男は、いつも一人だった。

 ずっと昔、男は闇から生まれた。赤子は産まれて間も無いのに意思があり、喋る事ができた。

 闇は赤子に問うた。

「何者になりたい」

 と。すると赤子は答えた。

「強くなりたい」

 闇はその願いを聞き届け、赤子を強靭な肉体と精神を併せ持つ純粋な魔へと変貌させた。

「しかし姿は人と変わらない。人と交わって生きろ。これは代償だ」

 赤子は闇の言葉の通り、人間の親に拾われた。

 幸せな暮らしが続いた。いつしか自分が魔の根源である事を忘れてしまうくらいにゆっくりと時間は流れていった。

 幸せな生活が5年程続き、赤子が少年となったある日、全ては崩れ去った。

「お父さん......? お母さん......?」

 息子が純粋なる魔であると知った村の人間が、両親を殺したのだった。

 村の人間は少年も殺そうとした。しかし少年は逆に全てを(こわ)した。昨日まで一緒に遊んでくれた友達も、怪我を手当してくれた近所の叔母さんも。全てを殺してしまった。

 少年は思い出した。自分が魔であった事を。

 これが忘れた代償なのだと。

 少年は青年になった。

 青年は誰よりも強くなり、やがて近付く者は誰一人としていなくなった。

 ある日、青年は少女を助けた。栗色の髪が笑顔に良く似合う、可愛らしい少女であった。

「ありがとうございます! 私、エラって言います!」

 青年はまた一人ではなくなった。

「私、弟がいたんですけど魔物に殺されてしまって......だから魔物は嫌いです」

 青年は思った。「もし俺が魔だと知ったら、彼女はどんな顔をするだろう」と。

 青年は考えるだけで震えが止まらなくなった。誰にも知られないよう、隠して生きようと決めた。

 青年とエラとの間に女の子が産まれた。

 青年は己の魔の特性が子供に遺伝していなくて心の底から安心した。

 娘は“ブロー厶”と名付けられ、二人からたくさんの愛を注がれて育っていった。

 青年は男になった。

 男の幸せは、やはり長くは続かなかった。

 エラが魔物に殺されたのだ。

 魔物は言った。

「貴方様はやがて我々魔物の王の一人になるお方! 貴方様が王となる為の障害は私が取り除いて差し上―――!」

 男は言葉が終わる前に魔物の頸を捻り切った。

 その噂と強さが広まり、男は魔物と人間との戦争に駆り出される事になった。

 男は沢山の魔物を殺した。魔物を誰よりも恨み、誰よりも殺した。

 いつからだろうか。戦役で武勲を立てる度に怨みを買うようになったのは。

 誰かが言った。

「奴は魔物と繋がり、自分が多く殺して武勲を立てられるように工作を行っている」と

 こんな余りにも突飛な話を多くの人間は信じた。

「奴こそが魔物を率いているに違いない」

「奴が魔物の王なのだ」

「奴に復讐を! ガルディア王国に真の栄光を!」

 そんな言論が頂点に達した日の夜。事件は起きた。

 そのまま戦っても男には勝てないと判断した国民は、ようやく3歳になろうという娘を焼き殺したのだ。

 男は怒り狂った。僅か一晩で国に栄えていた命を一つ残らず焼き尽くした。

 その怒りの炎を消し止めたのは闇だった。

「お前は人と交わると言う約束を二度も破った。誰よりも強いお前は全てを耐えなければならなかった」

 男は罰を受けた。何よりも嫌悪した魔なる物達の王、即ち魔王になったのだ。

 男が魔王となったのと同じ時期、魔王は合わせて三人誕生した。

 一人は純粋な魔である男。一人は魔法を司りし人間。最後の一人は遥か昔、神々の闘争に負けた半神の女だった。

 魔王は新しく生まれては消えを繰り返した。お互いに仲が良い訳ではないが悪い訳でもない。絶妙な関係は永劫に続いた。

 男はたった一人、名も無き島に住むようになった。

 時々その島に流れ着く者がいた。男は快く受け入れた。

 それから永い時が経ち、男は老いた。

 男に弟子ができた。

 男は考えていた。「自分は、もう長くないのではないか」と。

 だから、嘘まで吐いた。この弟子を自らの後継として育てる為に。広い世界を見て、強さを知れるように。

――――そういえば、師匠ってフルネームとかあるんですか?

 弟子の何気ない疑問に、男は静かに答えた。

 男は元々闇から貰った名前の後ろに最愛の妻と娘の名前を繋げた。忘れることが怖かったから。

 男は名乗る。

 最古の魔王が一人

 魔王“グレン・エラブローム”と