異世界ハードモード!〜持ってるチートスキルが使えなくても強くなれる剣士として努力を続けようと思います!〜

――――足の生えたナマコに追いかけられ、崖から落とされる夢を見た。

「なまこぁッ!」

 あまりの悪夢に飛び起きる。するとそこにいつもの自分の部屋は見当たらなかった。

 上を見上げれば、天井があれば見えるはずのない青い空……反対に下を見てみれば、ゆうべ干したばかりのふかふかのマットレスではなく、石でできた小高い台のような物の上に俺は乗っかっている。

「エイヤッ! 実りに我ら先祖の感謝を~」

 石の台より更に下から歌声が聴こえる……覗き込んでみるとそこには数十人の上裸の男が円を描きながら歌い踊っていた。

「夢だな……寝直そ」

 いやこれはさすがに夢だろう。この俺、#相州 真鶴__そうしゅう マツル__#18年の人生の経験上そうに決まってる。なんで夢の中で上裸のオッサンなんか見なきゃなんねーんだよ全く……

 ゴツゴツした石の上だと寝にくいなと思いつつ、俺はもう一度眠りについた。

――――

「おはよう世界! グッドモーニングワールド!」

 素晴らしい寝覚めだ! あんな変な夢見たけどこの快眠感でチャラだぜ! 朝の日差しが眩しいね!……ん? 全身に朝の日差し?

 眼前には先の夢の中と変わらない景色。小高い石の台に乗っかっている俺。覗き込めば上裸のオッサン……は不思議そうな顔で俺の事を見上げている。さっきより人数が増えてるし、踊ってもいない。

「あんた何者だ? ちょっと降りてこい!」

 オッサンの中の一人が話しかけてきた。歌の時もそうだったが多分これ日本語じゃないな……なんで理解出来てるんだ俺!? 

 ひとまず台から降りて話を聞かなくては。なんか恥ずかしい......

「あの、ここどこですか?」

 言葉が通じるか不安だったが、オッサン達は案外アッサリと答えてくれた。

 ここは”ダサラ大陸“から遠く離れた名も無き小さな島だという事。

 年に一度の豊穣を祝う祭りの最中に供え物を祀る祭壇が急に爆発を起こし、恐る恐る見てみると俺が寝ていたという事を教えてくれた。

 いや意味わからん。なんも理解出来ん。俺の知る限りダサラ大陸なんて大陸は地球に存在しなかったはず……つまりあれか? 

 異世界に転移した? 

――――まあ転移しちゃったもんはしょうがないよな!(てかそんなことあるわけないし) 

 多分俺がこの世界の運命とか握っちゃったりしてるんだろう!

「皆さん! この俺が来たからにはもう安心です! この異世界人の勇者! マツルがこの世界を救ってみせましょう!」

 俺の質問に丁寧な説明をしてくれたオッサン一同が馬鹿を見る目で俺を見る。

「あの……あなたは誰なんですか? 豊穣祭の最中急に現れて……」

「あ、すみません――――あの俺、名前はマツルと言いますです。なんか急に朝起きたらこっちの世界に来てたっぽくて、訳分からなくて世界がどうとか言ってしまいました……」

 あんれぇ? なんか思ってたのと違うぞぉ?

 なんか転移した人って……もうちょっと何かを託される感じじゃないの?

「なんか魔王が世界の支配を狙っているとか……」

「無いですね」

「チートスキルが無いと対処出来ない未曾有の災害とか……」

「無いですね」

「恐ろしい魔獣の危険に晒されてるとかも?」

「無いですね」

「俺……何すればいいですか?」

「……取り敢えず村でも見て回りますか?」

 オッサン達はとても良い人達だった。こんなに怪しい人物を暖かく迎え入れ、島の案内までしてくれた……

 村は質素だが衣・食・住どこをとっても困る事は無かった。やることが無いなら、私達と一緒に住まないか? と提案してくれた。

 村での生活は、日の出と共に始まり、日の入りと共に終わる。現代人にはなんともしんどいリズムだったが、すぐに慣れることができた。

 村を見て回った後、オッサン達......正確にはその奥さんが着る物を用意してくれた。服は和服と洋服を混ぜたという表現が一番近い独特な服装で。着心地が良く動きやすかった。

 次にご飯を食べさせてくれた。ご飯は魚と米を基本としたマジモンの和食であり、畑で採れた漬物もそれはそれは美味しかった。

 最後に家も用意してくれた。家は島民30人程が全員別々の家に住んでおり、その全てが平屋であった。ほぼ江戸時代である! 元の世界で住んでいた実家もそれなりに近い感じだったので特に違和感無く生活出来そうだった。

 もう一度言うが衣・食・住はなんの問題もなかった! 

 まぁ、何日経っても目は覚めないし、冗談で言った異世界転移も本当っぽいし、ここで暮らすか!

「――――っていやちがぁーうっ!!」

「ッ!? どうしたのお兄ちゃん......?」

 おっといけない。急に大声を出したら小さい子を驚かせてしまったようだ。

 一瞬で馴染みすぎだろ俺! ビビったわ! なに来てから一週間弱で子供の世話任せられてんだよ親の危機管理能力ゼロか!?

 そこじゃない。帰らなくては......!

「帰らなくてはァァァァ!!!!」

「お兄ちゃん空から降ってきたんでしょ? 空に帰るの?」

「ファー!」

 これは、このマツルという男がなんやかんやで元の世界へ帰ろうと頑張る。

 そんなお話よ!

「......今の誰の声? 頭の中に響いたような?」


◇◇◇◇


 女の子との出会いの無い異世界での生活にもほんの少しだけ慣れた頃、俺は壊れた農具を修理して貰いにグレンの所へと向かった。

 グレンは壮年のこの島唯一の鍛冶師で、村で使う道具全般の制作・修理を一人で担っている。

「グレンさーん! クワが壊れちゃって! 修理お願いできますか?」

グレンは赤熱した鉄を打ち、なにやら形を作っていた。あの形状は……日本刀!?

「グレンさんこれ……なんで刀が……」

「これか……これは昔“ガルディア”って国で作られてた刀剣でな、この村ではデカい魚を捌いたりするだけだが……ごく稀にこの村に訪れる大陸のギルドなる所の商人が買って行くのよ……ま、何に使うかは知らんがな」

 待て待て待て情報が多いぞ!? 刀そっくりのこの刃物は刀じゃなくて、大陸にはギルドがある!? おお! なんか急に異世界っぽくなってきたぞ!

「なあマツル……お前俺の弟子にならねぇか?」

 グレンはニヤリと笑いそう告げた。

「弟子? 鍛冶師の? それまたどうしてですか?」

「鍛冶師は生憎間に合ってる……お前……この刀剣の事を刀とか言ったよな? お前さん#コ__・__##レ__・__#、好きだろう? あーそうだ。ちょうど、ついさっきその商人に卸す用に打ってた一振りにキャンセルが出てなァ、勿体無いから誰かに使って欲しかったんだ。どうだ? この一振りに似合う男になって大陸で冒険者として名を上げる為にここで五年! 五年間俺の元で修行しねェか?」

「嫌です」

「即答だなおい......だが、強くなることが元の世界とやらに帰れる近道......と言ったらどうする?」

 グレンはそう言ってニヤリと笑った。

「それはどういう......」

「俺も伊達に長生きしてねぇからな。今まで何人か見た訳よ、元の世界に帰った奴を」

「どうやって帰るんですか!!?」

「いや、それは知らん。なんかすっごい強くなったら出来る方法らしいたァ聞いてるんだが」

 ざっくりしすぎだろ......

 だが、強くなる《《だけ》》で元の世界へ帰れるかもしれないって?

 上等じゃねぇか。やってやるよ。
 
 俺には待っている人がいる。帰らなきゃいけない理由があるんだ。

「グレンさん……いや、師匠! これからよろしくお願いします!」

「早速弟子としての初仕事だ。まずは掃除! 洗濯!」

「はい!」

――――俺はグレン師匠の元で強い男になる為の修行を始めた。

「マツル、魚に火が通ってないぞ」

「師匠! すぐに焼き直します!」

「マツル! 工房の掃除は終わったか?」

「師匠。 今すぐに!」

「マツルお前コラァ! 昨日の服まだ乾いてねぇのか!」

「それぐらいテメェでやれやバカグレンコラァァァ!!」

 家事しかやらせて貰えなかったので何度かキレて殴りかかった事があるが――

「俺に勝とうなんざ8年は早いわ」

「ずびばぜんでちだ......」

 グレン師匠はそれはもうガサツであった。てかガサツなんて言葉で片付けてもいいのか疑うレベルで酷かった。

 工房兼住居は一日三回掃除しないと強盗が入ったみたいになるし、基本食事摂らないし食べたと思えば野菜残すし米ばっか食うし怪我をするといい大人の癖に大騒ぎするし......

 こんなコドモオトナみたいな感じなのにそれはそれは、それはそれは超強かった。

 俺は勝負を仕掛ける度にボコボコに、それはもうボッコボコに負けた。

――――

「9万9千998......9万9千999......10万...よし、今日の日課終了っと。後は師匠の朝飯だけど、今日も魚で良いか」

 弟子入りして大体半年が過ぎた頃、遂に何もしてくれないと悟った俺は自力で強くなる為に自己の鍛錬を始めた。

 朝、島の誰よりも早く起きて1週5km程の海岸線を100週。その後の俺特製の大木を丸々一本余す所なく使った木刀で素振りを10万回。これを毎日繰り返した。

 最初は普通の大きさの木刀で、一晩中やっていたこの鍛錬も、徐々に木刀は巨大化して大木の幹を余す所なく使ったただの加工していない丸太に、海岸100周もいつからか日の出の少し前から始めても終わるようになっていた。

 それでも結局師匠には勝てた事無かったけど、最後の方ではボコボコのボッコボコではなくボコボコに怪我を軽減できるくらいにはなっていた。

 まぁ、特に何か大事件が起きる訳でもなく、あっと言う間に時間は過ぎていったのだった。


◇◇◇◇


あれから大体五年の歳月が流れた。俺はグレン師匠の弟子として今、最後の試練を迎える。

「マツル……弟子入りから五年、これが俺からつけてやれる最後の修行だ……これが終わったら大陸に行くなり元の生活に戻るなり好きにしちゃっていいぞ」

「五年って………四年目位まで俺修行らしい修行付けてもらった事ないんですけど……それまでほぼ炊事と洗濯と掃除しか――」

「細けぇことはどうでも良いんだよ。見て盗めってこった! 大体最後はちょびっと鍛冶師になってくれても良いかなとか魔が差して設計もさせてやっただろ!! ……っと、茶番はこれくらいにして最後の修行……それは……」

 設計の練習は魔が差してたのか......

「それは……」

 俺の生唾を飲み込む音が響く……最後の試練とは……?

「修行で培った家事スキルで俺を唸らせろ」

「はぁぁぁぁぁ!?」

 俺クソ強い鍛冶師の弟子になったんだよ? 四年間ほぼ家事しかしてなかったけど最後の一年は割と真面目に修行してたよ?

 なんなら強くなるためにめっちゃ鍛錬も独学でやったよ? 結構血のにじむような努力したよ? 

 強くなったか確かめる――――とかは岩斬ったりプレート集めたりしなきゃいけないからまぁアレとしてもなんで少しは上達した鍛冶スキルじゃなくて家事スキルを披露しなきゃいけないんだよ!

「と言うのは冗談で――――」

 冗談かよ! 

「俺に一撃でも当ててみせろ。実践編だ」

「おし! 上等だ!」

――――――

――――

――

「全っ然当てれねぇ!!!!」

 俺は唯の一撃すら当てる事が出来なかった。

「なんで当たんねぇの!? 」

 速い上になんか変な所で体曲がるし、俺の動きを予知してるとしか思えない反応速度で反撃(最早俺が動く前に攻撃が飛んでくるので先制攻撃)が飛んでくるし五年間これ一度も本気で相手されてなかっただろ......

「合格だ」

「えっ?」

 グレン師匠からの意外な一言に俺は驚きの表情を浮かべた。

「でも……俺一撃も入れられなかったじゃ無いですか! 一撃どころかほぼ未来予知レベルの反撃され続けて......」

「それで良いのよ。お前は俺に“超予測反応”を使わせるまでに強くなったって事だ! そのレベルまで至っているなら基本的にどんな奴にも負けねぇ!」

「グレン師匠……!」

 師匠は俺を弟子に誘った時と同じ笑みを浮かべながら刀と槌を手渡してきた。

「これは?」

「これは俺からの合格祝いだ! お前に大事に使って貰えるよう、俺の魂が籠ってる! あとその金槌はもし鍛冶をしたくなった時にでも使ってくれ! カッカッカ! 師匠から渡された剣! 略して師匠刀(マスターソード)だな!」

「やかましいです師匠。一回海に沈んでください」

 嬉しい……いや名前が某退魔の剣と同じなのは気になるが、誰もいなかったら全裸で叫び回りたい所だが師匠の前だ。やめておこう。

 そういえばさっきからなんだか空が赤いような? あれ?なんか地響きもするぞ?
 
 ふと空を見上げてみると、巨大な岩石の塊が迫っていた。
 この島を軽く凌駕する隕石が空を埋めつくしていたのだ。

「でぇぇぇぇ!? 隕石ぃぃぃぃ!?」

「巨大隕石ぐらいでガタガタ騒ぐんじゃねぇ! よくある事だろうが!!」

「あんな物がよくあったら困るんですよ!! 俺達どころか星ごと終わりですよ!!」

 てか、なんで島のオッサンどもは騒がないんだよ! 世界の終わりかもしれないんだからもっと騒げよ静か過ぎだろコラおい!

