日の光の眩しさで、俺はゆっくり目を開けた。
「なんか異様に眩しいと思ったら……カーテンちょっと開いてるじゃん」
呻くようにそう言いながら、ゆっくりと体を起こす。
カーテンはちゃんと引いていたんだが、残念なことにほんのちょっと開いていたカーテンからの光がピンポイントで、寝ている俺の顔に直撃する位置に来ていた。
もしかしたら俺の安眠を妨害したい誰かからの呪いかもしれない。
頭の中でそんな不平を抱きながら、ゆっくりと伸びをする。
と、伸びをした後、脱力した手が不意に触れたモフみに「ん?」とそちらを見ると、何故かそこにはクイナが居る。
この部屋にはベッドが2つ存在している。
そして俺達は昨日の夜、ちゃんとそれぞれのベッドに寝た筈だった。
「なのに何で、お前はこんな所に転がってるのか……」
小さく「はぁ」とため息を吐いたのは、クイナが夜中に俺のベッドへと潜り込んできたとのだろうと思ったからだ。
「うぅーん……ぅん?」
「おはよう、クイナさん」
「おはよう、なの」
「で、キミは何でこっちで寝てるの?」
「……自然の摂理、かもしれないの」
「お前、意外と難しい言葉を知ってるな」
尻尾をモッフモッフと愛でながら、俺は思わず感心してしまう。
が、別々に寝てたのに朝起きたら同じベッドになるような摂理って一体何なのか。
「いやいや絶対、寒かったか寂しかったかの2択だろ」
「……おトイレに行って帰ってきたら、あっちまで行くの面倒で」
「たった2、3歩の距離が?!」
どれだけ億劫だったんだよ?
そう思って朝っぱらから思わず驚いてしまったら、クイナがそれにフフフッと笑う。
笑い事じゃない。
「ちゃんと自分のベッドで寝なさい」
「何で?」
「狭いから」
「狭くないよ?」
「俺が狭いの!」
不思議そうに首をかしげる彼女にそう言ってやると、クイナが「むぅーっ!」と頬を膨らませる。
(……まぁ寝てる間に入られたから、実際に「窮屈だな」と思ったのは起きてからだけど)
それは言わないでおこうと思う。
じゃないと、クイナの事だ。
その内端から俺のベッドで一緒に寝ようとし始めるだろう。
何事も甘やかしすぎてはならない。
……などと理由をつけてはいるものの、結局俺は、この状況に戸惑っているだけである。
今までの俺は、大きなベッドでも一人で寝ていた。
親と川の字になって寝た事なんて全く記憶にない事もあり、人の気配があると上手く寝付けない事にクイナと同じ部屋で寝泊まりするようになって初めて気付いた。
相手が誰とか関係なく、同じベッドで寝る程近くに誰かが眠る隣でまさか眠れる自信なんて無い。
つまりはただの慣れの問題だ。
まだ眠そうなクイナの頭をナデナデしつつ、俺はため息を吐きつつ「そろそろ起きろよ?」と声をかけた。
「今日は俺の『やりたい事』の4つ目に付き合ってほしいんだ」
「『やりたい事』っ!」
俺の言葉にクイナがガバッと起き上がり、頭の上に置いていた俺の手が一緒に跳ね上がる。
一体何が彼女のテンションをそんなに爆上げさせたのかと思っていると。
「今日もお肉を食べに行くのっ?!」
……ははーん。
コイツ、また美味しいものにありつけると思っているな?
