「――――はい! マツル君にはギルドマスターからの支給品として素敵なプレゼントがありまーす!!」

 早朝、俺とホノラが“目無しの魔獣”発生の原因を探るべく出発しようとしたところをパジャマ姿のギルマスに呼び止められた。

「朝っぱらからテンション高いですね......それで、俺への支給品ってなんですか?」

「やっぱり気になるかい? 気になっちゃうよね!? よしそんなマツル君にはこれをあげちゃおう!」

 朝からこのテンションはキツイな......ダメだホノラ。相手は仮にもギルドマスターだ。幾ら朝からコレだからって殴ろうとするんじゃない。

 俺に手渡されたのは一冊の本だった。しかし表紙と背表紙しか無いぞ?

「『月刊ギルド!! 新人冒険者入門シーズン特別特集号』?」

 何だこの元の世界の少年誌のような絵柄は......まさか異世界でデフォルメキャラを見ることになるとは思わなかったぞ......

「そのとーり! この本はギルド本部から月に1回出版される全冒険必読の総合情報誌なんだよ! 普段はランクアップの秘訣とか魔道具の魔法通信販売とか昔の神話に絵を付けた読み物とかが載ってるんだけど――――」

 ほぼ日本の少年誌じゃねぇか!!!! 

 絶対これ日本人が出版の片棒担いでるだろ!

「今回は新人冒険者が沢山ギルドに来る時期だから、今までに確認された魔獣や魔物のありとあらゆる情報が詰め込まれた売り切れ必至の最強号なのだ!」

 めちゃくちゃ便利じゃん! 異世界の少年誌すげーな!

「つまり、これを使って目無しの魔獣討伐を捗らせてね......って事ですよね?」

「そう! それで、こんな朝早くからなんのクエストに行くの?」

 俺達がこれから向かうのは魔獣に占領された隣の村の聖堂だ。どうやらDランクの“下位戦猫(レッサーキャット)”が数頭だけらしいので、手始めにこの依頼から行ってみるかという事になったのだった。

「隣の村って事は“チッチエナ村”か......確かに歩けば半日位かかるね。じゃあ、俺は戻ってもう一眠りするから、行ってらっしゃぁ~い」

 ギルドマスターは大きなあくびをしながら立ち去っていった。いくら早朝とは言え呑気にまた寝るのか......

 おっと、早めに行かないと今日中に帰って来れなくなってしまう。急がねば!

「それじゃあホノラ! 隣の村までしゅっぱーつ!」

「おー!」

 俺達は日が昇り始めた薄明るい草原を行くのだった。


◇◇◇◇


 さて、ただ歩くだけというのも味気無いし月刊ギルドでも読んでみるか。

「取り敢えず今まで討伐した魔獣は正攻法で倒そうとするとどんななのか見てみよう」

 つか、そもそも魔物と魔獣って何が違うんだ?

 そう思いながら表紙をめくると、見開きが光だし、文字が浮かんできた。

 なるほど! こうやって読みたいページを魔法で出すからそもそも紙とかが必要無いのか! やっぱり異世界の少年誌すげぇ!!

「えーと?『魔物は魔力を持つ亜人族以外の生物の総称で、その中でも動物の見た目なのが魔獣』」

 つまりボールボーグは魔獣で、リザルドマンは魔物って分け方が正しいのか? ややこしいから統一しとけよ。

 じゃあ本題の、今まで倒した魔物達の正攻法だな。

「ボールボーグは......『巨大な針の球になって突進してくるので近付かれる前に高火力魔法で吹き飛ばしましょう。それが不可能なら罠魔法などで埋めてしまいましょう』......」

 うん、じゃあリザルドマンは?

「なになに?『魔法に対して高い耐性を所持しているので、耐性を貫通できる位の高火力で吹き飛ばしましょう』......」

 脳筋が......脳筋が過ぎるッ!!!! なんの対処法にもなっていない! 威力大正義すぎるだろ!

 ん、待て。まだ続きが書いてあるぞ?

「『――――尚、会話が可能な個体は進化して純粋な亜人族、“リザードマン”になる可能性があるので討伐はしないように!』進化?」

 魔物って進化するのか。それでいて進化すると人間と同じ扱いになると......なんかこの世界の魔物事情難しいなー

「――――マツル? 私疲れちゃったんだけど......」

 後ろを歩いていたホノラから声をかけられた。月刊ギルドを読むのに夢中で自然と歩くのが早くなっていたようだ。

「じゃあ少し休憩でもする?」

「それは大丈夫よ。その代わり投げても良い? 移動を短縮出来るわ!」

 お、移動を短く出来るのは良いな! でも一体何を投げるんだ?