「――――だがしかし、弟子との感動の別れを邪魔されるのは癪だな......マツル、お前にあげたばっかりだがソレ貸せ」

 師匠はそう言って俺に渡した刀を受け取って構えた。

 まさか......まさかとは思うけど......

「――――あれをどうにかしようとしてます?」

「ちょっと行ってくる。よく見ておけよ!」

 そう言い残して師匠は地面を蹴り、跳んだ。

「マツル!! お前は俺の弟子だ! 今から俺がやる事はいずれお前にも出来るようになる! 力を、技を! 磨き続けろぉぉぉ!!!!」

 それ絶対ジャンプする前に言っても良かったよな......

「――――弟子の門出を......!! たかがデカい石如きが邪魔すんじゃねぇぇぇぇ!!!!」
 
 その瞬間、この星を丸ごと死の惑星に変える予定だった巨大隕石は真っ二つに割れた後、粉微塵に刻まれ消滅した。

 それがたった一人の人間によって成されたという事は、俺しか知らない。

 豪快な着地を決める師匠を見て、俺もこんな風になりたいと心の底から思うのだった。

――――

「ところでマツル……もう俺からしてやれる事は無いが……もう出るのか?」

「はい! 寂しいですけど、俺は俺のやりたい事をみつけたので!」

「そうか……それなら俺の小船をくれてやる。ここら辺は波も穏やかだ、三日もあれば大陸に着くだろうよ……食料も念の為五日分載せておけば安心だろ」

「ししょぉ~……好き」

「急になんだよ気持ちわりぃ! 俺はドライな関係が好きなんだよ! ほら! 早く準備しないと日が暮れちまうぞ!」

 マツルの急に出たデレに、グレンは顔を引き攣らせながらも少しだけ嬉しそうな顔をした。

「ッはい!」


◇◇◇◇


 俺は食料と水を舟に載せ、出航の準備を整える。

「じゃあな。頑張ってこいよ!」

「師匠こそ、俺が居なくなったあとちゃんと生活できるんですかぁ~?」

「はよ行けほら」

 師匠は舟を強引に蹴って進水させた。急いで俺も乗り込む。

「グレン師匠ー! 五年間もありがとうございました! 俺、立派に冒険者やりますから!」

 師匠は俺の方を見ることなく、ただ無言で手を振っている。舟は思ったよりも速く、もう姿はほとんど見えない。

「いよっしゃぁ! 待ってろよ異世界美女! 俺の事をチヤホヤしてくれよぉー!」

 天気はにわかに砂の雨、片道三日の航路を進む舟。

 希望に満ち溢れた俺はまだ知らなかった。この世界で刀剣を使うとはどういう事かを……

――――

「あ、マツルに言い忘れてたな……大陸だと剣士は完全に廃れて魔法使いしかいないって……まあいいか! カッカッカ!」

 グレンの呟きは、誰に聞かれるでもなく空へ消えたのだった。
―航海1日目―

 海は穏やかで快晴。まじで何の心配もない。一つ不満を言うとするなら屋根が無い事位であろうか? まあ小舟だし、あと3日で着くし文句は言うまい。


―航海2日目―

 まっじで何も書くことが無いくらいには平和だ。あえて書くとするなら昨日より風が少し強い事位か? まあ師匠は荒れることを知らない海だと言っていたし、心配は要らないだろう。


―航海3日目―

 信じられんくらいの嵐が直撃している。絶対舟2,3回沈みかけてる! でもこの嵐を乗り切れば大陸はもうすぐそこだろう! 俺は生き残るんじゃあ!


―航海4日目―

 終わった。ようやく荒れた海域から抜け出したと思ったら、食料及び飲み水が全て流されていた。大陸はまだ見えない。


―後悔5日目―

 腹が減った。知らぬ間に師匠から貰った刀を齧ったのか、口が血だらけになっていた。もし時を戻せるのなら、出航前に。いや、この世界に転移する前日の夜に戻してください。


―後悔6日目―

 何か書かなければ。気を紛らわせる手段がこれしかない。書かなければ。書かなければ。書かなければ。書かなければ。


◇◇◇◇


「書かなければあっ!」

 俺は何をしていた? 確か喉の渇きと飢えを紛らわせる為に日記を書いてて意識が遠くなって.......なんだここは? 何も無い。真っ白な空間だ。

「遂に死んだか.......俺」

 意識が途切れる前の状況的にも今俺がいる空間的にも、俺は死んだと考えるのが妥当だろう。

「――――いんや、まだ君は死んでいないよ」

「誰だ?」

 後ろから誰かの声と足音が聞こえる。こっちに向かってきているようだ。振り向くとそこには......

「なまこあッ!」

 俺がこっちの世界へ来た時の夢。その時に追いかけてきた足の生えたナマコが立っていた。

「ちょっ! おまっ! 誰なんだよほんとによぉ!?」

「誰! 君は私を知らないのか? 私の名は!!.......なんだっけ.......長いこと名乗りなんかしてないから忘れちった!」

「ナマコてめぇ何しに来たんだよ!」

 俺はなんかもう色々と我慢できなくて拳を振り上げナマコを殴りつける。

 ぶにょんという音が鈍く響いた。

 ナマコはとても柔らかかった。

「きっ.......君~いきなり殴るのは反則だろ~? でも、私は軟・体・動・物!! 物理攻撃なんざこれっぽっちも効かないのだァ~! 凄いだろ? 君もナマコになりたくなっただろう?」

 なんか無駄に可愛い声なのが腹立つので今度は生えている足を蹴ってみた。するとナマコはビクリと震えてのたうち回り始めた。

「いったぁぁぁい! ちょっと!! 私これでもレディーなんですけど!? なんでそういう事する訳!?」

 なんだろう.......レディーと聞いた途端必死にローリングして痛みを分散させようとしているナマコをちょっと。ほんのちょっとだけ可愛いと思ってしまった。

「話は変わりますがナマコこの野郎。この際あんたが何者かはどうでもいいとして、ここどこなの? 俺あの小舟の上でどうなったの?」

「はいそれいい質問! 言うなればここは君の精神世界.......的な感じのアレで、肉体的な君は今も舟の上で死にかけてるよ。ほれ」

 そう言うとナマコは俺の目の前になにやら画面のようなものを映し出した。そこには舟の上でぶっ倒れている俺が映っていた。

「.......これ、どうするんですか.......?」

「早とちりはダメよ~? それを今から君に教えてあげる所なんだから~!」

 うにうにと、いやナマコなのだからなまこなまことムカつく動きをしながら決めポーズを取っている。

 めんどくさいな。このナマコ。

「と言いますと?」

「君の肉体を今この海の上から大陸のどこか.......国のある所に飛ばします! そこまでは大サービスしてあげるから、あとはまあなんとか頑張んなさい」

 あれか、このナマコは神的な上位存在なのか.......多分.......ならここから少しおだてれば何かオプションが付いちゃったりするんじゃないの?

「まじ? あんた神だな! いやぁ~さっきは殴ったり蹴ったりして申し訳なかった!」

「いいよいいよ~。マツル君が今度から気を付けてくれれば!」

「さっき少し触れてみて分かったけど、あんた.......いや、ナマコ神様の足スベスベで綺麗ですね!」

「も~褒めたって何も出ないぞ?」

「それじゃあ言いたい事は言えたんで、ちゃっちゃと大陸のどこかの国に飛ばしちゃってください!」

「ちょちょちょ~っと待ちなさいマツル君!! 君.......中々見所があるじゃあないか! そんな君にはこの世界で役立つプレゼントを一つあげよう!!」

「プレゼント.......いえ、気持ちだけで十分です!」

「謙虚~! ますます君の事が気に入ったよ!――もうすっごく強い! 最早チートな能力あげちゃう!!」

ビンゴ!!! この人(ナマコ?)チョロいな.......ここまで読み通りに事が運ぶとは驚きだよ。

「では、有難く頂戴致します.......して、一体どんな能力が貰えるのですか?」

 そこが重要だ。これで使えない能力だったら本当に困る。てかキレる。

「ふっふっふ.......この世界にピッタリなチート能力を授けよう! その名も! 【全力全開(フルスロットル)】!!!」

「フルスロットル???」

「この能力は単純明快! 《《魔法》》の威力を無限に高める事が出来る能力ッ! 見た所君は剣士っぽいけど、魔法剣士と言うのも結構乙なものじゃないかい?」

「うぉぉぉ魔法剣士! 異世界っぽい!! 最高ですナマコ神様!!」

 俺は自慢じゃないがそこそこ強いだろう。しかも魔法無しでだ。

 そこに無限に強くなる魔法が加わる......?

 控えめに言って最高のチート能力じゃあないか!

「ありがとうございます! ナマコ神様! この能力、一生大事に使います!!」

「ウムウム――――私も話しかけてくれさえすれば必要な事は答えるから、気軽に頑張ってね~!」

 そのナマコ神様の言葉を最後に、俺の意識は再び闇へと落ちるのだった。


◇◇◇◇


「―――――?」

 誰かが何かを言っている。

「――? #“→@?」

「んん.......う.......」

「█▎▁А! @↓!」

 目を開けると俺の眼前には.......ものすごい美少女が覗き込んでいた。

「あなたは.......?」

「! @→↓#“・!!」

 俺は何が何だか分からないままその美少女に担がれてどこかの屋敷らしき所に連れてこられた。

 てかこの美少女、力すげーな。男一人担いでダッシュて。そうそう出来るもんじゃないぞ? 流石は異世界人ってやつか。

「0.『』▎→@??? →▎“А」

.......そういえば、運ばれてる辺りから意識は割とハッキリしてたけど、この美少女が何を言ってるのか全くわからん。あれ? 

 確かケルド島の人達の言葉は何もしてなくても自然と分かったよな.......ナマコ神ぁぁぁぁ! 早速ピンチです!! 

『それはね、多分ケルド島と大陸じゃ使われてる言語が違うからよ』

 脳内にナマコ神様の声が響く。

 成程こういう感じでアシストしてくれるのか.......って納得してる場合じゃねーよ! なんかそこら辺って神の力的なのでなんとかならないんですか!?

『あー.......無理ね』

 ナマコ神様はそうあっけらかんと答えた。

『だってほらマツル君、考えてもご覧よ。君の元いた世界だって生まれながらに触れてきた言語は何となく喋れてくるけど、いざ第二言語を習得しようとしたらなんかめんどくさかったでしょ? それと同じよ』

 そんなぁ!? 一体どうすりゃ良いんですか!?

『落ち着きなさい。ここは魔法の世界よ! ちょうど目の前に現地人がいるんだから、「言語習得魔法を使ってください!」ってお願いすればいいのよ』

 その手があった! てかそんな便利な魔法もあるのか!

「7·・#↓@А>?」

(ワタシ! コトバ! ワカラナイ!)

「./《》↗<.......」

 俺は少女の前で手をブンブンと振り回して必死にこの思いを伝えようとした。

 手を振り回し、必死に口をパクパクさせ、一体どれ程の時間が経っただろうか? 少女はハッとしてどこかへ行き、戻ってきた時には傍らに本を携えていた。

 表紙に魔法陣らしき物が書いてある赤い本。あれはかの有名な【魔導書】なるものでは無いか!?

「↓#『』→▎▁@.......ぽんぽんぺいん!」

 少女はなにやらブツブツと呟いた後.......「ぽんぽんぺいん!」と叫び俺の頭を魔導書で殴った。

「痛いよ!? なんで急に殴るの!?」

「?????」

 少女は「なんで言葉が分からないんだろう?」とでも言いたげな不思議そうな表情を浮かべ、またどこかへ走って行ってしまった。

 クリーム色に近い金髪のポニーテール。そして赤い瞳の可愛らしい女の子だったが、許せることと許せない事があるだろう。

「↗<>.▁А!」

「↗<▁А▎【】“?」

 しばらくしてから、少女は老齢の執事服の男を連れて戻って来た。俺の事を指さしながら、なにやら会話をしている。

「↓#『』→▎▁@.......ぽんぽんぺいん」

「お?」
 
 執事服の男が俺の頭に手を置いて先程と同じ詠唱を行う。

 先程と違うのは、殴られていない事と俺の体が薄く光った事だろうか?

「爺やどう? 成功した?」

「恐らくは.......どうですかなお客人。私達の言葉は理解出来ますかな?」

「おお! 分かります! ありがとうございます!」

「それは良かったです。しかしこの魔法は会話が出来るようになるだけで読み書きは改めて学ばないといけません。ご注意ください」

「それは私が教えてあげるわ! その前に、あなたの事を教えてちょうだい!」

 俺は少女に全てを話した。

 名前、朝起きたらこっちの世界へ来ていた事。ケルドという島から大陸へ渡る途中で遭難したこと。

 流石にナマコ神様の事は話さなかった。多分信じて貰えないだろうし。

「なるほどね.......って! あなた海で遭難したのよね!? なんでこんな内陸の国のど真ん中で倒れてた訳!?」

 詳しく聞いてみると、今俺がいる場所は大陸のほぼ中心に位置する【サラバンド】と言う王国なのだそう。ナマコ神はなんでこんな所に飛ばしたんだ.......

「あの.......川をバタフライで」

「それ遭難じゃなくて馬鹿って言うのよ.......?」

「そうなんです.......」

 畜生なんで内陸部に飛ばしたんだナマコテメェ!!!!

 少女は深い所まで聞いては来なかった。なにか事情があるのだろうと。優しい!

「それじゃあ次は私の自己紹介ね! 私の名前はホノラ! そっちの執事はベスビアス! よろしくね! マツル!」

 うーん可愛い。無い胸を反らし、満面の笑みで俺の事を見ている。最高ですありがとうございます!!!

