――――少年から借り受けた『ヒルデスハイムの夢幻小旅行記』は、“夢の色鉛筆”の項だけは一切の欠けが無く、完璧に読む事が出来た。

―これは私が若い頃の話。―

―若い頃の私は、無限に続く深い闇の中をさまよっていた。―

―ある日私は友人と森へ散歩に来ていた。―

―するとどうだろう! 深い闇だった私の視界には鮮やかなで複雑な色が浮かんできたではないか!―

―私は今見える世界を隣を歩いている友人に話した。―

―しかし友人には何も見えてはいなかったのだ。―

―しかし私には見えていた。とりどりの色で描かれる大地が! 空が! 木が! そして私の友人でさえも言葉には出来ないような様々な色で見えるようになった。―

―だから私はここに記そう。若い頃の私と同様に、“目の見えない”人にのみ見える夢の色鉛筆についてを!―

 ここでお話は終わりか......物語調になっているとは言え、あくまで経験談として書いている以上そこそこの信憑性は確保されている訳か。

 探す物が色鉛筆なら魔道具に詳しい人に話を聞いてみたいよね。という事で俺達はフューネスの武具商店へと来ていた。

「ちわーっす! フューネスさん? いますかー?」

 相変わらずホコリっぽくて人気がないなー......返事も無いし。

「フューネスさーぁぁぁん!? いるなら返事してぇぇぇぇ!?」

 ビリビリと空気を震わすホノラの轟令が店の遥か奥まで届く。

 「アギャ!」や「イテッ!」等の声が聞こえたあと、大慌てで服を着たであろうフューネスが出てきた。

「くぁぁ......お、誰かと思えばマツルにホノラちゃんじゃないか! 久しぶりだねぇ! 今日は何か買いに来たのかい?」

「買い物じゃなくて悪いけど、今日はフューネスさんに聞きたい事があってね。この絵本に出てくる色鉛筆についてなんだけど――――」

 俺は、兄妹の事について簡単な概要と絵本についての説明をした。

「あー懐かしい! これヒルデスハイムの絵本だろ? 私も子供だった頃読んでたよ! 確かこれ、絵本に刻印魔法が刻まれてて特殊な遊び方すると色んな仕掛けが出て来るんだよ!! 随分昔の本だし、そういう遊び心も忘れられた気がするけどね!」

 飛び出す絵本みたいな感じなのか。

「じゃあこの色鉛筆の話にはどんな仕掛けがあったか覚えているか?」

「それが......確か、この『“私”に色の付いた空とか木とかが見える』っていうページを24枚にちぎって貼る......みたいな感じだったと思うんだけど、何も起こらなかった上に本を破いたもんだから、お袋に怒られちまったのをよく覚えてるよ!」

 待てよ? 最初の深い闇の中の描写、夢のと言う割には見えてるものは現実的な物、目の見える人には見えない......

「試してみる価値はあるな」

 俺は該当のページを24枚に破り、俺を囲むように置いた。しかしまだ何も起こらない。

「ちょっと何してるの!? これあの子の大切な本なんでしょ!?」

「まぁ見てろって!」

 もし俺の仮説が合っているなら! これで仕掛けが発動するはず!

「あああああ!! 痛ってぇ!!!!」

 俺は刀で自分の目を突き刺し潰した。

「まだなんも見えない......」

「ちょっ......!! 何してるんだい!?」

「血が!! 凄い出てるわよ!! 早くウィールさんの所へ――」

「はぁー! よし! 見える!! やっぱり俺の仮説は正しかった!」

「ふぇ......?」

「ホノラ! 戻るぞ!! 夢の色鉛筆を見つけた!」

 バタバタと慌ただしく俺達は戻るのだった。

「アタシ......何のために起こされたんだい?」

 何も分かっていないフューネス一人を残して。