きっとあの串焼きの件で味を占めちゃったんだ。
「俺のやりたい事が全部食べ物関係だと思うなよ? 今日は別だよ」
「えーっ?!」
「まぁ帰りにまたあの屋台に寄って行ってもいいけどな」
「行くの!」
「はいはい、でも先に朝食な!」
「朝食!!」
「早く顔を洗って着替えちゃえー」
「はーい、なの!」
ピョンッとベッドから飛び降りて、クイナはいそいそと外着に着替える。
さぁ俺も外出の準備をしよう。
「という訳で、やってきました!」
円柱状の大きな建物を前に、俺はそう胸を張った。
朝食を『天使のゆりかご』で済ませ一直線でやってきたのは、どの国にも必ず同じ形、同じ色、同じ看板で存在するある施設。
「ねぇアルド、ここは何……なの?」
小首をかしげる彼女にはきっと、今まで全く縁のない場所だっただろう。
そんな彼女に、俺はニッと笑ってみせる。
「冒険者ギルド! 時には依頼者の生活を助け、時には冒険者の生活を支える、お仕事の斡旋所がここだ!」
「ほぉーっ!」
若干テンションが高い俺に、クイナは上手い事相槌を打ってくれる。
そう。
ここが俺のやりたい事の4つ目を叶えるための場所。
「俺はここで、『冒険者』になる!」
それが俺の夢だった。
昔、英雄譚を読んだことがある。
冒険者が町を救うというお話で、騎士たちが絶体絶命になった時にどこからともなく現れて人々を魔物の脅威から守り、仕事を終えたら颯爽と居なくなる。
国の危機を救うアウトロー。
その背中がカッコ良くて、幼心に憧れた。
大人になった今になっては、別にそんな町や国や世界を救うなんて大きな事など出来なくていい。
ただちょっと頑張って、それによって誰か一人の明日の役に立てた上で報酬を受け取れたならそれはとっても凄い事だと、自分の仕事でどれだけの人が救われているのか分からないような仕事をしていた俺は思っている。
「どっちにしても、手持ちの金はやがて無くなる。稼ぎ口は必要だし、後ろ盾も基盤も経験だってまだ無い俺が就ける仕事にも限りはある。その点、冒険者なら問題ない!」
それこそ冒険者登録へのハードルは低い。
俺も一応レングラムのお墨付きは貰っているから、それなりの戦闘は出来るだろう。
それに、冒険者ギルドに来る依頼は、何も戦闘系だけじゃない。
町の掃除や護衛、採集作業など、内容は多岐に渡る。
それに、何より。
「今の俺は何者でもない。俺もクイナも、身分証は持ってた方が良いだろ」
という事で、諸々の理由を携え、いざ突撃だ。
ギルドのドアを押し開くと、そこは『新しい世界』だった。
ガヤガヤという人々の声、雑踏に、金属鎧の軋む音。
その雑多な音たちを裏切らない程、建物内には人でごった返している。
その中を、俺はクイナの手を引き歩く。
周りからの「何だ?」という目は、子供を連れているからだろうか。
それとも俺が、弱っちい見た目だからなのか。
幾らレングラムのお墨付きがあるとは言っても、筋骨隆々な体型じゃない自覚はある。
ひょろい男と子供の二人組。
そう思えば、ベテラン達の目から見ればさぞかし場違いに見えるだろう。
朝だからか、依頼を受ける人達が多いらしい。
特に「依頼受注ブース」と書かれているカウンターの前には人が並んでいて大盛況だ。
しかし俺達は、そちらにはまったく目もくれずにその隣の空いているブースに入って告げる。
「すみません、冒険者登録をしたいんですがー……」
ブースにはちゃんと「冒険者登録」と書かれているが、忙しい時間だからか中には誰も居なかった。
しかしすぐに奥から女性が来てくれる。
「おはようございます! ……えっと、もしかして再登録ですか?」
「おはようございます。いえ初めてなんですけど……」
「そうなんですね! 失礼しました」
俺の言葉に彼女はニコリと微笑んで謝ってくれた。
別に謝ってもらう必要は無かったが、何でそんな事を聞いたのだろう。
人族らしい彼女の方には、特に悪意は無さそうだ。
しかしだからこそ気になって聞いてみる。
「もしかしてこの歳で初登録って無理だったり……?」