 簡単な自己紹介をお互いに済ませた所で、早速大陸言語の読み書きの勉強が始まった。ホノラはそれはもう手取り足取り教えてくれた。ただ一つ想像と違った事は……

「だからその文字のそこで繋げたらこっちの文字と同じ形になっちゃうでしょ!? なんで何回も何回も同じ間違いをする訳!?」

「あーもうだから今消して直そうとしてただろ! 可愛いからって黙って聞いてりゃつけ上がりやがって! もっと優しく教える事は出来ねーのかよ!」

「あっそう......そういう態度に出るなら今すぐぶん殴って外に叩き出しても良いのよ?」

「すみませんでしたホノラ先生。これからもよろしくお願いします」

「じゃあ次はこっちの文ね!」

 ホノラは死ぬほどスパルタだった。

 しかしそのお陰か、俺は約2ヶ月で大陸語を完璧にマスターできた。ボディに拳二百六十と七発――蹴り百九十八発――俺も多少やり返したのでトントンか?

「こんな短期間で完璧に覚えるとは思わなかったわ......」

「ホノラさんのお陰ですよ! 本ッ当にありがとうございました!」

「私の方が年下だし...呼び捨てで......ホノラで良いわよ」

 ホノラは気恥しそうに頬を掻いて笑った。

「そうか?......じゃあ改めて、ありがとう! ホノラ!」

「って! そんな事はそんな事はどうでもいいのよ! マツルあんた、何しにその島から出てきたの?」

 そういえば、まだそこら辺話してなかったのか。

 こういう時はなんて言えばいいんだ?

「えーっと......強くなるため?」

 少しの沈黙が流れた後、ホノラは目を輝かせながら俺の手を取った。

「あら奇遇ね! 私も強くなりたいの! ちょうどギルドに冒険者の登録に行こうと思ってたんだけど......一緒に来る?」

 ギルド! 冒険者!!ってアレだろ? 依頼とかこなして、モンスター討伐とかするやつ!

 こりゃあ強くなれそうだ!

「よし! じゃあ行く! 目指すはギルド支部!」

「? そんな張り切って行くところじゃないわ。歩いてすぐよ?」

「あそう......」

 なんかいつもいつも絶妙に締まらねぇな......

 こうして、俺はこの世界での二人目の恩人、ホノラと行動を共にすることになった。
「マジであの屋敷からギルド支部まで近かったな......」

「でしょ? だからそんなに張り切って行く距離じゃないって言ったのよ」

 俺とホノラはギルド支部へ来ていた。なるほどデカい。

 ホノラの屋敷も相当デカいと思ったがそれより二回りは大きい。

「......なんかいざ中に入るとなるとドキドキするわね......」

「よ、よし! 開けるぞ……」

 俺は身長の倍以上の高さはある扉をゆっくりと開けた。そこに広がっていたのはThe、異世界! といった光景だ!

「うぉぉぉすげぇぇぇ! 真正面クエストカウンター! 隣に依頼の掲示板! 酒場まで併設されてるー!!!! 異世界っぽぉぉぉい!」

「ちょっと大きい声で騒がないでよ! アホみたいじゃない!」

 スマンがそれは無理な相談だ。誰しも一度はゲームで見た事があるであろう光景。

 カウンターでは簡素な鎧を身に纏った女性が受付のお姉さんから報酬を受け取っている。

 酒場では小人から巨人まで、様々な種族の冒険者達が昼間から酒を飲んでいる。

 そうか、ギルド入口の扉がやたらデカく、天井が無茶苦茶高いのはこの為だったのだ。

「冒険者ギルド、サラバンド支部へようこそ! ギルドへの依頼でしょうか?」

 俺達に向かって受付のお姉さんが話しかけてきた。

 でっっっっっ......視線が思うように上に行かない......

「マツル今凄く失礼な事考えなかった?」

「何も? あ、受付のお姉さん! 俺は冒険者になりたくて......そういえばホノラはなんの用事があったの?」

「私も! 冒険者になりたくて!」

 あらそうだったの。でもまあ確かパワーあるし、冒険者向きではあるか。

「あ! そうなんですね! それではお2人とも、カウンターで必要な書類を書いていただきますのでこちらへどうぞ」

「えーと......必要記入欄は......名前と?」

 名前はまあ......日本名の苗字なんてこの世界に馴染まなそうだし、【マツル】で良いだろ!

「希望する職業は......剣士と」

 これは確定。魔法も良いけど、今の所覚えてないし、しばらくは刀一本で頑張ろう。

「お姉さん、出来ました」

「はい! ありがとうございます! 確認しますね......えっ!? 剣士!?」

 お姉さんが叫ぶ。その瞬間、騒がしかったギルドが静寂に包まれた。

 え? 剣士って普通じゃないの? なんでホノラまで驚きの表情で俺を見てるの?

「おいおい兄ちゃん~? 今剣士になりたいって聞こえたぞ~?」

 酒場の方からドワーフの男が近付いて来た。かなり酔っているようで、足元がフラフラとしていた。

「兄ちゃん。何か魔法は使えるのかい?」

「使えない」

「じゃあどうやって仲間と連携を取りながら魔物を討伐するんだ?」

「そりゃ前衛と後衛に分かれてだろ」

「ギャハハハハハ!!!! こいつ何百年前から来たんだぁ!? 冗談がキツイぜ! ハハハハハハ!」

「どこの物好き聖騎士長様だろうなァ! ギャハハハハハ!!」

その言葉を聞いた酒場の連中は物凄い勢いで笑いだした。

「何がおかしいんだよ」

「兄ちゃん本当に何も知らないのか......? まあ教えてやろう。剣士と魔法使いがバランスよくパーティを組んでいたのはもう何百年も昔の話だ――――」

 酔ったドワーフのオッサンはなぜ俺が笑われているのかを、その理由を話してくれた。

 曰く、昔の人が「魔法強くね? これ剣士要らなくね?」ってなっちゃったらしい。
 
 この世界の生物は、多かれ少なかれ皆魔力を持って生まれる。

 1000年以上前はその差が大きく、魔力の少ない者は剣士、多い者が魔法使いと上手く分担していたそうだが、ある時その差が一気に縮まった。魔法が使えない程魔力が少ない種族がそもそも存在しなくなったのだ。

 そこからは話が早く、前衛が火力を出しながら適宜魔法使用という従来の流れよりもパーティ全員が魔法を使って吹き飛ばす方が効率的になり、剣士ではなく人それぞれに適正のある回復魔法や属性魔法と言った系統魔法を使える人物をバランスよく組み込む方式が主流となり今に至ると言う。

「――――みんな魔法使いだというのになんとも脳筋な......」

「でもまあその方法が何百年も変わらないってぇのはそういう事なんだろ――――つー事で兄ちゃん。何か魔法が使えるようにならねぇと、パーティ組む事すら出来ねぇぞ?」

「その点は心配いらないわ!」

「嬢ちゃんは兄ちゃんと一緒に来た――――」

「そう! この私、ホノラがマツルとパーティを組むって言ってるのよ!」

 ホノラは胸をドンと張り、声高らかに宣言する。

「一応聞くが、嬢ちゃんはどんな魔法が使えるんだ?」

「私も魔法は使えないわ!」

「「「アンタも使えねぇのかよ!!!」」」

 俺、酔ったドワーフのオッサン、酒場の面々から一斉にツッコミが入る。

「私......小さい頃から魔力量は凄く多いけど、どの魔法が適正か分からなくて......それで『魔法が使えない貧弱娘』ってよく虐められたわ――――」

 ホノラにそんな過去が......昔はか弱かったんだな......

「まあ私の事を虐めた奴らは全員殴って土下座させたけど」

 前言撤回、彼女は昔から強い。

「私が冒険者になってからやりたいことは、私に使える魔法を旅の中で見つける事! これは他の冒険者の誰でもない、マツルと一緒だからやりたい事なの!」

 なんだろう......凄く嬉しい。まだたった2ヶ月の付き合いだけど、ここまで信用されているとは。

「私の殴打に耐えたのはアンタだけだからね!」

 あ、サンドバッグとして信用されてるんですね。

「――ちょっと待った!」

「誰だ!?」

 ドワーフのオッサンに俺が言いたかった「誰だ!?」を取られたがそれはこの際どうでもいい。でも本当に誰だ? この感動ムードに包まれたギルドに水を差すのは。

 扉を勢い良く開けて現れたのは後ろに沢山の女性を連れた3人の男だった。

「そこの女......ホノラとか言ったか? お前、そんな腑抜けた男はやめてフォレと一緒に来い......例えまだ魔法が使えなかろうと......俺がキッチリと教えてやろう...男の味って奴を☆」

 真ん中で女を侍らせている男が、無駄に決めポーズを取りながらホノラへとウインクを投げる。

「パンナ様カッコイー!」

「しかも見てください! ホノラとかいう女、パンナ様に見蕩れて声も出てませんよ!」

 その後ろに控える男二人は、見た感じ真ん中のパンナとやらの子分のようだ。

「唖然としてんのよ!!......てかあんた誰よ!」

 ホノラはウインクに若干震えながらも、すぐにいつもの調子を取り戻した。

「嬢ちゃん...悪い事は言わねぇから、アイツに逆らうのだけはやめておけ!」

「なんでよ!」

「いいか嬢ちゃんに兄ちゃん......あいつらはBランク冒険者パーティの”女狩り“パンナとその取り巻きのヤリナとモクナだ! 美人な冒険者を見つけてはパーティから奪う、そうやってハーレムを作ってるんだ! 俺が気を引いてやるから、酒場の裏口から今日は帰りな」

 なんだその最低な連中は......

「ホノラ。オッサンの言う通りあんまりここで騒ぎにするのはよそう?」

「パン......三馬鹿とオマケ! 私はあんた達の仲間になる気は無いわ!」

 わーホノラちゃん、たった3文字の名前も覚えられないとは、余程興味が無いんだね! ってちげーよ! なんでわざわざ騒ぎを大きくするようなこと言うんだよ!? 

「ハッ......! ここまで気の強い女は初めてだ......なぜその男にこだわる? なんだその貧相な体つき! 俺のこの男らしいボディを見よ!!」

 急にパンナは上着を脱いだ。まぁ......うん、子分AとBが拍手してるけど、鍛え抜かれた肉体美かと言われるとそうでも無いからな?

「マツルは! 私の殴打に何度も耐えた! 初めての人よ! あと私下まつげ長い男嫌いなの。よってあんたは嫌い!」

「フッ......可愛い女の子の拳に耐えるとは随分とそこの男は強いんだな! なら俺がコイツより多く耐えれば!! 君は俺と一緒に来るのかい?」

「上等じゃないやってやろうじゃないの!」

「パンナ様~! こっちの男は俺達が締めても良いですか~?」

「ハッ! 良いだろう......このベテランBランク冒険者パンナが許可する......そこの貧弱な男はお前らが捻って差し上げなさい!」

 あ、俺も戦わなきゃなの? 2対1?

 こうして俺とホノラは異世界で初めての戦闘、対”女狩り“戦が始まるのだった。


◇◇◇◇


 流石に建物の中でドンパチやるのはまずいと言う事で、俺達はギルドの前にある広場で戦う事になった。

 ”魔法が使えない冒険者志望の男女がBランク冒険者と戦う“という話題は瞬く間に拡がり、見物人が凄いことになっていた。

「ヒヒッ! とっととパンナ様に平伏しておけば痛い目を見ずに済んだのになあ男野郎!」

「パンナ様にあの女は負ける。それにお前は俺達に負ける!」

「黙れ下っ端AB。起こしたくない揉め事起こされて俺ちょっと怒ってるんだよ......」

 ヤリナ&モクナ(下っ端AB)VS俺。

「フッ......可愛い女の子に手を出すのはいつも気が引けるなぁ......手加減してやろう」

「本気で殴るから、死なないように頑張んなさい」

 パンナVSホノラ。

――――

 「怒ってるだァ!? 魔法すら使えない雑魚が俺達二人にどうやって勝つって言うんだよぉ!」

 下っ端Aが吠え、杖を懐から取り出す。先端に石のようなものが付いた、30cm程の木の棒だ。

「俺の故郷には『弱い犬程よく吠える』って言葉があるんだよ。腰巾着風情がイキんな」

 俺も刀を構える。今回は殺し合いでは無いので両者戦闘準備を整えてからの開始だ。

「誰が腰巾着だァ!? 一撃で終わらせてやる! 【岩石魔法尖石大散弾(ストーンフルバースト)】!!」

「いけぇモクナ! ミンチにしちまえぇ!! 【炎魔法”災火炎砲(パニッシュフレア)】!」

 尖った石の塊と炎の弾が俺めがけて無数に放たれる。恐らく範囲攻撃系の魔法だが、俺のいる部分に範囲を狭めることによって逃げ場を無くした感じか? 色々と考えられているところは腐ってもBランク冒険者という事だろうか

『その通り~!』

 うおっびっくりした! ナマコ神様急に出てこないでくれよ!

