ポーションを飲んだところでただの焼け石に水にしかなりません」
「なるほど。でも俺、自分の総量とか良く分からなくて」
「あぁそれなら大丈夫ですよ。先ほど登録した時にもらったプレートはお持ちですよね?」
そう言いながら、彼はトンッと胸を指す。
「あぁそうだった」と思い出し、首に下げてたプレートに触って「ステータス」と言ってみる。
と、ステータス情報がミョンッと現れたので、早速今必要な情報を見てみた。
「えーっと、HPが『3,246』、MPが『3,599』? ですね」
「え」
「え?」
驚いた彼に思わず俺が聞き返すと、すぐに「あぁいえ」と両手を振って苦笑する。
「凄いですね、3,000台の数値なんてよっぽど厳しい訓練をしていないと到達できないのですが……もしかして軍かどこかに所属でもしてたんですか?」
「いえそんな。……あぁでも確かに私の師匠は軍関係の人だったから」
「なるほど、それで」
俺の言葉に納得した彼は、今度はちょっと可哀想な顔になる。
「……しかしここまでステータスを伸ばすとなると、相当な訓練だったのですね」
「えぇそりゃぁもう」
正直言って、訓練中に何度「死ぬかも」と思ったかしれない。
まぁ俺は身分が身分だったから、実際にはちゃんと限界を見極めながら鍛えてくれていたんだと思うけど。
それでも思い出せばため息が出るくらいには、しんどかった記憶がひどく鮮明に残っている。
ちょっと遠い目になってしまった俺に、彼はきっと何かを察したんだろう。
「それならば」言いながら、俺に必要なポーションを選んでくれる。
「上級の物を選んでおいた方が良いね、その数値なら。他のに比べると少し値は張りますが、Fランクの依頼程度なら使う事にもならないでしょうし、上級ポーションの消費期限は10年ですからすぐに使い物のならなくなるという事もありません」
「へぇー」
そんなに持つのか。
そう思いながらそれらをカゴに入れた時だった。
足に何かがしがみつく。
「ん?」
「アルドー、お菓子美味しかったー!!」
見てみるとキツネ耳の少女がヒシッと引っ付いてて、満足そうな顔で俺を見上げて笑っていた。
「おーそうか、そりゃぁ良かった」と言って頭を撫でつつ、俺はダンノに言っておく。
「クイナの飲み食い代、買い物の会計と一緒で良いですか?」
「構いませんよ。というか、再会のお祝いにサービスにするつもりだったんですが……」
「流石にそれは。お世話になりすぎてあまりに居た堪れないので、今回は支払わせてください」
あまり良くしてもらい過ぎると今後頼れなくなっちゃいます。
そう言うと、彼は「それじゃぁ仕方がありませんね」と答えてくれる。
ちょうどクイナがやってきたのでHPとMPをチェックして下級ポーションを買っておく。
そして。
「じゃぁクイナちゃんも来ましたし、次は装備類を見ましょうか」
「はい、お願いします」
と、こんな風にこの後俺は、防具や武器などを調達していき――。
「よし、準備万端!」
俺は店の外で仁王立ちになる。
太ももに巻いている皮素材のマジックバックの中には買った剣と、討伐部位を切り取る為の小刀。
見た目も冒険者ルックに変わったが、黒の無地服にこげ茶色の皮防具という身軽さ重視の最低限で地味なもの。
金に限りがある中でクイナの身の安全を第一にしたんだから、こればっかりは仕方がない。
「あの金メイルもアルドさんに似合うと思うんですけどねぇー……」
残念そうに眉尻を下げてそう言ったダンノに、俺は思わず苦笑する。
彼が言っているソレというのは、全てが金色素材で作られた金属鎧の事である。
試しに試着してみたら思ったよりも重くなくて動きやすかったし、お値段もリーズナブル。
どうやら修行中の人の作品のせいらしいんだけど、誰が作ったとかあまり気にしない俺からすれば、普通にそちらを選ぶ選択肢というのもあった。
――金ピカに輝く、実に目立つ代物でなければ。
流石の目立ち具合に「これはちょっと……」と断った。
が、顔が苦笑になっているのは目立つ事だけが理由じゃない。
(あの国で金って言えば、王族の色だったんだよなぁー……)
そんな風に独り言ちる。
俺にとっての金はある意味『慣れ親しんだ色』であり、それと同時に俺を嫌っていたあの弟や裏切ったあの父の色でもある。
もう彼らに何ら未練も含むところも無いのだが、せっかく解放されたのだ。
それらの色を身に纏うのは、出来れば避けておきたい事だ。
――という影の理由を、まさか正体を明かしていないダンノ相手に話す訳にもいかなかったんだけど良かった。
ダンノはこれ以上、食い下がるような事はしなかった。
「ふぅ」と安堵の息吐いてると、クイナが「アルド!」を声を上げる。
「新しいお洋服なのっ!」
そう言ってクルリとターンした彼女は、先日買ってやった平民ルックとはまた違う装いになってる。
白のシンプルなインナーに、動きやすい茶色のズボン。
何を踏んでも大丈夫なように安全で頑丈な皮ブーツの中に裾をインして、胸を張ってる。
上に羽織るのは、深紅の生地に白い糸でどこかの民族風な刺繍が為されたコートだ。
前のソレよりかなり丈夫な生地だし、服にはすべて防御の魔法陣が織り込まれている。
肌を極力晒さない装いだから、森に入っても安心だ。
(主にクイナの装備を揃えたので金はほぼすっからかんだけど、宿屋には先に5日間分渡してるし、これから稼ぎに行くんだから当面は大丈夫。むしろクイナに超似合ってるからそれで良い!)
そう思いつつクイナの頭をナデナデすると、くすぐったそうに、しかし嬉しそうに彼女は笑う。
元々可愛く新しい服にはしゃいでたのに更に嬉しくなったようで、耳をピコピコ尻尾をフリフリと無意識的な感情表現に余念が無い。
それどころか、一ミリだって死角が無い。
どうしてくれよう、この可愛さを!
(もしかしたら、この子の可愛さは世界一なんじゃないか……?)
柄にもなくそんな混乱に苛まれた俺に、ダンノはフッと微笑んだ。
「娘っていうのは際限の無いもので、いつまで見ててもその可愛さは目減りなんてしないんですよ」
「否、クイナは俺の娘じゃないんですけどね」とか俺が言わなかったのは、彼が何を言いたいのかイマイチ良く分からなかったからである。
そんな俺に、彼は言う。
「つまり何が言いたいのかっていうとですね――『日が暮れちゃいますよ?』って事です」
「……あ」
「いつまでも娘を愛でてると、日なんてあっという間に暮れちゃうんです」
そう言った彼も、もしかしたら同じような経験を何度もして、その内の何度かは既に時間を浪費させてしまっているのかも。
そう思えばもう、苦笑しか出てこない訳で。
「ははっ、すみません行ってきます」
「行ってらっしゃい、気を付けて」
時刻はちょうどお昼時。
クイナとちょっと小腹を満たしてから、遂に街の外に出る。