「あぁいえ、全然そんな事は。ただ、お客様の年齢だと初登録に来られる方は稀ですので、もしかしたら登録証を無くしたり、一回失効した後の再登録なのかなぁと。その場合、手続きがちょっと異なるんです」
どうやら手続き上の事を気にしての事だったらしい。
「あぁなるほど」と頷くと、「まぁ嘘をついても手続きの途中で分かるんですが、最初からお聞きしておいた方がスムーズなので」という言葉が返ってきた。
まぁ確かにそうだろう。
彼女の言葉に納得しつつ、ちょっとホッと胸を撫でおろす。
なるべくなら、妙な偏見やレッテルに晒されるような事態は避けたかった。
だからどうやらそうではないと分かって、ちょっとだけ冷えた肝が落ち着いた。
「では、登録情報をここに記載しないといけないのですが、共通語は書けますか?」
「あ、大丈夫です」
そう言って受け取り、一人分しか無い事に気が付いた。
「すみません、もう一枚くれませんか?」
そう言いながら隣に視線を滑らせれば、誰のための物なのか、おそらく分かってもらえたのだろう。
「あぁ、かしこまりました。ちなみに、お嬢様は共通語は?」
「いえ」
「じゃぁ代わりに私が書きますねー」
「助かります」
お言葉に甘える事にすると彼女は「いえいえ」と優しく笑った後で、クイナに視線を向け「色々教えてくれないかな?」と言った。
「うんなの!」
「ありがとう。じゃぁまずは、お名前を教えてもらっても良いかなぁ?」
「クイナなの!」
クイナは「はいっ!」と手を上げ、とっても元気に質問へと答える。
少し緊張しているだろうか。
少し硬い声を聞きつつ、俺は俺で自分の情報を紙に一つずつ書き込んでいく。
名前に、性別、前職……は書くと大変なことになるのでまぁいいか。
どうせ『任意』って書いてるし。
「性別は女の子……で、種族は獣人族で良いのかな?」
「そうなの! クイナはキツネなの!」
これまた元気のいい声だった。
故に騒がしいギルド内でも丸聞こえで、周りがみんなザワリと揺れる。
俺は思わず「あー……」と左手で頭を支えた。
忘れてた。
金色の毛のキツネ族は希少な事を。
種族欄は『人族』『獣人族』『エルフ族』などのように選択制になっていたので全然気にしてなかったんだけど、確かに会話でやり取りすれば、こういうリスクも存在する。
当初のクイナとの約束は「種族については聞かれなかったら答えない」というものだった。
実際に今回は聞かれて答えた訳だから明確に約束を破った訳じゃないんだけど、まさか「獣人か」と聞かれて「キツネ族だ」と答えるなんて。
この子の種族に関するプライドは、思いの他強かったらしい。
手元から顔を上げると、クイナの相手をしてくれている受付のお姉さんと目が合った。
「な、なんかすみません……」
「いえ、こちらこそ……」
申し訳なさそうに謝る彼女だって、まさかクイナがこんなにも無警戒に大事をしかも元気よくでカミングアウトするなんて、夢にも思わなかったのだろう。
逆に何だか申し訳ない。
「一応『あんまり言いふらすなよ』とは言ってるんですけど、彼女には彼女のプライドがあるらしく……。まぁそういう訳ですので、どうかお気になさらず続けてください」
「分かりました」
困ったように笑いながらそう言えば、俺が気にしていないと分かってホッとしたのだろうか、彼女も笑って聞き取りを再開してくれる。
「えっとじゃぁ……クイナちゃんは魔法は使えるのかな?」
「うーん、良く分からないの」
言いながらフルフルと首を横に振るクイナに、お姉さんは頷いて「なし」と書く。
そうだろうなと、俺は思った。
道中俺が主にお風呂の為に使った魔法たちを、クイナは終始珍しそうに見ていたのだ。
そういうものに触れる機会さえなかったに違いない。
まぁどちらにしても、クイナにあまり戦闘力は期待してない。
この子には危なくない仕事をしてもらい「稼ぐ」という事を覚えてもらうつもりだけど、今回の登録はそれよりも身分証を持たせてやる事の方が重要だ。
そう思ってたから、驚いた。
「じゃぁ剣術や棒術、格闘術は?」
「剣術って何?」
「刃物を使って戦う事……かな?」
「はっ! クイナそれ出来る!!」
えっ出来るのっ?!