『いやあ心配でね! それでどうするの?』

 俺はグレンの元で5年間修行した。何も闇雲に木刀を振っていた訳じゃないって事だよ。

『? どういう事?』

〈元の世界で俺の親父は俺に剣術を教えてくれた事があったんだ。最も親父と俺とじゃ動きの次元が違いすぎてその時はすぐに諦めたんだけど、今は剣士として冒険者になるって目標がある......だから取り敢えず見様見真似で頑張って鍛錬したんだよ、そしたら――〉

『そしたら?』

「まあ見てろって――」

「なっ!? お前いつの間に俺達の足元に!?」

「魔法使いだもんなぁ! 接近戦は弱いよなぁ!?」

 俺はちょっと本気で走って下っ端の懐に潜り込んだ。距離を詰められる。そんな経験は初めてだったようで、二人は魔法を撃つ判断が出来ない。

「速すぎ――!」

 降り抜かれた一撃が、轟音を立てて二人を襲う。

「ガッ.......!」

 二人は捉える事すらできなかったであろう高速の二連撃がその首を刈り取り、下っ端ABはその場に崩れ落ちた。

「峰打ちだから、多分死んではいないだろ......」

「うぉぉぉぉ! すげぇぜ兄ちゃん!」

「今のが魔法無し!? ホントか!?」

「いや、インチキに決まってる!」

 疑念や羨望、様々な思いの乗った歓声が降り注ぐ。

 めっっっっちゃいい気分!

――さて、ホノラ達の方は......

「な......ヤリナとモクナがこんな男にやられるとは......」

「アンタも似たような目にあわせてあげるわ!」

 なんとビックリまだ始まってすらいなかった! いやまぁコッチが数秒で終わったから当然といえば当然なのだが。

「おーいホノラー! とっとと終わらせて、飯でも食べて帰ろうぜー!」

「良いわよ! ギルドの中の酒場、ご飯美味しいらしいから、そこで食べま――――」

「ハッ! この俺の前で余所見とはいい度胸だなぁ! 服でも燃やして辱めを受けさせてやる! 喰らえ!!!! 【溶岩魔法“死で別つ恋路(デッドエンド・ラヴァ―)”】!!!!」

 地面から吹き上がる三本の溶岩の柱がホノラに襲いかかる。しかも上位魔法とは...よく知らないが、その名前と目の前の惨状から察するにこのパンナも相当な実力者のようだ。って感心してる場合じゃねぇ! これホノラ相当やばいん
じゃ――――

「あっついわね!」

 ボゴン!

 ホノラは襲いかかる溶岩柱を拳圧で吹き飛ばした。え、なんで?

「そんなバカな――!」

 いやほんとにそんなバカなだよ! 上位魔法とか言う聞くだけで凄そうな魔法を殴ってかき消すとかそんなバカな話あってたまるかってんだ!

 ホノラはもう二本の柱も同じように吹き飛ばし、ズンズンとパンナの真正面まで近付いた。

「じゃあマツルは耐えられた267発、耐えられるか試してみましょ?」

「ま、待――!」

「いーち!」

「ぅおごうぬっ!」

 綺麗なボディーブローがパンナの腹に命中する。パンナは一瞬宙に浮き上がった後、その場にうずくまってしまった。

「ま......待ってくれホノラちゃん! 俺もう降参だ――」

「駄目。にーい!」

「ぅべいっ!!!!」

 今度は脇腹に蹴りが入る。一撃目ではギリギリ意識を保っていたパンナもこれで完璧に気を失ってしまった。

 えぐい......俺が喰らってたのもうちょっと優しかったよな......愛ってやつだな。きっと。

「マツル、そっちに転がってる下っ端ABもちょうだい」

「ん? おう......」

 ホノラは一体何を始める気なんだ?


◇◇◇◇


「――ぐ......」

「んお......」

「な......」

「三人とも目が覚めたわね?」

 10分程待って、三人は目を覚ました。

「三馬鹿......アンタら、もう他のパーティから女の子を奪い取るような真似、しないわね?」

「あ、ああ! もうしない! この敗北に誓う!」

「じゃあ立って」

「「「はい!!!」」」

 俺もホノラも結構強めにいったはずなのにもうあんなに素早く立てるとは......やっぱり異世界人は頑丈なのか?

「いち!」

「にい!」

「さん!」

 ホノラが行った行為は、それはそれは皆が驚くものだった。

 頭を殴りつける事によって三人を垂直に、胸まで埋めたのだ。石畳の地面なのに。

「全員土下座」

「うぉぉぉぉ! 嬢ちゃんがBランク冒険者に勝ったぁぁぁ!」

 腕を組み、ホノラがそう呟いた時、俺の時とは段違いの歓声が湧き上がった。


◇◇◇◇


「さて、邪魔者にも勝ったし、俺とホノラはパーティで冒険者登録出来るんですよね?」

 俺は人混みの中に受付のお姉さんを探し当て声をかける。

「あ...はい! 今から手続きと説明を致しますのでこちらへ!」

「よし、まずは第1目標クリアと。じゃあ三馬鹿の仲間だった女性冒険者の皆さん? 貴女方に俺からなにかする予定は無いので、自由解散しちゃってください!」

「ありがとうございます!!!」

「もし行く宛てがなければうちのパーティでも――」

「感謝はしてますけど、魔法が使えない人のパーティはちょっと......」

「凄かったけど魔法無しはちょっとね......」

 女性達は散り散りに何処かへ行ってしまった。

 この世界で魔法はステータス。その土俵に立てなければイチャイチャでウハウハな夢の次元にすら行けないのか......

「私も仲間がもう一人くらい欲しかったけど、しばらくは二人で冒険者ね......」

「うん……」

 こうして、”女狩り“の三馬鹿に勝利を収めた俺達は、ひとまず冒険者になる事ができたのだった。
「――――では、身分の証明書でもあるギルドカードが出来上がるまで、冒険者の説明をしてしまいますね」

 俺とホノラは、受付のお姉さんと共に別室に通され、簡単な講習を受ける事になった。

「冒険者と魔物、そしてクエスト難易度にはそれぞれE~Sのランク分けがあります。ここくらいは知ってる人も多いかと思いますが――――」

 お姉さんの話を纏めると、みんな最初はEランクからスタート。討伐系のクエストは自分のランクの一つ上の難易度まで、採取系のクエストは二つ上まで受注出来るそうだ。

「冒険者ランクはD~Aまではクエストのクリア数や活躍度に応じて自動的に上がっていくので、あまり気にしないでくださいね。ここまでで何か質問はありますか?」

「はいお姉さん! Sランクになるにはどうしたら良いんですか?」

「それ、私も気になる!」

 俺の質問にホノラも追随した。やっぱりやるからにはトップを目指したいよな。

「いい質問ですね。Sランクというのは”世界を魔の手から護りし人類の英雄“にのみ与えられる、いわば名誉のようなものなので、ギルドの一存でSランク冒険者を設定する事はできないんです」

「じゃあ実質的なトップはAランクという事ですか?」

「そうです。でも、Aランク冒険者も一つの支部に数人しかいない超英雄級の存在なので、そこを目指して頑張ってくださいね!」

「「はい!」」

 俺たちは元気よく返事をした。そのタイミングで、カードと機械のような物が載った台車が運ばれてきた。

「あ、ちょうど来ましたね! こちらがお二人のギルドカードです。後はこれをこの魔道具にセットして......と! 後は魔力を流して完成です!」

 曰く、これが万が一の身分証になるのだそう。もし何かが起り遺体の判別が出来なくなっても、このカードを読み込めば誰だったか分かるという。やっぱり命懸けの職業なだけあるな......

「それではまずホノラさんからやってみましょう」

「わかったわ!」

 ホノラは魔道具の水晶に手を翳し、目を閉じる。

「ふん!」

 魔力を込め出すと同時に水晶が光り輝き――――! 爆発した。

「あ、あの...わざとじゃないんです! ちょっと加減が効かなくて!!」

 ホノラは泣きそうな顔で謝りだした。

「凄い魔力量ですね......この魔道具結構頑丈に作られてるんですけど...壊れたのは今回で史上2回目です......まあ、ちゃんとギルドカードが作れたので良いでしょう!」

「ねぇマツル! 私魔法の才能があるのかも!」

 さっきまで泣き顔だったのが嘘のように明るい顔になって飛び跳ねている。

「じゃあなんで今も使えてないんだ?」この言葉を言うとまた泣き出しそうなので、深く深く飲み込んだ。

 急いで代わりの魔道具が持って来られて、次は俺の番だ。

「はぁぁぁぁ......」

 ホノラの時は光った水晶が、今回はまるで光らない。

「魔力の反応がないですね......」

 お姉さんも不思議そうな顔をして見ている。

 あれナマコ神様ー? なんでー?

『マツル君......君魔力が無いね!』

 は?

『だからね、君は元々この世界の住人じゃないでしょ? 元の世界に魔法が無いんだから当然魔力も無い』

 そこら辺は何か修行とかで増えたりは?

『しないね~魔力量は生まれつきだから。君は一生、魔法は使えないよ』

 じゃあ俺がナマコ神様から貰ったチートの全力全開(フルスロットル)は? 魔法が使えないなら意味が無いんじゃ......

『......ごめーんね? 今はちょこっと私の魔力貸すからさ!』

 この瞬間、俺のチートスキルは完全に死んだ。落胆している所に何やら体に力が流れてくる感覚がした。これが魔力という奴なのだろう......

「すみませんお姉さん。もう一度いかせていただきます」

「無理やり魔力を流さないで、薄く掌に留める感じだと成功しやすいですよ~」

 今度は光った。ちゃんと魔力を流す事に成功したのだ。

 あれだな。体の中の水を手から出す感覚だな。

「あら......海獣と似た様な魔力...随分と珍しいですね」

 そりゃあ、ナマコの魔力ですからね。

「はい! という事でこれでお二人も、正式な冒険者として登録されました! それでは、頑張ってくださいね!」
 早速俺達は、依頼を受ける為にクエストボードを見ているのだが......

「何よこのE,Dランクの依頼の少なさはぁ! 私は早くランクを上げたいのにぃぃぃ!」

 あまりの少なさに、俺が何か言うよりも先にホノラがキレた。

「確かに少ないな......討伐系は『攻撃魔法が使える人のみ!』とかの受注制限があるし、それ以外の依頼はそもそも無い。まだ初日だし、そんなに急いで上げることはないだろ」

「ダメ! すぐがいいの! 高ランク冒険者になれば国家の魔導書の図書館にも入れるわ! そこにしか無い系統の魔法も多いの。もし私にそこの魔法に適正があったらすぐ行かないのは損じゃない!」

 ホノラの冒険者になりたい理由が少しわかった気がした。俺の目的も大事だが、ホノラの使える魔法を見つける目的にも力を貸そう! 

 「お~兄ちゃんに嬢ちゃん! 無事に冒険者になれたんだなぁ!」

 先程パンナ達から俺達を助けてくれようとしたドワーフのおっちゃんが駆け寄ってきた。

「ドワーフさん! さっきは助けようとしてくれてありがとうございました!」

「いやぁ兄ちゃん達がぶっ飛ばしてくれてスカッとしたよ! あと、俺の名前はドワーフさんじゃなくて”メツセイ“な!」

「メツセイさん、それでどうかしたんですか?」

「兄ちゃん達、低ランクの討伐依頼がなくて困ってるんだろ? いい事教えてやろうと思ってよ!」

「いい事ですか?」

「そう! なぜ低ランクの討伐依頼が少ないか分かるか? それは魔物を討伐した方が早くランクが上がるからだ」

 成程。確かに理にかなっていると言える。危ない依頼をこなした方が強くなるのは当然だろうからな。

「ならばどうするか! 採取依頼は2ランク上の難易度まで受注する事が出来る。しかも、採取中に魔物を討伐してもその討伐数はランクアップ条件に加算されていくんだ」

「つまりCランク採取クエストをこなしつつ魔物を討伐すれば爆速でランクが上がるって事ですか!?」

「その通りよ! 教えてやったからにゃあ、この方法使って早く出世して、俺に酒でも奢ってくれや! ガッハッハ!」

「メツセイさん! ありがとうございますっ!」

「ちょっとこれ凄くいい方法聞いちゃったんじゃないの!?」

 横で話を聞いていたホノラも目を輝かせながら俺に抱きついて揺らしている。

「――――じゃあ、このCランクの採取クエスト【特選!!青魔ンドラゴラ3個の納品】やっちゃうか!」

「おー!」

 俺とホノラは、魔ンドラゴラを取るなら必要だろうという事で耳栓を購入して、森の中へ向かうのだった。


◇◇◇◇


「――――で、青魔ンドラゴラってどこに生えてんの?」

「そりゃあ【特選!!】なんだからそう簡単に見つからないでしょ」

 俺達はサラバンドの西に広がるウッソー大森林、その奥地に約3日をかけて到達した。

「あ、そういえば依頼文に『デカい木の根元に生えてる青いキノコっぽいのが魔ンドラゴラ』って書いてあったな......」

「あ! マツルみて! このキノコじゃない?」

 ホノラが手を振っている方に行ってみると、確かにデカい木の根元にビビットブルーのキノコが四つ生えていた。

「ちょうど三本あるし、これでクエストクリアね!」

「何そのまま抜こうとしてんのストップストップ!」

 俺はホノラがそのまま抜こうとしているのを急いで止めた。

「良いか? 魔ンドラゴラってのは、抜いた瞬間に叫び声をあげるんだ。それを直接聞くと死ぬから、耳栓買ってきたんだろ?」

「マツルって異世界人なのに変な所詳しいわね......」

ゲームとか本の知識だよね。

「――――ホノラ耳栓付けたか?」

「......え?」

 俺の声が聞こえて無さそうなのでバッチリだな!