「じゃあちょっと背筋を伸ばして立って......」

「うん、」

「行くわよ! 歯を食いしばって!」

 そう言うが早いか、ホノラは直立不動の俺を槍投げの要領でブン投げて、その上に飛び乗った。

「ぇぇぇぇ!? ちょっとホノラ!? 嘘だろ!?」

「はやーい! 飛んでる! これでチッチエナ村までひとっ飛び! 帰りもこうしましょ?」

「二度とごめんだァァァァ!!!!」

 数十秒でもう村が眼下に見えてきた。速度だけはまじで一級品だなこれ。

 あれ? これどうやって着地するの?

「ホノラさんホノラさん? これどーやって着地すれば良いですか?」

「あ......! 頑張って!」

 絶対そこまで考えずに俺の事投げやがったな!? ふざけんなよ!

「ぶつかるゥゥゥッ!!」

 ズガン! と凄い音をたてて俺は頭から地面に突き刺さった。その数秒後に、どのタイミングで離脱したか分からないホノラが俺の横にふわりと着地した。

 頭を引き抜いて辺りを見回してみると、ちょうど聖堂の目の前にいた事がわかった。

 既に扉は開いており、中から戦闘音が聞こえてきた。

「アイツ.......! 俺が頭抜くのに手間取ってる間に一人で始めたな!? 詳しい頭数は聞いてないんだから慎重に行こうって話し合ったのに!」

 急いで俺も中に入ると、既にレッサーキャットは7匹倒れており、ホノラは最後の1匹と戦闘をしていた。

 やっぱり目の部分に傷が付いていて潰れていた......今ホノラが戦っている1匹にもやはり目の辺りに黒い煙が纏わり付いている。

 黒煙は対象が死ぬと消えるのか...? 

「ホノラ! 助けは必要か?」

「大丈夫よ! もう...片付くわ!」

 その言葉通り、レッサーキャットは既に満身創痍、意識があるかどうかすら怪しい狂ったような形相で何度も飛びかかってはホノラに軽くあしらわれていた。

「ごめんね猫ちゃん! ほんとはこんな事したくないんだけど村の人とかに被害が出てるから!」

 その迷いの無い拳は確実に腹を捉え、レッサーキャットは殴られた勢いのまま壁に叩きつけられた。

「やったか?」

「楽勝! 今回はマツルは移動手段だけだったわね」

 そういえば俺何もしてないな。まぁたまにはこんなクエストもあっても良いか――――

「キシ......」

 崩れた壁の瓦礫の中から鳴き声が聞こえる......

 その瞬間、俺達はおぞましい空気の震えを感じ思考が生じる前にトドメを刺そうと身体が動いていた。

 今殺しておかなければ、コイツ(レッサーキャット)はヤバい......と。

――――しかし、思考より速く動いた俺達より一瞬早く、レッサーキャットの周りを覆っていた瓦礫が爆音と共に粉微塵になった。

 いや、爆音ではなかったのかもしれない。その時既に俺達の聴覚は奪われていたのだから。

―なんだ今の!? ホノラ! 大丈夫か!?―

―あ......―

 ホノラは目、鼻、耳、口から血を垂れ流し力無く突っ立っていた。気を失っているようだ......

 そして今気づいた。俺も耳が聞こえない...何があった!?

『......ちょっとまずいかもね...マツル君は私が聴覚保護を急いでかけたから一時的な聴覚異常で済んでるけど、彼女は危険な状態だ。すぐにでも回復魔法をかけないと』

 そんな......! レッサーキャットのどこにこんな能力が!

『今、瓦礫を粉にして出てきたアレは......レッサーキャットが進化した魔獣、”狂戦猫(キャスパリーグ)“』

 キャスパリーグ......って進化!? 魔物が純粋な亜人になる事だけじゃないのか!?

 レッサーキャット改めキャスパリーグは、先程より数倍は巨大になり、茶色だった体毛は黒く変色して禍々しい爪と牙を備えていた。

 進化しても変わらなかったのは、目の周りに黒い煙が纏わり付いていること。狂ったような表情で涎を垂らし唸っている所だ。

「――――やっと耳が回復してきた......ナマコ神、キャスパリーグの情報をくれ。事態は一刻を争う」

『私が適当に解析しておいた月刊ギルドの情報によると、あらゆる物を破壊する超音波。強靭な爪と牙。素早い動きが強みだね......てか、マツルは勝機があるの?』

「ある。一瞬で終わらせる」


◇◇◇◇


 俺の親父は言っていた。

――――我が流派は“斬れないものを斬る”事が真髄だと......

「ギィィィィ!!!!」

俺達を一瞬戦闘不能にした超音波をキャスパリーグが放つ。目が見えない分これで相手との位置や距離を測っているのだろう。

当たれば終わり。これで俺の仮説が間違ってたら結論は死。だが......