思わずバッとクイナの方を見る。
だってそうだろう?
初めて出会ったあの時のクイナは、あれだけ絶体絶命でだったのに。
……否、もしかしたらあの時は武器を持ってなかったから?
持ってたらもっと対抗出来たんだろうか。
でもあの身のこなしは、どう見ても素人のソレだったのに。
そんな風に思っていると、彼女は満面の笑みを浮かべてこう言葉を続けたのだ。
「クイナ、お魚さんと戦うの!」
「お魚さん?」
「うんなの! 木の板の上に乗っけてこう、『テイッやぁ!』ってするの!」
と言いながら何やらジェスチャーしているが、その手つきはどう見ても魚を捌く図でしかない。
普段は魚を捌く機会なんて皆無だったが、前に我が師・レングラム率いる遠征軍に着いていった時に一度、横で川魚を捌くところを見せてもらったから間違いない。
この感じだと『木の板』というのは多分まな板で、魚を捌くのを『戦う』と言っているのだろう。
(母親辺りがそう言ってたのかも)
そんな風に想像しつつ思わずクスリと笑ってしまうと、正面で小さく似たような気配がしたのでそちらを見てみる。
すると受付の彼女も俺と同じく、微笑ましいものを見たような顔になっていた。
少しだけ、「子供に付き合わせてしまって悪いな」と思う。
だけど彼女も不快ではなさそうだから、多分大丈夫なんだろう。
そう思いながら、俺は自分の登録情報を最後まで書き切った。
一つ息を吐いて視線を上げると、お姉さんの方はもう既に書き終えていた。
おそらく魔法の記載もなんかがない分、ちょっと早く終わったんだろう。
「すみません、ありがとうございました」
クイナの相手をしてくれた事にお礼を言いつつ自分のを渡せば、微笑みながら「いいえそんな」と言ってくれる。
「私も楽しく書かせてもらいました。ギルドで和める事なんて、早々無い事ですからね、むしろ役得だったなぁと思ってるんです」
そう言って、彼女は小声で俺に囁く。
「ここに来るのは大体顔が厳ついか、体がゴツいか。自由奔放か、粗雑なのか。大抵そんな方ですからね」
なるほど、確かに。
周りのメンツを見てみればそう言いたくなる気持ちも分かる。
が、お願いだから突然耳元で囁かないでいただきたい。
俺の好みからは外れてるけど、それでもやっぱりこういうのってドキッとしてしまうから。
なんて事を、ちょっと動悸がし始めた胸を押さえて思った時だ。
クイクイッと手を引っ張られる。
「クイナは楽しかったよ!」
「まぁお前はそうだろうなぁ」
鼻をフンスッと鳴らして言ったクイナに俺は、ちょっと苦笑してしまう。
話し声からそんな気持ちは終始駄々洩れ状態だった。
第一、だ。
相手をしてもらったクイナは構ってもらったようなもの。
あんなに色々優しく聞いてもらって、もしその感想が「つまらなかった」とかだったなら、間違いなく平謝り案件だ。
グリグリと上からクイナの頭を撫でてやれば、ちょっと嬉しそうに俺に髪の毛をグシャグシャにされる。
流石に可哀想なので自分で荒らしておいてアレだけど手櫛で直してやっていると、ちょうど先程俺が書いた書類に目を通し終ながら、受付のお姉さんがこう告げる。
「アルドさん……ですね。うん、内容に不備はありません」
そう言って、彼女は次に冒険者についての説明を始める。
「この内容は登録後に変更することも可能ですのでご安心ください。特に使える魔法や武器などは、随時更新しておきますと直接指名の幅が広がるので有利になります」
「直接指名?」
「はい、たまに『一定の能力がある方にこの依頼を斡旋してほしい』とおっしゃる依頼者がいらっしゃいます。その場合は名前などの個人情報は伏せたまま、能力と経験値などを元にギルドから個別にお声掛けさせていただく事があるのです。普通のお仕事よりも報酬額も上がりますので、会員の方には情報の更新をオススメしています」
その声に、俺は「なるほど」と独り言ちる。
「因みに直接依頼を断ることは……?」
「基本的には可能です。しかし国や領主からの依頼となりますと、断った後にちょっと面倒なことになる可能性もありますね。……っと、これはオフレコのお話ですが」
そう言って笑う彼女は、おそらくいい人なのだろう。
クイナへの対応を見ていても思ったが、どうやら彼女は一人一人により添えるタイプの働き手らしい。
「それでは手早く登録をしてしまいましょう。血を一滴、こちらに頂けますでしょうか?」
「あ、はい」
言われて反射的に頷いたが……血?