 俺とホノラはせーので魔ンドラゴラを引き抜いた。

 世にも恐ろしい絶叫とは、一体どんな声なのだろうか――――

”マンドラゴラァァァァァァ!!!!!!“

「お前そうやって叫ぶんかいィィィィ!」

 意外すぎる絶叫に驚きながらも俺達は、特選!!青魔ンドラゴラを3本収穫することに成功したのだった。一本は残しておこう。過剰採取は良くないことらしいからな。

「――――声圧にはちょっと驚いたけど、案外楽勝だったわね!」

「Eランクの俺達でも行ける採取だからな。ちゃんと対策すればこんなもんだ――――」

 物陰からガサガサと、何かが近付いてくる音がする。

「なんの音?」

「しっ......ホノラもいつでも戦闘ができるような体制を取って......」

「わかったわ!」

 俺も刀を抜き構える。物陰から現れたのは、背中に大量の棘を蓄えた魔獣であった。

「グルルルルル......」

 魔獣は棘を逆立たせ、臨戦態勢といった様相だ。

「ホノラ、あの魔獣は?」

「あの魔獣は針球獣(ボールボーグ)、Cランクの魔獣ね。背中を丸めて大きな針球になって突進して来るわ! ちょうどあんな風に......」

 ホノラの説明の通り、ボールボーグは巨大な針の球となりこちらに転がって来た。

「避けろ避けろ!! あんなの喰らったら全身穴だらけだぞ!?!?」

「あっぶないわね!」

 突進を間一髪で躱した。するとボールボーグは俺達の後ろにあった大木に激突! 大木はメキメキと音を立てて根元から倒れてしまった!

「グルルルルルル......」

 ボールボーグは針球から元に戻り、フラフラとよろめき始めた。

「流石にでっかい木とぶつかるのは堪えたか!? 今の内にトドメを刺してやる!」

 俺は身動きの取れないボールボーグに向かって刀を振り下ろす。しかし、刃は背中の針の塊に阻まれ体に傷を付けることは出来なかった。

「かってぇ! ホノラのグーパンチでなんとかならないか!?」

「嫌よ! あんな針触ったら痛いでしょ!?」

 ちょっとくらい我慢してくれよぉぉぉ!

「――――じゃあ俺が首を落とす!」

 顔の部分に近付いて初めて気が付いた。コイツ、目が完全に潰れていた。

ただ傷付いている訳じゃない。ドス黒い煙のような物が今も顔を喰っているのだ。

「!?  なんだその顔!?」

 俺は一瞬、刀を振り下ろすのが遅れてしまった。その一瞬でボールボーグはまた針の球になり、次は俺達を殺さんと雄叫びをあげた。

「ああなっちまったらアイツは無敵だ! 何か衝突させられるようなデカい木とか岩は!」

 クソッ! 近くにそんな都合良くある訳ないか!

「――――マツル! ボールボーグを出来るだけ引き寄せて私の所に走って!」

 ホノラは先程倒れた大木の近くに居た。何か策があるようだ。

「オーケイ! 信じるぞ!」

「グルギャァァァァ!!!!」

 俺が走り出すと同時に、ボールボーグ改め巨大針球も突撃を始める! 少しでも気を抜けば追い付かれるスピード感でホノラの元へと飛び込んだ。

「――――一体何をする気なんだ!?」

「マツルもちゃんと耳塞いどきなさいよ!」

 ホノラは倒れた大木の根元に生えていた青いキノコを抜き去った。あのキノコは俺達がさっき残しておいた――――

”マンドラゴラァァァァ!!!!“

「グギィ!!?!!?!!?!?」

 ボールボーグが俺達を串刺しにする直前、魔ンドラゴラの絶叫を耳にしたボールボーグは泡を吹いてその場に倒れ込んだ。

「魔ンドラゴラの声を直接聞いたら死ぬ。そうだったわよね?」

「ああ......助かった!」


◇◇◇◇

「さて、高ランクの魔獣も討伐できたことだし、依頼も達成してるし、帰るとするか!」

「そうね! こんな完璧にこなしたんだったら、一気にDランクに上がっててもおかしくないんじゃないの!?」

「帰ったらメツセイさんに感謝しないとな~」

「――――それで、どっちから帰るの?」

 あれ? そういえば森の地図って無いよな......?

「ホノラちゃん......? 帰り道ってどっちか覚えてる...?」

「? 分からないわよ? マツルが知ってるんじゃないの!?」

 その後、たまたまこの森にクエストに来ていたメツセイさんに発見されるまで二日、俺達は森の中を彷徨うのだった。
「――――んで、俺が来なかったら森の中で野垂れ死にしてたかもしれない......と」

「メツセイさんいやもう本当にありがとうございます」

 採取クエストでウッソー大森林に赴いた俺とホノラは、Cランク魔獣の”ボールボーグ“に襲われたり、帰り道が分からなくなるなどのハプニングがあったものの、なんとか街まで帰ってくる事ができたのだった。そして受付に魔ンドラゴラを提出してびっくり! なんと初クエストでDランクに上がる事が出来たのだ! 

 受け付けのお姉さん曰く「採取難度Cの魔ンドラゴラでこんなに元気な顔なのは初めて」との事。魔ンドラゴラは口が開いていれば開いている程良質な薬になるらしく、それが一発昇格の決め手だったんだそう。

 しかし、帰ってからいい事ばかりは続かないのであった。

「ギャハハハハハ!! 大体商人でも半日あれば覚えられる探索魔法すら使えないクセに大森林に入るのが間違いなんだよ!」

「やっぱり魔法が使えない奴らの集まるパーティはダメだな! 出直してこい~!」

 酒場の酔っ払い冒険者が俺達を笑い者にして酒を浴びている。あーもうほらホノラなんか涙目になって下を向いちゃって。

「やめねえかお前らァ!」

 その場を一喝したのはメツセイだった。

「コイツらは冒険者になりたての新米(ルーキー)だ! ”女狩り“の一件で
強さは申し分無いと思って高ランクの依頼を紹介した俺にも責任がある! 笑うならまずこの俺を笑いやがれ!」

 メツセイの言葉で周りは静まり返る。ドワーフのおっちゃんカッコよすぎかよ! ならず者集団の大将って感じがしていいね!

「でもよぉメツセイ、コイツらがボールボーグを仕留めたってのはいくらなんでも信用出来ねぇぜ?」

「魔法が使えても沼魔法で沈めて窒息...ってのが定石のアイツを......しかも男位の大きさなんてそうそういないぜ...?」

 まぁ知ってたけどここも疑いの声が漏れ出てきている。ボールボーグの死体は持って来れなくて証拠も無いので当然と言えば当然なのだが。

「そういえば兄ちゃんに嬢ちゃん、あの時のボールボーグの死体はどうしたんだ? 確か俺と森で会った時には嬢ちゃんが担いでたよな?」

「あぁ......帰り道で腐り出して...それで......う気持ち悪くなってきた」

「暑かったですからね...腐敗が中々に早くて......」

 ホノラの背中が腐敗した死体でぐちゃぐちゃのびちゃびちゃになったのだった...あれは女の子じゃなくてもトラウマだよ。俺も思い出したくない。

「それぁ災難だったな......」

 本来なら保存魔法や氷魔法が必ず一人は使える為、長距離移動でも防腐処理は完璧なのだそう。よってメツセイもこのような状況は初めての体験らしい。

「あ、そうだ。ボールボーグ関連で一つ皆さんに聞きたい事があるんですけど――――」

「おう? どうしたんだ兄ちゃん?」

 メツセイだけでなく酒場の冒険者も、果ては受付のお姉さんまで興味津々な顔で俺を見始めた。大勢の人の前で質問なんて小学校以来だからなんか緊張する......

「あの、実物は見せられないんですけど、俺達が倒した個体の目が潰れてたんです。しかもただ怪我したんじゃなくて、よく分からない黒い煙みたいなのが顔を食べてて。そういう魔物とか魔獣ってよくいるんですか?」

「なんだそれ...聞いた事あるか?」

「さぁ? 見た事も聞いた事も無いな」

「魔法が使えないのをバカにした腹いせで俺達をからかってるんじゃ無いのか~?」

「ちげぇねぇ! さっさと白状しちまえよ!」

 なんでそうなるんだよ!? 

「お前らいい加減に――――」

「良いわよメツセイさん。こんな酔っ払いに何かを期待した私達が悪かったわ。マツル、帰りましょ!」

 ホノラは俺の手を強引に引っ張りギルドを後にしようとする。

「嬢ちゃんちょっと待ってくれ!」

 俺を反対から引っ張る形で引き止めたのはメツセイだった。

「なに?」

「さっきの詫びの話だ! 嬢ちゃんも兄ちゃんも装備がなんと言うか......簡素だからな! 良い武具屋紹介してやるよ!」

「おお! 武具屋! やっぱりあるのか!」

 俺のホノラの装備は、お世辞にも立派とは言えない物である。

 俺は師匠から貰った刀一本だけだし、ホノラに至っては完全丸腰である。今回の一件でさすがに防具位は欲しいねと二人で話をしていたところだったのだ。

「――いいじゃない! 早く行きましょ!」

「嬢ちゃんも乗り気で助かるぜ! 案内してやる!」


◇◇◇◇


 メツセイに連れられて、俺達は街の外れまで来ていた。

「――――ここだ。この店は、俺が知る限り最高の品を提供してくれる」

 メツセイが立ち止まり指さした建物は、やけにボロボロで、入口の前に掲げてあったであろう看板は掠れて文字を読み取る事は出来ない。

「メツセイさん? ホントにここであってるんですか?」

「ああ! ここの店主は...まぁなんと言うか少々ガサツでな。あんまり見てくれにゃあ興味が無い訳よ」

「だが、腕は本物だ!」と豪快に笑いメツセイはドアを開けた。それと同時に店の中からホコリとカビが解放される。

「これはガサツなんてもんじゃ無いわよ!? 何をどうしたらこんな埃だらけになるわけ?」

 メツセイを含む3人の中で一番綺麗好きであろうホノラが目を見開き驚愕の表情で叫ぶ。

「やっぱり職人って放っておくとこうなる運命なんですかね......」

 俺は師匠の家の惨劇を目にしているので動揺が少ない。何か一つを極める職人は、それ以外の部分が疎かになってしまう物なのだろう。弟子の修行とか弟子の修行とかね。

「やっぱり兄ちゃんと嬢ちゃんはお似合いのパーティだな......おーいフューネス! 生きてるかー!!」

 一体どこでそう思ったのか分からないメツセイが店の奥へ声をかける。

 少し時間を置いて、店の奥から人影が現れた。

「――――ンだよ久しぶりに客かと思ったらお前かよメツセイ......飛び起きて損したわ...」

「残念ながら本当に客だ。俺じゃないがな」

 メツセイと親しげ(?)に話すその人物は、メツセイと同じ褐色の肌で、茶髪の女性だった。名前はフューネスと言うらしい。

「ほーん...メツセイにしてはやるじゃないか。こんな可愛い男の子を連れてくるなんて......」

 近くで見るとよく分かる。フューネスはデカい! 威圧感がすごい! 後顔がちょっと怖い!

「――――食べるなよ?」

「安心しな! メツセイにはアタシが客も食べる怪物に見えてンのかい? それに、アタシはもう少し年下が好みなんだよ......」

「良かったわねマツル! 食べられそうだったけど助かって!」

 にこやかなホノラがヒソヒソと耳打ちをする。ごめんなホノラ。多分言葉通りの意味じゃないんだ。

「食べるってそういう意味じゃ......」

「違うの? じゃあなんの事?」

 あ、知らないなら大丈夫でーす。そのままでいてくださーい。

「それで、客はなんの用だい? まさか! ウチが武具屋だと知ってここに......」

「フューネス......俺が連れて来たんだから当たり前だろうが!」

 なぜ俺達がここへ来たのか、メツセイが全て説明してくれた。魔法が使えないから近接戦闘主体な事と、そしてそれに伴う装備が欲しい事を。

「――――つー訳なんだが、一つ頼まれちゃくれないか?」

「無理だな」

 無理なのかよ! 腕のいい職人じゃ無かったのか!?

「理由は2つある。まず1つに、アタシは近接戦闘主体の奴に向けた装備を作った事がない。ジジーの代まではノウハウがあったらしいが親父が儲からないからと私に作り方を教えちゃくれなかった」

 元の世界でも似た様な悩みがあった気がするな......伝統技術の後世の担い手が少ない的な問題とそっくりだ。

「そして2つ目。これが技術云々よりも問題だ」

「その心は?」

「頑丈な防具を作る為の鉱石が足りねえ。魔鉱は腐る程あるのに普通の鉱石が全くと言っていいほど手元に無い」

 フューネスが言うには、鉱石にも大まかに分けて通常の鉱石と魔力を大量に含んだ魔鉱石の2種類があるのだと。

 魔鉱石は魔力を通しやすい為様々な魔道具や魔法発動の触媒としてはよく使われるが、硬さに難点があるという事で防具には向かないそうだ。そして通常の鉱石の採掘量が段々減ってるんだと。

 そもそも魔法使いしかいないこの世界では、防具と言えば対魔力に耐性のあるローブやコートを着用するのが一般的。物理攻撃はされる前に消し飛ばすのが常識なのでこの問題はあって無いような物なのだが......

