ギルドマスターは、ウィールから急ぎと思われる報告を受けていた。

「――――チッチエナ村からの連絡が途絶えた? 原因は......」

「はい。最後の魔法通信が『黒い波が来た』その通信のあとすぐ調査隊を派遣。その調査隊からの報告によると、村は壊滅、生存者は確認出来る限り0と......」

調査隊を派遣したギルドマスターがこの報告を受けたのは、マツル達がサラバンドに帰還してから数時間後の事である。

「ギルドマスター!! 調査隊からの緊急報告です!」

 無造作に扉を開け、普段は各機関との通信を行っている女性が入ってくる。息は荒く、かなり焦っている様子だ。

「今度は何があった? 落ち着いて話してくれ」

「......はい。チッチエナ村近辺に莫大な数の目無しの魔獣の群れを確認......その総数は......およそ200万。現在サラバンドに向かって移動している模様......」

「200万だって!? なぜその数の魔獣に誰も気付かなかったんだ!? その数は数え間違いじゃないのか?」

「何度も魔力感知や熱源探知、解析系の魔法で確認しましたが、結果は変わらなかったそうです......」

 皆がパニックにならないよう、冷静な対応を心掛けていたギルドマスターもこの報告には驚きを隠しきれない。

 そもそも、そんな馬鹿げた数の魔獣が徒党を組んで移動するなど有り得ない話であり、どこかで大きな被害が出る前にギルド本部といくつかの支部、予想される行路周辺の国の騎士団が総力を挙げて対処しなければいけない大問題なのだ。

 それを「どこも気付きませんでした」は有り得ないと自然とギルドマスターの声も荒くなるのだった。

「......サラバンドへの到達予定日時は?」

「最速で2日後の早朝です」

「2日後......よし分かった! 現在国王の護衛とやらで全員出払っている騎士団の馬鹿共に代わり冒険者ギルド、サラバンド支部が総力を挙げて200万の魔獣の群れを撃滅する!! 全冒険者、並びにギルド本部に通達を! 国民には避難を開始するよう伝えて!」

「はいっ!」

 サラバンド支部の全冒険者がギルドへ集合したのは、翌日の深夜であった。


◇◇◇◇


「――――こんな真夜中に呼び出しって何事だよ......」

「マツル~私眠いんだけど......」

 俺達は『超特殊!? 七色に光る24色色鉛筆を見つけて来て!』のクエストの途中、ギルドマスターから転移魔法陣付きの緊急招集書が転送されてきたので、急いで帰ってきたのだった。

 カウンター前の大広間には、真夜中だというのに100人近くの冒険者と思われる人達がいる。中には見知った顔の人もいて......

「おお! 兄ちゃんに嬢ちゃん! 元気だったか?」

「メツセイさんも来てたんですね! 何の集まりなんですか? これ」

「俺も何が何だかよく分からねぇまま集められてな......しかしこれは大事だぞ? なんせサラバンド支部の冒険者がランク問わず全員集められてるし、冒険者じゃない人達は続々と避難を始めてるし......」

 全員!? 本当に何があったんだ......

「あー、みんな。先ずは僕の急な招集に集まってくれてありがとう」

 日付が変わった頃、クエストカウンターの前にギルドマスターとウィールが現れた。

「急に招集ってなんなんだー?」

「ちゃんと説明してくれー!」

そんな声があちこちから聞こえる。どうやら説明を受けていなかったのは俺達だけじゃ無いようだ。

 ギルドマスターは少し険しい顔をした後、静かに口を開く。

「――――みんな落ち着いて聞いて欲しい......今この国に魔獣の大群が迫っている。その数およそ200万、そしてその全てが例の目無しの魔獣だ」

......は? 

その時、この場の全ての人間がそう思っただろう。勿論、俺も例外ではなく呆気に取られていた。

「よって僕達ギルド、サラバンド支部は、この国の目の前に広がる大草原でその群れを撃滅する事にしました! 既にチッチエナ村などにも被害が出ているのでこのまま放置して置けば被害が更に拡大します! て事でここら辺でサクッと消し飛ばしておきましょう!」

「「「何簡単に言ってくれてんだギルマステメェ!!!!」」」

 100人の声が重なる大ツッコミが巻き起こる。

 それはそうだろう。あまりにも説明が足りない上に荒唐無稽過ぎる。何だよ200万の魔獣の大群って、頭おかしいんじゃないの?