え、どうやって?
一瞬そんな疑問が頭を過ったが、差し出された物を見て納得する。
そこには三角柱の置物がある。
先がかなり尖っているので、指先なんかをプツリとやれば血は採取できるだろう。
まず俺がやって見せて、後にクイナも続かせる。
とってもとっても嫌そうな顔をしたクイナだが、こればっかりは身代わりにはなれないので我慢してもらうしかない。
恐る恐る三角柱の先を触りプクゥッと盛り上がった赤い血をどうにか採取しホッとしたら、かなり涙目でいじけ顔のクイナが残った。
「どうしたその顔」
「怖かったし、痛かった……」
恨めしそうに見上げる彼女に、思わず苦笑するしかない。
が、ずっといじけられていてもちょっと面倒になる気がするから。
「……終わったら、あの串焼き屋さんに寄るか」
その声で、クイナの耳がピクリと上がった。
よしいい感じだ。
じゃぁここでもう一つ、ダメ押しをしておこう。
クイナの機嫌を直す為に、俺は『とっておき』を引き合いに出す。
「その後は買い物だな、装備品とか買わないと冒険には行けないし。行先は――そうだなぁ。ダンノさんの所とか」
そう言った瞬間すごい強さで服が下に引っ張られ、俺の体がガクッと高度を少し落とす。
「メルティーのところ?!」
「そうだな、居るかもしれない」
出かけてなければ。
そう付け足したが、クイナは最早聞いてない。
両手で口元をパシッと抑え、フフフッフフフッと笑いだす。
とりあえず、完全に機嫌が直ったようなので一安心。
もしメルティーが居なかったら一層いじける事にあるかもしれないが、その時はその時、また考えよう。
少しリスクヘッジを投げた所で、どうやら手続きが終わったらしい。
「お待たせしました。これがギルドに所属している証のプレートです。プレートの再発行は可能ですが時間とお金がかかるので、無くさないようにご注意ください」
「分かりました」
「では次に、プレートに向かって『ステータス』と唱えてください」
そう言われ、プレートを手に取って「『ステータス』?」と唱えてみる。
と。
「ぅわっ!」
プレートから何かが飛び出してきた。
まさかそんな事になるとは思わなかったので、ちょっと大げさに仰け反ってしまう。
しかしすぐに我に返って、目の前に居るお姉さんに見られた恥ずかしさを紛らわせるために、コホンと一つ咳払いしてから今度はマジマジと現れたそれを見る。
半透明のソレは、触ってみようとしたところ簡単に手をすり抜けた。
どうやら実体は無いらしい。
不思議だなぁと思っていると、彼女が説明してくれる。
「そこに出ている内容は、貴方のステータス情報です。先程登録した内容の閲覧も可能ですが、その他に現在のHPとMP値、依頼達成した履歴なども見る事が出来るようになっています」
「これってもしかして、第三者に覗かれる事も?」
「はい、あります。ですからステータスを確認する時は周辺に気を付けたり、そもそもギルドへの登録内容については目隠しをしておく方もいらっしゃいますね」
「目隠し?」
「はい。ギルドで手続きすればプレートからの閲覧は出来なくなります」
なるほど。
ならば不用意に開かない方が良いな。
そう思いつつ、「目隠しする内容についてもちょっと考えないといけないか」とも考える。
「ステータス画面は、本人のプレートへの接触と肉声による『ステータス』という合言葉が必要になります」
「何か越しだと接触にならないとか?」
「布一枚くらいでしたら、問題なく確認出来ると思いますよ?」