「俺達には致命的だな......」

「どうするマツル? 私達も殺られる前に殺るノーガード戦法で行く?」

 ホノラ、それは余りにもリスクがあるね。うん。

「――――という事で客とメツセイに冒険者として依頼を出そうと思う! 私が案内するので、質の良い鉱石が取れる坑道までの護衛と採掘の手伝い! 報酬はアンタ達に最高の武具防具を作ってやる! どうだい? 受けるかい?」

 フューネスはメツセイそっくりな豪快な笑みを浮かべ提案をしてきた。ホノラの方に顔を向けて見るとウキウキ顔で頷いている。決まりだな。

「その依頼! 受けさせていただきます!」

「じゃあ決まりだな! アンタら、すぐ出かけるよ! 準備しな!」

「「はいっ!」」

「あー...フューネス? 俺の報酬は?」

「メツセイにはギルドの酒場で酒でも奢ってやるよ。それが一番好きだろ?」

「流石は俺の旧知の友!! 最高だぜ! ガハハッ!」

 酒と装備で繋がる信頼。俺達は準備を整え、採掘場へと向かうのだった。


◇◇◇◇


「目無しの魔物...か......」

「はい、最近入ったばかりのマツルと言う冒険者がウッソー大森林で見たと」

 ギルド内のとある一室で受付嬢と若い男が話をしている。

「何か不吉な事の前触れかもしれない。他の地域でも目撃した人物がいないか調べておいてくれ」

「かしこまりました。ギルドマスター」

――――目を黒煙に喰われた魔物、これは僕が動く案件かもね。

 ギルドマスターは思案する。全てはこの街を、国を守るため。
「――ここが魔鉱じゃない鉱石が大量に眠ってると噂の、”イクッサ大坑道“だ!」

 フューネスの案内で俺達はサラバンド王国の裏に聳える”イクッサ山“の中腹に来ていた。

「休憩があったとは言え山道を半日は......中々にキツかったわね...」

「結構急な山道だったのに......メツセイさんもフューネスさんも平気そうですね」

 へばっている俺とホノラとは対照的に、二人はピンピンしていた。

「――――ん? ああ、俺達は同じドワーフの国、“ハントヴァック”の出身でな。その国を出入りする為にはこの山以上の険しい道を通らなくちゃならなかった訳よ」

「そうそう。この山みたいに魔獣が少ない訳じゃないからしょっちゅう襲撃を受けて」

「その度にフューネスが道ごと魔獣を吹き飛ばすから国王によく怒鳴られたなぁ! ガハハッ!!」

 メツセイとフューネスは同郷なのか。

 しかしドワーフの国ハントヴァックか......可能ならば是非とも行ってみたいね!

「――――さ、お話はこれくらいにして、そろそろ坑道に入るよ。誰か光源魔法を使える奴はいないかい?」

「あ、すまねえ......こんな事になるなら俺が使えるようになっておけば良かったな......」

 メツセイが俺達が魔法を使えない事を察してか謝りだした。確かに薄暗い坑道で灯りが無いのは探索難度が大きく変わる。

 だがしかし! 今回はそんな事もあろうかと、俺が準備してまいりました!

「メツセイさん! 大丈夫です。こんな事もあろうかとコレを持ってきました」

 俺はポーチの中をゴソゴソと漁り手の平サイズの魔道具を取り出す。

充魔(チャージ)式ポケットライト~」

 これは魔ンドラゴラクエストの報酬で買った俺達の新しい便利アイテムなのだ!

「この魔道具は魔力を充填する事で従来の光源魔法の約1.3倍(当店比)の光が出せるそうです」

「私の大量の魔力が込められているから結構持つはずよ!」

 ホノラは魔法が使えないだけで魔力の操作は出来るみたいなので、今回は魔力を充填してもらった。

 坑道の中のはずなのに、外と変わらない位の光が放たれる。

「すごい魔道具があるもんだなぁ......」

「感心は後でしな! これは先頭のアタシが持とう。よし!! じゃあ迷わないようにね!」

 先頭にフューネス、続いて俺とホノラ、最後尾にメツセイの並びで俺達はようやく坑道内部へと足を踏み入れるのだった。


◇◇◇◇

「ここも落盤してるのか......ホノラ、頼むよ」

「わかったわ! せーのっ!!」

 道を塞ぐ大岩をホノラが殴り砕く。

「いいねー! 最高だよ!!」

 どうやらこの坑道は随分と前に廃坑になっていたようで、あちこちで道が崩れていた。しかし新しく道を掘るのは               面倒なフューネス主導の元、ホノラが絶妙な力加減で落盤箇所の岩を粉々にして強引に進んでいるのだった。

 木材で多少支えられているだけの粗末な通路。いつ全体が崩れてきてもおかしくはないな。

「はは......嬢ちゃんすげぇな」

「あんまり怒らせないようにしよう......」

 女性二人が笑いながら突き進む後ろで、男二人は若干引きながらその後ろをついて行く。異世界の女性、恐るべし。

「グルギャァァァァ!!!!」

「キャァァァァァ!!!!」

 曲がり角の先でホノラと明らかに俺達の物とは違う絶叫があがる。

「何があった!?」

「ッッ!! なんでこいつが......」

 俺とメツセイが見たものは、二又の槍を持った巨大な蜥蜴だった。

「フューネスッッ!!!!」

「フューネスさんが......私を庇って...怪我を......」

 ホノラに覆い被さる形で項垂れるフューネスの背中はばっくりと裂け、血が噴き出していた。

 そこに大蜥蜴が止めを刺さんと槍を振り上げる。

「――――危ねぇ!!」

 俺の刃が間一髪で槍を受け止める。凄いパワー...俺が押し負けそうとか、どんな冗談だよ......

「早くフューネス抱えて下がれ!! メツセイ! 回復を頼む!」

「そ、それじゃあ兄ちゃんが一人で」

「俺は大丈夫! 絶対勝ちます!」

 三人が安全な場所まで下がった事を確認してから、俺は槍を弾き体制を整えた。

 ナマコ神、この蜥蜴(コイツ)、なんだか分かるか?

『なんだか段々私の呼び方雑になってな~い? まぁ良いけど。この魔物は“蜥蜴亜人(リザルドマン)”。Cランクの中でも上位の魔物ね。硬い鱗は高い魔力耐性を持ち合わせ生半可な魔法は効かない.....って君には関係ないか!』

 腹立つこのナマコぉぉぉ!! その一言が余計なんだよ。その一言で俺の心が傷付いちゃったらどーすんのって話よ。

「さてどうやって戦おうか」

 よく見たらコイツも目に黒い煙が纏わりついている。傷だらけで、恐らくだが全く見えていないだろう。

 降り注ぐ槍の雨を捌きつつ考えてみるが、何も有効打点が思い付かないね。

 まず硬いからって火力の高い技はダメだ。万が一それで天井が崩れて生き埋めなんて事になったら笑えない。だからホノラも下がらせた。

「よし! アレで行くか......」

 最っ高の作戦を思いついた。あんまり使いたく無かったけどこれしか勝つ方法がないししょうがないな。

――――

「マツル......何してるの...?」

「兄ちゃん、リザルドマンの攻撃を避けながら少しづつ攻撃してやがる!」

「でもどれも致命傷になってないわよ!? このままじゃ先に限界が来てマツルが負けるんじゃ――」

 そんな会話が俺の耳に入ったので、声をかけてみる。

「あー、安心して? もう俺の勝ちだから。メツセイさん、フューネスさんは大丈夫ですか?」

「フューネスは心配ない! 上位回復薬(ハイポーション)を飲ませた!」

「ギュリィィィ!?」

 お? リザルドマンの攻撃が徐々に遅くなってきたぞ? つまり俺の技が効いて来た訳だな?

「どーゆう事!? マツルはちょびっとしか攻撃してないわよ!?」

「何が起こったんだ......? 兄ちゃんまさか遂に魔法を――!」

 遂に攻撃の手が止まりその場に膝をついたたリザルドマンの首に刃を当てる。

「魔法は相変わらず使えねーよ。コイツは俺に攻撃を捌かれると同時に斬られてたんだよ。全身の”血管“と”筋繊維“をな」

「剣士ってのはそんな高等技術が使えるのか!」

 そりゃ、大きい二足歩行する蜥蜴の体組織なんて分かる訳が無いから適当に斬りまくったんだけどね。

 因みに、これは俺の親父一番のお気に入り剣技らしく、真っ先に教えて来た。大事なのは相手を如何に無力化出来るかだ......と。
 当時の俺はやってる事えぐいと思っていたから、まさか自分で使う日が来るとは......

燈燐(とうりん)葬亡牢(そうぼうろう)

「ギ――――!!」

 全身から血を噴き出し、筋繊維と筋を斬られた事により崩れ落ちたリザルドマンはそのまま息絶えた。

「マツルすごーい!!!!」

 後ろから勢いよく抱きついてくるホノラ。

「流石は兄ちゃんだ......まさか一人であのリザルドマンを倒しちまうとは」

 驚きと感心の入り交じった表情で俺を見るメツセイ。

「――さぁ! なんとかみんな無事に生き残れたところで! 目的の鉱石集めルゲブャ!」

 ヨロヨロと立ち上がり親指を上に立てるもそのまま血を吐くフューネス

「フューネスさんが血を吐いた!」

「馬鹿野郎ッ! お前が一番無事じゃねえんだから大人しく休んでやがれ!」

 とまぁ唯一無事じゃなかった人が回復薬を飲み切っていなかったことが判明し大慌てで全て飲ませるなどの一悶着があったものの、なんとか必要分の鉱石を集め、街まで帰ってくる事ができたのだった!


◇◇◇◇


「――――というわけで上質な硬固鋼鉱(こうここうこう)を大量に入手できた訳だが! ここで問題その1ー! アタシが近接職用の防具作れない問題はどーすんの?」

 来たぞ!! 遂に俺の鍛冶師の弟子(仮)としての経験を活かす時がっ!!

「実はもう装備の設計案はできてます! これの通りに作って頂ければなー......と!!」

「なるほどこう作れば......オーケイ!! フューネスの名に賭けて、最高の品を作ってやるよ!」

 数時間後、俺達がギルドにクエストの報告に行っている間にとんでもないスピードで出来上がったとの報告が入った。

「早いですね!」

「アタシゃ仕事は早いんだよ! それより見てくれ! これが、アンタ達の装備さ!」

 そう言って俺に手渡されたのは、それはもう美しい黒銀和風の手甲と脛当であった!

「イメージ通りの出来栄えぇぇぇ!!」

「――――そして、ホノラちゃんにはこれを」
 
 ホノラに渡されたのはクリームホワイトのナックルグローブだ。この前棘を殴りたくなさそうだったので、これで手の怪我の心配はないね!

 すごいキラキラした顔で手に嵌めている。

「私の好きな色! これでムカつく奴も魔物もボコボコにできるわね! ありがとうフューネスさん!!」

 言ってる事とんでもないけど喜ぶ姿が可愛いからヨシ!

「礼ならマツルに言いな。コイツの最高な設計図が無かったら、ここまで良い品は出来なかった! アンタどこで修行したんだい?」

「俺の師匠はグレンって言うんです。この刀も師匠の作品です!」

 俺は脇に差している刀を取り出しフューネスに見せる。

「グレン? 確かに有名と言えば有名だが、鍛冶師では聞いた事が無いね......」

 なんか含みのある言い方だが、まあいいだろ! 俺の師匠は名前が売れてるどうこうなんて気にしてないだろうし!


◇◇◇◇

 マツルとホノラが大喜びしていたちょうどその時、今日も報告を受けるギルドマスターが一人。

「――――また目無しの魔獣の報告!? ここ数日で2件はちと多いでしょうに......」

「まあまあそう仰らずに。今回もマツルさんですね。リザルドマンでしたよ?」

「ボールボーグの他にリザルドマン......え、彼って魔法使えないんだよね? めっちゃ強くない?」

「クエストカウンターで話を聞く限りではそうですね」

「魔法無しでそんなCランク中位と上位の魔獣狩れるとは思えないんだけど......うん、これは僕が直々に話を聞くべきだろうね。ウィール、彼が次ギルドに顔を出し次第僕の所へ来るよう伝えて」

 ウィールと呼ばれたいつもカウンターにいる女性は、「かしこまりました」とだけ残して部屋を去った。

――――もしかしてマツル君って......異世界から来た人だったり?

 ギルドマスターは待つ。彼に会える日を心待ちにして。

 そんな事は微塵も知らないマツルが次にギルドへ行ったのは、ギルドマスターの指示から約2週間後の事だった。
「マツルさん、お待ちしておりました。ギルドマスターがお呼びですので、二階奥の部屋へどうぞ」

 2週間振りにギルドへ行くと、すぐに受付のお姉さんから声をかけられ、あれよあれよと言う間に二階の奥の部屋へ案内された。

 ギルドマスター? そりゃあ居るか。そうだよな。で、なんでそんな凄い人が俺なんかと会おうとするんだ?

――――まさか! 「魔法が使えないようなクズは私の理想とするギルドには必要無いのですよ......消えろゴミ」

 ギ ル ド 追 放 ! !

 みたいな感じなのでは!? そこからなんか俺が意外とチートな事にみんなが気付いてなんやかんやあって「ざまぁwwww」を俺が言って俺の事見下してた奴らを全員顎で使って逆に見下す的な展開になるんですか!?

 俺には無理だ!! 人の事を見下しつつ顎で人を使ったら顎がしゃくれて水がすくえるようになってしまう!!

 それは困る! そうならないようにはどうすれば良いか? 舐められてはいけない! 

 とりあえず指を鳴らしながらヘドバンしてガンを飛ばすしかあるまいッ!!

「――では、この先でギルドマスターがお待ちです」

 めちゃくちゃ豪華かつ重厚な扉がゆっくりと開く。完全に開いてからが勝負だ!

「やあ! 君がマツル君だね! 僕がサラバンド支部、ギルドマスターの――――」

「オウオウオウ!! テメー何ガンつけてくれとんじゃコラァァァ!!!!」

 頭が取れる程振れ!! 指の骨が砕ける程鳴らせ!! 目が飛び出る程凝視しろ!! これが俺の舐められない為の奥義じゃあああああ!!!!

「え、ちょ......何!? あの......分かったから! 落ち着いてぇぇぇ!!」

――――

 俺は気が触れていた。焦り過ぎてとんでもない失態を犯してしまった......