「――――やっぱりそうだよね......ごめんみんな! 今言ったのが最初の計画だったんだけど、無理そうだったから変更したんだ! 今から伝えるのが本当の計画ね」

ギルドマスターから伝えられた本命の作戦は、それでも無茶苦茶な物だった。

 曰く、E~Cランクの冒険者、総数70人はまだ避難をしていない国民を護衛しつつギルド本部のある国へ避難。Bランク以上の冒険者はここへ残り魔獣の足止め。国民の避難が完了し次第救援が到着する手筈なのでそこから一気に押し切る......と

 つまり、国民の避難完了まで数日、そしてそこから救援が来るまで数日を30人で粘らなくてはいけないのだ。

 ここまで聞いた上でその場の誰からも文句が出なかったのは、自分の、または国の命を諦めた者が大半だったからだろう。

 数名を除いては、の話だが

「俺はまだDランクだが、“目無しの魔獣”については俺が依頼を受けている......俺は残る。いや、俺に戦わせてください!」

「逃げて守って待つって私には合わないわね......私がぶっ飛ばしてやるわ」

 俺とホノラが前に躍り出る。

「マツル君にホノラ君まで......」

「ハッ!!!! 兄貴と姉御の言う通りだ!! お前ら! 仮にも冒険者が勝負をする前から諦めて恥ずかしくないのか!? 冒険者は冒険者らしく戦うのだ!!!!」

「パンナ様が名言言った!!!!」

「流石パンナ様だぜ!!!!」

 俺とホノラの後ろから肩を叩き前へ踊り出たのは――――!

「マツル...アレ誰だっけ?」

「えーと......誰だ?」

「ハッ!! この私を覚えてないとな!? だが良いだろう緊急事態だからな!」

『マツル君! ほら、ホノラちゃんが地面に埋めて土下座させたあの!』

 ナマコ神様が補足を入れてくれた事でようやく思い出せた。

「三馬鹿!」

「私も思い出した! 女たらしの三馬鹿!!」

「酷いな二人して......」

「三馬鹿! 君達は謹慎中のはず......なぜ出てきた!」

 叫ぶギルドマスター

「なぜギルマスまで私達を三馬鹿と呼ぶのだ!? その呼び方今知っただろう今! 急なアドリブは体に悪いぞ!! だが緊急事態だ...そうも言ってられないだろう? ハッ!!!!」

「さすがのスルースキル! パンナ様最高だぜ!」

「一生ついて行きます! パンナ様!」

 うっぜぇぇぇ......下まつげ、上を脱いで決めるポーズ、下っ端の花吹雪、全てがうざい。ある意味ユニークスキルだろこれ。

「それに兄貴に姉御! 私たちはお二人の愛の鞭で変わったんだ!! まぁ兄貴はまだ私の肉体的魅力には遠く及ばない所ではあるがそれでも素晴らしい魅力だ!! 是非私を美し過ぎる舎弟として迎え入れてくれ!! ハッ!!!!」

 兄貴と姉御って俺とホノラの事だったのかよ!? めっちゃやだ......

「ねぇマツル......この三馬鹿もう一度埋めた方が良いわよね?」

「許可する」

「早まるなよ兄ちゃん達!? それにギルマスも! 三馬鹿だって腐ってもBランクの冒険者だ。この際戦える人間は多いに越したことはないだろ?」

 メツセイがホノラの制止に入る事で、三馬鹿の命日が数時間早まらずに済んだのだった。

 そしてメツセイのこの言葉が周りの空気すらも変えてしまった。

「メツセイの言う通りだ! サラバンド冒険者の俺達の総力! 魔獣共の目にもの見せてやろうぜ! 包丁と怪力娘が出張って俺達が逃げるなんて魔法使いの名が廃るわァァァ!!」

「バカ! みんな目が潰れてるって話だから何も見えてねぇぞ?」

「ギャハハ!! すぐ終わらせてみんなで祝杯だァァァ!!!!」

「「「ウォォォォォ!!!!」」」

 凄い......メツセイとパンナの言葉で流れが変わった...

 メツセイの一喝が効くのはいつもの事だとしてもパンナもこう見えてカリスマがあるのか?

「俺達の腹は決まりました。ギルドマスター、俺達に指示をくれ!」

 そう口々に叫ぶ冒険者達に若干気圧されながらも、ギルドマスターは作戦を話すのだった。

「え、あ、うん! じゃあ細かい作戦の説明をするね!」

――――ギルドマスターはこの時の出来事を後にこう語っている。

「あのね、200万って普通に考えてやばいじゃん? いくら僕が目立ちたがり屋だとしても普通に引き際は考えてるつもりよ? 僕のスキルは対大勢向きじゃないし。でも立場上先陣切って逃げる訳にはいかないからみんなに無理難題吹っかけて逃げるムード作ろうと思ってたのになんか急にやる気出しちゃって引けなくなっちゃったよ! あはは!」

 俺が“ギルドマスターが真っ先に逃げようとしていた”と言う事実を知るのは、もう少し後の話である。