そうか。
なら手袋とかしてても普通に使えるか。
「登録したばかりなので、今はお二人ともFランクです。依頼を熟す度にランクが上がり受けられる依頼の幅が増えていきます。今日はご依頼、受けていかれますか?」
「そうですね……良さそうなのを見繕ってくれますか?」
「かしこまりました」
そう言うと、彼女は一度席を外し何枚かの依頼書を持って戻ってきた。
「受けられる依頼は一つ上のランクのものまでなので、EかFランク相当の依頼になります。町から出ない依頼ならこちらかこちら、出る依頼ならこちらかこちら……なんていかがでしょう?」
そう言って、計4枚の紙を見せられる。
町を出ない仕事の方は、『とある商会内の掃除』と『病院での衣類の洗濯などの雑用』。
出る方は、『薬草採取』と『スライム退治』。
こっちはすぐ近くの森でのものだ。
「この森は、危険な獣や魔物が出たりしますか?」
「いえ、基本的にはこちらから手を出さないと襲ってこないものばかりです。森の入り口での採集活動という事でしたら、お子さん連れでも大丈夫だと思いますよ」
なるほど、それならクイナも連れていける。
最悪クイナが襲われても、スライムレベルなら攻撃力はそれほどじゃない。
俺の魔法で事前に防御策を取っておけば問題ないだろう。
「しかし、襲ってこないのならば何故……?」
何故スライム討伐が必要なのか。
そう聞くと、彼女は「あぁそれは」と教えてくれる。
「ここは薬草が豊富な場所なのですが、スライムはそれらを根こそぎ食べちゃいますから、こうして『数を減す依頼』が国から定期的に発注されるんです」
「へぇ。因みに期限などは?」
「4枚とも、今回は無期限のものにしておきました。期限付きのものの方が報酬額は割高ですがそれでもF、Eランクのものならそれ程大きくは変わりませんし、期限付きは超過すると罰金などのペナルティーがありますからね。クイナちゃんを同伴させる最初のお仕事という事ならば猶更、仕事の要領を得るまでは期限付きは避けた方が賢明でしょう」
「そうですね、ありがとうございます」
話しながら、「彼女はデキる人だなぁ」と思った。
別の種類の4つの仕事をこの短期間で選んできた。
しかもバランスの良い仕事内容のチョイスに、俺たちに対して優しいチョイス。
なんとも『かゆいところに手が届く』仕事ぶりだ。
俺は多分運がいい。
「じゃぁこの町外の2つ、良いですか?」
「分かりました。じゃぁ受理しちゃいますね。でも行く前に……装備は揃えた方が良いと思いますよ?」
周りを見ながらコッソリと、彼女は俺にそう助言してくれた。
彼女はおそらく、さっきからずっと俺とクイナを見ている一部の冒険者たちの良くない視線を気にしてくれているんだろう。
「分かっていますよ。でもありがとう」
俺はそう答えながら、彼女が出してくれた『薬草採取』と『スライム討伐』のクエストを受け取ったのだった。
因みにその後、ものの見事に先輩冒険者に絡まれた。
しかも、二組も。
一組目の言い分は「その珍しいキツネ、俺達が引き取ってやるよ」で、二組目の言い分は「よくもミランさんと楽しそうに……!」だった。
後者のは、多分あの受付のお姉さんが原因だろう。
確かに綺麗な人ではあったし優しい人でもあったし、誰かを差別するような態度にも見えなかったから、荒くれモノに人気なのも頷ける。
まぁ結果は言うまでもない。
どちらとも、危害を加えてきたところを軽く伸して放置してきた。
もし次もやってきたら、その時は流石に容赦できない。