「ギルドから追放とかじゃなかったんですね...本当にすみませんでした。早とちりでした......」

 頭が削れる程の土下座。顔が見れないッ! まじこの一件でクビとかでもおかしくはないだろ......本気でやってしまったかもしれん。

「わかってくれたみたいで良かった。とりあえず顔上げて? ゆっくり話をしようか」

「はい......分かりました...」
 
 俺が顔を上げた瞬間、目に見えない程の速さでギルドマスターの顔が目の前に来た。

 何怖い! 速いし! なんかめっちゃじろじろ見てくる!! 何!?

「ふーむ......大陸のどの種族とも顔の感じが違う。それに魔法が使えないという事前情報......君、異世界人だろう?」

 ギルドマスターは顔を元の位置に戻した後俺に指を指してそう問うた。

 バッ......バレたァァァ!! 

 どうすんべこれ!? 隠し通せる? 無理くね? この人絶対強いじゃん!! 嘘ついたらその場で処刑とか無きにしも非ずんば虎児を得ずって感じがする! 助けて美人で聡明なナマコ神様!!

『呼ばれて飛び出てジャジャジャジャ~ン! ん~、誤魔化しは効かなそうだし、正直に話しちゃえば~?』

 信じるぞ?

『大丈夫だよ~結局人生なんてなるようになるんだから安心してね? もし何かあったらこの私が助けてあげるよ』

 俺は浅く深呼吸をした後、椅子に落ち着いて座り、事の顛末を正直に答えた。

「確かに俺は元々この世界の人間ではありません。目が覚めたらなんかこの世界にいて、冒険者として名を挙げたらモテるって聞いて......でも魔法使えなかったら女の子見向きもしてくれなくて......ウゥ...!」

 目から大量に汗が出る...俺が汗っつったら汗なんだよ。

「うーん......この世界にいる異世界人は召喚、転移、転生とか色々な方式でやって来るんだけど......みんな何かしらの特殊能力(ユニークスキル)を持ってるんだよね、それがあったら冒険者として有名になる事なんて簡単なんじゃないかな~? って僕は思うんだけども」

「ユニークスキル? 魔法とは違うんですか?」

 この世界に来て初めて聞いたなユニークスキル。俺はてっきり魔法の世界でそういう類の物は無いと思ってたよ。

「ユニークスキルっていうのは本来この世界の人間が稀に持って生まれる......まぁ特殊な能力の事だよ。適正と魔力さえあれば誰でも使える魔法とは一線を画す、能力者本人にしか使えない強力な力さ」

 なるほど、基本誰でも使える魔法とは違ってユニークスキルは本人にしか備わってない能力なのか。

「それで、異世界人は必ずユニークスキルを持ってるんだけど......君はそれがないの?」

 あー、あれか! ナマコ神様から貰ったあの使えない能力!! 

 えーっと能力名なんて言ったっけ......

「思い出した!! 俺も“魔法の威力を無制限に上げられる”スキル持ってました!」

「おお! いいスキルじゃないか!! じゃあそれを使う前提で君にお願いが――――」

「でも俺魔力が無くてそもそも魔法が使えないから全く意味の無いスキルなんですよね......」

「あ......」
 
 ギルドマスターはゆっくりと俺の後ろへ周り、肩にポンと手を置いた。

 本来ユニークスキルと言うのは、魔力の無い異世界人の救済措置的な役割なので、魔力に関連しない物が大半らしいのだが......どうやら俺のは違ったらしい。

「――――どんまい、」

 その憐れみを多少含んだ、優しい微笑みが逆に俺の心を深層まで抉った。


◇◇◇◇


「――――傷心の所申し訳ないけど本題に入らせて貰うね」

 そうだった、ギルドマスターは俺に聞きたい事があって俺は呼ばれてたんだった。

「俺に聞きたい事......ってなんですか?」

 大方予想はついちゃいるけど。

「その顔は僕が何を聞きたいか知ってるって顔だね。もし違ったら恥ずかしいから一応言うけど、【目無しの魔獣】について、で合ってるよね?」

「......目無しの魔獣? あぁもちろんそうですよね。はい、やっぱりそうですか」

 あっぶねぇぇぇ! 俺ァてっきりホノラと2人でBランク冒険者を埋めた話かと思ったァァァ!

 ボロが出る前に話を合わせておこう。

「それで、マツル君。君が知っている事でいい、僕に全てを教えて欲しい!」

「知ってる事って言われても.....黒い煙みたいなのに目を喰われてたって事くらいしか分かりませんよ?」

「黒い煙......新情報だね。よし! ありがとう!」

 え? これだけ? あっさりしてるね。

「――――という事で僕からのギルドマスターとしてのお願いだ」

 やっぱり何かあった......俺は知っている。こういうお願いが大体ロクな物じゃ無いと言う事を。

「君がギルドに顔を出さなかった間にも結構“目無しの魔獣”は発見されていてね......でも通常の魔獣よりも圧倒的に強い事からまだ君の2件の他に数件しか討伐報告があがってないのさ。ギルドからも支援するからさ、“第一発見者”の君が、この目無しの魔獣問題を解決してよ!」

「......嫌ですよ!!!!? 俺新米冒険者! 責任重大!」

「もし君が解決出来たら......ランクも爆上がりですごいんだろうなあ......」

「ぐっ...!」

 なんでギルドマスターがその事(俺の目標)知ってるんだ!? でもこれは流石に無理難題がすぎるってものではなかろうか?

「――――じゃあこうしよう! もし僕と戦って勝つ事が出来たら、この話は無かった事にしてあげる! どう?」

 えぇ......こんな条件出すくらいなんだからめっちゃ強いじゃんギルドマスター!
 
 でも、いくらなんでもあれもダメこれもダメは筋が通らないよな......

 よし! 今の俺の強さがどの程度の物なのかを推し量るのも兼ねて戦ってみるか!

「――――その話乗った!! 俺が勝っても文句言わないで下さいよ!」

 ギルドマスターは「楽しそうだね」とだけ呟き先にどこかへ行ってしまった。


◇◇◇◇


「この前ヤリナとモクナを2人同時に相手取って瞬殺した新人が今度はギルマスと戦うんだってよ!」

「お前どっちが勝つと思う?」

「流石にギルマスだろ!」

「でも俺ァギルマスが直接戦ってる所なんて見た事がないぜ? あの速さがあれば新人もワンチャン―――」

 そんな会話があちこちで聞こえる。

 俺とギルドマスターはギルド地下にある訓練場に来ていた。何故か外周には観客席が併設されており、そこは大量の冒険者で満員だ。

「なんでこんなに人がいるんですか!?」

「あ~、僕が集めたんだ!」

 ギルドマスターはそう言うと俺に文字と魔法陣の書いてある紙を渡してきた。

「えーとなになに?『最強VS最強の大決戦!! 期待の新生(ホープ)マツルVSサラバンド最強その3の男ギルマス! 勝つのはどっちだ!? (裏面に転送用魔法陣が描いてあるので、クエスト中の方もぜひ戻ってご観覧ください)』......」

「これをサラバンド支部の全冒険者に転送したんだ! 僕が最強って所をみんなに見せる為にね!」

 目立ちたがり屋すぎるだろ!! 何このギルマスに降り注ぐ声援! なんか『ギルマス勝って!!』って書いてある横断幕出てるし! 

 ってあの横断幕、持ってるのこの前俺達が助けた女性冒険者の皆さんじゃん!

「マツルーーー!!」

「兄ちゃん!!」

 ッ! この声はホノラとメツセイ!? 

 そうか全冒険者に通達が行ったならアイツらも来てるのか! 俺の応援をしに来てくれたんだ――――

「あんたギルマスってめっちゃ強いらしいのよ!? 今のうちに降参しちゃった方が良いわよー!」

「兄ちゃんアレだ!......怪我だけはしないようにしろよ!」

 応援じゃなかったんかいィィィィ!!!!

「なんかこの空気で負けるの腹立つ! 絶対勝ってやるわ!!!!」

「君のそういう心意気が僕は好きだぜ!」

「ルールは一撃でも相手に当てた方が勝利となります! では、用意......初め!!」

 そう言って受付のお姉さんが笛を鳴らすと同時、

 俺は地面を蹴り、一瞬で俺の間合いにギルドマスターを入れる事に成功した。

 一撃で決める!

【居合”四――――!】

「確かに速い......けど、僕の知覚速度からしてみたら遅い方だし、何より君の身体は鉛の様に重そうだよ?」

「何!?」

世界共有(ワールドワイド)

 なんだ!? 身体が急に重く! これがギルドマスターの魔法!? 

「動きが――!」

「それに、その刀とやらの扱いもなってないね。今にもどこかへ飛んでいきそうに見えるよ」

「ふざけんな―――!」

 力任せに重い右腕を振り上げると、その勢いのまま俺の刀は手を離れ地面に突き刺さった。

「はぁ!? どういう事だこれッ!」

「これが僕の思う世界......それを君と共有しただけさ」

 共有? クソ! 身体がみるみる重くなって......

 俺は自分の体重を支えきれなくなり、うつ伏せに倒れ込んでしまった。

 そこにギルドマスターは近寄り、俺だけに聞こえる声で耳打ちをする。

「これが僕のユニークスキル【共有】。僕に見えている、考えている世界を君と共有したんだ。これ、みんなには秘密ね?」

 なんだよその能力......じゃあギルドマスターが”マツルの身体は重い“と思ったから本当に重くなっちまったのか? 

 こんなの、せーので戦い始めた時点で俺の負けじゃねぇか...俺もこんな強いスキルが良かったな......あれ、なんかめっちゃ悔しくなってきた。

「ぐっ......負けるかァ...!!」

「そんなに手足を動かしても無駄だよ。チャチャッと負けを認めないと怪我するぞ?」

「うるせぇなぁガチャガチャとッ!!!!」

 よし! 全身に力入れたら立てたぞ!

「嘘ォ!? 僕のスキルが破られ.......いや、そんなハズは――――!」

 俺が立てた理由? そんなの決まってるだろう!!

「根性!」

「なにそれェェェ!」

「じゃあギルドマスター、一発殴らせて頂きますッ!!」

 俺はホノラから殴られ続けけた事で殴り方を学んだ。身体が重いなら!! その分威力も上乗せされるッ!!!!

「これは僕の負けかな......なんてね」

 誰に聞こえたか分からない程の声でそう呟くと、ギルドマスターは俺の拳を受け止めるように両手を突き出した。

【防御魔法 反射防御壁(リフレクト・ウォール)

 俺の拳がギルドマスターの手に触れた瞬間、全衝撃......それ以上の衝撃が俺の身体を駆け抜けた。

「グァァァァッ!!!!」

「攻撃の威力を倍以上にして跳ね返す上位の防御魔法だよ。スキルは解除したけど、それでも暫くは立ち上がれないだろうね」

「くっそぉ~! 俺の負けだ!!」

 観客席が揺れる。凄まじい歓声だな......中には俺の事を賞賛するような声も混じっている。

「マツル! 大丈夫!?」

 観客席とフィールドを隔てる柵を蹴り飛ばしてホノラが駆け寄ってきてくれた。

「あぁ、なんとか生きてる......でも完璧に負けちゃったよ...」

「もっと腰を入れないからよ! 私なら魔法が反応するより早く殴り飛ばせてたわ!」

 そんなはずは無いと思うのだが、この笑顔をみると本当にやりそうでちょっと怖い。

「いやぁ良い勝負だったね! これは皮肉でもなんでもなく純粋な気持ちだ。まさか【世界共有】が破られるとは思わなかったよ......でも、僕の勝ちだから、分かってるよね?」

「はい、俺はやると決めたら全力でやる男ですよ」

「いいえ。この勝負、マツルさんの勝利です」

「え?」

「えぇ?」

「「「えェェェェェェ!?」」」

「ウィールちゃんそれはないよ~! だって俺打撃の全衝撃を完璧に反射したよ!? それでマツル君ダウンしたし負けも認めてたよ!? なんで僕が負けなのさ!」

「完璧に反射できたからこそ負けなのです。私は、先に攻撃を《《当てたら》》勝利と宣言したので、反射するしないは関係なく、拳を当てた時点でマツルさんの勝ちです」

「という事は?」

 ざわりと観客席がどよめきだす。

「マツルの大逆転大勝利ィ!!!!」

 ええぇぇええええ!? そんな事ある!?

 おぶさって来たホノラを降ろしながらふと前を見てみるとギルドマスターは困惑の表情を浮かべていた。多分俺も似たような顔をしているだろう。

「マツル君、まぁ......僕は試合に勝って勝負に負けた感じだね......てことであの話は無かった事に――――」

「いや、やらせてください。俺は一度やると言った身。責任を持ってこの問題を解決します」

「なになに!? 強い魔物や魔獣と戦えるの?」

 ホノラが身震いしながら話に割り込んで来た。めっちゃ楽しみにしてるじゃん戦闘狂(バトルジャンキー)過ぎるだろこの子。

「俺の相棒もこう言ってる事ですし、俺に......いや、俺達に任せて下さい」

「よし! じゃあギルドマスター直々の依頼だ!! 『目無しの魔獣を討伐して、その原因の調査解決に当たる事』!」

「「はい!!」」

 こうして、俺とホノラは目無しの魔獣が何処から来て、どうして生まれるのかを調査する事になったのだった。

 この一連の事件の先に何が待っているのかもまだ知らずに。
「――――はい! マツル君にはギルドマスターからの支給品として素敵なプレゼントがありまーす!!」

 早朝、俺とホノラが“目無しの魔獣”発生の原因を探るべく出発しようとしたところをパジャマ姿のギルマスに呼び止められた。

「朝っぱらからテンション高いですね......それで、俺への支給品ってなんですか?」

「やっぱり気になるかい? 気になっちゃうよね!? よしそんなマツル君にはこれをあげちゃおう!」

 朝からこのテンションはキツイな......ダメだホノラ。相手は仮にもギルドマスターだ。幾ら朝からコレだからって殴ろうとするんじゃない。

 俺に手渡されたのは一冊の本だった。しかし表紙と背表紙しか無いぞ?