「音の疾さがあっても、当たらなきゃ意味が無いよなァ!!」

『音を斬った!?』

 その通り! これは技でもなんでもなく、親父の流派! 基礎中の基礎“刀法 滅入(めにゅう)”なのだ! これがあれば音だろうが水だろうが物理的に斬れないものを斬ることができるんだってよ!

『んな滅茶苦茶な......』

「ギャリャァァァァ!!!!!?」

 突然キャスパリーグが俺めがけて爪を振り下ろした。

 探知兼攻撃手段の超音波が通用しない事を本能で理解したのか......そうなったら人間とは桁違いの膂力で押し潰すのは良い判断だろう。

 相手が剣士の俺じゃなかったらな。

「じゃあな猫ちゃん......俺に近付いてきた時点で俺の勝ちだ」

【我流“介錯” 穫覇蝶(かるはちょう)

 それは狂気と苦しみから解放する慈愛の刃。

 俺に突き立てようとした前脚を強引に掴み地面に叩きつけ、俺は首を一刀の元切り落とした。

その瞬間、黒煙が霧のようになって散るのが見えた。やっぱり死ぬと消えるのだろう。

――――今はそんな事考えてる場合じゃない! ホノラを回復させなければ!

「ホノラ! 俺の声が聞こえてるか!?」

「あ......う......」

目は虚ろで呼吸も絶え絶えだ......

 今から村に急いで回復魔法をかけてもらう?

 いや、今の聖堂から村までまた少しだけ距離がある。この状態のホノラを動かす、またはここに置いておくのはリスクがデカすぎる。

『マツル君! 月刊ギルドだ! 今すぐ開け!』

 ナマコが頭の中で叫ぶ。本なんて今読んでる場合じゃないのに!

 そう思いながら開くと、そこには緑色に光る札がくっついていた。

「これは......! 回復の呪符!?」

『これが今月号の付録だったんだ!! 呪符は魔力のない君にも使える! 早くホノラちゃんの体に貼って!』

 俺は慌てて本から切り離し、ホノラの体に呪符を貼り付ける。

 すると呪符と身体が少し光り、その光が消える頃には呪符はポロポロと崩れていた。

「うぅ......猫は...?」

「安心しろ。俺が討伐した」

 ホノラはがっかりしたように俯いたが、すぐさま立ち上がって叫んだ。

「私もまだまだね......音如きで動けなくなるなんて! もっと強くならなくちゃ駄目ね!」

 いやね、音如きって、普通の人は死んでもおかしくなかったのよ? 

 ああいう攻撃を耐えれるようになったらもうどっちが魔物か分かんないなこれ。

「――――何やらすごい物音が......何があったのでしょうか?」

ボロボロになった聖堂へ入ってきたのは、この村の村長である老婆だった。


◇◇◇◇


「――――あなた方がサラバンドギルドの......私達の依頼を受けて下さり、ありがとうございます」

 俺とホノラは村長の家に迎え入れられ、食事をご馳走になった。

 村長から話を聞いて、色々と分かった事がある。

 まず聖堂にいたレッサーキャットは全てこの村で飼われていた魔獣だった。

 レッサーキャットは本来大人しい魔獣でこの世界ではペットとして人気が高いのだが、ある日突然暴れだし、沢山の住民を傷つけ、聖堂に立てこもったのだそう。

「それで暴れ出した日、目の周りに黒い煙が纏わり付いているのを見た......と」

「はい。初めは意識もあって、名前を呼ぶと少しは反応があったのですが、いつの間にかそれも無くなって......」

 ここまで話を聞いて、俺の中に1つの可能性が浮かんだ。

 それは、誰かに操られている可能性である。

 第三者が黒い煙を媒体とした魔法で魔物を操っているのだとしたら最近急に発生し出した事にも説明がつく。

 でも誰が? 何のために?

「分からん事を考えてもしょうがないな。村長、取り敢えず今回の依頼はこれで完了ですので、俺達はこれで。また何かあったらギルドマスターの方に」

「この度は本当にありがとうございました...」

 そう言って村長は何度も俺達に頭を下げた。

「よーしホノラ! 日が暮れる前に帰るぞ!」

「そうね! ハイ! マツルはビシッと立つ!」

 これは......まさか...!

「あああああああああああ!!!!」

「やっぱりはやーい!!」

 行きと同じように、俺はホノラに投げられ、ホノラは俺に飛び乗った。

――――

「賑やかな人達だったわね......あら、何かしら? 黒い......大波?」

 地鳴りと共に、何かが村へと迫っていた。

――――チッチエナ村が消滅したという話を俺達が聞かされたのは、それから2日後の事だった。