「『月刊ギルド!! 新人冒険者入門シーズン特別特集号』?」

 何だこの元の世界の少年誌のような絵柄は......まさか異世界でデフォルメキャラを見ることになるとは思わなかったぞ......

「そのとーり! この本はギルド本部から月に1回出版される全冒険必読の総合情報誌なんだよ! 普段はランクアップの秘訣とか魔道具の魔法通信販売とか昔の神話に絵を付けた読み物とかが載ってるんだけど――――」

 ほぼ日本の少年誌じゃねぇか!!!! 

 絶対これ日本人が出版の片棒担いでるだろ!

「今回は新人冒険者が沢山ギルドに来る時期だから、今までに確認された魔獣や魔物のありとあらゆる情報が詰め込まれた売り切れ必至の最強号なのだ!」

 めちゃくちゃ便利じゃん! 異世界の少年誌すげーな!

「つまり、これを使って目無しの魔獣討伐を捗らせてね......って事ですよね?」

「そう! それで、こんな朝早くからなんのクエストに行くの?」

 俺達がこれから向かうのは魔獣に占領された隣の村の聖堂だ。どうやらDランクの“下位戦猫(レッサーキャット)”が数頭だけらしいので、手始めにこの依頼から行ってみるかという事になったのだった。

「隣の村って事は“チッチエナ村”か......確かに歩けば半日位かかるね。じゃあ、俺は戻ってもう一眠りするから、行ってらっしゃぁ~い」

 ギルドマスターは大きなあくびをしながら立ち去っていった。いくら早朝とは言え呑気にまた寝るのか......

 おっと、早めに行かないと今日中に帰って来れなくなってしまう。急がねば!

「それじゃあホノラ! 隣の村までしゅっぱーつ!」

「おー!」

 俺達は日が昇り始めた薄明るい草原を行くのだった。


◇◇◇◇


 さて、ただ歩くだけというのも味気無いし月刊ギルドでも読んでみるか。

「取り敢えず今まで討伐した魔獣は正攻法で倒そうとするとどんななのか見てみよう」

 つか、そもそも魔物と魔獣って何が違うんだ?

 そう思いながら表紙をめくると、見開きが光だし、文字が浮かんできた。

 なるほど! こうやって読みたいページを魔法で出すからそもそも紙とかが必要無いのか! やっぱり異世界の少年誌すげぇ!!

「えーと?『魔物は魔力を持つ亜人族以外の生物の総称で、その中でも動物の見た目なのが魔獣』」

 つまりボールボーグは魔獣で、リザルドマンは魔物って分け方が正しいのか? ややこしいから統一しとけよ。

 じゃあ本題の、今まで倒した魔物達の正攻法だな。

「ボールボーグは......『巨大な針の球になって突進してくるので近付かれる前に高火力魔法で吹き飛ばしましょう。それが不可能なら罠魔法などで埋めてしまいましょう』......」

 うん、じゃあリザルドマンは?

「なになに?『魔法に対して高い耐性を所持しているので、耐性を貫通できる位の高火力で吹き飛ばしましょう』......」

 脳筋が......脳筋が過ぎるッ!!!! なんの対処法にもなっていない! 威力大正義すぎるだろ!

 ん、待て。まだ続きが書いてあるぞ?

「『――――尚、会話が可能な個体は進化して純粋な亜人族、“リザードマン”になる可能性があるので討伐はしないように!』進化?」

 魔物って進化するのか。それでいて進化すると人間と同じ扱いになると......なんかこの世界の魔物事情難しいなー

「――――マツル? 私疲れちゃったんだけど......」

 後ろを歩いていたホノラから声をかけられた。月刊ギルドを読むのに夢中で自然と歩くのが早くなっていたようだ。

「じゃあ少し休憩でもする?」

「それは大丈夫よ。その代わり投げても良い? 移動を短縮出来るわ!」

 お、移動を短く出来るのは良いな! でも一体何を投げるんだ?

「じゃあちょっと背筋を伸ばして立って......」

「うん、」

「行くわよ! 歯を食いしばって!」

 そう言うが早いか、ホノラは直立不動の俺を槍投げの要領でブン投げて、その上に飛び乗った。

「ぇぇぇぇ!? ちょっとホノラ!? 嘘だろ!?」

「はやーい! 飛んでる! これでチッチエナ村までひとっ飛び! 帰りもこうしましょ?」

「二度とごめんだァァァァ!!!!」

 数十秒でもう村が眼下に見えてきた。速度だけはまじで一級品だなこれ。

 あれ? これどうやって着地するの?

「ホノラさんホノラさん? これどーやって着地すれば良いですか?」

「あ......! 頑張って!」

 絶対そこまで考えずに俺の事投げやがったな!? ふざけんなよ!

「ぶつかるゥゥゥッ!!」

 ズガン! と凄い音をたてて俺は頭から地面に突き刺さった。その数秒後に、どのタイミングで離脱したか分からないホノラが俺の横にふわりと着地した。

 頭を引き抜いて辺りを見回してみると、ちょうど聖堂の目の前にいた事がわかった。

 既に扉は開いており、中から戦闘音が聞こえてきた。

「アイツ.......! 俺が頭抜くのに手間取ってる間に一人で始めたな!? 詳しい頭数は聞いてないんだから慎重に行こうって話し合ったのに!」

 急いで俺も中に入ると、既にレッサーキャットは7匹倒れており、ホノラは最後の1匹と戦闘をしていた。

 やっぱり目の部分に傷が付いていて潰れていた......今ホノラが戦っている1匹にもやはり目の辺りに黒い煙が纏わり付いている。

 黒煙は対象が死ぬと消えるのか...? 

「ホノラ! 助けは必要か?」

「大丈夫よ! もう...片付くわ!」

 その言葉通り、レッサーキャットは既に満身創痍、意識があるかどうかすら怪しい狂ったような形相で何度も飛びかかってはホノラに軽くあしらわれていた。

「ごめんね猫ちゃん! ほんとはこんな事したくないんだけど村の人とかに被害が出てるから!」

 その迷いの無い拳は確実に腹を捉え、レッサーキャットは殴られた勢いのまま壁に叩きつけられた。

「やったか?」

「楽勝! 今回はマツルは移動手段だけだったわね」

 そういえば俺何もしてないな。まぁたまにはこんなクエストもあっても良いか――――

「キシ......」

 崩れた壁の瓦礫の中から鳴き声が聞こえる......

 その瞬間、俺達はおぞましい空気の震えを感じ思考が生じる前にトドメを刺そうと身体が動いていた。

 今殺しておかなければ、コイツ(レッサーキャット)はヤバい......と。

――――しかし、思考より速く動いた俺達より一瞬早く、レッサーキャットの周りを覆っていた瓦礫が爆音と共に粉微塵になった。

 いや、爆音ではなかったのかもしれない。その時既に俺達の聴覚は奪われていたのだから。

―なんだ今の!? ホノラ! 大丈夫か!?―

―あ......―

 ホノラは目、鼻、耳、口から血を垂れ流し力無く突っ立っていた。気を失っているようだ......

 そして今気づいた。俺も耳が聞こえない...何があった!?

『......ちょっとまずいかもね...マツル君は私が聴覚保護を急いでかけたから一時的な聴覚異常で済んでるけど、彼女は危険な状態だ。すぐにでも回復魔法をかけないと』

 そんな......! レッサーキャットのどこにこんな能力が!

『今、瓦礫を粉にして出てきたアレは......レッサーキャットが進化した魔獣、”狂戦猫(キャスパリーグ)“』

 キャスパリーグ......って進化!? 魔物が純粋な亜人になる事だけじゃないのか!?

 レッサーキャット改めキャスパリーグは、先程より数倍は巨大になり、茶色だった体毛は黒く変色して禍々しい爪と牙を備えていた。

 進化しても変わらなかったのは、目の周りに黒い煙が纏わり付いていること。狂ったような表情で涎を垂らし唸っている所だ。

「――――やっと耳が回復してきた......ナマコ神、キャスパリーグの情報をくれ。事態は一刻を争う」

『私が適当に解析しておいた月刊ギルドの情報によると、あらゆる物を破壊する超音波。強靭な爪と牙。素早い動きが強みだね......てか、マツルは勝機があるの?』

「ある。一瞬で終わらせる」


◇◇◇◇


 俺の親父は言っていた。

――――我が流派は“斬れないものを斬る”事が真髄だと......

「ギィィィィ!!!!」

俺達を一瞬戦闘不能にした超音波をキャスパリーグが放つ。目が見えない分これで相手との位置や距離を測っているのだろう。

当たれば終わり。これで俺の仮説が間違ってたら結論は死。だが......

「音の疾さがあっても、当たらなきゃ意味が無いよなァ!!」

『音を斬った!?』

 その通り! これは技でもなんでもなく、親父の流派! 基礎中の基礎“刀法 滅入(めにゅう)”なのだ! これがあれば音だろうが水だろうが物理的に斬れないものを斬ることができるんだってよ!

『んな滅茶苦茶な......』

「ギャリャァァァァ!!!!!?」

 突然キャスパリーグが俺めがけて爪を振り下ろした。

 探知兼攻撃手段の超音波が通用しない事を本能で理解したのか......そうなったら人間とは桁違いの膂力で押し潰すのは良い判断だろう。

 相手が剣士の俺じゃなかったらな。

「じゃあな猫ちゃん......俺に近付いてきた時点で俺の勝ちだ」

【我流“介錯” 穫覇蝶(かるはちょう)

 それは狂気と苦しみから解放する慈愛の刃。

 俺に突き立てようとした前脚を強引に掴み地面に叩きつけ、俺は首を一刀の元切り落とした。

その瞬間、黒煙が霧のようになって散るのが見えた。やっぱり死ぬと消えるのだろう。

――――今はそんな事考えてる場合じゃない! ホノラを回復させなければ!

「ホノラ! 俺の声が聞こえてるか!?」

「あ......う......」

目は虚ろで呼吸も絶え絶えだ......

 今から村に急いで回復魔法をかけてもらう?

 いや、今の聖堂から村までまた少しだけ距離がある。この状態のホノラを動かす、またはここに置いておくのはリスクがデカすぎる。

『マツル君! 月刊ギルドだ! 今すぐ開け!』

 ナマコが頭の中で叫ぶ。本なんて今読んでる場合じゃないのに!

 そう思いながら開くと、そこには緑色に光る札がくっついていた。

「これは......! 回復の呪符!?」

『これが今月号の付録だったんだ!! 呪符は魔力のない君にも使える! 早くホノラちゃんの体に貼って!』

 俺は慌てて本から切り離し、ホノラの体に呪符を貼り付ける。

 すると呪符と身体が少し光り、その光が消える頃には呪符はポロポロと崩れていた。

「うぅ......猫は...?」

「安心しろ。俺が討伐した」

 ホノラはがっかりしたように俯いたが、すぐさま立ち上がって叫んだ。

「私もまだまだね......音如きで動けなくなるなんて! もっと強くならなくちゃ駄目ね!」

 いやね、音如きって、普通の人は死んでもおかしくなかったのよ? 

 ああいう攻撃を耐えれるようになったらもうどっちが魔物か分かんないなこれ。

「――――何やらすごい物音が......何があったのでしょうか?」

ボロボロになった聖堂へ入ってきたのは、この村の村長である老婆だった。


◇◇◇◇


「――――あなた方がサラバンドギルドの......私達の依頼を受けて下さり、ありがとうございます」

 俺とホノラは村長の家に迎え入れられ、食事をご馳走になった。

 村長から話を聞いて、色々と分かった事がある。

 まず聖堂にいたレッサーキャットは全てこの村で飼われていた魔獣だった。

 レッサーキャットは本来大人しい魔獣でこの世界ではペットとして人気が高いのだが、ある日突然暴れだし、沢山の住民を傷つけ、聖堂に立てこもったのだそう。

「それで暴れ出した日、目の周りに黒い煙が纏わり付いているのを見た......と」

「はい。初めは意識もあって、名前を呼ぶと少しは反応があったのですが、いつの間にかそれも無くなって......」

 ここまで話を聞いて、俺の中に1つの可能性が浮かんだ。

 それは、誰かに操られている可能性である。

 第三者が黒い煙を媒体とした魔法で魔物を操っているのだとしたら最近急に発生し出した事にも説明がつく。

 でも誰が? 何のために?

「分からん事を考えてもしょうがないな。村長、取り敢えず今回の依頼はこれで完了ですので、俺達はこれで。また何かあったらギルドマスターの方に」

「この度は本当にありがとうございました...」

 そう言って村長は何度も俺達に頭を下げた。

「よーしホノラ! 日が暮れる前に帰るぞ!」

「そうね! ハイ! マツルはビシッと立つ!」

 これは......まさか...!

「あああああああああああ!!!!」

「やっぱりはやーい!!」

 行きと同じように、俺はホノラに投げられ、ホノラは俺に飛び乗った。

――――

「賑やかな人達だったわね......あら、何かしら? 黒い......大波?」

 地鳴りと共に、何かが村へと迫っていた。

――――チッチエナ村が消滅したという話を俺達が聞かされたのは、それから2日後の事だった。